Opus.5 - No.7
(あぁ……面倒なことになったな。気付くなよクソが)
錐波は心の中でそう毒づく。
「あぁ……面倒なことになったな。気付くなよクソが」
そして、心の声は実際の言葉となって、右手の口から声として発せられた。
「何だとこの野郎!」
兵士の男は逆上し、錐波の上半身に何度も蹴りを入れ、倒れ込んだ彼の顔にも固いブーツのつま先を食らわせる。飛び散った鼻血が、壁に派手なアクションペイントを描いた。
「ごふっ――」
鼻の感覚がなくなった。口が切れて血の味が広がる。
「おいおい、そのくらいにしとけ。獲物を殺したとなりゃ、上が黙っちゃいないぜ」
別の牢に入っている能力者たちを吟味していた別の男がそう釘を刺し、ようやく顔にめり込んでいたブーツのつま先が離れた。
「ちっ、気持ちわりぃバケモンが!」
男は地面に唾を吐き、ぐったりと地面に垂れた掌を、厚いブーツの靴底でぐりぐりと踏み付け、それから牢を後にした。
「なぁおい見ろよ! この子、凄くカワイくねぇか?」
すると、別の牢を漁っていた男が一人、薄汚れたワンピース姿の少女を牢の中から連れ出してきた。その少女は男に華奢な腕をつかまれ、引きずられるような形で牢から出てくる。
錐波の顔は蹴りに蹴られて、あちこちがお多福のように腫れ、目元も大きく膨らんで視界も狭まっていた。……が、それでも兵士の男が言った通り、連れて来られた少女がとても可愛い顔をしていることくらい、錐波にもよく理解できた。学校の教室に一人くらい居そうな、アイドル風な女の子という感じ。整った顔立ちをしていて、肌は白く、長い黒髪はサラサラ。休み時間はいつも他の女子に囲まれて、周りから放たれる羨望の眼差しを一身に受けていそうな、そんなタイプの子だった。
「おいおい、マジでやる気満々じゃねぇか」
「どうせこいつらも洗脳されて兵器として使われまくって、使い物にならなくなれば処分されるだけの消耗品だ。少しくらい俺たちの楽しみに使ったって構わねぇだろ?」
「なら、見張りの奴らを集めて、誰が一番先にこいつを堕とせるか、賭けてみるか?」
「乗った! けどよ、俺ら見張り合わせて十五人も居るんだぞ? それだけの人数相手したら、きっとこいつ壊れちまうぜ」
「そんときゃ、またここに居る奴らから取っ替え引っ替えすればいいだけだろ? 行くぞ」
兵士の男たちはそう言って牢を出て錠をかけ直すと、廊下を引き返してゆく。
「いや、やめて……死にたくない……嫌だ放してっ! 助けてぇ!」
地面を引きずられてゆく少女は、か弱い声で何処へともなく助けを求めたが、兵士の一人が喚く少女の顔に平手打ちを叩き込んで黙らせた。少女のすすり泣く声が、廊下の奥へ遠ざかってゆく。
「あ~あ、ご愁傷様」
錐波の右手に埋め込まれた第二の口が、ささやくように言う。
――その言葉を聞いたところで、錐波の意識は途切れた。