勧誘
「――て感じになるからな、それを目安にすれば結構効率よく探せるんだよ」
「へえ、そうなんだ。なるほどね」
「たく、お前って本当に戦闘以外じゃてんでダメだな」
「だから言ってるじゃないか、臨険士になってからまだ半月も経ってないって」
「それで今ジェムドのカッパーなんだから、世の中不公平だよなぁ……」
ボクの言い分に対面の座席から呆れたような、羨ましがるようなぼやきを漏らすケレン。そんなこと言ったってしかたないじゃないか。他の人はともかく、ボクたちマキナ族は初めからそういう風に生み出されてるんだからさ。
「でもホント助かるよ、そういう臨険士なら知ってて当然ってことを教えてくれて。ケレンって物知りだよね」
「いやいや、俺なんてまだまだだって。そりゃうちの二人に比べれば多少は頭のいい自覚はあるけどな」
内心の漏らせない呟きは置いといて素直に思ったことを口にすれば、当人はどこか得意そうにそううそぶいた。
現在、幻惑狼と討伐した時からちょうど丸一日が過ぎたくらいで、その時ボクが助けた臨険士パーティ『暁の誓い』の三人と一緒に乗合馬車に揺られているところだ。
あの後、討伐証明部位の回収と幻惑狼の解体を終えてから三人が荷物を放棄した場所まで一緒に戻り、なんとか無事に見つかった荷物を回収したところで、依頼達成にまだ薬草が足りていないと言われてそれにも付き合った。それが実は上位達成――採取系の依頼によくある、最低限の量をこなした上で一定以上の成果を上げることで高評価になる分だっていうことは、そのことをボクに伝えなかったケレンをリクスがコソコソと問い詰めていたのを高性能な聴覚がバッチリ拾った。
まあでも、どうせ後は帰るだけだから時間とかは気にしてなかったし、全然知らなかった薬草の見分け方や正しい採取方法なんかを教えてもらえたから、ボクとしてはむしろどんとこいってところだった。そういったケレンのちゃっかりしたところやリクスの誠実であろうとしているところもわりと気に入ったし。
そうして周囲を警戒しながら四人がかりで目標量を集めたところで最寄りの村まで引き上げて、そのまま別れるのもなんだったから、村で空き家を借りていた三人と一緒に一夜を過ごしたのだった。
その時に帰り際に仕留めた角付き兎と、村の人から分けてもらった食材で作ったあり合わせ料理のご相伴にあずかったり、知り合ったばかりの人たちと同じ空間で雑魚寝したりとなかなかに貴重な体験をさせてもらった。やっぱり冒険とかはこういうのが醍醐味だよね。どっちも必要のない身体とは言え、雰囲気はしっかり味わえる。
そうして朝を迎えると、三人もレイベアを拠点にしているとのことでせっかくだから一緒に帰ろうと、立ち寄った乗合馬車を利用して帰路につき、二つ三つ村や町を経由して今はもうすぐ王都が見えるだろうといったところまで戻ってきているわけだ。
馬車に乗ってる間は特にやることもないからいろいろと話をしていた。と言っても、主にボクが臨険士歴三年のケレンやリクスから、臨険士なら知っておくべきっていうたぐいの知識を教えてもらった感じだ。そういう蓄積が一切なかったボクとしては大変ためになる時間になった。
「……なんか、意外だな」
「何が?」
「いや、なんていうかその……まだなりたてなのにシルバーランクくらいの力があるって認められてるから、こう、もっとすごいのかと思ってたんだけど……」
言葉を探すようにつっかえながら、抽象的に失礼なことを言ってくれるリクス。
「その言い方だとボクが全然すごくないみたいに聞こえるんだけど、そんなこと言うってことは、リクスはもっとすごいところがあるのかな?」
「あ、いや、別にそういうつもりじゃ――」
「よくわかったなウル、こいつは実際すごいんだぜ?」
ボクの意地の悪い笑みと言葉にたじろぐリクスの言い訳を遮って、ケレンがフォローらしきものを入れようとする。ただ、その顔に浮かんでいるのは悪戯を考えついた子供みたいな、今ボクが浮かべてるのと同種の笑みだ。
「なにせ素振りをしてたら木剣がすっぽ抜けて近くの窓を割ったり、勘違いで殴りかかった相手にボコボコにされたりと武勇伝には事欠かない。傑作なのが出会い頭にぶつかったお姉さんに――」
「おいこらケレンお前いったい何のつもりだ!!」
突如始まった暴露話に大慌てでケレンを取り押さえようとするリクス。けど、ボクが素早く割って入って逆にリクスをがっちりと捕まえた。
「ほほう、その話詳しく」
「いやなに、物語じゃよくあるお約束ってやつさ。お互いもつれ合うように倒れ込んで、実にけしからんことにこいつお姉さんの胸元に――」
「それ以上やめろおおぉぉっ!!」
ボクの拘束からどうやっても逃れられないとわかって、絶叫で話を塗りつぶそうとするリクス。この反応からして、本人的にも黒歴史なんだろうな。
ただ、今ボクたちがいるのは乗合馬車の中だ。当然他にもお客さんはいるわけで、その人達はいきなり叫びだしたリクスに迷惑そうな目を向けている。
「ちょっとリクス、他にもお客さんがいるんだから大声出さないでよ。迷惑になるでしょ?」
「そうだぞ、まわりのことを考えろよ。常識ってのを知ってるか?」
「お前達のせいだろっ!?」
ボクもケレンも当たり前のことを言い諭しているだけなのに、顔を赤くしながら言い返してくるリクス。
「自分のやったことを人のせいにするなんて、どういった育ち方したんだろうね」
「悪いな、幼なじみとして謝るよ。俺がもうちょっと厳しく言っとけば……」
「苦労してるんだね、ケレン」
「察してくれてありがとうよ、ウル」
「おれか!? 全部おれが悪いのか!? なんでお前達にそこまで言われなきゃならないんだよ!?」
二人でしみじみと頷き合っていると、喚きながらボクをふりほどこうとリクスが暴れ出した。うーん……この辺が潮時かな?
「さて、冗談はここまでにしとこうか」
「そうだな、これ以上やるとこいつが拗ねる」
ケレンとお互いに合意を得たところで哀れなおもちゃを離してあげた。その拍子にバランスを崩しかけながらもなんとか踏みとどまるリクス。
座席に座り直して二、三度深呼吸したところで落ち着いたらしく、恨みがましそうな目をボクとケレンに向けてきた。
「……お前達、今回初めて会ったんだよな? なんでそんなに息ピッタリなんだよ」
「なんでって言われても……ねぇ?」
「だな。なぜか合うとしか言いようがない」
互いに首をかしげながらそう言った。ケレンに対して出会って少ししたくらいから感じ始めていたシンパシーがあったんだけど、この様子だとどうやら相手も同じらしい。初対面なのは間違いないはずなのに、世の中不思議なこともあるもんだ。
そんなくだらないやりとりを交わしつつ、チラリと視線をシェリアに向けた。
「……ところでさ、シェリアっていつもあんな感じなの?」
「ん? ああ、まあそうだな」
「だいたいは……」
当人には聞こえないように小声で尋ねてみれば、同じくひそひそと返事をくれるケレンとリクス。
そう、これだけ騒いでいるにも関わらず、彼女はさっきからずっと会話に入ってくるそぶりがなかった。というか、一緒に行動してからこっち、ボクが見ている限りじゃ必要最低限のことしか口を開いていない。
今も近くの座席に座ってはいるものの、静かに目を閉じて我関せずといった雰囲気をかもし出していた。そして時折思い出したようにボクの方に視線をやっては逸らすということを続けている。正直ものすごく気まずい。
「でも、いつもならもう少し話しをしてくれてるんだけど……」
「やっぱり人見知りなところがあるんじゃないか? パーティに誘ったばかりの頃を思いだしてみろよ。あの時も今みたいにほとんど口利いてなかったと思うぜ」
どうやら二人もシェリアの様子は気になっていたようで、声を抑えたまま不思議がるリクスに昔のことを思い出している様子のケレン。話を聞く限りじゃ、どうやら元から無口らしい。妙に警戒されてる気がするのも、人見知りだからってことならしかたないと思うことにしよう。
――ところで、やっぱりシェリアは後から二人のパーティに誘われて加わったんだ。一人だけランクが上だし、幼なじみって言ってる二人ほど気安い様子がなかったから変だなとは思ってたけど、よく男二人のパーティに加入しようなんて思ったもんだ。
そんなこんなとしているうちに、乗合馬車はレイベア外縁にある停留所に到着。下車する人たちに混ざってボクと三人もそれぞれ荷物を担いで馬車を降りた。ちなみに運賃は先払い制で、ボクの分の料金はケレンが言葉通り乗る時に払ってくれている。
「さーて、なんとか奇跡的に無事に帰って来れたな」
「そうだよな、もう二度と無謀な依頼は受けないようにしよう」
背伸びしつつ疲れた表情でぼやくケレンと深刻な顔で頷きを返すリクス。
昨夜話を聞いたところによれば、幻惑狼なんていう自分たちじゃ手に負えない魔物が出没しているのは知っていて件の採取依頼を受けたらしい。遭遇しなければ大丈夫だろうという甘い目算の結果があの絶体絶命の状況で、たまたまボクが駆けつけなければ全滅していただろうとのこと。
そんなことでこれから先臨険士としてちゃんとやっていけるのか不安になる話だったけど、当人たちはしっかり反省しているようだしたぶん大丈夫だろう。経緯はどうあれせっかく生きて帰れたんだし、教訓は次に生かさないとダメだよね。
「それじゃあ、後はお互い組合に報告すれば依頼完了だね。奢ってくれるって話は期待してもいいのかな、先輩?」
先に立って組合へ向かいながら振り返って尋ねれば、ケレンとリクスが苦笑いを浮かべた。
「お前に先輩って言われるのも、なんか妙な気分になるな」
「そうだな。確かにウルよりは長く臨険士やってるから間違っちゃいないんだろうけど、ランク的に考えるとな……」
「細かいことは気にしない方が人生楽しいと思うよ。それで、どうなの?」
重ねて問いかければ、ケレンはどんと胸を叩いて言った。
「心配すんな、男に二言はない! 約束通り奢るさ」
「やったね! いいところに連れて行ってよ!」
「……できれば手加減してくれよ? 俺らようやくカッパーに上がれるかもってところなんだから、下手に高級な店とか行ったら全財産が飛びかねないんだから」
「心配しなくても、普通におすすめのおいしい店でいいよ。ボクこの街に来てまだ半月くらいだからそういうの全然知らないし。それに小食だから量もいらないしね」
そんな風にケレンと話していると、ふとリクスが妙に真剣な顔つきでボクのことを見ているのに気づいた。
「どうしたの、リクス。何かボクに言いたいことでもあるの?」
「あ、いや、その……」
何気なく問いかけると、何度かためらう様子を見せながらも、やがて何かを決意したように口を開いた。
「――なあウル、もし良ければなんだけど、おれ達のパーティ『暁の誓い』に入ってくれないか?」
なんの脈絡もなかった発言に思わず目をパチクリさせると、リクスは勢い込んで話を続けた。
「実はおれ達、この依頼を報告したら昇格点が規定された分貯まって、カッパーランクへの昇格試験が受けられるようになるんだ」
「そうなんだ、それはおめでとう」
意外な告白を聞いて反射的にお祝いを言うボクに、リクスはさらにまくし立てるような調子で言葉を口にする。
「昇級できること自体は嬉しいんだけど、今回みたいな窮地を何とかするにはまだまだ力不足だって思い知らされたよ。だから、そんな状況から救ってくれたウルがいてくれればすごく心強い」
なるほど、要するにパーティの戦力強化を図りたいわけか。タイミング良くボクと同じランクに上がれるわけだから、そうなれば全員がカッパーランクと見かけもちょうどになる。
ただ、確か規約じゃパーティとして依頼を受ける場合はパーティ内のランク平均になるから、そうなるとボクが戦闘主体の依頼なら一つ上のランクでも受けられるっていう利点が消えてしまうことになる。
「もちろん、ウルがルビージェムドだってことはわかってるよ。おれ達と一緒じゃシルバーランクの依頼を受けられなくなるってことも。ただ、ウルが自分でなりたてだって言ってたように、臨険士としての経験が必要になる時に困るんじゃないかな。その点は、おれ達といてくれるなら、そういったことをある程度は教えることができると思う」
なるほど、それは確かにプラスになりそうだ。稼ぎも昇格点もシルバーランクの依頼をこなす方が圧倒的に実入りはいいけど、別にお金を稼ぎたいわけでも急いで昇級したいわけでもないから、ジェムドの特権がなくなったってそんなに困らない。それに――
そう思いながらリクス、レオン、シェリアをそっと見やった。うん、ちょうど三人なんだよね。上手く仲良くなれたら、もしかすれば――
「わかった、仲間になるよ」
「もちろん、無理強いなんてしない。おれ達の昇格試験が終わってからでも――え?」
ボクの返事を聞いて、言葉の途中であっけにとられた顔になるリクス。
「えっと、その、おれから誘っておいてなんだけど、そんなにあっさり決めていいのか?」
「全体的に考えたら、シルバーランクの依頼を受けられるより先輩からいろいろ教えてもらえる方が、ボクとしてはありがたいんだよね。それに、せっかく縁があってこうやって知り合えたんだし、キミたちのこともちょっと気に入ったし」
冒険ならソロでの自由なやり方もいいけど、やっぱり気の合う誰かと一緒にっていう方が心惹かれるしね。たまたま知り合っただけだけど、なぜかケレンとは馬が合うし、リクスはからかうとおもしろ――じゃなくて誠実みたいだし、シェリアは……まあ、あれだ、無口キャラと思えば目の保養になるし。
ただ、ちょっと保険はかけておこうかな。臨険士である前に、ボクはイルナばーちゃんに願いを託された誇りあるマキナ族なんだから。
「その代わりに一つだけ条件があるんだ。キミたちとならきっと大丈夫だとは思うけど、どうしても意見や方針がボクの信条にそぐわなかった時は、パーティを抜けさせてほしい。それでいいなら」
それだけ言って少し高い位置にある目を見つめ返せば、リクスは一瞬拍子抜けしたような顔になったけど、すぐに喜びを浮かべながら大きく頷いて見せた。
「ありがとう! そう言ってくれるとおれも――」
「あ、待った。リクスの言いたいことはわかってボクもそれに乗ったけど、他の二人には確認しなくていいの?」
ここまで口を挟んでこなかった残り二人が心配だったから念のためリクスを押しとどめたけど、そんなボクにケレンが勢いよく肩を組んで来た。
「俺は反対なんてしないぜ? むしろ願ったりだ! これからよろしくな、ウル!」
「一気に馴れ馴れしくなったね」
「当たり前だろ? これから仲間になるんだ、遠慮する必要は何もないからな!」
そんなケレンの様子をなぜか微妙な顔でリクスが見ているのは置いといて、一番反発が心配されるシェリアの方を向いた。
「ダメかな?」
「……二人がいいなら、文句はないわ」
何かを見定めようとする視線でボクのことを見つめ返してきた後、それだけ言って目を逸らした。ちょっと心配だけど、どうやらオッケーらしい。
「それなら、改めてこれからよろしくね、先輩たち」
そう言ってリクスに向かって手を差し出せば、彼も気を取り直した様子でしっかりと握り返してくれた。
「ようこそウル、おれ達『暁の誓い』へ。例えどんなに苦しい時でも、一緒に朝を迎えよう!」
ちょっと格好をつけたリクスの台詞に思わず笑みが浮かんだ。なるほど、パーティの名前はそういう意味を込めてるわけだ。いいね、そういうの。




