第47話 親衛隊を迎えよう
早いもので、エキドナが訪れて数時間が経過していた。
「全く遅いのう。あ奴らはまだ来ぬのか?」
既に三個目のケーキを食べながら、エキドナは呟く。……どうでもいいけど、食べ過ぎじゃね? 太っても知らないからな。
「ちょっと調べてみようか? 通信隊に聞けば分かるかもしれない」
俺も親衛隊に興味があるので、ケータイで通信室に連絡することにした。
「あ、エリーゼ? 俺俺、ん? 俺じゃ分からん? ……ちげーよ! 詐欺じゃねぇから。シオンだよシオン。えっ最初から知ってた? おま、ふざけんなよ! ……ったく。で、そうそうエキドナの……うん、は? マジか。分かった解除してくれ。うんよろしくな」
俺はケータイを切って皆に報告する。
「エキドナの部下らしき飛行物体が、こっちに向かってるって。どうやら結界に引っかかってたらしくて、中々に入れなくてウロウロしてたらしい。通信室もちょうど見つけてこちらに報告するところだったってさ」
「あ奴ら……あんな結界も突破できぬのか。全く情けない」
「あの結界は、弱い者は素通りできて、ある程度強くなると、弾くようにしてあるんだ。もちろんエキドナのように平気で抜けてくるやつも入るみたいだけれど」
前は感知するだけの結界だったが、今後のことも考えて強化している。主にヘンリーの使い魔対策だ。
「それはそうと、先ほどの魔道具は何なのじゃ?」
エキドナは俺の左手に持ってるケータイを凝視している。
「これはケータイと言って、離れたところにいても、同じものを持っていると会話が出来るって道具だ。どこまで繋がるかは実験してないけど、少なくともここからドワーフ王国の距離なら会話が出来たぞ」
「ほう……随分と便利そうじゃの。そのケータイとやらは他にもないのか? 使い魔以外で、遠くの者と話せるなどまるで夢のような道具ではないか。それがあったら今回ももっと早く連絡できたのじゃ」
エキドナが結界に入る前にやって来る情報を知っていたのでどういう事かと思ったら、どうやらエキドナ陣営から使い魔が届いていたらしい。確かに、それならいきなり敵対行動もないと分かるものだ。
主人と使い魔は魔力で繋がっているため、離れていてもテレパシーで会話が出来る。そして、それ以外に、この世界で離れた人と会話をする術はない。
「残念ながら数が少なくてな。それにこのケータイは、この城にある充電器ってので、充電しないとすぐにエネルギー切れになって使えなくなってしまう。だから持ち出しても無意味だぞ」
通話自体はトオルの魔力石で出来るようになっているが、写真やメールの使用は充電しないと利用ができない。そのためケータイやノートPCなどは、地球から持ってきた携帯型ソーラー充電器とキャンピングカーのコンセントで充電している。
セツナやリンのように遠征に出るときは、ソーラー充電器と手回しの充電器の二つを準備しているらしい。
正直今ある充電器だけでは心許ないので、早いところ電気を開発したいところではある。今後のドルクに期待したいところだ。
「仕方がないのう」
仕方がないと言いながらも、エキドナはずっとケータイを凝視している。未練たらたらである。
これで写真や動画、メール機能なども使えると分かったら、無理矢理にでも取られそうだ。気をつけるようにしよう。
――――
俺達は親衛隊を迎えるために、城の入口へと移動した。
タイミングが良かったようで、こちらに向かって飛んでくる複数の影が見えた。あれがエキドナの部下だろう。
エキドナはグリフォンでやってきていたが、部下達はエキドナが乗ってきたグリフォンとは似てはいるが違うように思える。
「あれは……ヒポグリフかな? ふーん、やっぱりグリフォンとは違うね」
トオルはあの乗ってきた魔物のことを知っていたらしい。
「あ、やっぱりグリフォンとは違うんだ。ヒポグリフ? なんとなく聞き覚えはあるけど……」
ゲームで聞いたことがあるけど、てっきりグリフォンと同じ存在だと思っていた。
「グリフォンは上半身が鷹で下半身が獅子、ヒポグリフは上半身が鷹で下半身は馬なんだよ。一説によるとグリフォンの子供がヒポグリフって言われてるけど……どうなんだろうね?」
いつも思うがトオルの知識は底が知れないな。
「ほう、確かトオル……じゃったか? ヒポグリフの起源なぞよう知っておるな。今や誰も知らぬことじゃぞ」
エキドナは感心したようにトオルを見る。どうやら今はヒポグリフはヒポグリフ同士、グリフォンはグリフォン同士の交配で生まれ、また【魔素溜まり】からのリポップでも生まれる。
その為、そもそもヒポグリフがどうやって誕生したかの起源を知るものはいないそうだ。
そしてエキドナの話し方から間違ってないことが分かる。シルキーのことといい、地球の伝承も馬鹿に出来ないな。
「まぁ僕の知識は、神話や伝承で語り継がれてたものだからね。本当かどうか分からないような知識ばかりだよ。だから、あまり当てにはならないかな」
「ほう。神話や伝承とな。他にどんな話を知っておるのか?」
「そうだね……テューポーンの話なんてどうだい?」
その名前を聞いた瞬間、エキドナの顔から笑みが消えた。
「お主……妾の前でその名を口にするとは、どう言うことか理解しておるのか? いや、その様子じゃと、分かっておらぬようじゃの。……全くいい度胸じゃのう。トオル、其方とは一度、二人きりでゆっくりと話したい。後で時間をもらうぞ!」
一瞬ものすごい殺気がエキドナから放たれるが、すぐに霧散した。トオルの奴……せっかく仲良くなりそうなのにぶち壊すようなこと言わないでくれよ。
それにしてもテューポーン……テュポーンかな? 聞いたことはあるけど、どんなのだっけ? どうやらエキドナとも因縁のある人物のようだ。
ってか、エキドナの方を聞いたことがなかったけど、有名な種族なのか?
ただ、流石に今聞く勇気はない。後で神話辞典で調べてみることにしよう。
「僕も、自分の知識がどこまで正しいのか知りたいから、是非一度話をしたいところだね」
フフフと意味深な笑みを浮かべながら答えるトオル。おいおい、挑発的なことは控えて欲しいんだが。
二人の間の異様な雰囲気に、気がつけば、既に到着していたエキドナの部下がこちらに攻撃をするべきか悩んでいた。
「止めとくがよい。お主らの敵う相手ではない。それよりも遅れてきておきながら、挨拶もないとは何事じゃ!」
親衛隊が剣を抜こうと構えていた所を、エキドナの叱責が飛ぶ。親衛隊は柄にかけていた手を素早く離し、エキドナの前に跪く。
「エキドナ様、遅れまして申し訳ございません。ですが、エキドナ様のグリフォンには敵わないのは分かりきっております。一人で先行するのはおやめ下さい」
「ラミリア……確かにそなたの言うとおり、妾のグリフォンにヒポグリフでは敵わないのは分かる。しかし、妾が予定した時刻よりも遅れたのは、其方らが結界に阻まれたからじゃろう? 全くあの程度の結界も破れぬとは情けない。」
エキドナは先頭にいた女性に問いかける。ラミリアと呼ばれた彼女が、親衛隊のリーダーなのかな?
「そ、それはその……」
まさか結界のことを知ってるとは思ってもみなかったんだろう。ラミリアは言い淀んでいる。というか、俺達の結界をあの程度とか言わないで欲しい。
「まぁそんなことはどうでもよい。それよりもここの主に挨拶をせぬか。さすがに失礼ぞ」
言われてハッとしたようにこちらを向く。
「大変失礼いたしました。我らはエキドナ様の親衛隊でございます、私は親衛隊長を務めさせて頂いておりますラミリアと申します」
跪いたまま挨拶をするラミリアに少し気圧される。
「あ、ああ、俺の名はシオン、一応ここの城主になる。そんでこっちがトオルとサクラ、それからメイドのルーナだ」
流石にエキドナと違い、今度はこっちの方が、立場が上のはずだから敬語は使わない。
「ラミリア、城主はシオンとのことじゃが、トオルとサクラ、それからあと一人おるらしいが、その四名と妾は対等の友誼を結んだからの。そのつもりで対応するがよい」
エキドナの言葉に絶句し動きが止まるラミリア。すぐにハッと我に返りエキドナに詰め寄る。
「エキドナ様! どういうことでしょうか! 対等の友誼など……魔王でもない者に対して行うことではございません!」
「友誼を結ぶのに魔王は関係なかろう。それにこの三人はすでに魔王と同レベルの存在ぞ。なにせ三人のみでヘンリー軍を全滅させると言ってのけるくらいじゃからの」
その言葉を聞いてラミリアは鼻で嗤う。
「あの不死軍を三人で全滅させる? エキドナ様はそのような戯れ言を真に受けておられるのですか? そんなこと不可能に決まっているではありませんか! 全滅どころか、不死王自体に敵うはずがございません」
ラミリアはあからさまな侮蔑の表情でこちらを見る。
「ほう。ラミリア、お主はシオン達がヘンリーには敵わないと申すか。面白い、ならば確かめてみるか?」
エキドナはニヤリとこちらを向く。
「シオン、ラミリアとちょっと手合わせをしてみぬか? なに、ちょっとばかし力の差を見せるだけでよい」
いや、そう簡単に言われても……。
「あ、じゃあ私が相手してもいいかな? 女同士だし丁度いいでしょ?」
今までずっと大人しかった姉さんが手を上げて主張する。
「えっでも……」
「いいじゃない別に。それに、やってみたいこともあるし!」
随分と張り切っているけど……凄く不安だ。
「おお、サクラがやるのか! もちろん構わぬぞ。ラミリア、お主もよいか? 妾の親衛隊長を名乗るのなら少しは抵抗してみせるのだぞ?」
「エキドナ様、それではまるで私が負けるような言いぐさではございませんか。いいでしょう、私が実力の差を見せてあげましょう」
ラミリアは胸を張って返事をする。いやに自信たっぷりだが……そして姉さんの方を見る。その目にはまるで負けるはずがないといった表情である。
うーん、面倒なことにならないといいけど……。




