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Opus.5 - No.9

「――ねぇ、アンタの持ってる能力って何なの? 思ったこととか考えたことを所構わず言葉にして吐き出す『真実の口』を持っていること? ……ふっ、私がそんな能力持った日には、発狂して自殺しちゃいそうだけどね」


 毒嶋はそう言ってクスクスと鼻で笑う。錐波は汚れた自分の手を見る。両手のひらに、まるで移植したように設けられた口。その二つの唇が開けば、大抵ロクでもない言葉が飛び出してくる。


「このブス眼鏡、ボクの持つ力を何だと思っているの? 褒めてるの?」


 ――ほら、こんな風に。


「くくっ、その声も掌にある口から漏れたのかしら? ……ええその通りよ、褒めたの。本当に立派な能力をお持ちね。思ったことがそのまま言葉になっちゃうなんて、そりゃSクラスに配属されるのも無理ないわ。あぁ可哀そうに」


 あからさまに毒を吐く三つ編み少女を前に、錐波はなるべく怒りを殺し、心を閉ざして自分の殻の内に閉じこもろうと試みた。その方が、口に出てしまう心の声も静まってくれるだろうと思ったからだ。


「じゃあ、そんな可哀そうなアンタに教えてあげる……私の持つ力は『百発百中の照準能力エイミング』。言わば鷹の目ね。拳銃、弓矢、クロスボウ、スリングショット、吹き矢……飛び道具なら大抵のものは、何を使っても必ず的の中央にヒットさせることができるわ。この能力のおかげで、史上最年少でオリンピックの射撃部門で金メダルを取ったことだってあるの。凄いでしょ? 私の持つ力は、全世界に通用するくらい強力なのよ。誰もが私の力に注目してくれる。射撃の腕で私の右に出る者は居ない。私は世間の注目の的だった。私は世界最強の能力者『クイックルショット』! 狙った的は絶対に外さない。百発百中の狙撃手『クイックルショット』! 私の力はこの世界をも変える! 私は特別! この世界にたった一人だけの、超レアな存在としてここに生きているの‼」


 毒嶋は、一度口を開くと、まるで堰を切ったように怒涛の勢いで言葉を吐き出していった。声を大にして話す彼女の頬は興奮のあまり紅潮し、息は荒れて目はギラギラと輝いていた。


 彼女の異常なまでに過度な自己陶酔は、もはや病気であると言えた。もともとここに拉致された者たちは、何処かしら精神に異常をきたしているSクラス能力者たちばかりだ。そして、目の前で目を輝かせ、妄言を語りまくるこの可哀そうな少女も、そういう類の心の病を抱えているのだろう。


「……でも、違った……そうじゃなかった。『ブリゾアクト・フロート』に連れて来られた時、私は絶望したわ。周りを見てみなさいよ! あそこにも、あそこにも、あそこにも! 私と同じ――いや、私なんて足元にも及ばないような力を持つ能力者たちが、普通に外を出歩いているじゃないの! 私は世界で一人なんかじゃなかった。私は世界で一番最強な能力者でもなかったの。……もう可笑しくって仕方がなかったわよ。私はこれまで、自分が一番だって妄想を抱いて生きていたの。あの孤島へ来て初めて、私がこの世界でどれほどちっぽけな存在なのか、思い知らされたわ」


 毒嶋は脱力するようにその場に崩れ落ち、がくりと頭を垂らした。引きつった肩が、細かく震え始める。


 彼女は泣いていた。大粒の涙が丸眼鏡の内側に落ちて、チャーミングな茶色の瞳が歪んで見えてしまっている。


「結局、私はアビリティクラスSavage(サヴェージ)の精神異常者として、居住棟に押し込められた。世界中で注目されて、輝かしい人生を歩むはずだった私が、こんな狭くて薄汚い居間で残りの一生を過ごすのかって思うと、耐えられなかったわ。いつも何もない天井を見上げて、蟻みたいにちっぽけな自分の存在意義について、ひたすら考えるだけの日々。答えの出ない、永遠に続く問い掛けを、自分に投げ続ける。まるでぽっかり空いた底無しの穴に石を投げるみたいに」


 「アンタたちには分からないでしょうけどね」と、毒嶋は最後に付け加え、それから面白いくらいに甲高い声で笑った。ひたすら笑い続けた。


 この可哀そうなブス眼鏡は、きっと狂い死ぬまで、ここで笑い続けているつもりなのだろうと、錐波は思った。口が裂けるか顎が外れるかして、笑おうにも笑えなくなるのかもしれない。いずれにせよ、自分には無関係な話だと思い直し、彼は再び自分の殻の中に籠る。


 毒嶋の甲高い笑い声は、やがて泣き声に変わった。


「もう私はおしまいね……このままこの薄暗い地下牢で、何処の誰かも分からない奴らに散々弄ばれて、レイプされて、誰にも看取られないまま死ぬの。アンタはそれくらいちっぽけな奴だったのよ」


 声を上げ過ぎて当の昔に潰れてしまった喉を震わせ、毒嶋は老婆のように掠れた声でそう言った。その言葉は、錐波に向かってというより、彼女が自分に対して放ったものであるようだった。

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