捜索
慌ただしく準備を終えて借りた馬車に乗り込むと、半日揺られて日が沈む頃に問題のイバス村に到着した。村長の人への挨拶もそこそこに、さっそく村人たちが捜索した範囲とかを聞き出してその日のうちに方針を固めて、前に借りていた空き家で一泊。明けて早朝から行方不明の娘さんたち捜索のために森へと踏み入った。
「まずは昨日決めた通り、いなくなった三人が立ち寄りそうな辺りをもう一度当たろう。何か見落としていた手がかりがあるかもしれない」
リクスの宣言通り、昨日村長の人から教えてもらった野草の群生地の一つを目指して進んで行った。森の中とはいえ、それなりの頻度で村の人たちが通っている場所だ。獣道程度のものだけど、ある程度は踏み固められている。
ちなみにきっちりと隊列を組んでいて、パーティの中で誰よりも経験があって斥候役もこなせるシェリアが先頭、少し離れてやや体力に劣るケレンと戦力にはなってもこういうことになれていないボク、最後尾をリーダーのリクスがって具合だ。危険が少ないと事前に言われていてもこうやって警戒を怠らない辺り、冒険のプロって感じがするね。
本当に魔物が少ないからかシェリアが優秀だからか、何かに襲われたり出くわしたりもせず、そう時間をかけることなく最初の群生地にたどり着いてさっそく周辺を調べた。ボクも他の三人に教わりながら痕跡を探す。ただ、目視だけじゃ非常に効率が悪いと思ったから途中でこっそり『探査』の魔導式を起動して、範囲を狭めて精度重視に書き換えて使ったりはしたけど。
実のところ一週間も経っていれば痕跡が残っているかどうかも怪しいと思ってたけど、そこはこの道のプロ、わずかに残る草を踏んだ後や摘まれて生え直りかけの野草などなど、少し時間をかけただけでいろいろとそれらしいのを見つけ出した。その結果、確かにここには来たらしいけど、特に何事もなく別の場所へと移動したようだと結論づける。
そんな感じで二箇所目、三箇所目とどんどん群生地を巡っていき、同じく問題がなかったかあるいはそもそも来てないらしいのを確認していった。
そして五箇所目の群生地を調べ終えたところでちょうどお昼も過ぎたことだしと、その場所で昼休憩を取ることになった。
「今のところ異常は見つからないな」
「だな。まだ後三箇所残ってるから、何かあったとしたらそっちなんじゃないか」
保存食をかじりながら村長から借りた手書きの周辺地図を広げているリクスと、同じく干し肉をしがみながら地図に印をつけてある群生地のうち、まだ行っていない場所を指し示しつつ言うケレン。
ちなみに地図って言っても完全に手書きの上、それぞれのおおざっぱな位置と目印になるような地形なんかが少し書き込まれてる程度のものだ。この世界、正確な地図なんかは国家機密レベルらしく、民間で出回ってるようなのはこれと似たり寄ったりとのこと。前の世界で言う近世レベルの文明水準じゃそういうものかと納得するしかない。
それはそれとして、そのままリクスとケレンはこれまでの意見交換みたいなことを始めた。話自体は参考になるものの、知識も経験も乏しいボクはちょっと口を挟みづらい。
シェリアはシェリアで二人の会話には加わらないものの、日持ちのいい固いパンを水でふやかして口に運びながらも神経を研ぎ澄ましている様子がうかがえる。たぶん、周囲の警戒をしてるんだろう。声をかけて邪魔をするのはちょっとはばかられる。
森の中を探索中ってことや人命に関わる仕事の真っ最中ってことを考えればしかたないんだろうけど、賑やかな野営なんかを想像していたボクとしては少し寂しいな。でもまあ、現実的に考えたら危険な場所で馬鹿騒ぎしながらなんて普通やらないだろうし、これはこれで緊張感があっていいかもしれない。
そんなことを思いつつもちまちま保存食を消費していく。本来ボクには必要ないけど、普通の人は食べないと保たないから偽装のために食べている。でも日持ち第一ってことであんまりおいしくないんだよね、これ。
そしてその裏でどうせならと、『探査』の魔導式を本来の術式に戻して索敵を行う。相変わらず周辺にいるのは小動物くらいで、前来た時に出くわした角付き兎なんかも範囲にはいない。他はどうかまではわからないけど、とりあえず休憩中に襲われるなんてことはなさそう――
「ん?」
そんな風に『探査』の結果を眺めていると、たった今、探知範囲ギリギリのところに妙な反応があった。鹿っぽい四足獣が不意に倒れたのだ。気になって少し反応を詳細に見てみると、なにやら首の辺りに細長い物体が刺さっている。これは……矢、かな? ということは、誰かが狩りでもしてる?
こんな場所で狩りなんて大変だなーと思いながらそのまま様子を見ていたけど、仕留めた獲物に近寄ってきた反応を見て首をかしげた。予想通り人型らしいんだけど、その背丈が妙に低い。だいたい大人の腰より少しあるくらいだろうか。それがひぃふぅみぃの……八か。倒れた獲物に寄って集って来たかと思うと担ぎ上げて、素早く立ち去っていった。その方向は、あろうことか森のさらに奥の方だ。……なんだろう、今の。
「……どうしたの?」
その反応が気になって食事の手が止まっていたのに気づいたらしいシェリアが、スッと目を細めながらそう聞いてきた。ちょうどいいや、一人で考えてもわからないものはわからないし、意見を聞いてみよう。
「――シェリアはさ、この森の奥に人系の種族が住んでるとか、そういった話を聞いたことある?」
「……わたしは聞いたことないわ。ケレン」
反応のあった方向に視線をやりながら少しぼかしながらも尋ねたけど、シェリアは否定の答えを返してからリクスと話をしていたケレンに声をかける。
「――ん? 呼んだか?」
「カルスト樹林の奥地に、人系の種族は住んでる?」
「は? そんな話、聞いたこともないぞ。今はなぜか少ないみたいだが、カルスト樹林なんて魔物の巣窟に住み着くなんて無理があるぜ」
シェリアの確認に呆れたような口調で返答するケレン。隣で聞いていたリクスも首をひねっているところを見ると、三人ともそういう話は聞いたことがないらしい。
「身長がだいたい大人の腰と同じか少し高いくらいみたいだけど、それでも聞いたことない?」
「……えらく具体的だな、おい」
ボクからも補足で説明してみたところ、ケレンにうさんくさそうな目を向けられた。まあ、ボクが察知したのは『探査』の範囲ギリギリ三百ピスカ――平均的な人が両手を広げたくらいが一ピスカ、前の世界で言うところのだいたい一・六メートルくらいだから、およそ五百メートル弱は先のことだ。しかも鬱蒼と木々が生い茂る森の中、そんな離れた場所まで視界が開けているわけもなく、見える範囲にないことをいきなり言われたら誰だって同じように思うだろう。気になったとはいえ、こんなことを話すのは少し早まったかな?
「……ウル。何か気づいたのか?」
ケレンの反応にどう返そうかと少し考えていると、リクスがそんな風に聞いてきた。
「まあ、そんなところかな」
詳しいことは話さずに曖昧に返事をすれば、少しの間リクスは何かを思い悩むような表情をしていたかと思うと、改めてケレンに向き直った。
「なあケレン、本当に何も心当たりはないのか?」
「……人系種族に限らなければ、そうじゃないかっていうのは思い当たるぜ」
「それは?」
「魔物の生息地に住んでるのは魔物って相場が決まってるだろ? 背丈がそれくらいってことで考えれば、真っ先に思いつくのは小鬼だな。あいつらは本気でどこにでもいやがるからな。むしろ他の魔物がいてあいつらがいない方が稀だぜ」
リクスに問われたケレンが可能性を告げてくる。小鬼か。前の世界でもファンタジーじゃよく出てくるモンスターだ。
この世界の小鬼は記憶にある物語の例に漏れず弱い方に分類される魔物のようだけど、ただの雑魚ってわけじゃないらしい。大人の背丈の半分ほどの矮躯にも関わらず、下手な一般人よりも力があるそうだ。そこはさすがに『魔の物』なんて呼ばれるところだね。
それでも知能が低いおかげではぐれとの一対一なら、なりたてのブロンズランク臨険士でも渡り合える程度とのことだ。けれど、問題なのはその繁殖力。『一匹見たら三十匹はいると思え』っていう某黒光りする害虫と同じことを言われるほどで、基本的には集団で行動しているからまず間違いなく多数を相手にすることになり、一人で対処しようとするならシルバーランクに近い実力は必要らしい。カッパーランクなら最低でもパーティでないと安心して挑めないようだから、雑魚と侮っていい相手じゃない。
この辺のことはエリシェナからおしゃべりの時に聞いたことだけど、弱いと分類されていても油断していると悲惨な目に遭うのがこの世界の魔物に共通することのようだ。
「……それにしたらおかしくないか? おれ達は今回もこの前も、小鬼なんか見てないぞ。この森に小鬼がいるなら、最低でも二、三回は遭遇してるはずだよな?」
「そうなんだよな。というか、普通魔物のいるはずの森に入ってここまで平和なのがあり得ないっていうか……」
そうリクスが疑問を口にすると、ケレンの方もどうにも納得がいかないと言いたげな様子で頷く。確かに森へ入ってからこっち、三回角付き兎が襲ってきたから返り討ちにした程度で、エンカウント率が異様に低いような気がする。ただ、ボクは基準が故郷周辺の秘境だから普通ならこんなものなのかなって流してたんだけど、どうやらリクスたちにとってもこの状況は普通じゃないらしい。
……これは、何かあるんじゃないかな?
「……ちょっと、様子を見に行ってもいいかな? もちろん、ボクだけでいいから」
とりあえず仮定小鬼がいたと思われる場所を見に行ってみようと思って提案すると、ケレンはリクスに視線を向けて判断を促した。
「……様子を見に行くって、どこまで行くつもりなんだ?」
「あっちの方。ひとっ走りしたくらいの場所だからすぐに戻ってくるよ」
質問に反応のあった方向を指さしながらボクが答えた。そうすればリクスは眉間に皺を寄せて考え込んでいたかと思うと、やおら決意した顔になって立ち上がった。
「よし、おれ達も一緒に行こう」
「いいの? 少し待っててくれればボクととしてはそれでいいんだけど」
意外な返答に思わずそう確認したところ、リクスは妙にきっぱりと頷いた。
「ここまで行方知れずの人達の手がかりもないし、少し範囲を広げて探してもいい頃合いだ。森の様子に関しても妙だと思うし、この森にも小鬼がいるならそいつらに襲われた可能性だってある。それに、こう言うのは悪いと思うけど、もし慣れていないウルだけで調べたら、何か手がかりがあっても見落としてしまうかもしれない」
その言い分には実に説得力があった。特に最後の指摘についてはぐぅの音もでないね。
「わかった。他の二人はそれでもいいの?」
「リクスが考えた上でそう決めたんなら、俺は付いていくぜ」
「……そうね。可能性がないわけじゃないもの」
他の二人にも一応確認を取ってみれば、それぞれ賛成の意思表示をしてくれた。
それから保存食の残りを慌ただしく平らげると、ボクの先導に従って反応のあった地点を目指した。さっきからずっと『探査』を起動したままマークしていたから迷うはずもなく、ほどなくして目的の場所に到着する。
「ここなんだけど」
「……お前、よくこんな離れた場所のことを察知できたな。何やったんだ?」
「ひ・み・つ」
「……まあ、いいけどな」
呆れた様子で聞いてきたケレンにおふざけ気味で答えると、意外とあっさり流して目の前の光景に意識を戻したようだ。
ありがたい対応に内心感謝しつつもそれに倣ってボクも視線を向ければ、特になんの変哲もないように見える森の中の風景があった。
だけど、よく見るとかたわらの茂みが押し倒されたように少しつぶれていて、そこに少しだけ血の跡が残っている。ちょうど例の四足獣が倒れた箇所だ。その周辺が少し踏み分けられたようになっていて、人のものに近い形をした裸足らしき足跡がある。そしてなぜか土や草、獣なんかの森の中にいる匂いに混じって、妙に鼻につく変な臭いが漂っている。
「……小鬼がいたのは間違いがなさそうだ」
「だな」
「……そうね」
え? ろくに調べた様子もないのに、なんでそこまで断言できるの?
不思議に思って聞いてみれば、この鼻につく異臭が小鬼の体臭の残り香だそうだ。身体を綺麗にすることなんて考えもしないから常に饐えた臭いを放っているらしく、小鬼がいなくなってもそんなに時間が経っていなければ、こんな感じで残っているらしい。加えてはっきりと見て取れる足跡が小鬼の特徴と一致するとのことで、この時点で連中がここにいたってことは断定できるレベルなのだそうだ。
「でも、何か変だよな」
「だよなー」
「……何が変なの?」
そろって首をかしげているリクスとケレンに向かって尋ねたけど、言葉にできないのか困ったような顔で互いを見やった。
「……小鬼が通ったにしては、痕跡が少ない」
代わりに周囲を見回していたシェリアがぼそりと教えてくれた。なんでも知能の低い小鬼が草木の密集している場所を通っていたりすれば、踏み分けられた跡が素人目にもわかるほどはっきりと残るらしい。なのに、この場所には意識して探さないと見つけられない程度にしかないようで、それが違和感になっているそうだ。
「――まるで人系種族の狩人みたいよ」
最後にそんな感想を呟いたけど、それって逆に言うと一般的な狩人程度の知恵がないとこんな状態にはならないってことだよね?
「小鬼って、そんなに知恵が回るものなの?」
ボクの素朴な疑問に対して、三人は互いに顔を見合わせた。
「……隊長級の個体がいれば、可能性があるか?」
「……足跡からして、ここにいたのは複数。でも、それにしては統率が取れすぎてるように思えるわ」
「てことはなんだ? 隊長級以上ってなると、将軍級なんて小鬼じゃ早々お目にかからないようなやつがいるってことか?」
三人の口から出てくる言葉は、群れで活動することが多く、個体によって強さにばらつきがある魔物に対して付けられる階級だ。例え元が知能の低い魔物でも、階級が付けられるくらいになると他の個体よりもずっと賢く、何より強いらしい。そして階級に比例するように他の個体を従えて、より大きな群れを作るんだそうだ。
それでもその種族の能力が基本になるから、小鬼程度なら出てきたとしてもせいぜいが隊長級、将軍級なんて滅多に出てくるものじゃないらしいね。
「それで、この後はどうするの?」
なんだかボクが思っていた以上に大事みたいだけど、様子を見るっていう当初の目的は達したしパーティの方針を尋ねれば、三人はそろって考え込んだ。
「とりあえず、小鬼がいるのは間違いないと思う。そして、推測だけどかなりの規模の群れかもしれない」
「……組合に報告する必要があるわ。群れの規模によっては討伐隊の結成があるかもしれない」
「となると、だ。少なくともどれくらいのものか確認する必要があるな。できればねぐらの場所も抑えておきたいとこだ。そうすれば報告した時、情報料に色が付く」
話の内容からして、どうやら偵察に行く方向で落ち着きそうだ。小鬼を相手にするにしては慎重すぎるような気がするけど、きっとこの世界の小鬼はそれだけやっかいってことなんだろう。経験のほとんどないボクが、数年とはいえ先輩の判断に口を挟むべきことじゃないよね。
「――よし、こいつらの跡を追っていこう。ひょっとしたら行方不明の人達も小鬼に襲われて連れ去られたのかもしれない。くれぐれも慎重に」
リクスの言葉にパーティの全員が頷き、小鬼の残したんだろう痕跡を追って銛の奥へと踏み入れていった。




