5 今の人生
「じゃあ、また明日」
お医者様と一緒にアイリスが申し訳なさそうに入ってきて、ジュレマイアはしぶしぶ帰っていった。
今日まで私は念のためにこちらの医務室で過ごすことになった。
アイリスが帰り、お医者様がいなくなると、私は体を起こした。
もう体は全然平気だ。
ゆっくり立ちあがることもできた。
学園にいる限り、私はジュレマイアと離れることができない。
前世もそうだった。
彼はちょっと強引だ。
だから、私は逃げ出す。
領地に帰るとジュレマイアに知られてしまう。
だから、私はどこかに姿を隠すことにした。
今は魔法も使えるから、仕事を見つけることもできる。前世の記憶も利用して、私はジュレマイアの前から姿を消す。
手紙を書いてから、部屋をこっそり抜け出す。
そうして医務室のある建物から出て、門に向かって歩いているとそっと影が現れる。
「エヴァリン」
「……ジュレマイア」
「嫌な予感がした。君らしくなく素直だったし、何か諦めている感じもした。俺は絶対に君を逃さない」
「諦めて。私はあなたに死んでほしくないの」
「俺は死なない」
「いや、死んでもらう」
声がした。
それはヒースト様の声だった。
彼はゆっくりと歩いてきた。
「君は死ななければならない。それが運命だ」
「ニコライ?」
ジュレマイアは呆然としてヒースト様の名を呼ぶ。
「私はニコライではない。この体はニコライという人だがな」
「どういうことだ?」
何を言っているの?
「私は神だ。運命を正すためにこの体を利用させてもらった。二百年前と同じように、お前たちは出会った。そして、お前は死ぬ。その人間は再び闇に落ちて、人に裁かれる。それが運命だ」
「させないわ!」
「アイリス?」
今度はアイリスが門のほうから歩いてきた。
いつの間にか、周りからすべての音が消えていた。
風も何も感じない。
「わが妻よ。邪魔しないでくれるか」
「いやよ。私は二百年前と同じ過ちを犯したくない。やっと生まれ変わったこの二人を幸せにしてあげたいわ」
「運命は変えてはならない」
「その運命は誰が作るの?」
「私だ」
「本当融通が利かないわね!」
「わが妻が奔放すぎるのだ。運命は変えてはならない」
「いいえ。二百年前、私は過ちを犯した。人を生き返らせてしまった。特別に。それは人の世を曲げる行いだったわ」
「確かにお前は過ちを犯した。なら今度は蘇らせなければよい。それだけだ。こやつは死ぬ。二百年前と同じように」
ヒースト様、神様はその手に剣を作り出した。
「二百年前は事故でしょう?今度は故意にあなたが殺すの?」
「神が人を殺すことは故意ではない。事故だ」
「何を言って!」
私は思わず口を出してしまった。
「人よ。口出しするな」
「口出し結構よ。クイン。私が許すわ」
アイリスの姿で高飛車に言われるとかなり違和感がある。
だけど、うん。
許してもらうならいいかな。
「神様。もしジュレマイアを殺すというなら、私も殺してください。私は一人で残りたくありません。今度こそ」
「ならん。お前はまた悪の魔女になるのだ。そして善い魔女と王子に退治される。それが運命だ」
「ふざけるな!」
それまで黙っていたジュレマイアが怒鳴った。
「何が運命だ。神様だろうと、勝手に決めるな。しかもわざわざ、俺を殺す?ずっと変な目にあっていたのは、神様の仕業だってことか!」
「ああ。私がやった。しぶといものだ。その元魔女もよくやる。我が妻もたびたび邪魔してくれたな」
「当たり前です。わが夫の運命神。いい加減諦めなさい。そうじゃないと、私は地底に潜るわ。何百年、何千年でもいいわね。もともと私は地底の神だし」
「我が妻よ。そんなこと言わないでおくれ」
「だったら、諦めて?」
「よかろう。私は手を出さない。だが運命はきっと変わらぬぞ」
「その時はその時でしょう。人に任せましょう」
「あい、わかった。それでは退散しようか」
「待って、わが夫。人としてデートしない?夜のデート」
「それは楽しそうだな。我が妻よ」
二人の神、ニコライとアイリスは私たちにそれ以上何か言うことなく、腕を組んで学園へ戻っていく。
「ちょっと待て。なんだ?」
「うん。頭が痛いわ」
だけど、呼び止めるとまたおかしなことを言いそうだったので、私たちは顔を見合わせて溜息をつく。
「寿命が延びたみたいだな。神様は俺を殺すのを諦めたらしい」
「うん。運命が何たらって言っていたけど」
「運命なんて知るか。今度は俺も魔法が使える。自分の身は自分で守る。君も俺を守ってくれるんだろう?」
「え、うん」
「じゃあ、ずっと一緒だな。エヴァリン」
「え?待って。でも一緒にいるから、危ないんじゃないの?」
「知らない。そんなの」
「だめだよ。ジュレマイア」
「いいんだ。クイン嬢。この時代では幸せになろうな」
「……」
「返事は?」
いや、だって。ダメ。ダメから。
「じゃあ、キスしようか。もっと深いやつ。足腰立たないようにしてやる」
「待って、待って!わかったから。全力であなたを守るわ」
「ありがとう。クイン嬢」
「どういたしまして、ハリストン様」
「ハリストンは他人行儀だな。ノーランと呼べ」
「……ノーラン様」
「うん」
手を差し出されて、私は握手のように手を握り返した。
「違うから。こうだ」
初めからやり直しで、私は彼の手を取る。
「俺は、ノーラン・ハリストンだ。よろしくな。クイン嬢」
「私はクイン・ヘラルドです。よろしくお願いします。ノーラン様」
二人で笑い合い、歩き出す。
いつの間にか風が戻ってきて、虫の声が聞こえ始めていた。
空の上には美しい星空が広がっている。
(おしまい)