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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
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学習

 二本の剣が甲高い音を響かせて衝突したのは二人の距離の中間よりもけっこうボク側。そのまま互いに軌道を逸れて何もない場所を貫くと、示し合わせたように引き戻される。

 ……ほとんど同時に攻撃したと思ったんだけどね。

 動き出しはほぼ同じでボクはフィリップの動きを真似して、けれど剣が交錯したのはボク寄りの場所。これはフィリップの攻撃の方が速かったということだ。つまり、ボクの動きにはまだムダがある。

 すかさず放たれた二撃目に合わせながらさっきのフィリップの動きを可能な限りトレース。激突箇所は変わらずにボク寄り、けれどさっきよりは少しだけボクから離れた。

 そのまま三、四、五……と上に下にと打ち分けながら剣戟を交わす。そのたびに少しずつ動きを修正して、徐々に徐々に交錯地点を押し戻していく。たまにフェイントが混じるけど、『探査』の反応と合わせてよく見ることでその攻撃がフェイントかそうでないかはすぐにわかるようになった。お返しにフェイントも真似してみたけど全部見破られる。さすがは本家だ。

 そうしている内に刃同士が打ち合い奏でる音が十四になった辺りでほぼ中間地点に到達。このまま押していけるかと思ったけどそう上手くはいかず、むしろより鋭さを増してきたフィリップの刺突に若干押し戻されてはそれに合わせて動きを修正してと、ほとんど拮抗状態になった。技術の差はなんとか埋めてこられたと思うから後は身体能力で押し勝てるかと思ってたけど、どうやら現状のボクとフィリップの身体能力に大きな差はないらしい。イルナばーちゃんから一流の戦士並みの設定って聞かされて半信半疑だったんだけど、ホントにそうだったみたいだ。すごいね、人間。

 ……でもどうしよう、このままの状態だったらいつまで経っても決着がつきそうにないんだよね。いい経験になる密度の高い戦闘は大歓迎だけど、延々このまま時間いっぱいまでかかればメダルが足りてない現状じゃ一次予選も突破できなくなる。それはぜひとも避けたいね。

 そんな風に打開策を考えていると、剣戟が三十七回目の交錯を数えた瞬間今度はフィリップの方から飛び離れた。今まで攻めてくる一方だったから意外に思って様子を見れば、相変わらず凶暴そうな笑みを浮かべたまま、けれど大きく肩を上下させていた。

 一瞬どうしたのかと思ったけど、ふとその事実を思い出した。すなわち人間は呼吸しないと動けない、という誰もが当たり前すぎて意識すらしていない道理を。

 ……確か瞬間的に力を発揮するのは無酸素運動だったっけ。つまりフィリップは今の応酬の間はほとんど息をせずに動くわけで、でもそれだといつかは酸素が足りなくなるからどこかで息継ぎをする必要がある。今ここなわけか。

 その結論に行き着いてにまっと表情が緩んだ。最近当たり前になりすぎてその違いを意識することがあまりなかったけど、ボクは全身機工製だ。いくら動き回っても呼吸その他は一切不要で、唯一必要な魔力も自前でいくらでもまかなえる。対していくら強くても生身の相手はどこかで必ず息継ぎが必要で、ついでに言えばどんな体力お化けでも疲れは必ず溜まっていく。そこから導き出される答えは単純。


「――休む暇なく攻めればいいよね」


 戦い続ける限り有利になっていく。しかも今回は自分で敗北条件を決めてるから判定が入るようなダメージを受けないようにしないといけないけど、本来ならいくら斬られようが打たれようがなんの痛痒もなし。うん、改めて考えると我ながらマキナ族ってチートだね。

 ――まあそれはそれ、持てる能力なんだから最大限に生かさないとね。

 未だにものすごく楽しそうな笑顔を崩さない戦闘狂(バトルジャンキー)に遠慮は無用だ。今度はボクの方から息を整えている最中らしいフィリップに向かって間合いを詰めて行く。繰り出すのはこの戦いのおかげで磨きがかかった高速の連続突き。迎え撃つ側になったフィリップはさらに笑みを深めると猛然と応じてきた。

 再び響き渡る剣戟の音。虚実交えて何度も何度も交錯し、時に逸らしきれなかったものを体捌きで避けて左手の防御武器で弾く。

 それを繰り返している内にフィリップの顔からは、笑みは変わらないまま段々と赤みが抜けていった。人の肌が赤みを帯びているのは身体を流れる血液の色。血液の赤はヘモグロビンと酸素が結びつく化学反応のおかげなんだっけ? こっちの世界の人間が前の世界の人間とほとんど同じ構成みたいだから、つまりは身体を動かすための酸素が減ってきた証拠。このまま手を休めなければそのうち勝てる!

 と思った矢先、一撃を放ったフィリップが細剣(レイピア)を引き戻しざまに後ろに下がろうとした。さっきと同じで一度呼吸するためだろう。でもここで逃がすわけにはいかないよね。

 すかさず踏み込んで距離を保ちながら攻撃を続行――しようとしたらフィリップは逆に前へと出てきた! まるでボクの動きを予測してたみたいな動きに軌道を修正する暇もなく、スノウティアはフィリップの顔をかすめて何もない空中を貫く。けれど向こうの細剣(レイピア)は的確に首筋を狙ってきていて、際どいところでナイトラフで弾いたものの受けた衝撃が予想以上に軽い。あ、ヤバイ、これさっきフェイントにあったやつだ。素早く連撃に繋げるためにあえて力を抜き気味にしたんだろうってやつ。

 ここから来るのは最小の引き戻しから放たれる二撃目。さっきまでの距離なら少し身体を揺らせば避けられただろうけど、今はお互いに踏み込んだせいでこの戦闘の中で一番の至近距離。フィリップの突きの速度から考えてこのままじゃ到底避けれず防げずで、当たれば生身なら戦闘続行に支障が出るレベルのダメージになりそう――つまりはボクのテクニカル負けだ。

 そこまで一瞬で悟ったボクは、両手の武器を手放した(・・・・・・・・・・)。同時に脚の魔力を増量して全力で屈む。総金属性の自重と相まって瞬間的に降下した頭のすぐ上を二撃目の突きが通り過ぎて行き、少しだけ髪が引かれるような感触。たぶん遅れた髪の毛が引っかかったんだろう。頭髪を構成する虹魔銀(ニジシロガネ)は見た目に反してけっこう頑丈だから、切れていることはない……はず、たぶん。

 ちょっとした不安は押しやって、地面に手も着けながら屈んだ勢いを殺す。そして姿勢は低くしたまま反動も利用して前へと地面を蹴った。すぐそこには驚きに目を見張りながらも細剣(レイピア)を引き戻しつつあるフィリップ。まだしっかりと呼吸ができてないようで顔色は青白いまま。よし、このままたたみかける!

 引かれて戻る細剣(レイピア)を追いかけるように肉薄したところで握った右拳を腹部めがけて打ち込んだ。武器っていう重りを手放した今、速度じゃボクの方が上だ。

 最短距離を突き進んだ右ストレートは、けれどフィリップが半歩交代したせいで届く寸前で止まった。ちっ、おしい。色々便利な身体だけど、小柄なせいで素手だとリーチが極端に短くなるんだよね。それを咄嗟に見極められるフィリップはさすがと言うしかない。

 そしてすかさず身体の伸びきったボクめがけて突きを放つフィリップ。人間の身体の構造上至近距離の低い位置を剣で突くのはなかなか難しいはずだけど、それをまったく感じさせない速度と精度で左肩を狙ってくる。

 手が届くほどに肉迫している状態、猶予はあってないようなもの。咄嗟に迫る刃の向きを確認――縦向き! ならいける!

 瞬間的に手刀の形にした左手を跳ね上げて、最小の動きで細剣(レイピア)の内側に手の甲を当てた。そのまま外側へと押し広げるようにすれば、切っ先は肩をかすめて後ろへと流れる。

 そうして右腕を引き絞りながらさらに一歩を踏み込んだ。これで充分拳を当てられる距離。たった今攻撃をいなされたフィリップは次を避ける余裕はないはず。

 そうして再び最短距離を突き抜けた右の拳は、堅短剣(マンゴーシュ)が進路を阻むよりもわずかに早くフィリップのお腹のど真ん中を打ち据えた。インパクトの瞬間、捻りを加えたら威力が上がるなんて話を思い出したから試しにちょっとぐりっとしてみる。


「――ごふぉっ!?」


 そんな音を漏らしたフィリップは拳の延長線上へと豪快に吹っ飛んだ。直後にすぐそばでガラランという落下音。さっき手放したスノウティアとナイトラフが立てた音だ。


「……ふぅ」


 少し離れたところで一度バウンドしてからゴロゴロと転がり、脇の建物に激突してようやく止まったフィリップを確認して一息ついた。うん、別に呼吸はしてないんだけど、ここまでけっこう気を張ってたからそんな気分――


「「「「うおおぉぉぉぉっ!!」」」」

「うひゃっ!?」


 いきなり頭上で歓声が弾けたせいでちょっとびっくりした。何事かと思って見上げればご存じ屋上にいる観客の皆々様。とっくに慣れて気にも留めなくなっていたギャラリーが、今はものすごく盛り上がって存在を主張している。なに、何が起こったの?


「……おい、何やってんだウル?」


 キョトキョトと観客の人たちを見回していると、なにやら呆れたようなケレンの声がかかった。


「何って……いきなりみんなが叫び出したからびっくりしたんだけど。なんで?」

「なんでって、お前なぁ……今まさに目の前で達人級の戦闘が繰り広げられたんだぞ? そう言うのを見るのが好きな連中ならそりゃ興奮するだろうさ」


 なぜかものすごく呆れた様子で言われた。いやまあ確かにちょっと挙動不審気味かもしれないけどさ、いきなりの大音量なら誰だって驚くと思うんだ。

 ……ん? 達人級の戦闘? 今戦ってたのはボクとフィリップだけだから……なるほど、あれは一般人からすれば達人級になるんだ。前の世界の知識で言うヤムチャ視点ってやつか。

 そう言われてもう一度観客の人たちを見回せば、その視線は確かにボクの方へ集まっていた。「すごいな、あの虹色の髪の子」「あんなに小さくて可愛いのに」「つえぇ、かっけー!」などなど、わりと好感触の感想も拾える。どうやらボクとフィリップの攻防は最高のエンターテイメントになったようだ。

 なんとなく手を振ってみたら再び歓声が巻き起こった。うん、何かアイドルにでもなった気分だけど、ぶっちゃけ柄じゃないね。ここは速やかに事後処理をして退散すべし! そう決意してスノウティアとナイトラフを回収し、仰向けに倒れ伏しているフィリップへ慎重な足取りで近づいていく。生きているのは『探査』の反応からわかっているんだけど、そうなるとまだ戦えるとばかりに戦闘狂(バトルジャンキー)が襲いかかってくるかもしれないから気は抜けない。現に気を失っているのか目は閉じられているものの、愛用らしき細剣(レイピア)は彼の手にしっかりと握られたままだ。


「……フィリップー? 起きてるー?」


 起き上がって即座に跳びかかってくるには少し遠いかなってくらいまで近づいてみたけど、特に反応がなかったのでそこから呼びかけてみればフィリップが身じろぎして目を開いた。


「……ああ。今の一撃は効いたよ」

「それは良かった。まだ続ける? それなら今からでもトドメ差すけど」

「この手足がちぎれるまでは――と言いたいところだけど、決闘に負けてなお足掻くのは僕の主義に反する。大人しく降参するとしよう」


 そう言って握っていた細剣(レイピア)を地面に置いてゆっくりと身を起こすフィリップ。その顔にはさっきまで浮かべていた野獣の笑みじゃなく、最初のイケメンスマイルが浮かんでいた。どうやらもう戦う気がないのはホントらしい。口ぶりからしてフィリップもボクみたいに自分ルールを適用していたみたいだけど、良かった。さすがに無抵抗の相手を叩きのめすのは遠慮したかったから、素直に降参してくれて大助かりだ。

 向こうが武器を手放したのを見届けたので、ボクもスノウティアとナイトラフを定位置に戻した。その間フィリップはなぜかすぐに立ち上がろうとはせず、その場で胡座をかくと確かめるようにお腹を触って顔をしかめている。どうやらボクのパンチが思った以上に効いているらしい。


「まったく、これほど重い拳を受けたのは初めてだ。もうしばらくは動きに支障が出そうだよ。そんな華奢な身体のどこからこれほどの威力が出せるんだい?」

「まあ、生まれ持った才能ってやつかな?」

「なるほどね。僕の剣を摸倣したことといいすぐさま別の戦闘法に切り替えたことといい、君は類い希なる才能に恵まれているらしいね」

「いやー、それほどでも」


 うん、嘘は言ってないよ。才能を『潜在的な能力』って捉えるなら、そういう風に作られているってことは『才能を持たされている』って解釈できるからね。

 ちなみに最後にしかけた格闘戦、参考元の動きはシェリアのものだったりする。愛用している握剣(カタール)がほとんど拳の延長線上として使えるせいか、シェリアの動きは剣士というよりも格闘家って感じがするんだよね。

 それはさておき、さっさと戦利品をせしめて場所を移そう。さっきから観客の人たちからずっと注目されてて微妙に居心地が悪いんだよね。


「じゃあボクが勝ったわけだし、メダルちょうだい。さっきも言った通り十枚あれば充分だからさ」

「やれやれ、二次予選免除は諦めるほかなさそうだね」


 ボクが催促して手を突き出せば、フィリップは苦笑して懐から巾着袋を取りだして広げた。中にはぎっしりつまった大会メダル。確かに三十枚くらいはありそうだ。


「ほら、勝者への手向けだ」


 そう言いながらフィリップは無造作にメダルを掴むと、数えるそぶりも見せずにボクの手に全部乗せてきた。ひぃふぅみぃ……十八枚。要求した分よりかなり多いんだけど、いいのかな?


「ホントに十枚でいいんだけど? さっきケレンとリクスから巻き上げた分も含めて」

「言ったろう? ささやかな手向けだよ。願わくば、また君と戦えることを祈るよ」


 うわぁ、男前(イケメン)だ。一瞬見えた白い歯がキラリと光ったような気までしてきた。まあいい戦闘経験を積むのには最適だから、再戦するなら望むところだ。


「その時はまたよろしくね。じゃ、ボクたちはもう行くよ」


 そう言ってからメダルをしっかりと握りしめたボクは仲間たちの方へと戻った。そうすれば回収してくれた外套を抱えたシェリアが真っ先に迎えてくれる。


「お疲れ様。……ほら」

「うん、拾っておいてくれてありがとう、シェリア」

「大したことじゃないわ。それより、怪我とかはないの?」

「あはは、大丈夫だって」


 手渡された外套を被りながら心配してくれている様子のシェリアに向かって笑いかける。ボクが怪我なんかしないのはわかってるだろうに、そういうポーズを取ってくれるなんてさすが本来の種族を隠して生きてきた先輩だ。そんな些細なところから疑念を持たれる可能性を潰していく気配りは見習わなきゃいけないね。


「――すごかったよ、ウル! うん、すごかった!」

「……お前、よくあんなガチの応酬をした相手とすぐに笑って話せるな?」


 続いてとても興奮しているせいなのか言語中枢に支障をきたしているみたいなリクスと、さっきから呆れっぱなしらしいケレンも加わってきた。


「ありがとう、リクス。戦いはしたけど別に憎いわけでも『悪人』なわけでもないし、話せない理由がないよ?」


 それに思ったよりも理性的な戦闘狂(バトルジャンキー)だったし、それ以外の性格も至ってまともに思える。潔さといいその態度といい、フィリップは文句なしにイケメン認定してあげていいくらいの好青年だ。ただちょっと強敵と戦うのが好きなだけなんだよ、きっと。

 しかしながらケレンの共感は呼べなかったらしく、深々とため息を吐いたあとで大きく両手を挙げられた。いわゆる『お手上げ』のポーズだ。解せぬ。

 ……まあともかく、これでパーティが集めたメダルの数は二十八枚、均等に分けたとしても一人頭七枚になる。これで一次予選は突破したも同然。あとは時間までやりすぎない程度に戦闘経験を積めれば万々歳だ。



 諸事情により、しばらく更新を止めます。2月半ば辺りには再会できると思いますので、それまで気長に待っていてもらえると嬉しいです。

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