えぴそーど 〜じゅうきゅう〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
人生って、いろんな事のれんぞくですよね。
楽しいこともあれば、そうでない事もたくさんあります。
わたしには、それを変える事はできないけれど
少しだけよくするために
「おくり物」をひとつ、おわたしします。
よかったら受け取ってみませんか?
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
〜演じるということ〜
***
披露宴司会をしている、司透。
この業界に入ってから、およそ10年。1000件もの披露宴を担当してきました。
元々この業界を目指していたわけではなく、舞台俳優をしていた時に、知り合いからの紹介でたまたま司会業を始めたのでした。
そんな彼は、最近思い悩むことがあります。
舞台の世界では、1つの舞台の成功や、役の大きさによって、少しずつでも認知度が高まっていく。
リピーターも増える。名前も売れる。
しかし、披露宴の業界では、クライアント(新郎新婦)からリピートされることがないんです。
そして、どんなに良いパフォーマンスをしても、それが当たり前だと言わんばかりにスタッフ側からは称賛されず、1つのミスで評価はあっという間に地に落ちる。
「そういうものだ」と割り切ってはいたものの、司会を自らやりたいと思って始めたのではなかったトオルは、日々葛藤するのでした。
「今日も、何とか乗り切った…」
そう呟きながら歩いているトオル。今日はいつもより焦燥感が強い帰り道でした。
「結局、どんなにうまくやっても名前は売れていかないな…」
司会本番後の火照った身体を冷ますかのように、少し寄り道をしていたトオルの目の前に、独特の雰囲気のお店があらわれました。
“ほんわか堂”
「なんだろう、この店。こんなところにあったっけ?何か呼ばれている気がする。入ってみるか」
***
「すみません。まだやっていますか?」
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
やさしい雰囲気の女性が出迎えました。
「良い香りがしますね」
「はい。今日、ちょうど美味しいお茶が入荷したんです。今淹れていたんです」
「そうなんですね。お茶を扱っているんですか?看板には悩みをこぼしてみませんかって書いてありましたが」
「お茶は、おもてなしでお出ししています…何かお悩みでもありますか?」
「え?まぁ、悩みといえば悩みですが、悩みの種をなくすことが出来ない悩みなんです」
「お聞かせ頂けますか?」
「私は、司透と申します。一応、披露宴の司会をしています」
「トオルさん。あ、それでびしっとキメていらっしゃるんですね。入ってきた時から気になっていました」
「ええ、今日司会の仕事があったので。普段は髪型も違うんですが」
「そうなんですね」
「これは、司会用の身なりでして」
「そういえば、なんでさっき“一応“っておっしゃったんですか?本業ではないのですか?」
トオルは、司会になった経緯を話しました。そして今悩んでいることも。
「なるほど。それで“一応”って」
「はい。司会の仕事を始めてから、舞台俳優の頃に比べて格段に収入も上がり感謝しています。あ、舞台俳優をやめたわけではありませんが」
「そうですか」
「でも、何かやりきれないんです」
「少し待っててもらえますか?」
ほとりは、お茶を淹れました。
「あなたにお出しするお茶は、“円熟”のお茶です」
トオルはひと口飲んでみました。
「うん。すごく深みがありますね。まさに円熟って感じ」
「あなたの言葉にも円熟味があるのではないですか?それが例え本業でなくても」
「え…」
「本業ってなんでしょうね…ちょっと待ってくださいね」
ほとりは奥の棚から小さい箱を出してきて、トオルに渡しました。
「これを、私に?」
「はい」
「なんだろう…」
箱を開けてみると、そこに入っていたのは、革製の名刺入れでした。上蓋を開けると、中は真ん中で仕切られています。
「片方には、司会の名刺。もう片方には、アーティストカードを必ず同じ枚数入れてください」
「え?なぜ?」
「どちらもトオルさんだからです。しかもどちらも本来のあなたではない」
「本来の私…」
「言葉って、届く人がいるから、初めて意味が生まれるんです。その届ける力をトオルさんは持っている。円熟味が増している。例え手段は違くても」
名刺入れにはメッセージカードが添えられていました。
『司会を演じてみてください。俳優も演じてみてください。本来のあなたは、別の所にあるのですから』
「そういうことですか。私は考え方が凝り固まっていたのかもしれないですね。なんか霧が晴れたような気がします」
そう言い残して、トオルは店をあとにしました。
***
司透はその後、司会の仕事にこれまで以上に精を出しました。
ただ、違っていたのは、本来のトオルで司会をするのではなく、“司会を演じる”という考えで取り組んだことにより、逆に仕事に集中することが出来、迷いもなくなっていったことでした。
それと同時に、今まで半ばあきらめていた俳優の仕事も入ってくるようになりました。そして、司会と俳優との間で良い相乗効果が生まれ、トオルのパフォーマンスは、まさに“円熟味”を増していきました。
***
その後、ほんわか堂では──
トオルが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『演じることが、私の──いや俺の本来の仕事、本業です。 演じ屋 トオル』
ほとりが、いつものように棚を片付けながら、ぽつりとつぶやきました。
「きょうも、だれかが ほんらいのじぶんを とりもどせますように」
【おくり物】
革製の名刺入れ
メッセージ:
『司会を演じてみてください。俳優も演じてみてください。本来のあなたは、別の所にあるのですから』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




