閑話 重奏姫の潜入作戦
今回は閑話です。
別行動中のエキドナ視点となります。
妾は今トオルと二人っきりになっておる。ようやく久しぶりの二人きり……いやいや、油断はしてはいかぬ。何せここは敵地じゃからの。
妾達はシオンと別れて城へと侵入をするところじゃ。にしても、トオルの魔法は本当に便利じゃのう。
姿だけでなく、魔力や気配さえも見事に消しおった。さっき結界を抜けたが、おそらく結界を抜けたことさえ相手に悟られぬだろう。もしトオルが敵じゃったとすると……妾の城は何もせずに妾以外全滅するじゃろうな。
それから結界の中は瘴気だらけじゃったが、それもトオルの魔法で妾達に届くことはなかった。
なにやら空間をねじ曲げて、空気の流れがどうのと、よう分からぬことを言っておった。要は魔法で瘴気が届かないと言うことじゃ。
「しかし、この瘴気、妾達はトオルがおるから大丈夫じゃったが、シオン達は大丈夫かのう?」
別行動中のシオンとルーナ。彼らはトオルのような魔法は使えまい。
「シオンくんは毒のスペシャリストだから問題ないよ。むしろ瘴気を食らって、逆に強くなりそうだよ」
などとトオルは笑っておったが、シオンの魔法もトオルに劣らず不思議な魔法じゃからのう。
流石は紫という特別な属性じゃ。それに異世界からの知識が合わさって、えらいことになっておった。
飲むだけで自身の魔力を高める魔法など……この世界のどこを探してもそのような魔法を使えるものなぞおるまいて。
しかも一時的にではない。永久的にじゃ。毎日飲むだけで二ヶ月後には元の倍の魔力を宿すという。ありえんじゃろうて。魔力というのはそう簡単に上がるものではない。
妾が何千年も掛けて、ようやくここまで伸びた魔力を、飲むだけで追い越そうとしておる。軽く殺意が芽生えそうじゃ。
まぁトオルにならいくら抜かれてもいいのじゃが……ゴホン。そうではない。
妾も何とかして、シオンの恩恵に預からねば、このままでは本当に、一年後には歯が立たなくなってしまいそうじゃ。
そう考えると、本当に敵対しなくて良かったと、あの時の妾を褒めてやりたいくらいじゃ。
「シオンくんの心配はいらないけど、問題はセツナくんだろうね。彼女……毒に耐性を持ってるのかな?」
妾がシオンのことを考えている間に、トオルは別のことを考えていたようじゃ。
「トオルはセツナのことを知っておるのか?」
「城のメイドだからね。もちろん知ってるよ。でも、セツナくんは城に居ないことの方が多いから、僕も数回しか見たことがないんだ」
どうやら先ほど会ったリンとセツナという者は、間者のようなものらしい。妾の部下にも間者はおるが、確かに報告するとき以外は城にはおらぬのう。
ましてや、シクトリーナにはケータイと呼ばれる魔道具がある。遠くの者と話すことが出来るらしい。わざわざ報告に戻る必要もないということじゃ。それもまた羨ましいのう。
シオンはわざと隠しておるようじゃが、ケータイいう魔道具は、他にもその場所の映像を送ることも出来るし、文章も送ることができる。小物なら転送も出来るそうじゃ。
シオンのやつ、妾がこれを知ったら、是が非でも取り上げると思ったのじゃろう。本当に小賢しいやつじゃ。トオルが教えてくれなんだら、知ることは出来なんだ。
この魔道具、トオルがおれば量産が可能らしい。なら妾も手に入る可能性があると言うことじゃ。シオンめ。ざまあみろじゃ。ただし、このケータイ。充電とやらをこまめにせねばならぬらしく、充電はまだシクトリーナでしか出来ぬらしい。
現在、他でも出来るように研究中とのことじゃが、未だ実現はしとらぬ。
研究に関しては、妾からもハーマインを含む研究チームを寄越す予定じゃ。じゃから一気に研究は進むじゃろう。それに充電くらい、シクトリーナへ毎日行けばいいだけじゃ。どうせトオルに会いに行くのじゃ。丁度よかろう。
「ふむ。とにかくセツナの安否は心配じゃのう。少し急ぐか?」
「そうだね。どうやらシオンくん達も始めたみたいだし今がチャンスかもね」
城からは少し離れておるが、大きな物音が聞こえてきおる。どうやらシオン達がドンパチ始めたようじゃ。
「それにしては遅かったのう。妾達より先に出ていかなかったか?」
「どうせシオンくんのことだから、寄り道でもしてたんでしょ。彼、どんなに切羽詰まった時でも、気になったことを優先しちゃう悪癖があるんだ。あれだけは本当にどうにかして欲しいなぁ」
ふむ、思い当たる節があるのう。妾と話しておっても、気がつくと違う話になっておった。なるほど確かに悪癖じゃのう。
「おや? 瘴気が散っていくぞ?」
「多分シオンくんだろうね。……まさか本当に瘴気を食べてたりしてないよね?」
トオルがひや汗をかいておる。嘘から出たなんとやらとでも思うておるのじゃろうか?
「悪癖に続いて悪食とは……シオンは本当に困ったやつじゃのう」
「ははっそうだ……ちょっと静かに」
トオルが急に立ち止まる。……正面からスケルトン兵がわんさかと出てきおった。
赤い鎧を着けたスケルトンも後から出てくる。こやつらは他のスケルトンよりも強そうじゃ。
「魔法を唱えてるから大丈夫だと思うけど、音を立てると流石に気づかれる可能性があるからね」
透明で気配を絶っていても、自分から音を出せば気がつかれるようじゃ。
妾達にとってスケルトンなぞ、ものの足しにもならぬが、ここで時間をかけるのはまずかろう。妾達はスケルトンが出て行くのを大人しく待つことにした。
……妾達は今透明になっておる。そのためお互いの姿が見えておらぬ。じゃから今トオルと手を繋いでおるのじゃが……さっきまでは、話しながらじゃったから、あまり気にならなかったが、こうやってじっとしていると、トオルの温もりが手から伝わってきて……何というか、もう辛抱堪らんって感じじゃ。
「……ドナ。エキドナ、スケルトン達は行ってしまったから、僕達も早く行こうよ」
はっ!? いかん。どうやら少しだけトリップしておったようじゃ。
「エキドナって偶にシオンくんにそっくりだよね」
「なっどこがじゃ!?」
トオルのやつ信じられないことを言い寄った。妾とシオンのどこが似ておるのじゃ。
「どこって結構色んなとこがそっくりだよ。初めての相手には必ず様子を見るために丁寧な口調になるでしょ? でもすぐに化けの皮が剥がれていつも通りになる。それに腹の探り合いとかも苦手だよね。いいから正直に話さんかいって言いそうな所もそっくりだよ。あと、部下を苦労させるところとかもそうだよね。いらない心配させたりとか、無理難題を吹っ掛けたりとか」
……心当たりがありすぎて困る。シオンもそうだったのかのう?
「正直否定できぬ。じゃがそれは、他の者も似たようなものぞ」
妾達だけではないはずじゃ。ゼロだって似たり寄ったりのはずじゃ。
「上に立つ人はそんな人が多いかもね。さて、いい加減城に入るよ。……こんな風に余計な話してて遅れるところもシオンくんそっくりだよ」
むむ、これはトオルから……いや、ここで否定すれば、やっぱりとなってしまう。今は大人しくついて行くことにしよう。
――――
「ふむぅ。想像以上に静かよのう」
「そうだね。殆どが外に出ちゃったみたい」
「もしかしてヘンリーも外へ出たのかのう?」
あやつはルーナに執着しておったゆえ、ルーナが顔を出せば出て行くやもしれぬ。
「そうだとしても、先にセツナくんだけは見つけないとね」
「連絡してみればどうじゃ?」
「うーん、潜入中は連絡しない方針だけど、仕方ないよね。ちょっと連絡してみる」
そう言うとトオルはケータイを取り出した。やはり便利なものじゃのう。
「こんな時GPSが使えたら便利なんだけど、流石に無理だからね」
GPSというのが何のことだか分からないが、他にも便利な機能があるようじゃ。
「あっ繋がった。もしもし、セツナく……ん?」
繋がった喜びが一瞬にして消え去り、空気が変わる。透明のため顔は分からぬが、この肌にピリピリくる感じ。トオルのやつ、なんだか怒っておるみたいじゃ。トオルと居て、こんな空気は初めて感じる。……何があったのじゃ!?
「今からそっちへ向かう」
いつものトオルらしからぬ声でケータイを切る。本気で怒っておるようじゃ。
「一体どうしたのじゃ?」
「僕にも分からない。でもセツナくんは広間にいるみたいだよ。行こう」
有無を言わせぬくらいにはっきりと言い放つトオル。妾の為に怒ってくれたときよりも怒っておる。まぁあれは怒っているというよりは、嫉妬的な意味合いが強かったようじゃが。……しかし、少しそのセツナとやらに嫉妬してしまうのう。
――――
「ここかの?」
「多分そうだよ。いいかい? 入るよ?」
「ああ、一緒に入ろうぞ」
扉を開けて広間に入る。するとそこには……。
「姿も気配もないのに扉が開くとは……。そこまで完璧に隠蔽の魔法を唱えるやつを初めて見たぞ」
そこにはここに居るはずのない人物……ゼロの姿があった。
「ゼロ! お主なぜここに!?」
「ん? その声? もしかしてエキドナか? 隠れてないで姿を見せろよ。安心しろ。ここには俺とそこにいる女しかいない」
ゼロが指し示す方向には倒れている女がおった。
「セツナくん!!」
突然トオルが叫ぶ。彼女がセツナらしい。
「心配するな。女は無事だ。それよりも早く姿を見せたらどうだ?」
ゼロの言葉の後、少し待つとトオルの姿が現れる。おお、妾も姿が見えるようになったようじゃ。
妾は心配になってトオルを見て驚く。こんなに怖いトオルを見るのは初めてじゃった。
「おいおい、そんな怖い顔で睨むなよ」
「セツナくんは無事なんだろうね?」
「ああ、無事さ。まぁ俺のお陰とでも言うのかな?」
「どう言うことだい?」
少しだけトオルの表情が弛む。無事という言葉で少しだけ落ち着いたのじゃろう。
「まぁなぜ俺がここにいるかも踏まえて説明してやってもいい。が条件がある」
「条件? 一体なんだい?」
「それはな……」
この後に聞いたゼロの条件とここにいる秘密。それはこの戦いの行方を決定づけるものじゃった。




