プロローグ
《敵機接近。ECMレベル4、レーダー画面にノイズを確認。視界外戦闘不能》
《敵機からレーダー照射。クソ、アイツらはこっちが見えてるぞ。回避機動!》
地上の防空指揮所にて要撃管制を担う管制官たちは無線から聞こえる友軍の通信に耳を傾け、レーダー・ディスプレイ上で明滅する敵味方双方の光点に目を凝らす。識別され色分けされた光点が互いに距離を詰め、緑色の光点が方向を変え、数秒の後、幾つかが消えていく。
空爆その他攻撃に備え地下に据えられた防空指揮所からは空戦の様子は通信と画面でしか伺い知る事はできない。消えた光点は撃墜を示すものだが、パイロットが脱出したか、それとも空に散ったか、それは分からない。せめて他の友軍が脱出を確認し、報告の一つでもあげれば良いのだが、それが無い以上、損失1と記録するより他に出来る事は無い。
《ヴァンダル3、敵の懐に飛び込む。4、6、続け!》
敵の中距離ミサイルを逃れた機が数機まとまり、速度を上げて敵機の群れへと突撃する。中・長距離兵装を有する敵機に先手を取られた場合、また、此方がそれに対抗する兵装を有していない場合、まして電子的に優位を保つ敵を相手にしている場合、旧来の空戦ではすでに決着はついていただろう。だが、現代においてはそうではない。現代では機上妨害装置と電子戦機材の発展により、視界外戦闘で雌雄が決するのは稀であるのだ。
それ故に今から始まるであろう接近戦こそが、現代空戦の本番という物なのだ。
「さて、今日は何機戻ってくるかな」
ある管制官がマイクの頭を手で覆い、隣の同僚に語り掛ける。空では熾烈な空戦の真っ最中、彼らの生死を数で数え、結果をまるで賭けの様に予測するのは不謹慎という他にないが、その気持ちも理解できる部分もあった。
この国を戦禍が覆いはや数か月、日を追うごとに出撃数は増えるが、出撃機の帰還数は減る一方である。開戦劈頭、多くの損害を出し作戦機の半数以上が未帰還となった際はこの管制室は沈痛な雰囲気に包まれたものだが、今となっては何機墜ちようが感情を動かす者は誰一人として存在しない。
現代戦に於いて後方であっても巡航ミサイルや弾道ミサイルによる攻撃を受ける恐れがあり、安全とは言えないのであるが、人間という物は前線から遠く離れた「後方」という位置に安心感を感じてしまう。ましてそれが厚さ2mのべトンに防護された地下防空指揮所ならば尚更である。
作戦機が日ごとに消耗し、機体のみならずそれを駆るパイロットも不足する。限界はいずれ訪れるという事はこの場の誰もが頭の片隅で理解はしつつも、今この空間にはある種の楽観主義が蔓延していた。
《ツァネク2、後方に敵機だ。右にダイブしろ!》
《マルデン1 Fox2、Fox2》
「各機へ、方位342より新たな敵機。機数6」
新たな敵機が増援として戦闘空域に侵入、空戦に加わる。しかし此方側の増援は無し。これまで戦闘の推移は五分といったところであったが、新たな機が増援として加わり、多勢に無勢という様相を呈し始めた。
多対一という不利な状態に置かれた友軍機は次々に喰われ、ディスプレイから光点が消滅していく。
「潮時か」
防空戦闘を指揮する将校が呟くと、すぐさま戦闘中の各機に撤退命令を下した。このままではじり貧どころではない。全滅もありうる。そうなっては今後の戦略に大きな影響を及ぼす。敗北は敗北だが、負け方という物があるのだ。
「各機、雲を遮蔽にして撤退しろ。弾薬が残っている機は撤退援護だ。ヴァンダル隊、殿を務めろ」
《くそ、また俺達か》
「腕の良い貴様らなら多くの機を帰せる。頼むぞ」
基地の方へと向けて移動していた光点のうち、6個の光点が反転し、赤い光点、敵機の群れへと向かっていく。敵方も幾つかの機が戦闘空域を離脱する方向へと動いており、それらは不調機か損傷機と判断できた。それでも未だに敵機の数はヴァンダル隊の6機よりも多い11機であった。
赤と緑の光点が接近し、互いに曲がりくねって絡み合う。赤がひとつ、ふたつと消え、将校が言った「腕が良い」というのが偽りでも世辞でもない事を彼ら自身が証明する。
しかしヴァンダル隊も無傷では済まないようで、4機目の敵が消えると同時に、緑の光点がふたつ消える。が、それがまるで戦闘終了の合図かの様に、赤い光点たちが踵を返して戦闘空域を離脱していく。
「敵が撤退を開始しました」
「よろしい。敵が撤退を開始した。ヴァンダル隊、撤退せよ」
《言われなくても。こっちは2機墜ちた、脱出は確認している、回収頼むぞ》
この日の防空戦闘は終了した。結論から言えば航空優勢を敵に明け渡す事は無かったが、如何せん消耗が激しい。殿を務めたヴァンダル隊の活躍により痛み分けという形になったが、こういった状況がいつまでも続くとは限らない。いや、早晩此方側の作戦機が払底する事は明白である。
「ふーっ…、一段落か」
将校は椅子に深くもたれ、着衣を緩めて懐から煙草を取り出す。あまり褒められた態度ではないが、それを責める者は誰も居ない。彼が中佐という階級で、彼より上の階級が誰も居ないというのもそうではあるが、彼は丸三日まともな睡眠を取っていない。今座る椅子の上で殆ど気絶に近い睡眠に落ちかけたのも束の間、即座にアラートで叩き起こされるのを繰り返し、既に疲労は限界に達している。
というのも、敵の爆撃で交代の将校が負傷した今、彼の代わりを務める者が誰も居ないのである。睡眠不足は正常な判断に悪影響を及ぼすためご法度だが、指揮官がいないではどうしようもなく、現代に似つかわしくない「気合」なる物で指揮をとり続けていた。
深く紫煙を吸い込み、吐き出す彼の下に伝令が現れ、何事かを耳打ちする。
「ああ、そうか。今日到着か」
「ええ、もうすぐ基地の方に。第一陣が」
「傭兵部隊か、どの程度使えるものだか」
将校はデスクに重ねられたファイルの内から幾つか拾い上げ、隈が酷い目で流し見る。本名か偽名か分からぬ名前がずらりと並ぶ名簿には、これまた本当か分からぬ国籍が並んでいる。正しいのは精々顔写真程度であろう。記されている経歴・軍歴も真実かどうか疑わしい。
彼らの使用する機体も国籍もてんでバラバラで、こんな連中に頼らざるを得ない現状に将校は目頭を擦って深くため息を吐き出す。が、背に腹は代えられぬ。上の決定には従うのみだ。
彼ら傭兵を指揮する前線部隊の指揮官の心労を想像し、将校は心中で激励しつつファイルを放ってつかの間の休息の為、瞳を閉じたのであった。




