第39話 魔王と戦おう
転移直後、目の前に飛び込んできたのは、知らない男が鎌でルーナに切りかかっているところだった。
それをかろうじて避けるルーナ。避けてよろめいた所を後ろから抱き抱える。
「えっ? シオン……様?」
いきなり抱き抱えたから驚いたのだろう。ルーナが俺を見て目を丸くしている。
よく見るとルーナの服は所々切り刻まれている。今のルーナは通常の半分以下の能力だ。きっと激戦だったに違いない。
俺は相手への怒りでどうにかなりそうだったが、まずはルーナを落ち着かせることが先だ。
「ルーナ、大丈夫か? 怪我はないか?」
そう言いながら寄りかかっていたルーナを立たせる。
「は、はい。シオン様。平気です」
ルーナは少し顔が赤いか? それに息づかいも荒いみたいだ。それだけ大変だったんだろうな。でも、幸いなことに怪我はないようだ。
「アイツがヘンリーか? すまん、俺がいなかったばかりにルーナには苦労をかけた。後は俺がやるから向こうで休んでてくれ」
「シオン様! 危険です! わたくしも一緒に……」
そう言いながらもルーナはよろめく。やはりかなり体力を消耗しているようだ。
「大丈夫だ。任せてくれ。アイツにはルーナを傷つけた分シッカリと返してやる!」
目の前にいるアイツは絶対に許せない。
「シオン様………ではお任せします。わたくしはサクラ様と後方で待機させていただきます」
その言葉に、姉さんもここにいたことを思い出す。
「そうだ! 姉さんは!? 大丈夫なのか?」
俺は辺りを見渡す。
……いた。捕虜の近くでアンデッド達相手に元気に立ち回っている。
「さぁ! 次はだれ! 早く来なさい!」
そんな声が笑い声と共に聞こえてくる。……どうやら何の問題もないみたいだ。
「姉さんは元気そうだね」
「ふふ、そうですね。ですが、今はアンデッドが生まれたばかりですので、あまり強くない状態です。恐らく時間が経つ程に強くなってきます。時間を掛けると危険かもしれません」
今は大丈夫かもしれないけど、段々キツくなっていくかもしれない……か。俺がヘンリーを倒すのが遅くなればなるほど姉さんたちが危険になる。
「よし! トオル交代だ。姉さんと一緒にアンデッドの処理をお願いしてもいいか! 時間を掛け過ぎると危険みたいだ」
トオルは俺がルーナと話している間、ヘンリーの相手をしていた。
「ルーナ。アンデッドの倒し方ってどうするんだ? 見たところ倒しても復活してるみたいだけど」
姉さんが倒したアンデッドはしばらくすると復活しているように見える。
「完全に動けなくするには浄化するか、聖なる属性で倒すしかありません」
「聖なる属性って? ルーナの銀とかか?」
「他にも浄化や傷を治したりする魔法ですね。ヒカリ様の魔法も聖なる属性で言いかもしれません」
流石にヒカリをこの場に連れてくることは出来ない。
「なるほど……ルーナ。疲れているところ悪いが、姉さんをサポートしてあげてくれ」
トオルと姉さんは聖なる属性ではない。完全に倒すにはルーナの力が必要になる。
「畏まりました。シオン様も気をつけて。くれぐれも血だけは流さないようにしてください」
「ち? 血液のことか?」
「ええ、ヴァンパイアは血を統べる種族です。一度相手に血を取られると、様々な呪いを受けてしまいます。くれぐれも気をつけて」
日本で読んだことがある漫画でも、ヴァンパイアが血を使って相手を呪い殺すような場面があった。それと似たようなものかな?
「分かった。他に何かあるか? 弱点とか教えてくれると助かるが?」
これも日本の知識だが、ヴァンパイアって言ったらニンニクや杭。それから銀製品か。
「ふふっ、甘えないで下さい。それくらいは頑張ってご自身で見つけるのですよ。きっとシオン様なら大丈夫ですから」
ルーナは微笑みながら言う。こんな時でも修行か……ルーナらしいや。
「あっ、ちょっと待って」
そのまま姉さんの所へ行こうとするルーナを慌てて止める。
「何でしょう?」
振り返ったルーナに俺はスーラを投げ渡す。
《ちょっとシオンちゃん! 扱いが雑なの!》
「すまんすまん。だけどスーラ。今回は俺の戦いをしっかり見ておいてくれ。コンビネーションの為の勉強だ。次からは一緒に戦おう」
今回はまだコンビプレイの練習をしていない。次に向けてしっかりと見ていてもらおう。
《仕方ないの! しっかり見とくからシオンちゃんも頑張って!》
……絶対に情けない所は見せられないな。
――――
「シオンくん、交代だ! って言ってから随分と時間が経ってると思うけど?」
トオルに近づくと開口一番怒られた。そんなに時間は経ってないと思うけど……戦闘中の数分って長く感じるから仕方がないか。
「すまん、何か色々と話してたら遅れた。ここは大丈夫だから姉さんの方へ向かってくれ」
「ったく。貸し一だからね。僕だって魔王と戦いたいのに譲ってあげるんだから……でも、正直言ってあの人そこまで強くなさそうだよ」
「そうなのか? ルーナが苦戦してたんだぞ? それに仮にも魔王だしそれなりに強いと思うけど……」
「強いことは強いよ。今まで戦ってた人達と比じゃないくらいに。でも、手が届かない訳じゃない。そんな感じ。っと、それじゃあ頑張ってね!」
ヘンリーの飛ばしてきた攻撃を避け、その攻撃に小さな魔力を飛ばして消滅させる。そしてトオルはそのまま姉さんの所へ行った。
さて、と俺はヘンリーの方を見た。
「やれやれ、また交代ですか? 全く愚かですねぇ。一緒に戦えばまだ勝機はあったかもしれませんのに……わざわざ不利な行動をとる。全くもって理解できませんねぇ」
何か神経を逆なでするような、話し方だ。正直気にくわない。
「そう不利でもないさ。お前ごときには他の奴の手を借りるまでもないってことさ」
俺の言葉にピクリと反応する。コイツ……自分で煽っておきながら、この程度の言葉に反応するのか?
「ほぅ、言ってくれますねぇ。あそこのメイドには、過去に煮え湯を飲まされたので侮りも甘んじて受けることも許容出来ますが、貴方のような雑魚にまで侮られると流石に……ん? 貴方何処かで見たと思いましたが、私の使い魔を殺した愚か者ですねぇ? これはこれは………貴様ただでは殺さぬからな! じわじわと嬲り殺してやる!」
おお、豹変しやがったぞ。俺があのコウモリみたいなのを殺したのを見ていたようだ。かなり怒ってる。
ヘンリーは俺に向かって何かを飛ばして来た。飛んでくるのは三つ。
あれは……コウモリか? 羽が動いていないが形はコウモリだ。
とりあえず【毒射】で迎撃を試みる。すると先頭のコウモリは当たる直前にスッと横に避けられた。避けるってことは生物なのか? 飛行機みたいな避け方だったけど……俺は魔法か生物か確認するために【無効盾】を発動させた。これがコウモリ? に当たれば正体が分かるはずだ。
流石のコウモリ? も突然現れた盾には避けることは出来ず、先頭のコウモリは正面からぶつかる。するとそのコウモリ? は地面に落ちず消滅していく。どうやら魔法のようだ。しかし、後続のコウモリは【無効盾】を避け、こっちに向かってくる。
どうやら魔法を操作しているだけのようだ。俺は残り二つを避け……ながら、さっきのトオルの行動を思い出す。
トオルは攻撃を避け、その攻撃に向かって魔力を投げ消滅させた。
ってことは、この攻撃にはホーミング機能がついているはずだ。考えてみればトオルが避けること自体おかしいんだ。魔法なら跳ね返せばいいんだから。反射させても、戻ってくることが分かってたから使わなかったんだ。
俺は戻ってくるコウモリを迎撃するために振りかえる。その瞬間、背後に気配を感じる。
「駄目ですよぉ。敵に後ろを見せたら」
しまった! と思ったときにはもう遅い。背後にはヘンリーが鎌を振り上げていた。ここは【自動盾】で……いや!
まず【自動盾】が発動する。鎌は一瞬止まったが、【自動盾】より強い攻撃だったようで、【自動盾】は破壊される。だが、その破壊される一瞬のうちに今度は【毒の盾】を発動させる。間一髪のところで鎌は防ぐことが出来た。
【自動盾】を過信していたら、【毒の盾】の発動は間に合わなかっただろう。
ルーナとの模擬戦が生きたな。念のため準備していて本当に良かった。
鎌は【毒の盾】に接触することで、盾に付与された腐食の効果で刃が……と、危険を察知したのかすぐに離れる。くそっ壊すことは出来なかったか。
「おやぁ? 防がれましたか。まさか反応されるとは思いませんでしたが……それただの防御魔法じゃありませんねぇ? 最初のは無意識に発動でしょうか? それからその後の強力な防御魔法……あの一瞬で刃が錆びついてしまいましたねぇ。もう少し遅かったら完全に破壊されてましたよ。能力は腐食……でしょうか? 少し違う気もしますがまぁいいでしょう」
くそっ! 今の攻撃だけで、殆どこっちの情報は見破られた。
まだ俺の属性が毒だと言うことには気がついていないだろうが、時間の問題だろう。って言うか毒はバレても……。
そうか! 毒がバレてないなら教える必要はない。しばらくは腐食系だけで攻めていって、いざという時にとっておきの毒をお見舞いしてやろう。
そうと決まれば今度はこちらの番だ。一気に攻勢に出る為、武器を召喚する。
両手に少し長めのダガーを召喚した。武器は色々と模索したが、最終的にはこの双剣タイプが一番しっくりきた。
俺の場合、当たれば毒の効果があるから、そこまでの威力は求める必要はない。斧や大剣は必要ない。それよりも動きやすい武器の方が望ましかった。
後は剣の形よりはダガーの方が毒っぽいという理由で採用した。
左手のダガーは盾代わりにも使用する。【自動盾】があるけど正面の攻撃に関してはこっちの方が確実性がある。順手に持ち変えて攻撃することもできるし投げることもできる。
俺は右手ダガーの切っ先から【毒射】を飛ばす。別にダガーの先からでなくてもいいのだが、人差し指や剣先など照準になるのがあった方が発動しやすい。
ヘンリーはそれを躱さずに鎌の刃の部分で受け止める。すると刃の部分が砕ける。【毒射】には先程同様腐食の効果を付けている。ボロボロの鎌で受けきれるはずがなかった。
「何!?」
鎌が砕けたヘンリーは驚き、一瞬だけ動きを止める。
その隙を逃さず、俺はヘンリーに向かって斬りかかる。
ヘンリーは虚を突かれたが、間一髪のところで鎌の柄の部分で受け止める。
チャンスだ! 俺は受け止められたダガーの腐食能力を強化する。
すると柄の部分も溶けて崩れていく。障害の無くなったダガーはそのままヘンリーの右肩の部分から斬りつける。刀身が短いので真っ二つとはいかないが、毒の効果もあれば十分といえるだろう。
「やったか!?」
一瞬ガッツポーズを仕掛けたが、まだ早かったようだ。斬りつけられた部分から体全身が霧散していく。最終的には顔の部分だけ残って残りは霧状になった。正直キモイ。
「よくもやってくれましたねぇ。私の大鎌を壊すだけでなく、体にまで傷をつけるとは……しかし、ご覧の通り、いくら攻撃をしようが、霧になるだけでダメージは受けません。それに……ほぅら。これで元通りです。私はダメージ一つ負ってないですよ」
ヘンリーの体は霧状から元の体に戻っていく。ホントにダメージはないようだ。
どうやらヘンリーは自分の体を自由に霧に変えることが可能のようだ。ってことは物理攻撃は無駄ってことか。……そういえば霧には毒は効かないのか?
そもそもヘンリーは本当に霧なのか? そこから検証する必要がある。
俺は【毒の霧】の魔法を完成させる時に霧について調べていた。
霧というのは、水蒸気が凝結して小さい水滴になったものらしい。要は小さな水の粒ということになる。【毒の霧】はまさしく小さな毒の水粒だ。
通常霧を晴らすには、気温を上げて水蒸気状態にする。雨を降らせる。風で吹き飛ばすなどの方法がある。
さて、ヘンリーのあの状態は水粒なのか? それとも別の……塵の様な物でそれが霧のように見えるだけか?
まぁ水粒でも別の物でも、粒一つ一つに意思があるなら、仮に吹き飛ばしても元に戻ってしまうだろう。水粒なら他の水と合体させることで消滅しないか? ……無理な気がする。
でも、他の水と混ぜるのっていいアイデアじゃないか? 要はその水が普通じゃなければいいんだ。
俺も【毒の霧】か【毒の雨】を降らせて、水滴で粒を覆い尽くせばアイツは元に戻れなくなるんじゃないのか? 粒一つ一つを毒で殺していく?
……あれを一つ一つ封じ込めるのは非常に面倒くさいが、試す価値はあるな。だが、その為にはアイツをもう一度霧状にしないといけない。
よし、あれを試してみるか。そう思って俺は魔法を唱える。その魔法は【毒散弾】。【毒弾】と【毒射】を合わせたような魔法で、【毒弾】が散弾銃で【毒射】が弾のイメージだ。銃の表現は難しいので【毒弾】にボーリングの玉のような穴をたくさん開け、そこから無数の【毒射】が発射されるのだ。
俺は目の前にボーリングの玉サイズの【毒弾】を五つ召喚する。
「いっっけぇぇ!!!【毒散弾】!」
俺の言葉と同時に五つの弾から一斉に無数の【毒射】が発動する。
発動して分かったが、散弾というよりは拡散レーザーの方がピッタリだ。まぁ今は名前なんてどうでもいいか。
別に目標をヘンリーに定めた訳じゃない。ヘンリーを中心に広範囲に発射させた為、ヘンリーに逃げ場はなかった。
ヘンリーの体は瞬く間に打ち抜かれていく。が、やはり霧状になっているだけで、ダメージも毒も食らってなさそうだ。
「ははは! いくらやっても無駄でべしっ!」
話している間に顔に当たり、顔も霧状になる。そのまま全身全てが霧状になる。
よし! 今から体に戻るまでが勝負だ!
俺は急いでヘンリーの霧があるところに【毒の霧】を発生させる。そしてヘンリーの霧を俺の【毒の霧】で一粒一粒封じ込める。霧は中に封じ込めた段階で表面をコーティングして水滴のまま、水に戻らないようコーティングを仕掛けた。
効果は絶大だった。まず、ヘンリーの黒い霧と俺の紫の霧がマーブル状に混ざり合い、少しずつ黒い部分を吸収していく。すると吸収が終わった粒がどんどんと下に落ちていく。下に落ちでもコーティングされているため雨粒のように地面に溶け出さない。まるで霙のようだ。最終的には黒い部分はなくなり砂山のような紫の粒が地面に残っていた。
ヘンリーは……うん、出てこないな。残ってる霧もないし、全部閉じ込めたようだ。
……少し時間を置いてみたが、粒山には何の変化もない。もしかしてこれで終わりか? だとするとさすがにあっけなさすぎるぞ。
一旦【毒の霧】の解除をしてみるか? いや、今の状態で解除してヘンリーが無事だったら意味がない。
確実にヘンリーが死んだと分かる方法はないものか? とりあえず俺は紫の粒のところへ近づいてとりあえず一粒持ち上げる。
……うわぁ生きてるわこれ。流石に一粒一粒が小さすぎて見た目では判断できないが、元は自分が作った魔法の粒だ。意識すれば中の情報は分かる。毒の水の中で必死に外へ出ようと動き回っている黒い粒があるのが分かる。
俺は山になった粒を見る。……これ全部そうなのか? 多分これ千や万……いや、何十万ってくらい粒があるんだが……。
おそらくヘンリーの粒は俺の紫の粒を打ち破る強さがないんだろう。普通に考えるとヘンリーの魔力の方が俺の魔力より高いはずだから破れそうなものだが……。
しかし、このままでは俺の魔力も消費し続ける。どうにかしなくては……。
仕方がない。魔力はさらに消費するが、【毒の霧】の熔解度を上げて、粒を消滅させてみるか。
俺は現在の限界地点まで毒粒に魔力を注ぐ。するといくつかの粒が破裂した。中から破られた!? と思ったが、そうではないようだ。どうやらヘンリー粒が消滅したらしい。
俺が紫粒に出した命令は、中にヘンリー粒を入れたらコーティングして割れないようにすることだった。だからヘンリー粒が無くなった時点でコーティングが解けたのだ。
それから次々にパチンパチンと粒が破裂していく。魔王にしてはあっけない最後だ。そして残りが数粒になったところで破裂は止まった。
この数粒は他の粒より少し大きい。もしかしたらヘンリーの中でもコアになる部分なのか? そういえば魔石はないのかな? まさか魔石も溶けたとか?
うーん、ここで考えても仕方がない。ひとまず俺は残った粒を持って、皆の所へ行くことにした。




