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間隙の一刺し ─ Showdown─

《すまんなアレクセイ。無理に付き合ってもらって》


《なに、構わんさ。それよりもヒヨッコ共から目を離すなよ》


 アレクセイ・ヴォロンツォフ少佐の駆るMiG-21-93(フィッシュベット)は旧式化・陳腐化したMiG-21を改修し、第四世代機相当の性能に引き上げた物であるが、それも現在では既に旧式化が著しい。それでも商機と売り込み先を逃すまいと第三国のメーカーによって限界まで改修を施された結果、アレクセイの乗るこの機体はMiG-21シリーズの最終形と言える存在となっていた。


 そして隣に飛ぶミルサド・スタメニッチ少佐はMiG-29(ファルクラム)を駆り、背後に四機のF-16MLUを従えていた。彼らは訓練・演習飛行中に増援要請を受け、アレクセイと共に急遽空爆を受けつつある味方補給路の防空任務に就いたのだった。


 アレクセイ、ミルサド両名は教官を務める程のベテランで、今内戦に於いて双方とも八機の撃墜数を挙げたエースであり、アレクセイはそれ以前にも五機撃墜の計十三機撃墜のスコアを誇っていた。


 一方でF-16を駆るパイロットはやっとで戦闘機部隊に配属されたばかりの新米であり、彼らの教育を受け持つミルサドは新米だけは基地に返せと進言したが、司令部は数を優先して新米も連れて任務にあたるよう命じたのだった。


《ヒヨッコ共の機体はベルギーからのお下がりだ。実戦には古すぎる》


《それは俺の機体に対する嫌味か? 基本に忠実に、編隊を崩さず落ち着いてやれば大丈夫だ。お前の教え子だろう》


 ミルサドが溜息をつき、多機能ディスプレイに映る自機と後方の教え子たちを見やった瞬間、レーダー警報と共に前方真正面に光点(ブリップ)が現れる。会敵、敵は単独か。そう思うや最初の光点の後ろに二つ増える。


《いたぞ。敵機、数は三》


《行けるな、数で押すぞ》


《教官!》


 敵機の数は三つ、此方の半分の機数。数で押せば容易い相手か。そう思った瞬間、レーダー警報がロックオン警報へと変わり、瞬時にミサイル発射警報が鳴り響く。敵の反応が想定より早い、少しはできる相手か。


《クソ、撃ってきた。ヒヨッコ共ついてこい。FOX3!》


 ミルサドがR-27AEを発射すると同時に機首を正面から逸らし、新人たちを引き連れて回避機動を取る。新人のうち二機が機を逃すまいと吊るしたAMRAAMを一発ずつ発射。接近する機影に対して加速を開始した。


 接近するミサイルは二発。一発はアレクセイに、もう一発はミルサドを狙っていたが、ECMとチャフによって狙いが逸れ、目標を捉える事なく彼方へと飛び抜けていった。


《よし、回避したぞ》


《教官、敵が!》


《なに……な、コイツっ!!》


 レーダーディスプレイに高速接近する機影。そしてキャノピーの向こうから迫る一つの機影。チャフ、フレアを放出しながらアフターバーナーを全開に、ミルサドの五機編隊に突入してくる。


 空中衝突寸前の距離、ヘッドオンで突入する機体と超音速ですれ違う。気流が乱れ、臆した新米たちが編隊を乱して散り散りに回避機動を取った。


《ミルサド!》


《クソ、なんだあいつは。機体はミラージュ、ミラージュF1だ!》


《お前はヒヨッコ共の手綱を握れ。奴の相手は俺がやる》


 アレクセイは旋回してアフターバーナーを吹かし、一機突撃して来たミラージュを追う。しかし想定していたよりも速度が速く、殆ど水平飛行にも拘らず思うように距離が詰まらない。


《教官、アレクセイ少佐ひとりでは…援護を──》


 編隊長を務めるミルサドに新米が言いかけたその時、ミサイル警報が鳴り響く。ミラージュの背後に続いていたF-4EがAIM-7(スパロー)を放ったのだ。ミルサドに続き、新米パイロットたちも回避機動を取り、アレクセイとの距離が離れる。すでに援護など出来る範囲から外れてしまっていた。


《二機…ニコ、セレック、アレクセイについていけ。三機編隊(ケッテ)でやるんだ。行くぞヒヨッコ共、接近する二機から片付ける。やれるな?》


《了解!》

《やれます、やってみせます!》


 二機の新米が離れてアレクセイを追い、残ったミルサドのMiG-29とF-16の混成編隊は隊列を組み直し、接近するF-4EとF-5Eに向かっていった。




 レーダー照射、連続した警報が鳴り、暫し後に耳障りな音に切り替わる。ミサイルが機体を喰い破らんとして獰猛に背後から襲い来る。カウンターメジャーを放出し、操縦桿を倒しながらラダーを操作、機体を筒の内側を滑らせるように操ってミサイルをやり過ごす。


《FOX1》

《二対三か、少し厳しくないかい?》


 『ショーチュー』のいまいち緊張感の欠ける声色に援護の必要を見出せないが、あまり長引かせても悪いだろうと考えつつヨーコはコクピットのミラーを見やる。遠くぴったりと追いすがるMiG-21と、レーダー警報受信機(RWR)に映る二つのF-16の影。


 一対三か。容易い。


《アレクセイ少佐、お供します》


《ついてきたのか、ミルサドめ…押し付けたな。仕方ない、一緒に奴をやるぞ》


 合流して編隊を組み直したF-16がミサイルを放つ。接近警報とレーダーの反応から、IRジャマーの出力を上げつつフレアを散布しヨーコはミサイルを避ける。回避機動でじわじわと速度を失い、敵との距離が詰まる。


 MiG-21が突出しヨーコの背後に喰らい付く。横旋回中、斜め後方に機影を見やった。機首がヨーコを猛禽の様に睨み、やがてミラージュの未来位置を向く。瞬間、ヨーコは操縦桿を倒しながら強く引き、素早く上昇しながら減速とバレルロールを同時に行った。


 直後にヨーコが先程まで居たであろう空間を23㎜機銃の曳光弾が貫き、オーバーシュートしたアレクセイのMiGがヨーコの目の前に躍り出る。


《くそ、読んでいたか》


 形勢逆転、今度はヨーコがMiGをレティクル内に捉えるが、トリガーを引く前にヨーコはフレアを撒きながら機体を捻って旋回、回避機動を取ってアレクセイの機体から距離を取った。鳴り響くミサイル警報、アレクセイの背後を取った事で後方がガラ空きになったヨーコめがけて新米たちがミサイルをロック、射撃したのだ。


 機首上げ、バレルロール。一発はフレアに誘導を吸われて明後日の方向へ飛び抜け、もう一発はヨーコ機を僅かに外れて炸裂、しかし炸薬の効果範囲から外れており爆風破片共に被害を及ぼす事はなかった。


《外した!》

《接近してやるぞ》


 新米たちは編隊を組んだままヨーコの背後につけ、兵装を機関砲に切り替える。なるほど、腕はそれなり。味方にミサイルの誘導が吸われる事より敵機撃墜を優先し、機関砲でも撃墜を試みる貪欲さ。戦闘機乗りにはそれが重要だ。ヨーコは鼻を鳴らして敵に対して一定の評価を下すが、同時に未熟さも見抜いていた。


 接近しすぎ、密集しすぎ。空戦は編隊戦闘が基本とはいえ、その基本に囚われ過ぎている。だから付け入れられる。


《ニコ! セレック! 接近しすぎだ、そいつに近寄るな!》


 エアブレーキ展開、機首上げ、高迎角で急減速。接近しすぎた背後のF-16がオーバーシュートする。失速警報の「Stall」の言葉が出かかると瞬時にフルスロットル。本来備わっている筈のアターではなく、SMR-95の大推力がミラージュの軽量な機体を一気に押し上げる。


《背後だ、回避しろ!!》


「シーカーオープン、FOX2」


 翼端のR.550(マジック2)のロケットモーターに点火、瞬時に加速して吸い込まれるようにF-16のノズルを貫いて炸裂する。と同時に回避機動を取るもう一機に機関砲のレティクルが重なり、30㎜が唸りを上げ焼夷榴弾(HEI)がF-16の胴体中央部からコクピットごと機首を撫でる。二機撃墜、脱出者は無かった。


 空中で爆散した二機の残骸を避けるようにヨーコは機体を逆さに、機種を真下に向けて高度を一気に下げる。攻撃位置につけたアレクセイもそれに追従する。


 ヨーコは一度失った速度を回復させるために地表すれすれまで高度を落として加速する。背後を見せるヨーコに対してアレクセイはロックオン、ミサイルを放つが、ヨーコはフレアを放出するまでもないといった具合に地表ギリギリで機首を持ち上げ、後方から迫るミサイルを地面に叩き付けて回避した。


 尚も喰らい付くアレクセイのMiGが放つ23㎜を機体を振って回避する。曳光弾が掠め、宙を切った砲弾が地表を叩き、土煙が連なって立ち上がる。


 高速で低空を這うように飛び、破壊された浮桟橋の上を過ぎて燃え盛る物資の黒煙を突き抜ける。と同時に鋭く機首を上げてハイレートクライム、乗った速度と大推力を活かした急上昇は一気に高度を稼ぐことに成功するが、その無防備ともいえる背後に追いすがるアレクセイにとっては絶好の攻撃チャンスだった。


 近距離(IRH)ミサイルのシーカーを開き、ロックオン。という時にミサイル接近警報が響き渡る。方向は六時方向、真後ろ、真下から。敵味方の識別ができていない地上部隊が携行ミサイルを発射して来たのだ。


《余計な事を!!》


 アレクセイは忌々しそうに呻き、チャフを目いっぱい放出して撃ち上がるミサイルをかく乱、誘導を吸われたミサイルはMiGの後方で爆発する。そして一瞬気を削がれたことが致命的なミスを生んだ。


《しまった──》


 失速警報が鳴り響くと同時に、アレクセイのMiGの機首が180度反転、真下を向いて落ちる。青空とミラージュの背後を見ていたのが突如地面が眼前に広がる。一瞬であればともかく、自機より推力の勝る相手に対して垂直上昇での勝負を決めるのは悪手だったか。そう後悔する間もなくキャノピーの外を曳光弾が掠め、機体に衝撃が走る。


 警報が鳴り響いて警告灯が瞬き、キャノピーの外の景色が横へと流れ、横Gが身体をコクピット側面に押し付けようとする。アレクセイは両足の間にあるレバーを引き、正常に動作した射出座席によって機外に放り出される。


 バラバラになった主翼や胴体が燃えながら地面に落ち、残った燃料が大きく爆炎を上げる。続いて千切れた機首が地面に叩き付けられて跡形もなく潰れる。ほんの数秒でも遅れていたらあの中で自分も。とパラシュートに吊られるアレクセイは考え背筋が凍る感覚を覚えた。


「……青い眼…」


 アレクセイは撃墜した機を確認するように旋回するミラージュのコクピットにヨーコの姿を見る。バイザーを上げたヘルメットの向こう、酸素マスクとメットの僅かな隙間に見える目元には、青い瞳が鋭い眼光を走らせていた。




 一方で三機と交戦中のショーチューら二機は性能と数で勝る相手に、腕では勝りつつも性能差から決め手を欠いていた。


《あいつ等、ファルクラムはやり手だがファルコンはヘタクソだぞ》


《ファルクラムが厄介だね。F-16を墜とせれば良いんだが一々横やりを挟んでくる》


 F-16の新米たちも訓練通り上手くやっているようで、新米が囮になり、ミルサドのMiG-29(ファルクラム)が敵の背後を狙っている。が、手練れのショーチューは反乱軍のエースパイロット相手に空自のイーグルドライバーだった矜持を見せつけていた。


 しかしそれも限度がある。繰り返しの旋回戦闘はじわじわと機速を失わせ、機動性に勝るミルサドと新米たちに勝機を見せ始めていた。が、しかし──


《楽しそうじゃないか》

《俺達を忘れられてもな》


《なんだ、ミサイル!!》


 ショーチューの背後を取ったミルサドのコクピットに警報が響く。機体を捻り寸での所でミサイルを回避する。レーダー警報受信機(RWR)の反応はなし、ではレーダー無しでこちらを追って来たというのか。ミルサドは背後を確認する。


《なるほど、フロッガーか》


 交戦以前に迂回上昇していたMiG-23が機を見計らって襲い掛かった。レーダーは使用せず、機首下部の|赤外線捜索追尾システム《IRST》のみで追尾、照準して来たのだ。


 形勢逆転、三対四では性能で勝っていても些か不利である。新米たちも疲労の色が見え始め、このままでは被撃墜は必至だ。アレクセイの反応はなし、レーダーに映らず、預けた新米の姿も見えない。撃墜されたか。


《……潮時か。新米共、撤退するぞ》


《教官、しかし!!》


《此処でくたばっても何の意味もない。引き際を見極めるのも大事だ。高度を下げて逃げるぞ!》


 MiG-29とF-16は残ったカウンターメジャーを放出しながら撤退を開始。アフターバーナーに点火し速力を最大にして傭兵部隊から距離を取る。その無防備な背後にロックし、MiG-23とF-4Eが中距離(SARH)ミサイルを発射した。しかし地表面クラッターに干渉し、誘導が外れてミサイルは明後日の方向へ飛んでいくか地表に激突する。


《逃がすと思うのか。俺の飯のタネになるがいい。FOX1!》


 だが貪欲なMiG-23のパイロット、ハインツ・カルバッハはレーダーを移動目標指示(MTI)モードに切り替え、アフターバーナーを全開に追跡。R-24MRを発射した。MTIモードによって地表クラッターが除去され、攪乱装置に対する対抗力を強化されたミサイルはF-16の背面に突き刺さり炸裂、パイロットの脱出が間に合わぬまま地表に激突して爆発炎上した。


《よし、一機撃墜だ》


 だが、それまでだった。結局ミルサドは残る一機の新米と共に空域の離脱に成功し、反乱軍は六機中四機被撃墜、傭兵部隊は損失無しと言う形で空戦は決着した。とはいえ、この作戦全体に於いて傭兵部隊も損害を被っており、三機被撃墜、二機中破という具合であった。


「そちらも終わったのね」


《あぁ奴らめ。いい腕だった。二機逃した。そっちは》


 問いかけるショーチューに、横に並んだヨーコは指を三本立てて見せた。三機全て撃墜。しっかり撃墜戦果を稼ぎ出した。


「ひどい話じゃない。そっちは四機で掛かって、こっちは私一機だけなんて」


《あんな乱戦してたら喰らい付く隙も無い。助けて欲しかったら少しは距離を置いて戦う事だ》


 戦闘初期、高空から様子を窺っていたMiG-23のハインツは最初はヨーコに加勢しようとしていたのだが、絡み合うような接近戦に巻き込まれるのは御免被ると、ショーチューらの方へと転じたという。


《お仕事は終わりだ。帰ろうぜ、燃料もギリだ》


 F-4Eが翼を振って先導し、基地の方向へと離脱していく。ヨーコも計器の燃料計をチェックし、飛行場攻撃から空戦迄、なかなか無茶な飛行を繰り返したことで燃料を消耗し、これ以上空域に留まる事ができない事を再確認するとそれ(F-4E)に続くのだった。



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