時の旅路
雨が降る降る、雨が降る。
昔、そんな詩を聞いた覚えがある。
んん、確か…降るはカタカナだったかも?
そんなことを思い出す、雨の日。
広い屋敷には、しばらくの間、逗留している。
食料の在庫が、かなりあるのだ。
しかも家庭菜園で、裏庭には野菜、根菜、薬味、雑草に見えていたものまでハーブ類でした。
冷凍庫には、肉が大量にストックしてあったし。
うんうん…流石お金持ちはレベルが違う。
お金持ちは、自己の思う通りに、物量で世界を改変することが出来たのだなぁ。
ただ、それにはバイタリティとか知恵とか欲望とか意志が必要なんだろう。
僕には、そんな強烈な意志も小粋な知恵も力強さもないないない。
例えるならば、風に舞い散る桜の花びらのような人生です。
水面に落ちれば、川の清流に流されていくのでしょう。
流されっぱなしの人生です。
….
猫が来たりてニャーと鳴いた。
缶詰を切って、お皿に出して上げる。
僕が旅立ったら、流石に賢い猫でも缶詰を開けることはかなわずだから。
モグモグ食べ終えたら、猫は僕の方へ振り向くと、ニャーと一声鳴いて、縁側を降りて、何処かへ去って行った。
雨なのに、いったい何処へ行くのだろうか…まあ、猫の勝手だから、余計なお世話である。
数日経っても…猫が、戻ることはなかった。
何となく、あの猫が此処に戻ることは、もう無いだろうと思った。
…
時がゆっくりと過ぎ去っていく。
実は、時とは、相対的な概念なのかもしれないと思った。
僕は、変化が無ければ、時を感じられない。
ならば、僕の時は止まったままだ…だって僕以外、誰もいないもの。
僕が変化を感じられるのは、天体の運行と天候、それと僕のお腹の空き具合だけだ。
こんな時なのに、お腹は空く。
…生きてるからね。
だけど、何となく食べなくてもなんとかなるような気がした。
…それは、幻想です。
人は、食べなくては生きていけないのだ。
数日ぶりに雨が上がった。
だが、猫は、やっぱり戻って来なかった。
…
昼になり、倉庫からソーメンを出して茹でて食べてみた。
庭から薬味を何枚か千切りて、刻んで一緒に食べてみる。
冷蔵庫からベーコンを出して焼いた。
庭には陽射しが照っている。
蝉が鳴いている…ミンミン蝉でなく日暮らしです。
…
突然、思った。夏が終わり、秋が始まると。
旅立ちの時です。
食欲は、あまりない気がしたけど、ソーメンを啜り、焼いたベーコンを胃の腑に落とすと、食べるほどに元気が出るような気がした。
うん、やはり、僕はまだ、生きている。
生き物は、食べなくてはな。
そこに、可笑しみを感じる。
…
僕は支度を整えると、屋敷を後にした。




