再訪
二日が経って、昇格依頼をこなすために出発するリクスとケレンを街外れで見送った。基本的に昇格試験は当人だけが受けるもので、誰かとパーティを組んでいたとしても助太刀はできないとのことだ。本人の実力を見るのが目的なんだから、それも当然だろうね。だからボクと、後はシェリアもその間はお留守番ということになる。
ちなみに二人は同じ依頼を受けているらしい。それでいいのかとも思ったけど、昇格条件を満たす人はそれなりの頻度で出てくるため、そのたびにちょうどいい依頼を用意するわけにもいかないから、ある程度まとめてやるのが普通だそうだ。実際、今回も二人以外に五人くらいの受験者がいた。
「――それでシェリア、この後しばらくどうするの?」
万が一に備えてお目付役を組合から依頼された上位の臨険士に引率され、朝早くから意気揚々と出発していった受験者ご一行様の姿が見えなくなったところで、隣で同じように見送っていたシェリアに尋ねた。
「……別に」
返ってきたのは素っ気ない一言。うーん、やっぱりすぐに仲良くっていうのはムリがあるか。
ここ二日、ちょくちょく三人の泊まっている宿に顔を出しては、タイミングよく昇格依頼が出されてるって知って慌ただしく準備をしていた二人を後目に話しかけたりはしてみたんだけど、良くて今みたいに二言三言返事があるだけだった。まだ人見知り中らしく警戒態勢も続行してるみたいだし、これはもっと気長にいくしかないか。
「そっかー。暇ならせっかくだし二人で何か依頼でも受けたいんだけど」
言外に仲良くなりたいよーとアピールしてみると、ぴくりと反応してからボクの方を向いた。その張り付いたような無表情にちょっと尻込みするも、負けるものかと真っ正面から視線を受け止める。
なぜだか妙な緊張をはらんだ空気が漂うことしばらく。
「……休養と、少し訓練に当てたいわ」
先に視線を逸らして口早にそう告げてくるシェリア。ふっ、勝った。
「そっか、残念。なら訓練相手になろうか?」
「いい」
小さな勝利は胸の内にしまいながら食い下がるも、すげなく断られてそのまま背を向けられた。あらら、完全にフられちゃったみたいだ。しかたない、これ以上押したらこじらせそうな気がするし、今回は諦めようか。
「何かあったら遠慮なく声をかけてねー」
立ち去るシェリアの背中にそれだけ声をかけて、これといって反応を返してもらえなかったことに少し凹みつつも今日の予定を考えることにする。
一人で何か依頼を受けてもいいけど、昇格依頼は数日中に終わる予定らしいからあまり遠くに行きたくはない。せっかく仲間になったんだ、合格したならすぐに祝ってあげたいし、ほとんどが受かるらしいとはいえ万が一不合格でも励ますことはできる。
それに、一人で依頼をこなしていてもたいして面白くなかった。生活が懸かっていたりしたらそんなことは言ってられないんだろうけど、そっちの心配はしなくていいボクにとっては、ただ獲物を探して深い森の中を一人黙々と進んでいくのは結構しんどかった。その後三人と一緒に行動して、それなりに賑々しくやれたからなおさらだ。
ということで、依頼を受けるのはパスの方向でいこう。やっぱり何事も楽しくなくちゃね。
そうなると、後は観光の続きか公爵家に戻ってのんびりしてるか。うん、観光だね。王都に来てから半月以上経つけど、いろいろあったせいでまだまだ見て回れていないところが多い――
「ん?」
そこまで考えたところで何か引っかかった。なんだろう、今の思考で懸念事項みたいなのは思い当たらない。依頼を受ける? いや違う、もっと後の方だ。公爵家でのんびり、王都の観光……違うなー。来てから半月だけど、いろいろ――あ、これだ引っかかったの。
どうせ急ぐ用事もないからと頭の引っかかりを探していると、該当するのは『半月』だった。すっきりしたのもつかの間、今度はこれの何が引っかかるのかがどうしても気になる。
半月、半月……十五日、一ヶ月の半分、期間を表す言葉。うーん、意味を羅列してみたけどなんかしっくりこないなぁ。じゃあ、半月前のこと? でもその頃は囮作戦やり始めた頃で特にこれといった出来事はなかったし、それよりも前ってことならそれこそ到着初日でちょっと観光したことくらいしか――
「――あ」
そこまで連想して思い出した。確かイルナばーちゃんの一番の弟子であるドジっ娘の人がやってるお店があって、一応ばーちゃんの訃報を知らせようかと思ったけど留守だったんだ。で、お店の人によれば返ってくるのに半月くらいかかるって話だった。
……そうだね、そろそろ帰ってきてるかもしれないし、ちょうどいいから一度訪ねてみよう。
今ぐらいのグローリス通りには、まだ人通りはそれほどなかった。見かけるのは職場に向かってるんだろう急ぎ足の人や屋台の準備をしている人がほとんどで、起き出してきたものの活気づくには少し早いといった雰囲気だ。ほとんどのお店は開店準備中に見える。
目の前にたたずむ《シュルノーム魔導器工房》の看板を掲げる店舗も例に漏れないようで、表札がきっちり《閉店》となっている扉の奥では忙しそうに動き回る音が聞こえてきている。ちょっと早かったかな。でも、買い物に来たわけじゃないし用事も個人的なものだし、仕事中にお邪魔するよりはいいよね?
内心でそう言い訳して扉をそっと開いた。もう人が入っているからか鍵はかかっていなくて、それほど力を込めていなくてもすんなりと開き、同時に備え付けられていたベルが涼やかな音を立てる。
「すみませ――」
「申し訳ありませんがお客様、まだ準備中ですのでもうしばらくお待ちください」
遠慮がちな呼びかけを遮ったのは、ちょうど入り口近くで陳列してある商品を点検していたらしい店員の人。この人見覚えがある、前にボクに商品解説してくれた女の店員さんだ。
「えっと、ごめんなさい。ボクはお客じゃなくて、支配人の人に用事があってきたんだ」
「支配人にご用事、ですか? 今日はそんな予定はなかったはずですけど……」
「完全に私用だからね。前来た時は留守にしてるって聞いたんだけど、今はいる?」
「あ、はい、アリィ・シェンバーは一昨日に戻ってきていますが……」
そっか、今回はちゃんといるらしい。ほとんど思いつきだったから良かった。
さて、後はあからさまに不審そうな目を向けてくる店員の人にどうやって取り次いでもらうかだけど……ここは穏便に行こうか。
「じゃあ、一度伝言してもらえるかな? 『イルナ様の夢の結晶が会いに来た』って支配人の人に伝えてほしいんだ。それで会いたいって言われなかったらおとなしく帰るよ」
とりあえずそれだけ頼んでみた。イルナばーちゃんの話によれば一番の弟子相手に自分の夢を語っていたって言ってたし、それならこれだけでも通じるか察するかはしてくれるだろう。わからなかったらその程度、もともと思いつきだから会えなくてもボクにとってはたいした問題じゃない。
「……わかりました。伝えてきますので、少しお待ちください」
そして店員の人はというと、イルナばーちゃんの名前を聞いた辺りでピクリと反応したように見えたけど、少しだけ考え込んだ後でそれだけ言うと、店の奥へと急ぎ足に姿を消した。よし、なんとか無事に話が進みそうだ。
なんとなく店の中を見回して奔走する他の店員の人たちを眺めながら待つことしばらく、戻ってきた店員の女の人はなぜか表情を消した顔で淡々と告げた。
「アリィ・シェンバーが是非とも会いたいと言っております。よろしければこちらへどうぞ」
どうやら通じたらしい。促されるのに従って、店員の人に続いてお店の奥に向かった。
関係者以外立ち入り禁止の表示がある扉をくぐると雰囲気が一変する。なんというか……研究所? 表のお店スペースと同じくらいの空間に、実用一点張りの机や様々な筆記用具に工具、壁のいたるところに張り出されている魔導回路の概略らしい図面などなど、扉一枚隔てただけとは思えない混沌とした空間だ。うーん、けっこう人がいることを除けばイルナばーちゃんの研究所を思い出すなぁ。
なにやら興味深げな視線を向けてくる研究員らしき人たちの間を縫って、店員の人は研究所の片隅にある階段から二階へと上っていった。当然後に続けば雑然とした様子だった一階と違って、一本の廊下を挟んで両側にいくつか扉が並んでいるのが見える。ふむ、察するに下は共同の場所で、こっちは個人の研究室ってところかな?
部屋番号が振られただけのルームプレートが付いた扉を通りすぎ、唯一《アリィ・シェンバー》と個人の名前が刻まれたルームプレートが掲げられている一番奥の部屋まで辿り着くと、店員の人はおもむろに扉をノックした。
「アリィ、サリアです。伝言の相手を連れてきましたよ」
「あ、はい! 入ってもらってください!」
中から聞こえた妙に若々しい声におや? と思いつつも部屋の扉をくぐれば、なにやら作業机に向かっていた女の人が慌てて立ち上がろうとして、その拍子に振れた尻尾の先を引っかけ、筆箱みたいな工具入れの中身を床にぶちまけたところだった。
「あ――ご、ごめんなさい! すぐに片付けるから!」
そうテンパった様子で言いながらしゃがもうとした勢いで机の角に頭をぶつけて、反動で盛大にひっくり返った先にあった椅子を巻き込みながら派手に倒れる。ここまで手を出す暇もないあっという間の出来事だった。
「アリィ……もう少し落ち着きなさいよ。あなた、ただでさえ鈍くさいんだから」
そのある意味見事な連鎖を前に、店員の人が呆れたような諦めたような雰囲気で声をかけた。ただ、言われた本人は端から見てもそれどころじゃないようで、椅子の下敷きになりながら打った頭を抑えて無言で身悶えしている。けっこういい音がしてたし、相当痛いに違いない。可哀想に。
気を取り直した店員の人が近寄って女の人を介抱し、少ししてなんとか起き上がるまで回復した。
「……お見苦しいところを見せてしまいました、すみません。アナイマ族の狐持ち、シュルノーム魔導器工房の魔導師をやってます、アリィ・シェンバーです」
赤くなった箇所を抑えながら涙目でそう正式な名乗りを行った女の人改めアリィ。女の人にしては背の高いスラッとした体つきに、赤茶色の髪と黒い目をした美人さんだ。前の世界の白衣に似た作業着と、鼻にちょこんと乗った眼鏡がいかにも研究者って感じの雰囲気をかもし出している。
イルナばーちゃんの話によれば最低でも四十歳は超えているはずなのに、どう見ても二十代、多く見積もっても三十と少しくらいの若々しさということに最初は驚いた。けど頭頂部でピンと立つ獣耳と背後で揺れる尻尾を見て、そして彼女の種族を聞けばすぐに納得できた。
アナイマ族は前の世界で言うところ獣人の種族で、個々人ごとに様々な動物の特徴を生まれ持つらしい。どんな動物の特徴を持つかはなぜか血筋とかは関係ないようで、それが猫なら身軽に動けて、熊なら力が強いなんて感じで一人一人に特徴が現れることがほとんどだとか。イルナばーちゃんいわく、『見た目で生まれ持つ才能がある程度推測できるわかりやすい種族』とのことだった。
ついでに老化も遅いらしく、この世界の人の大多数を占めるヒュメル族と比べれば寿命ほとんど変わらないのに、だいたい一・五倍から二倍の速度で衰えていくって話だ。
それを考えればアリィが予想よりもずっと若く見えるのは当たり前なのだ。イルナばーちゃんの思い出話じゃ一貫して名前しか聞かなかったから、ボクもてっきりヒュメル族だと思いこんで他種族の可能性を考えてなかった。
「初めまして、アリィ。ボクはウル。マキナ族でイルナばーちゃんの子、ウルデウス・エクス・マキナ。呼ぶ時はウルって呼んでね」
ボクも名乗り返せば、イルナばーちゃんの名前が出たところでアリィは顔を輝かせた。
「やっぱりお師匠様のことを知ってるんですね! 今はどうして――」
「アリィっ!」
身を乗り出して勢い込んで喋ろうとしたところを、なぜだか店員の人が強く遮った。
「言ったはずでしょう、まずは見極めるのが先だって」
「でも、サリア――」
「以前もそれで痛い目を見たはずでしょう。また同じような思いをしたいの?」
「うう……」
店員の人に言い諭されてしょんぼりとするアリィ。店員の人が三十代くらいだから、端から見てるとお姉さんに叱られてるみたいで微笑ましく思えるけど、ある程度実年齢を知ってるせいで違和感がすごい。この人本当に四十歳超えてるの?
それはそれとして、なかなか気になる会話をしてくれたねこの人たち。
「何? 前にボクの偽物とかが来たりしたの?」
「……違います。イルヴェアナ・シュルノームの知人、あるいは縁者と偽って訪ねてくる不貞の輩がしばしば現れるのです」
そんなはずはないと思いながらも念のため確かめてみれば、案の定当たらずとも遠からずな答えが返ってきた。なるほど、それで何か詐欺まがいのことにでもあったわけか。だまされやすそうな人が目の前にいるわけだし、それは慎重にもなるよね。
「ということは、ボクも疑われてるわけなんだね?」
「その通りです」
「わたしはあの伝言だけで十分だと思うんですけど……」
ボクの確認に対して即座に断言した店員の人と、そんなことを言いながら胸の前で両手の人差し指をつつき合わせつつ、上目遣いに店員の人をうかがうアリィ。まるでいじける子供みたいな様子に全然違和感がない推定四十代。なぜだか世の中の理不尽を感じた。
どうしてもアリィの実年齢に合わない仕種に意識を持って行かれそうになるのを強引に戻し、疑いを晴らす方法を考える。せっかくイルナばーちゃんの関係者に会えたんだし、アリィとはできれば友好関係を築いておきたい。
そのためにも、まずサリアって呼ばれている店員の人を納得させなければならないんだけど、あいにくイルナばーちゃんとの関係を示す物的証拠になるような持ち合わせはない。
無線魔伝機でも見せてみる? でもあれイルナばーちゃんが秘境に籠もってから作ったやつだし、弟子のアリィも知らないんじゃないかな。ひょっとしたら作り方の癖とか見て判定できるかもしれないけど、知識のあるアリィはともかく肝心の店員の人にはわからないだろうなぁ。それに下手に分解されて戻せなくなっても困るし。
そうなると、後は本人同士でしか知らないような思い出とかかな。




