閑話 二人の少女①
今回は閑話。ミサキとレン視点の話です。
場面転換毎に二人の視点が切り替わります。
「はぅ! 美咲ちゃん待ってよー」
ウチが帰ろうとすると、後ろから恋が追いかけてくる。
ウチの横までやって来ると、体をくの字に曲げ、手を膝に乗せてはーはーと息をする。
そこまで全速力って訳でもないだろうと、ツッコミたかったが、恋は運動が本当に苦手だった。
「ほら、ちゃんと待っててあげるから」
「うん、ありがとう美咲ちゃん」
「しかし、恋も大概やな。何でいつもウチと一緒に居たいんや?」
「はぅぅ。だって美咲ちゃんはお友達だし。私、友達少ないから」
レンはそう言うが、それは嘘だ。本当に友達がいないのはウチの方だ。
ウチは小学校の時にこっちに引っ越してきた。その頃から、皆と言葉遣いが違うって、ずっと揶揄われてきた。
流石に高校にもなると、揶揄う人は居なくなったが、今までの名残で、何となく皆から外れて行動するようになっていた。
そんな中で、恋は唯一と言っていい友達だった。ウチがどれだけそっけない態度でいても、彼女だけは、一緒にいてくれた。
ウチは恋に感謝している。恋のお陰で一人にならなくてすむからだ。
だけど、恋がウチのために他の友達の誘いを断ってるのも知っている。
そんなことをすれば、恋も友達が離れていってしまうのに。
だからウチは、恋が他の友達と離れないように、距離を置こうと、今日も一人で帰ろうとしていた。
だけど恋はウチを追いかけてきた。嬉しかったけど、これでいいの? って気持ちはある。でも、今日はこのままで……。
「はぅ? 美咲ちゃん。あれ何だろう?」
恋が指す方向には……何だろう? 正面が歪んで見える。陽炎かな? にしては変な感じ。
「なぁ。近くに行ってみんか?」
「はぅ? 危なくない?」
「危ないわけないやろ。ただの陽炎やん。でも、こんなにはっきりしてるのなんて、珍しくない?」
「そりゃあ珍しいけど。……はぅ。待ってよー」
ウチは恋の言葉を無視して近づいた。あれっ? おかしいな。普通陽炎や蜃気楼みたいなのって、近づいたら消えるんじゃないの? これ、はっきりと揺れているのが分かるんだけど……。
「……美咲ちゃん、どうしたの?」
追いついた恋がウチに問いかける。そんなに不思議な顔してたかな?
「いや、陽炎って、こんなに近くて触れそうなものやったかなかな? って…っ!」
ウチがそれに触れようとすると、突然それに吸い込まれそうな感覚に捕らわれる。いや、実際に吸い込まれてる!
「美咲ちゃん!!」
ウチは慌てて手を伸ばす恋の手をとる。だけど吸い込む力の方が強力で……結局二人とも吸い込まれてしまった。
――――
「はぅー。どうしよう。美咲ちゃん起きてよ」
私は、未だに目が覚めない美咲ちゃんに、何度も呼び掛ける。そうしないと、私はどうにかなってしまいそうだった。
辺りを見渡すと、そこはさっきまでいた場所とは全く違う場所だった。
ここは何処だろう? 森の中だってことは分かる。だけどそれ以外がさっぱりだ。
そもそも何で森の中にいるんだろう? そこが分からない。
確か最後に覚えているのは、美咲ちゃんが何かに吸い込まれて……って! じゃあここは吸い込まれた先ってことなの!?
それって……私は小説で読んだ、異世界転移って言葉が頭に浮かぶ。まさか……そんなことがあるはずが……。
「ん……」
考えていたら、美咲ちゃんから小さな反応があった。
「美咲ちゃん! 美咲ちゃん!!」
私は懸命に美咲ちゃんの名前を呼ぶ。
「ん、ああ……あれ? 恋?」
「はぅ。良かった。美咲ちゃんが起きてくれたよ」
「なんや。大袈裟な……って。ここ、何処や?」
「分かんないの。私も起きたらここだったから」
美咲ちゃんは少し考えてるようです。が、やがて何かに気がついたよう。
「もしかして、ウチが余計なことしたから、恋まで巻き込んで……」
美咲ちゃんが顔面蒼白になって震える。私は美咲ちゃんを抱き締める。
「大丈夫だよ! 美咲ちゃんのせいなんかじゃない! だから……ね」
私は抱き締めながら、美咲ちゃんに言い聞かせる。しばらくすると、美咲ちゃんは落ち着いたようだ。
「ごめん、取り乱した」
「ううん、仕方ないよ」
むしろ、こんな状況で平気な女子高生なんて、いないと思う。私も美咲ちゃんがいなかったら、きっと泣いてただろう。
「……いつまでもここにいても仕方ないよね。どうしようか? ってかここって日本なんか?」
「はぅぅ。分からないよ」
「そうやな。ならちょっと移動してみるか」
そう言って美咲ちゃんは立ち上がる。この行動力は私も見習いたいな。
幸い少し歩くと、森から出ることが出来た。
「なあ。やっぱりここ、どう見ても日本やないよなぁ?」
「……そうだね。と言うか、地球ですらないと思うよ」
「そうか。……奇遇やな。ウチもそう思う」
今目の前にある光景は地球では考えられない光景だった。
森を抜けた先には町が見える。いや町がどうかは分からない。だって城壁で囲まれてて、外からじゃ分からないから。門の前には列が出来ている。その列には、明らかに人間じゃない人も並んでいる。モフモフした尻尾と耳を付けた歩いている人。
時代錯誤の馬車。いや、馬だけじゃなくて、物語に出てきそうな竜の様なのまでいる。
「映画のセットにしてもやりすぎや。あんな生き物おったら、日本中大騒ぎや」
「ねぇ……どうする美咲ちゃん。あそこに行ってみる?」
「アホっ。何も知らんと、あないなとこに行ったら、何されるか分からんやん」
「はぅ。でもでも。ここにいてもどうしようもないよ。お腹も空いちゃうよ」
私たちが持っているのは、通学鞄だけだ。中には教科書とノート、それからお菓子が少しだけ。
「確かに食料はどうにかせなあかんな。でも……耳を澄ませてみい。何言っとるかさっぱりや」
せめて言葉だけでも通じれば良かったけど、喧騒から聞こえてくる声は、何て言ってるかさっぱりわからない。
あれ? ……誰か近づいてくる!!
「はう! 美咲ちゃん誰かこっちにくるよ!」
「あかん! はよ逃げな! 捕まってもうたら、何されるか分からんで」
そう言って美咲ちゃんは森へと戻っていく。もちろん私もそれについて行く。
後ろを振り返る。男は森へは入ってこようとしないようだ。
男は少しその場に立ち止まったかと思うと、足下に落ちてた私の鞄を拾い上げた。
あっ急いでて、思わず置いてきちゃった!
男はしばらく私の鞄を漁る。止めて! 中身を見ないで! 私は恥ずかしさのあまりに飛び出しかける。
「あかんって恋。今出て行ったら捕まってまう」
分かってる。分かってるけど……。さよなら私の通学鞄。
……って思ったけど、あの男の人鞄に何か入れただけで、鞄を置いて帰って行っちゃった。
「何や? 何を入れたんや? もしかしてウチらに宛てたメッセージやろうか?」
「とりあえず行ってみようか」
「そうやな。ただ、罠かもしれんから慎重にな」
私たちは鞄の場所までゆっくりと戻る。あの男の人はもう居ないみたいだ。
「よし! 鞄を持ってまた森へ戻るで!」
私は今度こそしっかりと鞄を抱きかかえて、森の中まで戻った。
「で、あの男は何を入れたんや?」
「えーと、何か変な紙と……あっ、食べ物だよ!」
鞄の中には干し肉みたいなのとパンが入ってた。
「ホンマか! ……でも睡眠薬や毒が入ってるかもしれん。食ったところを捕まえる気かもな。油断はできん」
そっか……そう言う可能性もあるんだ。美咲ちゃんがいなかったら、気にせずに食べちゃってた。なんか食料で喜んだ自分が馬鹿みたいだ。
「ま、どうしようもなくなったら食べるとして……その紙はなんや?」
「何だろう? 紙というかカード? ……はう! 何か出てきたよ!」
白かったカードの一部が緑色に変化した。一体何だったんだろう。
「どれウチにも貸してみい。……おかしいな何も変化せえへんよ。恋、これ持ったときに何かした?」
「えっ? 別に何も……。ちょっと力強く持ってたくらいかなぁ?」
「強くなぁ……うーん。変わらんなぁ。何や仕掛けでもあるんやろうか? くそっウチのも変化せいっ!! って、あれ変化した?」
美咲ちゃんが持ってるカードは青く変化した。
「何だろうねこれ? 色が変化したら何かあるのかな?」
「う~ん、分からんなぁ。で、他には何か入ってへんか?」
「ちょっと待ってね。うーんと……。あっ何か綺麗な石が入ってるよ! 赤と青と黄色……緑もある。宝石とはちょっと違うかな?」
「さっきのカードと何か関係あるんかな? ウチさっき青だったから、青の石貸して」
私は美咲ちゃんに青の石を渡す。
「これも何か力強く握ったらええんやろうか? ……何か起これー!! って、えええっ!? ちょっ、水が出てきた!」
美咲ちゃんが持った石からは水が溢れ出していた。
「えっ? これどないなってんの? ってか、どうやって止めんの? ええーい! 止まれー!! ……って止まったー!? ……水よ出ろー! ……おおう、出た。……これ自在に水を出したり、止めたり出来るんや」
美咲ちゃんは面白がって、水を出したり止めたりしている。……私にも出来るのかな?
えーと。私は緑色だったから、緑色の石を持って……。
「えっと……水出ろー。……はぅ? 出ないよ?」
私は美咲ちゃんみたいに、水出ろって言ったけど、一向に出る気配がない。どうして?
「もしかしたら、色によって出るもんちゃうかもしれんな。だって青が水ってイメージ通りやもん」
そっか。青だから、水が出た可能性があるんだ。なら……緑って何が出るんだろう?
「そっか……じゃあ何か出ろー! ……はぅわ!?」
突然私は吹き飛ばされた。えっ? 何々? 何が出たの?
「恋! 大丈夫か?」
美咲ちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。
「はぅー。大丈夫だけど、一体何が起こったの?」
「風や。突風が巻き起こったで」
風って……もしかして、この緑の石で風が出たの?
「すごかったでビュワって……ほれ、あそこの葉っぱが全部落ちとる」
確かにあそこの一角だけ落ち葉の量がすごい。
「ねぇ……これって魔法なのかな?」
「これだけじゃ分からんなぁ。単純に、この石の力だけかもしれんし」
「他の石も試してみる?」
「せやな……と言いたいところだけど、赤の石ってヤバない?」
「青が水……緑が風ときたら赤は……火?」
「ウチもそう思う。で黄色は?」
「……電気かなぁ?」
「電気ってよりは、電撃ちゃうん?」
「あっそうだね。……ねぇ。試すの危ないかなぁ?」
「森で大火事とかシャレにならんしな」
「はぅ、あの人なんで私の鞄にこれ入れたのかなぁ?」
「さぁな? 親切かもしれんし、何か考えてるかもしれん。せやけど、今ここで考えても仕方ないことや」
「これからどうしようか?」
「やっぱり元の世界には帰れんよなぁ? ……恋。巻き込んでホンマにすまん」
「だから止めてって。別に私は巻き込まれたなんて思ってないし、それに帰り道だったから、一人でもあの道は通るし……むしろ美咲ちゃんがいてくれて助かるよ」
「恋……」
「はうっ!?」
突然美咲ちゃんが抱きついてきた。はわわ。
「必ず守ったる。どんなことがあってもウチが恋を守ったるからな!」
「……うん。私も美咲ちゃんを守る! だから二人で頑張ろう!!」
とりあえず今日の所は、森の中で一晩過ごすことにした。
でも森の中だから……怖い動物もいるかもしれない。私達は、死角になって見えにくい、隠れれそうな場所があったので、今日はそこで寝ることにした。
 




