僕の存在意義
博多から千葉に戻って2日後、日付はたしか6月20日だっただろうか、僕は誰とも連絡を取らず部屋にずっと引きこもっていた。
誰を信じればいいのか。
僕は何をすればいいのか。
ひとりで考えていても到底答えは出ないと分かっていながら、ひたすら自問自答を繰り返した。
「ピンポーン!ピンポーン!」
親も妹も不在の我が家に甲高い音が鳴り響く。
そうだ、弁当屋に注文を出したんだったな。
僕は重い腰を上げて、キャンキャン吠えてくる耳障りな眼球突出犬を蹴飛ばしてから玄関へと向かった。
「えー。室井さんのお宅で合ってますでしょうか?」
無愛想な弁当屋が訪ねてきた。
(なんだこの弁当屋、レイプ魔みたいな顔しやがって、目の下のクマやばすぎだろw)
僕は溜まったフラストレーションを見知らぬ弁当屋の悪口を想像することでぶつけていたのだろう。
黙って弁当を受け取ると、その弁当を自分では食べずに隣の部屋に置き、ゲーミングチェアにもたれかかった。
「はぁ、配信するか」
いささか投げやりながら、隣の部屋で弁当を食べて、マリオサンシャイン(正規版)をプレイするハコッスを横目に、僕は配信をすることを決意した。
リスナーさんからプレゼントしてもらった、ニーアオートマタをやろう。
配信のための準備を進める中、ゲーム画面に表示されたある一文に目が止まった。
「フッ、まさに今の僕にぴったりの言葉だな……」
僕は小さくそう呟くと、放送詳細にその一文をつづった。
『これは呪いか。それとも罰か。』
結局この日は9時から深夜3時まで、6時間の枠を完走した。
あっという間だった。
ゲーム自体はチュートリアルすらクリアすることができない散々な結果だったが、配信自体はとても楽しく、心にぽっかりと空いてしまった穴を埋めてもらったような感覚になった。
(やっぱり配信は面白くなくたっていいんだ。今の僕みたいに心に傷を負った人、リアルで居場所がない人、そんな人たちが集まり語り合える場所になれれば……)
僕が配信前に抱いていた気持ちが嘘だったかのように、晴れ晴れとした気分になった。
そうだ、僕のやるべきことは僕と同じ境遇の人を同じ目線から、配信を通して救うことなのかもしれないな……
そんなことを考えながら、僕は2日ぶりに外に出た。
まだ外は真っ暗で車も数えるほどしか走っていない。
特に目的を決めて外に出たのではないので、車の通りが少ない狭い道を地面を踏みしめるようにしてゆっくりと歩いていた。
(今日の月は一段と美しいな……)
その時である!
遠くの方から雄たけびのような叫び声のような、暗く静まり返った夜には似つかわしくない声が風に乗って響いてきた。
「銀河の…………!w、銀河の果てからメテオに……!w、銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w」
最初は聞こえるか聞こえないかぐらいだった声が、どんどん大きな声へと変化していった。
僕が恐る恐る声のする方を振り返ってみると、57mほど離れたところに猛然と猿のように低い姿勢でこちらに駆けてくる、豆粒ほどの人影が見えた。
「逃げなきゃ……」
全力で走るのは高校の時以来かもしれない。
後ろを振り返らず全力で走った。
振り返らなかったというよりは、振り返れなかったの方が正しいのだろう。
何百m走ったのか。
恐怖と疲労のあまり息をするのが苦しい……
いつからあの声が聞こえなくなったのか覚えてないが、あたりには静けさが戻っている。
僕は息を整えるため、近くにあった小さな公園のベンチに腰を下ろした。
「ふぅー」
とりあえずの安堵に思わず大きくため息を漏らした。
さっきのことを思い出すと今でも身の毛がよだつが、本当に現実の出来事だったのだろうか。
よく思い返せば聞こえてきた声は僕の声だったよぅ…………
「ガツン!」
僕の後頭部をバットで殴られたかのような衝撃が襲う。
ベンチから崩れ落ち、遠のいていく意識の中、視界の端でとらえた人影は『女性』のように見えた……
続く……