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「嘘だろ…誰か嘘だって言ってくれ…」
「元気出せって。」
机に突っ伏し、うわ言のようにぶつぶつと言葉を紡ぐ末枯に声をかけながら、なぜこのようになったのか先程の体育の授業を思い出した。
「よーし、授業を始めるぞー。」
チャイムと共に教室に入ってきた体育教師が声をかける。それまでざわめきが広がっていた教室も直ぐに静かになり、期待の眼差しが先生へと向けられた。
「みんなが楽しみにしている通り、今日の授業は運動会についてだ。まずは、競技の説明から。」
そう言いながら、黒板に大きめの用紙を貼った。
「今回の体育祭で三年生がやる競技は全部で四つだ。まずは、綱引きと二人三脚から。この二種目は、一クラスで半々に分かれて、片方が綱引き。もう片方が二人三脚となる。チームに関してはこちらで適当に決めさせてもらった。」
そこでクラスから「えー!?」と不満の声が上がった。自分で決めたい、一緒のチームになりたい、と漏らす生徒達を手を叩いて収める。
「もう一つは自分たちで選べるから我慢してくれー。」
「先生!それで、どういう風に分かれるんですか?」
苦笑しながら宥める先生に、一人の生徒が手を挙げて質問した。すると、先生は両手を前に伸ばして両端に動かした。
「教室を前後に分けた時に、前半分が綱引きで、後ろ半分が二人三脚だ。」
教室が色々な感情で盛り上がる中、先生の言葉に末枯が項垂れた。綱引きが良かったんだろう。
冬希も一番後ろの席に座っているため、二人三脚をすることになる。末枯は、冬希の一列前である。
もう一つの競技は、大縄跳びか台風の目を自分で選択するらしい。人数が偏った場合は希望が通らないため、バランス良く決めるんだぞ、と先生が良い笑顔を浮かべながら言い渡した。
他にも部活対抗の競技もあるが、冬希は部活動に所属していないため関係のない話だ。
そして、運動会の大目玉が選抜リレーである。各クラスから選抜された生徒が学年を超えてチームに分かれ勝敗を競うが、先生達も参加するため毎年大盛況らしい。
そこで、一番気になるところが二人三脚リレーのペアだ。
「じゃあ、二人三脚のペア組みを発表します。担任の先生とも相談して決めたんだが。」
「「…!」」
「隣の人同士で組んでもらうことになった。」
クラスが一斉に騒がしくなった。
思わず隣を見ると春影と目が合い、お互いに軽く会釈を交わす。そして、前の席には干からびている人が一名と、笑い転げている人が一名いた。
「ペア組みに関してはどうしたもんか悩んだんだが、一番楽な方法にさせてもらった。」
先生が胸を張り、親指を立てながらあっけらかんと言い放った。
末枯の耳には先生の補足が届いていなさそうであるが、この分だと聞こえない方がいいのかもしれない。末枯のあまりの撃沈ぶりに憐れみの目線を送った。
選抜リレーのメンバーも合わせて発表され、見事若夏の名前が呼ばれた。満面の笑みを浮かべて席から立ち上がりながら、冬希達にピースをしてきたため、サイレント拍手でエールを送っておいた。その後、チームに分かれて綱引きの配置の相談や、ペアとの挨拶、走順の話し合いを済ませて、選択競技について話し合いが決着したところで、授業は終わりになった。次回の授業から練習が始まるらしい。
そして、冒頭のセリフである。
「いやー、完璧なフラグ回収だったねー!」
「最悪だ…」
頭を抱えて撃沈している末枯には申し訳ないが、冬希としては嬉しい限りである。ある程度クラスに慣れてきたような気がするのだが、全員と気安い関係を築けている訳ではないため、ペアが見知った相手で心の底から安心した。
「月冴君、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそよろしく。」
「あの、私本当に運動が苦手で、月冴君にご迷惑をお掛けすると思います…」
春影が申し訳なさ気に、上目遣いでこちらを見上げた。両手を前できゅっと握っている。
「僕も苦手だからお互い様だよ。僕達はゆっくり行こう。」
「それだと同じチームの方々の迷惑になってしまいませんか?」
「その時は一緒に謝ろう。」
潔く言った冬希に、目を丸くした春影は、ふふっと小さく吹き出した。そして冬希と目線を合わせてふわっと微笑んだ。
「月冴君とペアになれて、本当に良かったです。」
(っ…!)
心臓が大きく音を立てた。
「そういえば、二人はどっちを選んだの?自主選択の、大縄跳びと台風の目。」
「私は大縄跳びです。」
「俺も。走るのは本当に勘弁だ。」
「そっか。じゃあ、私とは別のチームだね。私は台風の目に参加するから。」
後ろで広げられる会話を聞きながら、冬希の視線が春影に釘付けになった。まるで凍てついた氷を緩やかに溶かすような、暖かい春の眼差しに。
動きを止めた冬希を不思議に思ったのか、春影が目をパチクリとさせる。
「月冴君?どうかされましたか?」
「…っ、いや、何でもないよ。」
「なら良いのですが。」
冬希は顔を手で覆いながら、慌てて取り繕う。こちらを窺う視線が追ってきているのを感じながら、その視線から逃れるようにそっぽを向いた。目を逸らした自分に驚きながらも、どうしてそのような事をしたのかは分からなかった。
その後も鼓動がやけに大きく響いていた。




