帰還
「――っと、愛しの組合が見えてきたぜ!」
肩を組んだままのケレンが行く手を見てそんな声を上げた。歩きながら話しているうちに、いつの間にかそんなところまで戻ってきていたらしい。
ボクと三人とじゃ報告する依頼は違うけど、受付に向かうのは一緒だから、とりあえず肩を並べて組合に入った。まだ日が沈む前だからか、中はそれほど混み合った様子はない。
「お、ウルじゃねぇか。えらく早ぇ帰還だな」
そのまま空いている受付に行こうとしたら、そんな風に声をかけて近寄ってくる相手がいたので足を止めた。そろそろお馴染みになってきた感のあるロヴだ。どうやらちょうど待合いスペースでダベっていたところらしい。
「相変わらず暇そうだね、ロヴ」
「バッカヤロウ、オレみたいなのはな、暇な方が世の中平和ってもんだ」
自己弁護みたいな気がするけど正論だね。ゲームじゃあるまいし、プラチナランクが駆り出されるような事態がしょっちゅう起こる世界とか恐すぎる。
「で、お前は初の討伐依頼だったんだろ? 幻惑狼なんて面倒なヤツ相手だったらしいが、どうだったんだ?」
「そんなにたいしたことなかったよ。むしろ見つけるまでが大変だった」
「……また頼もしいんだか心配になるんだかわからねぇ感想じゃねぇか、おい」
「まだまだ未熟者だって痛感しました。ロヴってホントにすごいんだね」
「お、ようやくオレの偉大さがわかってきたようじゃねぇか。――で、そっちの連中はどうした?」
しみじみと呟いて見せたボクに対して自慢げに胸を張った後、三人の方に鋭い視線を向けながら尋ねてくるロヴ。
「あ、紹介するね。こっちはボクがお世話になることになった『暁の誓い』のみんな」
言いながら振り返って目にしたのは、そろって目を見開いたまま硬直しているパーティメンバーたち。その視線が集中しているのはむさ苦しい傷だらけの顔だ。
「どうしたの、みんな?」
「いや、だってウル、お前この人が誰だかわかって――」
「ロヴでしょ? ボクは知らなかったけど、プラチナランクで有名人なんだって」
そうなんのてらいもなく言ったら、そろって『こいつ信じられねぇ!』って感じの目を向けられた。解せぬ。
「パーティだ? お前、ここに来てからこっちずっとソロだったじゃねぇか。急にまたどうしたよ?」
「出先で偶然助けたんだ。それでしばらく一緒にいたんだけど、意気投合したからパーティに入れてもらった」
「へぇ……」
首をかしげているところへ簡単に説明すると、しげしげと三人をなめ回すように観察し出すロヴ。見られてる三人はどこか居心地が悪そうだ。
「ちょっと、ボクの仲間を変な目で見ないでよね。引かれてるよ?」
「だーれが変な目だ、おい。心配しなくても取って喰おうなんざ思っちゃいねぇよ。ま、上手いことやっていくんだな」
何か満足したような顔でそれだけ言い置いて組合を出て行くロヴ。いつも思うんだけど、あの人ホントに何がしたいんだろう?
「さて、余計な人もいなくなったし、報告済ませちゃおうよ」
「……おれの気のせいかな。今ウル、ロヴさんのこと『余計な人』って言ったような」
「安心しろ、俺にもそう聞こえてたから。信じられないぜ……」
「……そうね」
なにやらぼそぼそと三人が言ってるけど、ボクからしてみたらロヴはちょっと荒っぽいだけの気のいいおっさんだ。そんな変に畏まったり恐れおののいたりする必要性を全然感じない。本人も特に気にしてないどころかおもしろがってるところもあるしね。
「あ、いやそういえば――なあウル、ひょっとしてここ最近ロヴさんが目をかけてる、いつも外套とフードを被ってる態度の大きい新人ってお前のことか?」
ふと思い出したようにケレンがそんなことを尋ねてきたけど……何それ?
「初めて聞いたけどそんな話」
「十日前くらい前から結構噂になってたと思うんだがよ、いつもフードを被って顔を隠している怪しい子供にロヴさんが会うたびに声をかけてるんだが、当人はむしろ邪険に扱ってもっぱらゴミ掃除に精を出してるって話だ」
あ、それボクだね間違いなく。いつの間にか変に噂になってたんだ。
「……そういえばそんなこと聞いた覚えがあるな」
「だろ? しかも一回だけフードを取った時に居合わせた証言によると、見たこともない虹色の髪をした美少女だったって。間違いなくこいつだろ? まさか実態がこんなのとは思わなかったけどよ」
なんか思った以上に組合でやった覚えのある出来事が広まってる感じがする。おかしいな、邪教集団の話は公になってないはずだから、それ以外じゃそんなに注目集めるような活躍とかしてないはずなのに。そしてさっきから全然話が進んでない。
「もう、ボクは先に行くからね」
「あ、ウル――」
「……逃げたな」
いや、別に逃げてないからね? さっさとやることやって夕食を奢ってもらいたいだけだからね?
とりあえず空いている受付に行って、荷物から幻惑狼の討伐証明になる尻尾を取り出して討伐完了を報告。基本報酬に加えて最低討伐数を超えた分が上乗せされて四千二百ルミルを受け取った。
支払いは千って数字が書かれた親指大の金貨が四枚に、百ルミル銀貨が二枚の組み合わせ。とうとう出たよ金貨の実物! おとり捜査の時の軍資金は使いやすいようにって全部銀貨だったから、この世界でも見るのは初めてだ。いいね、すっごくファンタジーっぽい!
内心興奮しつつ、ついでにそのまま素材の買い取りをしてもらおうと思ったら専用の受付があるとのことで、教えられた端っこのカウンターへ並んだ。順番が来て担当の人に促されるまま、こっちはリクスたちから借りた予備のバックパックから毛皮や牙や爪なんかを並べてみせた。
査定の結果、八匹中六匹分は可もなく不可もなくで平均くらいの値段になり、残りの二匹分は処理が粗すぎるとのことで大幅に減額されたため、八匹分まとめて千二百二十八ルミル。エキュー以下はおまけしてもらった。
……はい、減額対象の低品質品はボクが解体を担当した分です。
いや、だってボク魔物の解体とかほとんどやったことなかったんだよ? 故郷でも食べれる肉以外はだいたい放置で、そのうち肉以外の需要が出てきたけど、そういう時だっている子がいる分だけ調達していくからノータッチだったし。
今回だってその感覚で幻惑狼を放置していこうとしたら、ケレンに『もったいない!』って叫ばれて、教わりながらおっかなびっくりやったんだ。一応値段が付く程度にはできたんだから、むしろ褒めてほしいくらいだ。
それはそれとして、締めて五千四百二十八ルミルが今回の稼ぎだ。金貨も五枚ゲットして巾着は一気に重くなった。
いやーすごいね、ほんの一週間くらい前は日給五十ルミル行くか行かないかだったのに。この世界の物価を考えたら当分働かなくてもいいんじゃないかな、これ。臨険士に憧れる人が多いのも納得だ。
「――なあ、ちょっといいか」
ほくほく顔で受付を離れたところでなにやら声をかけられてそっちを向けば、見知らぬ臨険士の人がいた。三十代くらいに見える男の人だけど……実際どうなんだろう。ロヴがあの顔でまだギリギリ二十代だったからなー。
「何かな?」
「さっきの話を聞いててな。お前、あのお子様達のパーティに入るんだって?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
その人が言った『お子様達』に侮るような調子が感じられて少しムッとしつつも話を促せば、どこか自信に溢れた様子で言葉を発した。
「あいつらはまだブロンズばかりのパーティだ。悪いことは言わないからやめておけ。お前みたいなのはあいつらにはもったいなさ過ぎる。どうだ、オレ達のパーティに来ないか?」
「間に合ってるよ」
どうやらボクを勧誘したいみたいだったけど、すげなく一刀両断して三人の姿を探した。ちょうど受付でいろいろ手続き中らしく、ちょうど目があったシェリアに待合いスペースの方を指さして見せてからそっちに――
「ちょ、待てよ!」
行こうとするのを慌てた様子で遮るさっきの人。
「まだ何か用?」
「考え直せって! オレ達は『永遠の栄光』ってパーティなんだが、オレも含めて半分以上がシルバーだ。残りも全員カッパーだから、ジェムドカッパーのお前なら断然こっちの方がいい稼ぎができる! 絶対に損はさせないぞ!」
「別にいいよ。お金はあったら嬉しいけど、そんなに稼ぐ理由もないしね」
やけに必死になって魅力をアピールしてるみたいだけど全然心に響かなかったから、改めてお断りを入れると脇を避けて通ろうとした。けれど行かせないとばかりにさらに遮る勧誘員の人。
「なあ、もう一回よく考えてみろよ! はるか格下と組んだって、お前にとってもためにならないぞ!」
「格下じゃないよ。今度ブロンズの二人も昇格できるみたいだし、ランクで見ればおそろいだよ」
「そんなもんピンキリだ! なりたてなんてブロンズに毛が生えたくらいだ!」
なんなんだよこの人、しつこい上にさっきから微妙に腹の立つこと言ってくれるな。
「ボクもそのなりたてなんだけど?」
「お前は別格だ! あんな子供なんかよりオレ達と一緒に来た方がずっといいに決まってる!」
そんな勧誘員の言い分は無視してもう一度受付の方を見れば、こっちを心配そうに見ているリクス、不愉快そうな表情のケレン、なにやら妙にボクのことを注視しているシェリアの姿があった。段々ヒートアップしていった勧誘員が今や組合中に聞こえるような大声でまくし立てているせいで、こっちの話が聞こえたんだろうね。他を見ても、ここにいるほとんどの人がボクと男の方へと視線を向けているのがわかる。
とりあえず心配ないよって意味を込めて三人に向かって軽く手を振り、勧誘員の顔を真っ正面から見てきっぱりと言ってやる。
「何度言われてもお断りだよ。初対面で何も知らないくせに、人が気に入った相手を悪く言うような礼儀知らずの人とは何があっても一緒になりたくないね」
すると勧誘員は瞬間的に顔を真っ赤にすると、拳を振り上げて殴りかかってきた。けどまあ、そうなる可能性を考えてたから慌てず騒がず後ろに下がって距離を空ければ、男の拳はむなしく空を切るだけだ。
「なんのつもりさ? 危ないじゃないか」
「うるさいっ!!」
たしなめるつもりでそう言ったけど逆効果だったらしく、耳の先まで真っ赤になった勧誘員はまた拳を振り上げた。あーこれ完全に頭に血が上っちゃってるね。カッとして思わずの一発くらいなら見逃してあげてもよかったけど、これは頭冷やしてもらわないとダメそうかな。
なので二発目の拳はその場で軽くしゃがんで避けると、ちょうど目の前に来た腹にパンチを打ち込んだ。そしたら男は身体をくの字に折って吹っ飛んで、たまたま後ろにいたギャラリーを巻き込んでぶっ倒れる。あ、ヤバイ、ちょっと力入れすぎた?
「あー、巻き込んでごめんなさい。大丈夫?」
「……まあ、たいしたことねーよ」
慌てて駆け寄って白目を剥いている勧誘員をどかし、ギャラリーの人を助け出す。良かった、本人の言う通りたいしたことはなさそうだ。
「あー、ウルだったよな。連れがすまなかったな」
そんな声に振り向けば、気絶した勧誘員を二人がかりで運ぼうとしている人たちがいた。
「その人のお仲間?」
「ああ、そうだ。こっちもやめとけって言ったんだが、どうにも聞かなくてな。おまけにちょいと頭に血が上りやすい性格で……本当にすまなかった」
勧誘員を支えているうちの一人がそう言いながら頭を下げた。なるほど、『永遠の栄光』っていうパーティ全部がああなんじゃなくて、その人だけがちょっと暴走しやすい人だったわけか。大変そうだね。
「念のため言っておくけど、ボクはそっちのパーティに入るつもりは全然ないからね」
「わかっている、話は聞こえていた。こいつにも後でしっかり言い聞かせておくから、今回のことはなんとか穏便に済ませてくれないか?」
「いいよ、ボクもちょっとやりすぎたかもしれないし、おあいこってことで」
「感謝する」
そんな感じでやりとりを終えると、『永遠の栄光』のメンバーらしき人たちは勧誘員を担いだまま組合を出て行った。その姿を見送った後でふと気づく。今のって、実力主義の業界で新人が先輩に絡まれるシチュエーションじゃなかった? おお、いつの間にかファンタジーの王道イベントが発生していたとは!
勧誘員のせいでちょっとイラついていた気持ちが霧散するのを感じながら仲間たちの方を見れば、リクスはどこかほっとした感じの嬉しそうな顔で、ケレンは妙にスカッとした笑みを浮かべ、シェリアは相変わらず変化の少ない表情でボクを見ていた。
そんな彼らに全開の笑顔でサムズアップしてみせてから、三人の手続きが終わるまでひとまず待合いスペースに腰を落ち着けた。




