えぴそーど 〜にじゅうよん〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
きっかけって
どこからふってくるか わかりませんよね?
たまたまみかけた広告だったり
ふと耳にした音楽だったり
何気なくかわした会話だったり
でも 思うんです
何かの事に 真剣に向き合っていれば
きっとチャンスはめぐってくるって
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
〜とどけたいもの〜
***
路上歌手のHIKARIは、路上で歌うようになって3年。
昼間はアルバイトをしながら、夜は路上に立って歌う毎日を送っていました。
最初こそ、1人も足を止めない状況で歌っていましたが、少しずつ観客も増えてきました。
歌声は骨太の発声で、洋楽ベースで玄人受けする歌い方でした。
テクニックには自信があったから、続けていれば、誰かの耳に留まったり、SNSに動画が拡散されたりして、チャンスを掴めるかも知れない。そう信じて、立ち続けていました。
ですが、なかなか思うようにいかないのです。
今日は、昼のアルバイトが休みで、路上ライブまで時間があったので、ふらっと街を歩いていました。
すると、音楽の専門学校時代の同期がメジャーデビューするという広告のアドトラックが、目の前を通りました。
HIKARIの胸は、きゅっと締め付けられました。
「あの子、メジャーデビューするんだ……」
(……正直、あの子より私の方がうまく歌えるのに)
余計な事を考えてしまいました。HIKARIはその後も色んな想いを巡らして歩いていると、急に目の前に「ほんわか堂」があらわれました。
「ほんわか堂……何か良い香りがする…」
***
ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
「いらっしゃいませ」
「あのぉ、1人ですけど大丈夫ですか?あ、ギター邪魔じゃないですか?」
「大丈夫ですよ!お好きな席へどうぞ」
「あのぉ、この店って悩みを聞いてもらえるんですか?」
「はい。どんな悩みでも」
「そうですか…」
「悩みの音色が、声に現れていますよ!特に深刻な音色に聴こえます」
「え?そんなのわかるんですか?」
「たくさんの人のお悩みを聞いてきたので、特殊能力が身についたのかも知れません」
「す、すごいです…」
「なんてね。少し大げさに言ってしまいました」
「え?」
「何か、入ってきた時から眉間にしわが入って、どよんとした表情してましたから」
「あは、そうですか?」
「お悩みを聞かせてもらえますか?」
「はい」
「わたし、HIKARIと言います。路上ライブをして歌をとどけています」
「あぁ、それでギターを。とても素敵ですね」
「ありがとうございます。でも、なかなか売れなくて。歌には自信があるんですが、なかなか売れるきっかけがつかめなくて」
「もしよかったら、少し歌ってみてもらえますか?」
「え?」
「あ、だめですよね。投げ銭渡さなきゃですよね」
「いえいえ、全然良いですよ」
HIKARIは歌いました。
パチパチパチ
ほとりは拍手しました。
「素晴らしかったです。心からの思いが伝わってきました。何でこんなに上手なのに売れないんでしょう」
「それがわからないんです」
「そうそう、喉乾いたでしょう?お茶を飲みませんか?」
「いいんですか?」
「はい!歌ってもらいましたし」
ほとりは、お茶を淹れました。
「あなたにお出しするお茶は“こだわりのないお茶”です」
HIKARIは、ひと口飲んでみました。
「何か、心の奥がほどける味ですね」
「HIKARIさん、私に歌ってくれた歌、本当に素晴らしかったです。いつもあんな風に歌ってますか?」
「え?」
「聴いている方たちに、とどけていますか?」
「……あ」
「上手く歌うことに、こだわっていたかもしれません」
ほとりは、奥の棚から小さな箱を取り出してきて、HIKARIに渡しました。
「あなたに、この“おくり物”をさしあげます」
「おくり物?」
箱を開けてみると、そこに入っていたのは“温度で色が変わるネックレス”でした。そして小さなメッセージカードが添えられていました。
『音色は、人の心を揺さぶります。このネックレスのように、心の温度で“色”が変わるんです。でもひとりぼっちの歌だと、届きにくいのかもしれませんね』
***
HIKARIは、ほんわか堂をあとにし、少し早めに、路上ライブを始めました。
いつものように、観客はまばら。すみっこで、そっと聴いてくれている人が数名いるだけでした。
その中に、たまたま通りかかった親子連れがいました。何か不安だったのか、こどもがギャン泣きしはじめました。
「すみません。すぐ泣き止ませますから」
その女性は平謝りでした。
「ねぇ、とも君、みんなに迷惑になってしまうから、お願いだから泣かないでね」
とも君は、余計大きな声で泣き続けてしまいます。
「お母さん、良いですよ」
「ほんと、ごめんなさい」
「そうだ。とも君に歌を歌ってあげようか」
HIKARIは子守唄を歌い始めました。やさしく、包むように、心を込めて。
その瞬間、胸元にあるネックレスの色がふっと淡く色づきました。
そしてその歌声は、心を溶かすように澄んだ音色でした。
(あれ?私こんな音出るんだ……)
とも君は泣き止みました。それどころか、微笑んでベビーカーですやすやと寝てしまいました。
他の観客の皆さんから、とも君を起こさないような拍手が沸き起こりました。
***
それからしばらくして、HIKARIがこどものギャン泣きを泣き止ませたショート動画が、評判を呼び、その動画を見たお母さんたちが、こどもを連れて、HIKARIの路上ライブに押し寄せるようになりました。
いつもの曲も歌うのですが、お母さんたちにリクエストされ、ショート動画の歌も歌いました。するとやはりこどもたちは、笑顔ですやすや寝てしまうんです。
やがてHIKARIは「子守唄マスター」と呼ばれるようになります。
その噂を聞きつけたこども番組のプロデューサーが、HIKARIに会いに来ました。
「歌のおねえさんをやりませんか?」
***
その頃、ほんわか堂では──
HIKARIが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『こだわりを手放して、誰かの心にひびく歌をとどけます。 子守唄マスター HIKARI』
ほとりが、番組から流れてくるHIKARIの歌声を聴きながら、ぽつりとつぶやいていました。
「今日も、だれかの泣き声が、歌でほどけますように」
【おくり物】
温度で色が変わるネックレス
メッセージ:
『音色は、人の心を揺さぶります。このネックレスのように、心の温度で“色”が変わるんです。でもひとりぼっちの歌だと、届きにくいのかもしれませんね』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




