えぴそーど ~にじゅう~
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
「おしてだめなら ひいてみろ」
って言いますが
ひかずに もっともっと おしても よいですよね?
おして おして おして おして おして
そうしたら 何かがかわるかもしれません
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
〜いつか”とても”になるまで〜
***
結婚6年目のかずひとは、主夫になって一年目。
弁護士として独立した高収入の妻、ゆりかを支えるため、仕事を辞めました。
元々家事全般をするのが好きだったかずひとは、妻を支えることに、とてもやりがいを感じていました。
そんなかずひとでしたが、最近妻のある一言だけが、気になって仕方がないんです。
「今日もお疲れ様。ゆりかの好きな肉じゃが、味はどうだった?」
「うん。普通に美味しかったよ」
「そ、そう。普通に…」
「いつもありがとう。明日早いから、わたし今日はもう寝るね」
最近はいつもこんな調子です。かずひとが気になるのは、「普通に」って言葉なんです。
***
次の日の朝、かずひとはゆりかを見送った後、いつも通りに掃除洗濯を済ませ、買い物に出かけました。
「よし、今日こそ、“普通に”とは言わせないぞ。今夜は何を作ろうか…昨日は肉じゃが作ったし、ハンバーグもこの前、”普通に“って言われたし…そうだ!ヨーグルトを使ってブルガリア料理でも…って作ったことないし…う~ん、どうしよう」
あれこれ考えながら歩いていると、かずひとはいつもとは違った路地を歩いていました。
「あれ?ここどこだろう?考え事をしていたら、なんか迷ってしまったみたいだ。あ、あの店で聞いてみよう」
***
ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
「あのぉ、み、道に迷ってしまったんですけど、こ、ここはどこですか?商店街は、ど、どこですか?」
「ああ、ここは商店街から少し入ったところですよ。なんか慌ててるみたいですね。よければ一息ついていきませんか?」
「い、良いですか?実は、買い物に行こうと思って歩いていたら、なんか迷ってしまって、気づいたらこちらのお店が目の前にあったんで入ってみたんです。”ほんわか堂”っていうんですね。どんなお店ですか?」
「はい。ここはお客様にお悩みをこぼしてもらうお店です」
「へぇ、変わってますね」
「いつも言われます、ふふ」
「悩みかぁ、何でも良いですか?」
「ええ。どんな小さな悩みでも良いですよ」
「せっかくだから、聞いてもらおっかなぁ」
かずひとは、1年前から脱サラして主夫をしていることや、最近ずっと妻に「普通に」と言われること。そしてそれが気になって仕方がないこと。妻が仕事しやすいように、余計な指摘はしないこと。「ありがとう」はいつも言ってくれること。などなど、事細かにほとりに話しました。
「かずひとさん、とても素敵ですね。愛にあふれています」
「そ、そうですか?でも、僕も心が狭いですよね。“普通に”って言いながらでも誉めてくれているのに、気になってしまうなんて」
「ちょっと待ってくださいね」
ほとりは、お茶を淹れました。
「あなたにお出しするお茶は、“安心”のお茶です」
かずひとは、ひと口飲みました。
「うん。このお茶、“普通に”美味しいですね」
「あはは、普通に?」
「あ…」
ほとりは、奥の棚から小さいクリアファイルと、小箱を持ってきました。
「あなたにお渡しするおくり物は、ポイントカードとスタンプです」
「ポイントカードとスタンプ?」
「はい。奥さんから、“普通に”と言われたら、ポイントカードに、このスタンプを押すんです」
「スタンプを押すんですか。どんなスタンプだろ?…あ、“普”って書いてある」
「“普”が5個たまったら“良”、10個たまったら“優”、みたいに、心の中でステップアップしていくんです」
「あ~なるほど」
「そして、“とても”とか“めっちゃ”みたいな言葉をもらったら、このポイントカードは卒業します」
「へぇ、なんかそれ、良いですね。“普通に”をもらうのが楽しくなってきそう」
「でしょ?かずひとさん、“普通に“美味しいって、実は最高の褒め言葉の”きっかけ”かもしれませんよ。今日の“普”が、明日の“良”や“優”につながっていくって考えるとどうですか?」
「めっちゃ良いですね!それ!」
ポイントカードの裏面には、こんなメッセージが書かれていました。
『“ふつう”はスタート地点。あなたの“ふだん”の努力が、きっと“とても”に変わりますよ』
かずひとはウキウキしながら、お店をあとにしました。
「いやぁ、とても良いおくり物をもらったなぁ。うんそうだ、今日もゆりかにはあえて“普通に”と言わせよう。逆に楽しみになってきた。よ~し頑張るぞぉ…ビーフシチュー…ステーキ…ジェノベーゼ…バーニャカウダーも良いなぁ…あ、でも、凝りすぎると“普通に”と言われなくなる。そうすると“普”ポイントがたまらくなるなぁ…う~ん、夕飯何にしようかな…“普通に普通に”」
と、またあれこれ考えながら歩いていると、かずひとは気づきました。
「あ、そういえば、道を聞こうとお店入ったのに、結局聞かなかった。どうしよう、ここはどこだろう?」
と思って顔を上げると、いつもの商店街にたどり着いていました。
***
その日から、かずひとは、心を込めて料理を作り、「普通に」をもらい続けました。
“普”ポイントが、たくさん集まった時、ゆりかの口からある言葉が初めて出ました。
「このカレーライス、“とても”美味しい!あれ?なんか急に料理上手になった?今までで食べた中で一番だわ!」
「ほんとう?ありがとう!」
かずひとは、心の中でガッツポーズしました。
(やったぁ!!!)
***
その後、ほんわか堂では──
かずひとが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『“とても”をゲットしました!でもポイントカードは継続しま~す!“普通に”は、僕の最高の誉め言葉なので。 主夫、かずひと』
ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも だれかにとっての普通が 特別なものに変わりますように」
【おくり物】
ポイントカードとスタンプ(普)
メッセージ:
『“ふつう”はスタート地点。あなたの“ふだん”の努力が、きっと“とても”に変わりますよ』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




