閑話 ルーナの思惑
今回は閑話です。
ちょっとだけ時間が戻って、シオンが兵士と戦っているところからのルーナ視点です。
全くシオン様は甘いですね。捕虜がどうこう言わないで、とっとと全員殺してしまえば良いものを……。
モニターを見ながらわたくしは先ほどかかってきた通話を思い返します。
シオン様が人間の兵士達を全滅させなくてもいいんじゃないか? と申してきました。正直人間の生死なんてどうでも宜しいので許可は出しましたが……。
「しかし人間は本当に醜いですね。せっかくシオン様が慈悲を下さったのに、同士討ちを始めるなんて」
わたくしは誰に言うでもなくため息とともに呟きます。観れば随分と同士討ちで死んでるではありませんか。それでもシオン様は残った兵をまとめ上げ、数人と一緒に結界の外の部隊の元へ向かいます。
城主として成長するためには、ただ殺すだけでなく、このようにまとめ上げることも大事かもしれません。そう考えると全滅させなくても良かったかもしれませんね。
その後シオン様は、森の入口に待機しておりました輸送隊も殆ど殺さずに、降伏させてしまいました。
流石シオン様ですね。連れてきた捕虜を上手く利用して同士討ちもなく見事に降参させました。シオン様の素晴らしさは周りを引き込む人心掌握術にあるかもしれませんね。
トオル様しかりヒカリ様しかり……。本人が動かなくてもシオン様のために周りが動きます。
おや? シオン様から連絡が……。輸送隊をこのまま帰してもいいかと聞かれました。
別にわたくしに聞かずとも、シオン様が城主なのですからご自身で決められてよろしいのに……。この辺りの決定力がまだまだですが、わたくしを頼って頂けるのは嬉しいですね。
もちろんあの人数を連れて帰られるとこちらが困りますので許可します。ですが、タダで帰すのは勿体ないでしょう。どうやらお相手は竜に乗って来たようですし、竜を頂けるならとお願いしました。
今後ツヴァイスの発展に役立てましょう。
――――
しばらくすると、今度はトオル様から連絡がありました。
『シオンくんから転移要請のメールがあったけど……こっちはもう終わっていいかな?』
トオル様には城に侵入したAランク冒険者と戦って頂いたいておりました。ですが、ただ相手をするのでしたらシオン様よりも軽い訓練となってしまいます。その為、縛りとして、シオン様の戦闘が終了するまでの間、攻撃は一切不可。ひたすら避ける続けるよう指示しておりました。
人間の中ではAランク冒険者というのはそれなりの実力者の筈です。その実力者三十人を相手に、攻撃は一切せずに避け続けるのは、それなりに大変だったはずです。
因みにトオル様には、今戦っている冒険者の前に、百名の兵士の殲滅をお願いしました。こちらは縛りを設けておりませんでしたので、すぐに終わったようです。
「ええ、シオン様の方も戦闘は終了しておりますから、戦利品の輸送を手伝ってあげて下さいませ」
『戦利品ってメールに書いてあった竜のことかな? ツヴァイスに誘導でいいんだよね? あ、あとこの冒険者たちはどうする? 殺しちゃう? それとも捕虜にする?』
どうやら大まかな話はシオン様のメールに書かれていたようです。冒険者については十二分にトオル様の役に立ったようですから用済みです。それにしてもトオル様はシオン様と違い殺すことには躊躇いはなさそうです。同じ世界の友人同士なのに、こうも違うとは興味深いですね。
「お好きにされてください。シオン様が捕虜を捕られているので、今更その程度の人数が増えても変わりません」
『うーん。じゃあ気になるチームもあるし、話も聞いてみたいから、何人か捕虜にするよ』
モニターを確認すると、トオル様が何名か峰打ちで眠らせております。そして眠らせている方と、死体を分けるとその場から転移しました。
――――
「やぁルーナくん。少しいいかい?」
通信室へと転移してきたトオル様から声をかけられました。てっきりそのままシオン様の所へ向かうと思っておりましたから少し驚きました。
「トオル様、お疲れ様でした。そのままシオン様の所へ向かわれると思っておりました」
「いや、せっかくシオンくんの所に行くんだ。もう戦闘もないだろうし、スーラくんを連れて行こうかと」
その言葉を聞いた瞬間、モニターにかじりついてシオン様を観ていたスーラさんが、トオル様に向かって飛びつきました。
余程シオン様に会いたかったのでしょう。とても嬉しそうです。ああやって感情を表に出せるのは少し羨ましいですね。
「はは、スーラくんも待ち遠しかったみたいだね。じゃあシオンくんの所に行ってくるよ」
要件はそれだけのようで、トオル様はスーラさんを連れて城の前に転移しました。どうやらここから森の入口まで行くようです。
その後は無事シオン様と合流し、ツヴァイスへ向かったようです。ツヴァイスへはモニターが映し出されませんので状況は分かりません。
これでツヴァイスの開墾は捗るでしょう。後は人員ですが……フィーアスからは村人を借り出せそうもありません。するとやはりメイドから……ですが、それでは第二メイド隊と警備隊の負担が多すぎですね。どうやらこの後も考えることは山積みのようです。
――――
「ルーナくん、ちょっと相談があるんだ。シオンくんが我儘を言っててね……どうしようか?」
わたくしがツヴァイスの今後について考えていると、トオル様の声が聞こえてきました。いけません。考えに集中して全く気がつきませんでした。
「シオン様が我儘ですか? 珍し……くはないですね。それで今度は一体何を仰っているのでしょうか?」
「別に大したことじゃないんだけどね。今一緒にいる捕虜がいるじゃない。あの人達にフィーアスを見学させたいって」
「フィーアスにですか? どういう意図があるのでしょうか? ……まさか村人にするおつもりで?」
「いや、流石にそれはないみたい。でもシオンくんはあの連中が気に入っちゃったみたいなんだよね」
トオル様は少し呆れたように言います。ですが、それはわたくしも同様です。先ほどまで敵だった者を気に入るとはどういうおつもりなのでしょうか。
それに、気に入ったからフィーアスを見せる? でも村人にする気がない。全く分かりません。
「わたくしには理解できませんが、シオン様がお見せしたいと仰るなら構わないと思いますよ。別に見せた所で、シオン様の【毒の契約】がある限り、ここの情報が漏れる心配はないでしょうから」
「僕には何となくシオンくんの気持ちがわかるけどね。ただ僕にはあまり関係ない感情かな」
何でしょう、関係ないと言いながらもトオル様は少し寂しそうにしております。……あまり触れない方がよろしいでしょうか?
「じゃあ、とりあえず村に行って、村長と話してからシオンくんを村に連れて行くよ。その後また戻ってくるからこの後の相談をしてもいいかな?」
「畏まりました。わたくしも現在の状況を他のメイド達と共有いたします」
トオル様が出て行ったので、わたくしは各メイド隊のリーダーを通信室に呼び寄せました。今回の報告会を行わなくてはなりません。
報告会には警備隊のリーダー以外が集まりました。警備隊のリーダーは竜の引き継ぎで忙しいようです。代わりに別の警備隊のメイドがやってきました。まぁわたくしが引き継ぎを頼んだのですから仕方がありません。
各リーダーから今回の戦いでは、特に人的被害も物的被害もなかったと報告がありました。人的被害は当然ですが、物的被害もなかったのは助かります。
この後は死んだ兵士の処理と戦利品の確保について話さなければなりません。何せ生きている捕虜を帰したとしても、千五百弱の死体がある計算になります。装備を剥がしたり、浄化をするだけでも一苦労です。
――――
「ルーナ様大変です!」
報告会も終盤にさしかかっていた頃、突然キャメリアが大声を出します。
そして複数あったモニターが大きな一画面のモニターに切り替わりました。
「まさか!? あれはヘンリー卿!?」
モニターは広場の捕虜と一緒にヘンリー卿が映し出されていました。
「先ほど突然地面に魔方陣が現れまして、そこからヘンリー卿が……」
「魔方陣!? 確か眷属を召喚する魔法が魔方陣型でしたね。誰かがヘンリー卿を召喚したというのですか? もしかしてあそこにいる捕虜たちが? ありえません!」
あの中にヘンリー卿を召喚できる実力者がいる筈がありません。でも、あの場には捕虜以外居ないのは明らか。それにヘンリー卿を召喚するにはそれなりの生贄が……。
「使い魔!? 先日偵察に来ていた使い魔はどうしました!?」
わたくしは先日の使い魔のことを思い出しました。
「先日の……とはシオン様が倒された使い魔でしょうか? それならば一緒に死んでいた兵士と一緒に浄化しましたが」
「本当に全て浄化出来ましたか? 眷属召喚は骨一欠片、血一滴からでも召喚できたはずです」
「そう言われると、あの使い魔はシオン様の毒で溶けて死んでましたので、欠片全て浄化できたかは……まさか!」
「おそらくそれでしょう。ヘンリー卿は使い魔を媒介にしてご自身で召喚したのです。眷属召喚では自分の眷属のみ可能のはずですが……わたくしもウッカリしていましたが、まさかヘンリー卿自らも召喚できるのとは」
これはちゃんと浄化を確認しなかったわたくしのミスでもありますね。
モニターを観る限り、まだヘンリー卿に動きはないようです。今は召喚されたばかりで、状態の確認をしているようです。
「まだ本調子ではなさそうですので、今のうちにどうにかしましょう。シャルティエはすぐにシオン様に連絡を! わたくしは……」
「ルーナ様! 兵士の死体が!」
指示の途中でキャメリアが大声を出します。慌ててモニターを確認すると、死んでいた兵士が起き上がっているではないですか! 起き上がった死体は、そのまま生きている捕虜に襲い掛かります。
「アンデッド化!? なるほど……これがヘンリー卿の目的ですか」
ヘンリー卿の目的は大量のアンデッド兵を作ることだったようです。赤の国の兵士を自分の眷属にして戦力アップを謀ったのでしょう。戦力の確保と敵の戦力を削減。なるほど一石二鳥ってことですね。
「わたくしが出ます! 時間稼ぎをしますから、早くこのことをシオン様へ!」
「危険ですルーナ様! 場所は城外なのですよ! いくらルーナ様が強くても城から出たりされたら……」
他のシルキーなら領土内ではそこまで能力値は下がりませんが、わたくしは他のシルキーとは違い、城門より外に出てしまうと城から離れる距離に応じて能力値が下がっていきます。
あの広場の距離ですら、能力は城内に競べると半減するでしょう。ヘンリー卿相手では厳しいかもしれませんね。
「そうも言ってられません。早く行かないと人間の捕虜が全滅してしまいます」
正直わたくしは人間の捕虜がどうなろうが知ったことではありません。ですが、捕虜が死ねばきっとシオン様は気に病むでしょう。悲しむシオン様は見たくありません。
「私も一緒に行くわ!」
その声は通信室の入口から聞こえてきました。いつの間にかサクラ様が来ていたようです。
「サクラ様! お休みされてたんじゃ!?」
「少し落ち着いたから戻ってきたんだけど……なんかヤバそうね。詳しくは知らないけど、ルーナが出て行くって言うくらいだから大事なんでしょ?」
どうやら状況は全く分からず、ただ行くって言ったようです。サクラ様らしいですね。
「サクラ様。実はシオン様が捕虜にした兵士のいる場所に不死王ヘンリーが現れまして、捕虜を次々とアンデッド化し始めたのです。そこでシオン様が戻られるまでの間、ルーナ様が捕虜を助けに行くと……」
第一メイド隊のシェルファニールがサクラ様へ報告します。サクラ様にそんなことを教えたら……。
「ちょっと! 想像以上に大変じゃない! それなら早く行かないと……ああっ! ほらっ!? 言ってる傍からやられちゃってるじゃない! ルーナ早く行きましょう!」
サクラ様はモニターを観ながら叫びます。説明すればこうなることは分かってました。そしてサクラ様のことです。危険だから残れと言っても聞かないでしょう。全くシオン様といいサクラ様といい変な所で強情なところはそっくりです。
「そうですね。シャルティエ、早くシオン様に報告を! わたくしはサクラ様と一緒に出ます! サクラ様、行くなとは申しませんが、本当に危険ですので、わたくしの指示には従っていただきますよ」
「あら、随分と物わかりがいいわね。てっきり止められると思ったけど……。止める暇もないくらい時間が押してるってことね。分かったわ行きましょう!」
「お待ち下さい、サクラ様。時間が勿体ないので、ここから転移いたします」
わたくしは魔法結晶を取り出します。シエラ様が亡くなったため、使用回数に制限がございますが、背に腹はかえられません。
「えっ?」
疑問顔のサクラ様の手を取り、魔法結晶を発動させました。
――――
「えっ? ここは? もう着いたの?」
キョロキョロと辺りを見回すサクラ様。
「っ!? サクラ様!」
突如現れたわたくし達にアンデッドの一体が襲い掛かってきます。わたくしはそのアンデッドに蹴りを入れ、サクラ様を下がらせます。
「あ……ありがとう。助かったわ」
「サクラ様。ここはすでに戦場です。油断されないようにお気を付けください」
サクラ様は「分かったわ」と短く返事します。気を引き締めたようですから、もう大丈夫そうですね。
「わたくしがヘンリー卿を押さえますので、サクラ様は生き残っている捕虜を一カ所に集めてもらえますか? 集めましたらそこに結界を発動させます」
「了解」
短く返事をすると、サクラ様が捕虜の方へ向かって駆け出します。
「生きてる人! 助かりたかったら私のところへ来なさい!!」
サクラ様はアンデッドを蹴散らしながら大声で呼びかけています。
あの様子でしたら問題なさそうです。ではわたくしはヘンリー卿に集中しましょうか。
――――
おや? もしかしてこれは絶好の機会ではないでしょうか?
目の前にいるヘンリー卿。どうやら本物ではなさそうです。モニター越しでは分かりませんでしたが、目の前で対峙するとハッキリと分かります。かなり昔になりますが、その時に会った時と身に纏う魔力が全く違います。本物に比べると半分以下の魔力でしょうか?
これですと今の能力の下がったわたくしでも容易に勝てそうです。
こうなりますと、シオン様達のレベルアップに丁度いいかもしれません。
捕虜を守りながら戦うサクラ様。おそらく現時点でこの場には千五百弱のアンデッドがいるはずです。
相手はまだアンデッドに成り立てですので、強くはありません。今のサクラ様の相手にピッタリでしょう。
そして偽者のヘンリー卿はシオン様に倒させましょう。もしくはトオル様でもいいかもしれません。
偽者ではありますが、お二人が戦ってきた相手としては一番の強敵です。恐らく魔力量も同じくらいではないでしょうか? 将来本物と戦う予行演習としてもピッタリでしょう。
「おやぁ? ルーナさんではありませんか? やはり生きてたのですねぇ?」
ヘンリー卿の偽物、コピー卿とでも名付けましょう。コピー卿は生意気にもわたくしに話しかけてきました。独特の気持ち悪い話し方は本物とそっくりです。ここは偽物と気がつかない振りをした方がいいでしょう。
「お久しぶりですね。ヘンリー卿、ご機嫌はいかがでしょうか?」
「機嫌はいいですよ。すごーくねぇ。何せ沢山の駒を手に入れることが出来ましたから。それに積年の願いでもあった、アナタをようやく殺すことが出来そうですからねぇ」
「あらっ? 貴方が? わたくしを? 倒せると思っておいでなんですか? しばらくお会いしない間に随分と冗談がお上手になられたようで……」
「城の外にいながらその余裕は驚嘆しますよ。ですがねぇ。城の外のアナタは正直脅威にはならないんですよ。一体この戦力差でいつまでその余裕が保てますかねぇ」
「わたくしには戦力差があるとは思えませんが? あ、いえ、違いましたね。戦力差は十分にございました。わたくしどもが上の方ですが」
わたくしが挑発すると、ヘンリー卿は苦虫を噛み潰したような顔をします。相変わらず煽り耐性がないようです。
「減らず口を……存分に後悔するといいでしょう。さぁ行きなさいアンデッドども! あの女を八つ裂きにするのです」
それではシオン様が来るまでの間、苦戦した振りをしましょうかね。弱ったメイドを颯爽と助けに来るご主人。……なんだか良いですね。お話の世界のようでゾクゾクしてしまいます。
うーん、物語を彩るためにメイド服も少し汚して……ああっ!? わざと汚すなんてメイド失格かもしれません。それでも……悲劇のヒロイン。ああ、なんて甘美な響きなんでしょう。
あっと、わたくしは問題ございませんが、サクラ様には万が一のことがないように注意しないといけませんね。……今のところは問題ないようですね。
わたくしとサクラ様が来てからは捕虜も減ってはいないようです。流石に手抜きをして捕虜が殺されちゃいました。ではシオン様に怒られてしまいます。捕虜だけは絶対に護りませんと……。
わたくしは銀のナイフを五本召喚しました。
「サクラ様! 一旦離れて!」
臨場感を出すためにわざと敬語を使用しません。
サクラ様はアンデッド兵を倒しながら捕虜たちと一旦距離を置きます。
わたくしは魔力を足へと集中させ、大きく空へと飛び上がります。
属性魔法を使用しなくても魔力だけで一時的な身体能力の向上は可能です。上空から捕虜達の周りに五芒星の形になるようにナイフを地面に向かって投げます。
「【穢れなき聖結界】」
わたくしはナイフに向かって魔法を発動させました。捕虜のいる地面から銀色の光が捕虜達をドーム状に包んでいきます。これは対アンデッド用の銀属性の聖なる結界。死者や黒魔法など対極の存在の侵入を防ぐことができます。
アンデッド兵がこの結界に触れたら浄化されるでしょう。
「サクラ様! 捕虜の方々は結界で防ぎました。もう大丈夫ですが、念のため近くのアンデッド兵はお任せいたします。限界が来たら無理をなさらずに結界の中へ入ってください」
「分かったわ! こっちは任せて頂戴! それから後でさっきのジャンプの方法を教えて!」
サクラ様は元気よく答えてくれます。まだまだ余裕はありそうですね。
さて、と当面の危機は去りましたし、あとはコピー卿の油断でも誘いつつ、シオン様の参上を待つことにしましょう。




