第2話
俺は王都に向かう乗合馬車に揺られていた。
乗客は俺を含めて六人。商人の夫婦、若い行商人、神官風の老人、そして――派手な革鎧を着た若い剣士の男だ。
男は乗り込んできた時から、よく喋った。
「俺はガルド。凄腕の冒険者だ。あんたら運がいいぜ、この馬車には俺が乗ってる。街道に魔物が出ても心配いらねえ」
商人の夫婦が拍手をし、行商人が尊敬の眼差しを向ける。
剣の素振りばかりしてる俺とは違って、冒険者をしているんだ。大したものだと思う。
ガルドの視線が、ふと俺の膝の上の剣に留まった。
「おっさん、剣なんか持ってどうした。王都見物か?」
「ええ、まあ。教え子に会いに」
「教え子ぉ? あんた剣の先生か。どこの流派だ」
「流派というほどのものは。田舎で子供に手ほどきをしていただけです」
「はっ、村の剣術ごっこか」
ガルドは声を上げて笑い、商人の夫婦もつられて笑った。
「悪いことは言わねえ。王都じゃその剣は宿に置いとけ。田舎剣法をひけらかすと、本物の冒険者に絡まれるぜ」
「ご忠告どうもありがとう」
俺は素直に頭を下げた。実際、ありがたい忠告だ。都会には都会の流儀があるのだろう。俺の猪狩りの剣術なんて見られたら笑われてしまう。
――異変が起きたのは、その日の夕暮れだった。
街道が森に差しかかった辺りで、馬が急に足を止め、激しく嘶いた。御者が青ざめた声を上げる。
「く、黒狼だ! 群れだぞ!」
窓の外を見ると、木々の間から灰色の獣が次々と現れた。一頭、二頭――八頭。牛ほどもある巨体に、炭のような黒い毛並み。
「へっ、任せとけ!」
ガルドが剣を抜いて飛び出した。だが、先頭の一頭と対峙した瞬間、彼の足が震え始めるのが見えた。
「な、なんだこいつら……通常の魔物より、遥かにでけえ……」
無理もない。あれは普通の黒狼じゃない。目の赤みと牙の反りからして、群れ長級が三頭も混ざっている。
ウチの村の周りでよく出る魔物だ。
「ひっ……く、来るな!」
ガルドが尻餅をついた。先頭の一頭が跳躍する。
仕方ない。
俺は馬車を降りて、彼の前に立った。
「な、なにやってんだおっさん! 死ぬ気か!」
「みなさん、少し目を閉じていてください」
「はぁ!?」
跳びかかってきた黒狼へ、俺は鞘に入れたままの剣を、軽く、振った。
――風が鳴った。
馬車の中にまで吹き抜ける鋭い突風を感じた乗客たちは一斉に目を瞑る。
「……もう、良いですよ」
周囲が目を開いた時、八頭の黒狼は地に伏していた。一頭も死んではいない。ただ気を失っているだけだ。
師匠の教えだ、無暗な殺生はしたくない。痛い目を見れば、この魔物たちも人を襲わなくなるかもしれない。甘い考えだっていうのは分かっているが……。
「……え?」
ガルドが間の抜けた声を出した。乗客たちも窓から顔を出して、倒れた狼たちと俺を見比べている。
「い、今、何が……」
「風ですよ」
俺は答えた。嘘ではない。剣圧の風で意識を刈っただけだ。
「か、風で狼が倒れるかよ!」
「運が良かったんでしょう。さ、狼が起きる前に出発しましょう」
馬車が動き出してからも、ガルドはずっと俺を横目で窺っていた。だがしばらくすると、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。
「……そうだ、あれは狼どもが勝手に倒れたんだ。集団で腐った死骸でも食べて、腹を壊してたんだろ。じゃなきゃおかしいもんな。うん」
商人の夫婦も頷き合っている。
「ですよねえ。あんな一瞬で八頭なんて、ありえませんもの」
「王都の金級様だって、きっと無理だわ」
「私、出かける前に旅の無事を祈ったの。きっと、神様の思し召しよ」
そういうことになった。俺としても騒がれるよりずっといい。母さんにも「田舎剣術をひけらかすな」と言われている。
ただ一人、神官風の老人だけが、じっと俺の剣を見つめていた。
「……お若い方。いや、失礼。剣士殿」
「俺はもう、若くはありませんが……」
「いえ、ワシからしたら十分お若いですよ。ホッホッ」
老人は乗客に聞こえぬよう、小声で言った。
「――今の太刀筋、瞬きの間に鞘ごと三度、刃を返しましたな」
「見ていたんですか、お恥ずかしい」
時代遅れの田舎剣術を見られてしまい、俺は頬をかく。
「ワシは昔、王宮で『剣聖』と呼ばれた御方の警護を務めており申した。その御方でも、剣の返しは《《二度》》が限界だった」
「剣聖様と比べられるほどのものでは。ただの癖ですよ」
「癖、ですか」
老人は静かに笑い、それ以上は何も聞かなかった。ただ別れ際、一言だけ残した。
「王都では、その『癖』を見抜く者が現れましょうな。楽しみなことです。それと、もし困ったことがありましたらこの書状をお使いください」
そう言って、老人は俺に封筒を手渡した。
揺れる馬車の中でサラサラと器用に書いていたモノだ。
「これは?」
「こんな老骨の名でも、少しは役に立つかもしれません。いえ、独り言です。必要なければ尻を拭く紙にでも使ってくだされ」
そう言うと、老人は笑っていた。
――翌日、馬車は王都の門をくぐった。
石造りの壁は見上げるほど高く、大通りは村の祭りの百倍も賑わっている。
(なるほど、これが都会か……)
俺は人波に酔いそうになりながら、ミーナの手紙にあった冒険者ギルドを目指して歩き出した。




