お見舞い
エピローグから、半年ほどたった頃の小話です。
本日、私とレイちゃんは王都から、村へと帰宅した。事情は少々立て込んでいる。帰宅してすぐに、村の中心にある一軒の大きな家を、真っ直ぐに目指す。
玄関の扉をノックすると、元気な返事と共に、村長の奥さんが出迎えてくれた。
「おやおや、レイとメグじゃないかい! 元気かい?」
「奥さん、お久しぶりです。私もレイちゃんも元気です。ところで、具合はどうですか?」
「ああ、ありがとう。大したことはないんだけれどね……」
そうして奥さんは部屋の中央へと視線を向けた。そこには揺り椅子に腰かけ、私達を見ると目尻に皺を刻んで笑う人物がいた。
「村長、風邪ひいたって聞いたけど、大丈夫!?」
レイちゃんは挨拶もそこそこに、村長の側まで歩み寄った。
「ああ、大丈夫じゃ」
そう言いながら、ゴホゴホと咳き込む村長の背中をそっと撫でる、レイちゃんの手つきは優しい。
「もう若くないんだから、無理しないでよ!」
「大丈夫じゃ、まだまだいけるわぃ」
「そんなこと言っても、最近、私達が王都に行ってから体調崩すことが多くなったじゃない。具合が悪いって手紙を受け取るたびに、心配して冷や冷やするんだからね」
口では乱暴なことを言いながらも、村長の元気そうな顔を見れて、あきらかにホッとした様子のレイちゃん。もちろん私も、だ。
「もしワシが、逝ってしもうたら、その時は、夜空に輝く星の一つが、ワシじゃと思ってくれ」
がらにもなく弱気な発言を聞いて、私とレイちゃんは顔を見合わせた。
「バカなことを言わないの、村長!」
レイちゃんはすぐさま声を張りあげた。
「何を弱気なことを言っているの! 村長らしくないな! ほら、体が回復するまで村に滞在するからさ、元気出して。村長が好きなメグ特製のお茶も持ってくるから、ねっ、メグ」
「そうだよ、村長の好きなお菓子も何種類か持ってくるし!」
二人がかりで励ませば、村長は静かに笑う。
「わしは、メグの作る煮込み料理が食べたい」
「解った、あとから持ってくるから」
村長の頼みも、それぐらいならお安い御用だ。それに食欲があるうちは大丈夫だ。密かに私は安堵する。
「メグの料理を食べたら、村長も一発で元気になるよ! でも私は!? 何をしたらいい?」
張り切るレイちゃんは、自分も村長のために何かとしようと必死だ。
「村長のために肩でも揉もうか!?」
「……いや、それは気持ちだけ貰っておくぞ」
以前、レイちゃんが村長の肩を揉んだら、グエッと言う声を出して村長が悶絶したことは、記憶に新しい。
村長は覚えているみたいだ。人は痛い思いをしたら忘れない。もっとも、痛みを与えたレイちゃんは、きれいさっぱり忘れているみたいだけれど。
「久々に会ったのだから、レイは王都での生活を話しておくれ」
村長の提案にレイちゃんは笑顔になった。
「そうだね、美味しい料理を食べて、風邪なんて吹き飛ばしちゃえ!」
「じゃあ、まずは家に戻って準備してからまた来るからね」
そうして私達は準備をするため、部屋から出たのだった。
**
夜になり、村長のお宅へと伺う。もちろん、手料理を持参してきた。
川で釣った魚をまずは揚げてから、弱火でコトコトじっくり煮込んだ。こうすると身が柔らかくなって、骨まで食べることができる。あとは村で採れた新鮮野菜を煮込んで、塩とペッパーで味付けし、モーモーから搾乳したミルクを加えたシチュー。そしてデザートは甘いプティングで。もちろん、コケ子の卵を使った。
それらを囲んで、一緒に夕食を取ることになった。
にこにこと笑う村長は、話を切り出した。
「王都での暮らしはどうかい?」
レイちゃんと顔を見合わせたあと、先に口を開いたのはレイちゃんだ。
「メグは王子様とラブラブ~」
「そ、そんなことないわよ!」
「気性の激しい王子を上手く扱っている感じがする。王子も王子でメグのいう事は素直に聞いているし。何だかんだで、上手く手綱を握っているわ」
そりゃ、気性の激しいお方には、慣れていますから……。ね、レイちゃん……。
「それに王子も『メグ、メグ』言って、メグのあとをくっ付いて回っているわ」
まるで犬みたいな例えをするレイちゃん。アーシュの顔が脳裏に浮かぶ。はたから見ると、そんな風に見えるのかしら?冷やかしてくるレイちゃんに顔が赤くなる私。
だけど私だって負けずに言い返す。
「レイちゃんだって、レーディアスさんに熱烈な愛情を注がれているんだから!」
「おお、そうなのか」
村長が初耳とばかりに、話にくいついた。
「そうなのよ。レーディアスさんこそ、レイちゃんを好きで好きで、片時も離れたくないって感情が、駄々漏れしている。それこそ周囲に男を近づけないように、必死なんだから。ねぇ、レイちゃん?」
話の矛先をレイちゃんに向け、反応をうかがう。
「レーディアスね――、いつかは勝つッ!!」
「またそれなの!?」
レーディアスさんがレイちゃんに夢中なように、レイちゃんもまた、レーディアスさんに勝つことに必死だ。ちょっと違う気がするけれど、レーディアスさんは、レイちゃんに構って貰えるのなら、それすらも幸せなのだろうな。
静かに聞いていた村長が、ひっそりと呟いた。
「このぶんじゃ、お嫁に行くのは二人同時かの? さみしいの」
「なに言っているの村長! そんなことないわよ!」
「ち、違いますよ!」
慌ててレイちゃんと否定する。
「じゃあわしは、二人の花嫁姿を見るまで、元気で頑張るとするか」
「そうよ、村長! それなら私、永遠に嫁になんていかないから、ずっと元気でいて!」
その台詞、レーディアスさんが聞いたら泣くよ、レイちゃん。だけど村長は頬を綻ばせて笑った。
それを見て、安心する。具合が悪いと言っていたけれど、だいぶ元気になったみたいだ。
良かった、こうやってたまには様子を見に来ないとね。
そうして楽しい晩餐会はしばらく続いた。
**
夜も遅くなったので、帰宅することにした。
「あっ!」
村長宅から出て、数歩歩いたところで、急に思いだして声を張り上げた。
「どうしたの?」
「お鍋をそのまま置いてきちゃったわ」
料理を持参して、そのまま鍋を置いてきてしまった。結構大きい鍋なので、邪魔になると申し訳ない。
「すぐに行ってくるから。レイちゃんはここで待ってて」
そう言うと、私は急いで村長宅を目指す。田舎とはいえ、暗い夜道を一人で歩かせるわけにはいかない。
扉をノックしようとすると、隙間から声が聞こえた。
「まったく、ダメですよ。レイもメグも忙しいんですから」
「ふぉっ、ふぉっふぉ。なぁーに、優しい二人だから、こう言えば顔を見に来てくれるじゃろ?」
「だからって、二人を呼び過ぎですよ。いくら寂しいからと言って病人のふりまでして、二人に悪いでしょう」
「……ああ、今日の夕食も美味しかったのう。メグの作る料理は最高だったのう」
「まったく、都合が悪くなると、すぐ話をそらすんですから」
奥さんに叱られながらも、村長の嬉しそうな声が聞こえた。村長ってば、最近よく体調崩すと思っていたけれど、そんな理由だったなんて……。言われてみれば確かに、顔色はいいし、いつもと違った様子は見られなかった。心配は無用だったわけだ。
だけど、どこか憎めない。
私は足音を立てないよう、そっとその場から立ち去った。
「どうだった? 鍋はあった?」
「……よく考えたら夜も遅いし、また明日にするわ」
そう答えて、レイちゃんと並んで歩き出した。
「しかし、村長、元気で長生きして欲しいね」
「うん、いつまでも元気でいてくれないと困るね」
そうして私とレイちゃんは笑顔になる。村長は私とレイちゃんにとって、命の恩人。この世界で最初に手を差し伸べてくれた優しい人。私とレイちゃんにとって、おじいちゃんみたいで、大事な存在だった。
だからずーっと元気でいてもらわないとね。
これからもちょくちょく顔を見に来よう。そして、たまに聞く村長の病気の話も信じてあげて、レイちゃんにも内緒にしよう。
けどきっと、レイちゃんのことだ。真相を知っても怒らずに、呆れたように笑うんだろうなぁ。
そう思いながら、暗い夜道を星と月の明かりを頼りに、家路についたのだった。
ありがとうございました。




