受領
お昼時は過ぎているからか、一階の食堂部分にはちらほらとしか見あたらないものの、それでも存在する他のお客の視線を一身に浴びつつも気にせず待つこと少し。やがてイスリアに連れられて四十代半ばの男の人と女の人が店に出てきて、彼女がボクのことを紹介すると、男の人は感極まった様子でボクの肩を大きな両手でつかんだ。
「君がウルか! ありがとう、本当にありがとう! 君のおかげで娘は、娘は――!」
それ以上は言葉にならないのか、少しばかり厳つい顔をくしゃくしゃにゆがめて鼻をすする推定イスリアのお父さん。
「本当に――娘を救っていただき、ありがとうございます。この子がいなくなっていたら、私達はどうなっていたことか……」
こちらも涙で瞳をぬらしながら何度も頭を下げてくる推定お母さん。ちょっとおおげさすぎやしないかと思いはしたものの、ボクが関わらなければほぼ確実に生け贄として殺されていたんだと考えれば、危うく一人娘を失うところだったご両親としてはいくら感謝してもしたりないってところかな。
「まあ、なんというか、成り行きだったところもあるからそんなに気にしないで。それより、ボクたち四人この宿でお世話になりたいんだけど、大丈夫かな?」
「おお、是非とも泊まっていってくれ! 娘の恩人とそのお仲間ならお代はいらない! 好きなだけゆっくりしていってくれ!」
「そうね。確か一番いいお部屋が空いているから、そこを使ってくださいな」
「いやいやいやいや」
ちょっと落ち着いてお二人さん! 客商売がそれじゃあダメでしょ!?
そこからすったもんだの交渉のあげく、長期の滞在になるからと言い聞かせてなんとか普通の部屋を規定のお値段でということで落ち着いた。
ただ、その代わりに別料金になる朝夕の食事は無償でつけてくれたり水やタオルをいくらでも融通してくれたりと、かなり便宜を図ってくれることになった。恩人に対してせめてそれくらいはさせてほしいと一家そろって頑として譲らなかったので、その辺は妥協するしかなかったんだ。
「……お前、本気で何したんだ?」
「あはははは……」
交渉の間、完全に蚊帳の外に置かれていたケレンが尋ねてくるのを笑ってごまかす。リクスも何か言いたげな顔をしていたけど、今はパーティのリーダーということで代表して宿帳に記入したりと、イスリア相手に諸々の手続きをしている。シェリアだけはいつも通り、我関せずといった感じで涼しい顔をしていたけど。
ちなみに宿の主人夫婦は、今夜は腕によりをかけると張り切って店の奥へと引っ込んでいる。きっと今から仕込みとかをするんだろう。夕食が実に楽しみだ。
「――あ、そうだ。部屋割りだけど、おれとケレン、シェリアとウルでいいか?」
「え?」
「――え?」
リクスのよこした確認に疑念を示したのはなぜかケレン。それを見たリクスも何がいけないのかと言わんばかりの声を漏らした。
「……リクス、お前、正気で言ってるのか?」
「正気も何も、シェリアはウルと打ち解けたみたいだし、それなら女の子同士で――あ、そうか! ごめん、シェリア、先に聞くのを忘れてた! ウルと一緒の部屋でもかまわないかな?」
今気づいたという様子で慌ててリクスが確認を取ったけど、シェリアが何か言う前にケレンが悲鳴じみた声を上げた。
「よせよ馬鹿! 男と一緒の部屋になんて言ったらシェリアに殺されるだろ!?」
「――へ?」
一瞬何を言われたのかわかっていない顔になったリクスだったけど、我に返った様子になると限界一杯に目を見開いてボクのことを凝視してきた。
「え――男? 嘘だろう!?」
「おれの食指がこれっぽっちも動かない。間違いないぜ、こいつは男だ!」
全身で驚愕を表すリクスに、なぜか自信満々で断言するケレン。ねぇ、二人して急にいったいどういうことなの?
「――ああ、それで」
いきなりの性別判定に困惑するしかないボクの隣で、シェリアがなにやら納得げに呟いたのが聞こえた。
「それでって、何が?」
「……いつもならケレン、あなたみたいな綺麗な娘を見かけたら口説きに走ってたわ。それが今回はなかったから少し不思議だったけど、男だと思ってたなら納得ね」
何そのナンパ男の直感みたいな性別判定方法。まあ思い返せば確かに知り合って間もない女の子を相手にするには馴れ馴れしすぎる態度をしてたとは思うけど、なるほどずっと男だと思ってたなら頷ける。しかもあながち間違っちゃいないから、ただの勘だなんて馬鹿にすることもできないな。
「――で、その辺どうなんだよ、ウル。素直に言った方が身のためだぜ?」
鬼の首でも取ったかのように勝ち誇りながら問い詰めてくるケレン。さて、このややこしい話をどう答えたもんかな。
少し考えたところでふと思いつき、ニヤリと笑ってみせてから口を開いた。
「ボクはどっちでもいけるよ?」
正直に、だけどあえて誤解を招きそうな言い方をすれば、それを聞いたケレンが衝撃を受けたような表情になって後ずさった。
「おい、リクス、ヤバイぞ、こいつ真性のやつだ! 今からでも遅くない、パーティから放り出そうぜ!?」
「おい、ケレン、いきなり何を言って――」
「俺らの貞操の危機だって言ってるんだよ! 早く何とかしないと、おれもお前もこいつに喰われちまうぞ!?」
「あーひどいなー、ボクは見境なしに襲いかかったりしないよ?」
思っていた以上の反応をケレンが返してくれたから、ついつい楽しくなって調子に乗ってしまう。
「まあボク、ケレンのこともリクスのことも気に入ってるんだよね」
「ひぃっ!?」
笑みを深めてじわりとにじり寄れば、ケレンは情けない悲鳴を上げてリクスの後ろに回り込むと、まるでボクに差し出そうとするかのように突き出した。
「ちょ――ケレン、お前何してるんだ!?」
「喰うなら俺よりこいつの方がいいぜ! ちょいと見た目が物足りないが性格は俺が保証する!」
「えー、リクスもいいけど、ボクはケレンとも仲良くしたいんだけどなー?」
「俺の方は健全なお付き合いでお願いします!」
「ちょっと待て二人とも! さっきからいったい何の話をしてるんだよ!?」
ボクとケレンに挟まれる形で声を上げるリクス。その様子からして本当に困惑している様子だけど、何かまずい話が進行していることは察しているのか微妙に焦りが含まれている。
「……わたしはウルと同じ部屋でかまわないわ」
焦った様子ながらもどこか笑っている表情からして、ケレンもたぶん分かってやってるんだろうけど、お互いに悪ノリしすぎてちょっと収拾がつかなくなってきたところをシェリアの一言が押しとどめた。
「いいの、シェリア? ボク、男疑惑がかかってるんだけど」
「あなたなら問題ないわ。そうでしょ?」
おふざけを中断して一応確認を取れば、意味ありげな表情でボクのことを見返してくるシェリア。彼女には身体が機工でできてるって言ってあるから、性欲なんて無縁だってことは察してくれてるんだろう。あれはそういうことを言いたい顔に違いない。
「……なあ、ケレン、シェリアはああ言ってるぞ。やっぱり女の子なんじゃないのか?」
「……あり得ない、絶対にあり得ない!」
男二人はなにやらぼそぼそとささやきあっているようだけど、ボクには全部丸聞こえだ。
別にどっちも間違っちゃいないよ? 肉体的には完全に『無性』だし、精神的にも前の世界で男だったか女だったかも分からないから、今の自分が男で女でもどっちであっても本当に違和感がない。ぶっちゃけると生殖活動がどうのとか、生物として雌雄が重要になることに全然意味がないからか、わりとどうでもいいとさえ思ってる。
おまけにイルナばーちゃんの謎のこだわりで、他のマキナ族の子には男性型と女性型があるのに、ボクだけ中性型から頑なに変えようとしなかったからなおさらだ。今更性別はどっちかなんてこと、気にしていたら始まらない。
そして個人的には、男でも女でもないっていう状況が気に入ってたりする。だってそれならどっちの相手とも気兼ねなく付き合うことができそうだし、人生が楽しくなりそうだって思わない?
「――賑やかで楽しそうね、あなたたち」
そんなボクたちの様子を眺めていたイスリアが、愉快そうに笑いながらそんなコメントをくれたのだった。
……ところでさ、リクス。なんで君はさっきからうらやましそうな、恨めしそうな微妙な顔でボクのことを見ているのかな?
翌日、ボクたち『暁の誓い』は朝の早いうちから組合に顔を出した。目的は当然、カッパーランクの依頼をこなすためだ。
ここ一週間はほとんど休息期間になってたボクとシェリアはともかく、ついこの前昇格したばかりのリクスとケレンは疲労とか大丈夫なのかと思ったけど、当人たちは『昨日ゆっくりできたから』と言い張ってやる気満々だ。気持ちもわかることだし、その意思を尊重することにした。ボクとしても早く仲間と冒険したいし、多少のことなら何とかする自信はあるしね。
「いよう、ウル! なんでもお仲間がめでたく一人前になったんだってな? 今日はパーティでの仕事始めか、ん?」
「はいはいそうだよ。ボクたちこれから依頼を見繕わなきゃだから、用がないなら後にしてよね、ロヴ」
「おおっとこいつぁ悪ぃな! 早いとこしねぇと割のいいのは取られちまうぜ?」
「言われなくてもわかってるよ」
お約束のように絡んできた暇人を適当にあしらい、のっけから有名人の登場に気後れ気味の仲間たちをせき立てて依頼掲示板の方に向かった。掲示する依頼が更新された直後くらいに来たっていうのに、もうそこにはかなりの人だかりができている。早くしないとできそうな依頼を根こそぎ持って行かれそうだ。
そんな中に突撃したところ、ボクたちに気づいた周囲の臨険士がなぜかギョッとした様子で次々と場所を譲ってくれたので、これ幸いとばかりに最前列まで進み出て張り出されている依頼票を眺めた。ざっと見たところストーンランクであったような荷物持ちの依頼は存在せず、ブロンズランクの掲示板にも張り出されている『採取』や『配達』の他にも『討伐』や『護衛』、『探索』や『調査』などなど、けっこうな種類の依頼が並んでいる。前に聞いていた通り、一人前と認められるカッパーランクからは受けられる依頼の種類がグッと増えるみたいだ。
「――あ」
そんな風に声を漏らしながら一つの依頼票をはがして取ったリクス。何かいい依頼を見つけたようなので隣から手元をのぞき込んでみた。
《内容:行方不明者の捜索
場所:カルスト樹林
期間:開始から一週間前後
報酬:八百ルミル、別途成功報酬有り
発行:イバス村
補足:迅速な対応求む。空き家の貸し出し、食料の提供有り》
「イバス村って、確かこの前の薬草採取依頼で仮拠点にしてた村だな。俺らが帰った後に何かあったのか?」
反対側から同じように依頼票を確認したケレンがそう言った。ああ、三人と会った日に一泊した村のことだね。イバス村って言ったんだ、あそこ。
「……この依頼の詳細を聞いてみたいんだけど、いいだろうか?」
そんなことを遠慮がちに聞いてくるリクス。本人はそう言ってるけど、これってあれだよね。
「詳しいことを聞いたら最後、受けないって選択肢は取れそうにないよね、これ」
「うっ……」
思ったままに指摘してみると、図星を指されたようでうめき声を漏らしながら視線を逸らした。うん、だろうと思ったよ。付き合いはまだ浅いけど、リクスって人情話とかでガチ泣きしそうな見るからにお人好しってタイプだし。そのくらいは簡単に予想できる。
「いいんじゃないか? こういう話を見過ごせないのがお前のいいとこなんだぜ、リクス? 俺も気にはなるし、しょうがないから付き合ってやるよ」
そんなリクスの肩を叩きながら肯定するケレン。言い方は恩着せがましい気がするけど、その潔い即決ぶりは素直に感心した。いいな、これが男同士の友情ってやつか。
「ボクも人助けは好きな方だし、それでいいと思うよ」
「ありゃ? ウルは反対なんじゃないのか?」
「正しい認識のためにちょっと事実を指摘しただけだよ。正直みんなと冒険できるならなんでもいい」
意外そうなケレンの言葉に率直な意見を述べれば、なぜか呆れたような視線が返ってきた。解せぬ。
とにかく四人中三人が乗り気という状況になってほっとした様子のリクスだけど、念のため最後の一人の意志を確かめるべくシェリアの方へと視線を向けた。
「……あなたたちがそれでいいなら、わたしも文句はないわ」
相変わらずの態度ながらも了承を伝えるシェリア。これで満場一致ということになり、それならさっそくと依頼の詳細を尋ねに受付へと向かった。
そこで詳しい話を聞いたところ、イバス村の娘さんが三人、森に野草の採取に出かけたまま帰ってこないそうだ。村の人総出で森の外縁部は探したものの見つからず、それ以上踏み込むとなるとただの村人には危険すぎるとのことで、最寄りの臨険士組合であるレイベア支部に捜索依頼を出したらしい。
ちなみに行方不明になったのは六日ほど前。ちょうどボクたちが帰った後、危険な幻惑狼が討伐されたと知って、入れ違いになるように森に入ったようだ。よく魔物がうろつくような森に普通の人が入ろうなんてするもんだと感心したけど、考えてみれば文明の隣に魔物が跋扈する世界だ。それくらいならこの世界の人にとっては日常なんだろうな。
それはともかくとして、魔物の生息地で捜索なんて依頼、ボクにはけっこう難易度が高そうに聞こえるんだけど?
その辺を聞いてみると、受付嬢の人の話によればどうやら最近カルスト樹林は魔物の出現報告が減っているらしく、この前の幻惑狼はずいぶん久しぶりの大物だったらしい。なので危険度としてはそれほど高くもないと判断されているようで、カッパーランク相当の依頼として処理されたとのことだ。
「――そういえば、前に行った時も普通の獣ばかりで、幻惑狼以外は小鬼すら出てこなかったよな」
「お前、そのこと聞いてないのにあの依頼受けようって決めたわけかよ……」
なにやら思い出すような顔でそう呟いたリクスに、ケレンが呆れたような目を向ける。どうやらパーティ内で情報の格差があったらしい。ボクもボクで思い出してみたけど、確かに熊や角付き兎といった普通の獣しか出てこなかったんだよね。
角付き兎は魔物じゃないのかって? あれはこの世界じゃ獣に分類されるらしい。図鑑にそう書いてあったから間違いない。
なんにせよ、魔物をあまり見かけないとはいえ、普通の人が森で一週間行方不明とかけっこう生存が危ぶまれる。
「――これは早いとこ依頼に向かった方がいいな」
「ああ。すぐに準備を整えてできるだけ早く出発しよう! ケレン、蓄魔具の補充は大丈夫なのか?」
「使い捨てのならこの前の昇格依頼に備えて買い込んだやつがまだけっこう残ってる。充填できる分はある程度したし、残りは移動しながらだな」
「わかった、なら消耗品の補充がまだだからそっちを手伝ってくれ。シェリアは馬車を借りてきてほしい。乗合馬車じゃ限度がある」
「わかったわ」
「頼むよ。ウルは……」
パーティリーダーとして意外なほど手際よく指示を出していたリクスが、ボクの方をみて言いよどんだ。ふむ、察するにまだ付き合いが浅いせいでボクがどんな準備を必要とするかとかわからないから、何をどう頼めばいいかわからないってところかな?
ボクとしてはこのまま直行でもまったく問題はないけど、少しは普通の臨険士らしく準備した方がいいかな?
「ボクは遠出するための用意に詳しくないからね。できればついででいいからその辺も軽く教えてくれると助かるんだけど」
「……わかった。ならおれ達と一緒に来てくれ。シェリア、馬車は宿の前に回しておいてほしい!」
そう言いながら、先に建物を出ようとしていたシェリアの背中に向かって声を張り上げた。シェリアも止まらず振り向きさえしなかったけど、手を挙げて了承の意志を伝えてから組合を後にする。
「それじゃ、おれ達も行こう。ケレン、いる物はわかってるか?」
「バッチリ頭の中に入ってるぞ。さっさとそろえて可愛い子ちゃんたちの救助に向かうとしようぜ!」
「可愛いかどうかまではわからないんじゃないかな?」
「いやいや、窮地に陥った女の子は可愛いものと相場が決まってるもんだ!」
「あー、確かにそうかもしれないね」
「おい、二人とも。可愛くなかったら助けないとか言い出さないでくれよ?」
「「言わない言わない」」
そんな微妙に緊張感のないやりとりをしつつ、こちらも出立準備に向かうリクスとケレンの後に続き、ボクも組合を出た。不謹慎かもしれないけど、段々本格的な感じになってきたね! さあ、冒険の始まりだ!




