発見
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深い森の中、不意を突くように切り立った崖に出くわした。見上げる高さはまわりに生えている樹の倍以上はあって、それがけっこうな範囲で横に広がっている。
そして近くの茂みに身を潜めているボクたちのちょうど目の前には、ぽっかりと口を開けた洞窟が存在していた。
「……あそこね」
「予想はしてたけど、やっぱねぐらは洞窟かよ。群れを確認するのも一苦労だな」
小声でやりとりする視線の先にいるのは、洞窟の入り口横でたむろしている三匹の小柄で醜悪な外見の人型。濁った緑色の肌をした大人の腰くらいの背丈しかない矮躯は、腰蓑みたいに巻かれた毛皮くらいしか身にまとっていない。とがった耳に毛のない頭にギョロついた目、そして口からは小さな牙がはみ出しているのが見える。いかにも『小さな悪鬼』って感じの外見は、図鑑に載っていた小鬼の姿そのものだ。
小鬼の痕跡を追ってしばらく、日も少し傾いたところでこの場所にたどり着いた。『探査』の魔導式の反応からあらかじめ何かがいることがわかっていたからそう警告して、姿を隠しながら崖と周囲の様子が見える範囲まで近寄ったのがついさっき。状況から見てあの洞窟を住処にしているのは間違いなさそうだ。
「変だな、数が少ないよ。ボクが気づいた時は八匹いたはずだけど」
「……じゃあ、あれは見張りか? なら最低でも十匹以上はいることになる」
「小鬼が十匹やそこらしかいないわけがないだろ。残りは絶対中だ。それよりも連中、見張りなんて立てる知恵があったのかよ」
忌々しそうにケレンが言うことから察するに、普通の小鬼は見張りなんか立てないようだ。その辺も合わせて考えれば、ここの小鬼は妙におかしい。
それに、もう一つボクにもおかしいと思う点があった。
「ここまで他の魔物とかに全然遭わなかったけど、これってどうなの?」
「……ここまで奥地に踏み入って、そんなのは普通あり得ないわ」
ボクの疑問にシェリアが緊張をはらんだ声で答える。やっぱりね、そうだと思ったんだ。普通、人の手の入っていないところに行けば行くほど危険が増すのは常識だ。それが森の奥に入ってそれなりに経つのに、浅い部分と同じように平穏なんてあからさまなほどだ。これ、下手したら森の生態系とかに異常をきたしてるんじゃないかな?
普通じゃちょっと考えられない森の様子に、不可解な行動を取っている小鬼。さすがに二つが偶然重なったとは思えない。何か関係があるんじゃないかな?
「――一旦戻ろう。おれ達じゃ判断できないことが多すぎる」
「それが無難だな。ここまで変だってわかったんなら、組合に報告すれば最低でも調査隊を組む程度はするはずだ」
リクスの決断にケレンがすぐさま同調する様子を見て、ボクは意外に思って首をかしげた。
「このまま討伐したりはしないの?」
「馬鹿言え、この状況じゃ俺らには無理だ。カッパーランクになりたてなんて中途半端な腕じゃ、逆にこっちが危ない」
「でも、小鬼はパーティならカッパーランクでも対処できるって聞いたけど?」
「日数かけて釣り出したり罠にかけたりしながらなら、な。ねぐらに固まってるところに突っ込んでいけるのはかなりの人数がいるか、シルバー間違いなしの腕利き連中くらいだ。悔しいけど、俺らはどっちでもない」
どうやら普通は突撃してヒャッハーって状況にはならないらしい。この二人の場合は前回のピンチに陥った記憶が鮮明なのもあるんだろうけど、確かにたった数人で十匹単位の相手に挑むのは厳しいものがあるだろうね。ボクだけならいけるだろうけど、さすがに『兵器』と『人』を一緒くたにする気はない。
確認のためにシェリアの方を見てみれば、異論はないのか二人の意見に同意するように頷いて見せた。先輩三人がこう言うんじゃしかたない。行方不明の娘さんのことが気にはなるけど、一度レイベアの組合まで戻るのが良さそうだ。
そう思いながらも少し名残惜しくてもう一度洞窟の方を見て、そして不意にそれに気がついた。
「――あーごめん、三人とも。先に謝っておくね」
「え、どうしたんだウル――」
すぐにでも引き返そうとしている仲間にそれだけ言い置くと、いぶかしげなリクスの問いかけを背中に受けつつナイトラフを構え、三度引き金を絞った。端から見たら狙いを付けていないだろうと思われるほどの三連射は、けれどボクの狙い通りに外でたむろしている小鬼の頭を撃ち抜く。
声を上げる暇もなく矮躯が倒れ伏すのを見届ける暇を惜しみ、茂みから出ると素早く洞窟まで駆け寄る。引き留めるような声がしたけど、悪いけど今はそれどころじゃない。
洞窟のすぐ近くまでくると、たった今そこに少しだけ散らばっていたのを見つけたそれを拾ってつぶさに確かめた。やっぱりだ、さっきまで散々見ていたから間違いようがない。
「――ウル! 急にどうしたんだ?」
すぐ後ろで聞こえたリクスの声に振り返れば、飛び出してきたボクの後を追って三人が駆け寄ってきたところだった。
「ちょっと、これが落ちてるのを見つけたんだ」
そう言いながら差し出したのは、なんの変哲もないように見える野草だ。草の一部をちぎったと思われるそれは、それなりの時間が経過しているせいかしなびてしまっている。
それでも三人ともすぐに察した様子になったのは、ボクと同じようにさっきまで同種の野草を見ていたからだろう。
「……これって、イバス村の人が言ってた群生地に生えている野草、だよな?」
そう、リクスの言う通り、行方不明になった三人が集めていたと見られている野草だった。
「……この辺りにも生えててそいつを小鬼が摘んできたやつって線は――」
「……少なくとも、ここに来るまでにはなかったわ。それに、小鬼がわざわざ草を摘むなんて話、わたしは聞いたこともない」
「俺もだよチクショウ。てーことは何か? 俺らが依頼を受けた探し人はこの中に連れ込まれてる可能性が高いってことかよ!?」
悲鳴みたいなケレンの言葉は、ボクが至った結論とまったく同じだった。
……これはちょっと、シャレにならない状況だね。行方不明の娘さんたちが小鬼にさらわれてこの洞窟に連れてこられているとすると、今の段階でも生存が怪しいっていうのに、一旦レイベアに戻って調査隊を組んだりなんか悠長にしている間にさらに絶望的になってしまう。かといって、戦力に不安のある三人を連れて突入しても無駄に被害が出てしまう可能性がある。
――それならしかたないか。
「三人は先に組合へ報告に戻って。ここはボクがなんとかするから」
知らなければ放って戻ってもまだよかったかもしれないけど、人命が関わるかもしれないって知ってしまったら話は別だ。この状況で何もせずに帰るなんて、ボクの主義にもイルナばーちゃんの願いにも反する。まったくもう、未熟ながらも仲間と背中を合わせて小鬼討伐なんてシチュエーションを期待してたのに、結局はソロ討伐か。世知辛い世界め。
やるせない気持ちを内心でこの世界に対してぶつけつつ、スノウティアを抜きはなった。ナイトラフもいつでも使えるように引っ提げたまま、さらわれた可能性の高い娘さんたちの捜索と不穏な様子の小鬼の討伐、あとついでにちょっとした鬱憤晴らしのために洞窟の中へと歩を進め――
「――待ってくれ、ウル!」
そんなリクスの声と共に肩をつかまれた。やろうと思えば簡単に振り払えるけど、無駄に関係をこじらせるのもイヤなので素直に足を止めて振り返れば、真剣な顔でボクのめを真っ直ぐに見返してきた。
「君がルビージェムドのカッパーランクなのはわかってるし、あの幻惑狼をあっさりと討伐した実力は正直にすごいと思う。それでも、だいたいの規模さえもわかっていない小鬼の群が待ち受けているところにたった一人で乗り込むなんて、いくら何でも無謀すぎる! 考え直してくれ!」
その口から真っ先に出てきたのは、ボクの独断専行をとがめる言葉や自分たちの保身を考えた言葉なんかじゃなくて、端から見たら無謀に見えるんだろう行動に出ようとするボクの身を、心から案じるものだった。うん、付き合いはまだまだ浅いけど、やっぱりリクスはいい奴だ。
「大丈夫だよ。小鬼がどの程度か知らないけど、少なくともこんな連中が相手くらいじゃボクは絶対に負けない。だから安心して報告に行ってほしいんだ」
「馬鹿なこと言うな!! 仲間を置いて行けるか!!」
ボクの言ったことに対してリクスが反射的に叫んだ。それを聞いたシェリアがピクリと反応した様子が視界に映ったけど、今はそれよりリクスをなだめる方が先だ。
「だから大丈夫だってば。別に見捨てて行けなんて言ってるわけじゃなくて、単なる役割分担だよ。リクスたちは念のため組合に報告しに行って、その間にボクがここの小鬼を調べてさらわれたかもしれない人たちを探して、ついでに数を減らしておくだけだ。その方がいろいろと効率的でしょ? さらにボクが殲滅しちゃえば手間も省けてみんな幸せだ」
「だから、一人でそんなことできるわけがないだろう!!」
ちゃんと理屈を説明したっていうのに、納得した様子を見せないリクスに思わずため息をついた。どうやら戦力としての疑問が大きいらしい。まあ、『本気』どころか普通の戦闘もほとんど見せたことがないから、しかたないって言えばしかたないのかな。
「聞くけどさ、リクスはもしここにロヴがいて、ボクと同じことを言い出したらやっぱり止めるの?」
「そんなふざけた話ではぐらかそうなんて――」
「ふざけてなんかいないよ。どうなの、答えてよ?」
「……そんなもの、止める必要なんてないだろう。あの人はプラチナランクだぞ? いくら数がいたって、小鬼なんかじゃどうにもならないような人だ」
問い詰めると少し間を挟んで予想通りの答えが返ってきた。普段はあんな感じなロヴでもさすがはプラチナランク、その実力に対しての疑いは一切ないみたいだ。それなら話は早い。
「ボクは昇格試験でそのロヴと模擬戦をしたんだけど、互角にやり合えたよ。だから心配する必要はこれっぽっちもないんだ」
本当は互角なんて言うにはちょっと苦しいんだけど、今だけは納得してもらうためにも少しだけ誇張させてもらう。実際組合支部長のベリエスからはお墨付きをもらえたわけだし、これなら納得してもらえるだろう。
けれど、それを聞いたリクスは一瞬だけ目を見開いたようだけど、それでも頭を振ると決然とした様子で言ってきた。
「――だめだ。本当は言いたくないけど、パーティのリーダーとして撤退を決めたんだ。君にも従ってもらう」
そのまましっかりとボクのことを見据える目は本気だった。これはもういくら言っても梃子でも動きそうにない感じがする。さらわれただろう人たちのことを考えればただでさえ時間が惜しいっていう状況なのに……。
――こうなったらしかたないか。これだけはやりたくなかったんだけど、背に腹は代えられない。
「そっか……それじゃあ残念だけど、ボクはここでキミたちのパーティから抜けるよ」
「な――っ!? ウル、急に何を――」
「誘ってくれた時にちゃんと言ったよね? 『どうしても意見や方針がボクの信条にそぐわなかった時は、パーティを抜けさせてほしい』って」
まさかこんなに早く実行するハメになるなんて露ほども思っていなかった。別にリクスたちに不満があったわけでもなくむしろ気に入っているし、都合が悪くなったら抜けてまた後で入れてもらうなんて厚かましい真似はイヤだから、本当ならずっと仲間のままがよかった。
それでも、ボクにだって譲れないもの――譲っちゃいけないものがあるんだから、これはもうしかたがない。
「こんな状況で、ちょっと危険だからって助けられるかもしれない人を置いて帰るなんて、ボクはできない――しちゃいけない。そんなことをしたら、ボクの存在意義が揺らいじゃうから」
それがボクの意志で、ボクたちマキナ族――『守るための兵器』のあり方としてイルナばーちゃんが望んだことだから。
言葉にしなかった想いも込めてきっぱりと言い切り、真っ正面からリクスの目を見返した。そうすれば彼も言葉に詰まり、なにやら葛藤し出した様子だった。
「……わたしも抜けるわ」
「え?」
そんな状況で不意に口を開いたシェリアが、予想の斜め上のことを言い出した。そしていきなりの爆弾発言に戸惑うボクの隣まで歩み寄ってくる。
「急にどうしたの、シェリア?」
「……わたしはあなたと一緒がいい。パーティを抜けるって言うならついて行かせてもらうわ」
思わず理由を聞けば、なんか告白じみたことを言われた。なんで? そこまで好感度を爆上げすようなイベントはなかったと――ああ、そうか、秘密の方か。確かに自分の進退に関わるようなことを抱えた相手が目の届かないところに行くのは不安だろうな。言い方はあれだけど、納得はした。
「シェリア――」
「急にごめんなさい。今までありがとう」
いきなりのことに呆然とした様子のリクスに、軽く頭を下げて謝罪と感謝を伝えるシェリア。人のこと言えないと思うけど、思い切りがよすぎる上に淡泊すぎでしょ。けどシェリアの秘密のこともあるし、あえて残れなんて言いにくい。
どうしよう、こんな状況でパーティを抜けるなんて言ったら絶対に一悶着はあるって思ってはいたけど、さすがにこんな事態までは予想してなかった。ボクの言葉一つでパーティが半壊状態とか、どうしてこうなった。




