32 アルフ死す? 新魔法の顕現
教会に担架で運ばれてきたアルフは、意識を失っているが見た限り怪我をしている箇所はなかった。ただ、口元と襟元が汚れているので嘔吐したと思われる。
「今朝までは元気だったんだ。でも急に腹が痛いと言い出して、見る見るうちに悪化して嘔吐が止まらなくなったんだよ。下痢はしてないから食中毒ではないと思う。俺とカイ兄も同じもんを食ってるけど平気だし…」
「怪我はないわね。毒を受けたり、ここ最近腹部に衝撃を受けたとか、本人から聞いてないかしら?」
大聖女マーサの見立てでは、外部からの毒攻撃か、内臓損傷の可能性をあげたようだ。いずれも【浄化】と【ヒール】で治せるものだ。
「それはないと思う。とにかく腹のこの辺を押さえて痛がってた。痛みで気を失っては痛みで目を覚ますという状態で、高熱も出てるんだ!お願いだ、アルフを助けてください!」
ニックが指差した位置は右下腹部だった。マーサを含むシスター全員が息を呑んだのがわかった。
「ああ、なんてことなの!それは、ヒール系では治せない代表的な病気だわ!死亡率がとても高いの……」
大聖女マーサでさえ治せない病気と判明した瞬間、その場は絶望的な空気に包まれた……。
現代日本からの転生者であり、尚且つ東大医学部に現役合格した私には理解できる。この症状は【急性虫垂炎】だろう。
いわゆる盲腸炎である。昔はスイカの種を飲み込むとなると言われたけど、実際は盲腸から細く延びる虫垂という器官が、便のかけらや何らかの原因で閉塞して炎症を起こしたのが原因だ。ストレスや生活習慣の乱れで悪化するとも言われている。手当てが遅れると腹部に膿がたまり、最悪の場合命を落とすという。
この、医療の発達していない異世界では、抗生物質もなければ、CTやエコーの装置もない。当然だが、手術なんて手段はない。
そして、ヒール系は病気に対しては使ってはいけないのが決まりなのだ。
なぜなら、かつて『腹痛の患者に使用して悪化したのち死亡した』という文献が多数残されているからだ。原因不明の病気であれば、躊躇するのも頷ける。
私が思うに、ヒール系は細胞を活性化させるのではないかと。わかりやすい例をあげるなら癌の場合だ。ヒールをかけるとガン細胞まで増殖してしまうからね。想像すると怖いものがある。
虫垂炎にしても、治すためにかけたヒールにより白血球が増やされるとしたら?当然、膿も増えて患部が破裂する……と。怖っ!
大聖女やシスターを含む、その場にいる全員が女神様に祈りをささげている。この世界の常識では、もう神に頼るしか手立てがないのだから…。
私にとって、アルフは12年間一緒に孤児院で暮らした兄のようなもの。でも私の中身は18歳の成人だ。3歳の可愛い頃から見ているアルフを、実際は弟のように感じていた。みんなには内緒だけどね。
それが今、死に向かっている。見過ごせるバズがないよね!私が全力を持って治したる!
しかし、ここは手術など高度医療のない世界だ。いきなり腹を裂くわけにもいくまい。みんなにバレずに手術する方法は何かないか?
……あった!【認識阻害スキル】だ。手元とお腹周辺の動きだけを阻害すればいいんじゃね?そうと決まれば実行あるのみだ!
「院長先生、アルフに【浄化】と【痛いの痛いの飛んでいけ】をかけてもいいですか?」
「そうね、少しでも苦痛が和らぐなら…。リンカ、お願いね」
「はい!」
許しが出たところで、私はアルフの右下腹部を両手で覆い、認識阻害スキルを発動した。周りの者からは、お腹に手を当てているだけに見えるように……。
「『浄化』、『痛いの痛いの飛んでいけ』!アルフ、お願い、治って!」
ふたつの魔法を声を出して唱えながら、新しい魔法を生み出す。光の適性持ちだからできるはず。魔法はイメージだ!私は無詠唱でその魔法を発動した。
(『レーザーメス!』)
認識阻害された私の右手に、光のメスが顕現した!
・・・・・
手術は5分ほどで、バレることなく無事終了した。
新魔法【レーザーメス】は、切れ味鋭くも血の一滴流すことない名刀だった。我ながら凄いと思うが、これは私が現代医療のイメージを持っていたから出来たことで、光★★★の大聖女マーサでも真似することはできないだろう。あとは、手術痕だが、縫合ではなくヒールで塞いだから傷跡もなく仕上がってます。えっへん!
ちなみに、切り取った虫垂は魔法の袋に突っ込んである。見た目がね、スイカの種が入った使用済みコンドーさんだったんよ。下品でゴメン(笑)
手当の後、すぐに快方に向かったアルフだが、念のためしばらくの間、以前使っていた部屋で療養することになった。本人曰く、もうすっかり治ったらしいが、周りが許さなかったのだ。
お世話係には私が任命された。歳も近いし兄妹みたいなもんだからとね。私も患者の経過を診られるので嬉しかった。
「アルフ、調子はどう?麦粥だけど、食べられそう?」
「うん、もう痛みもないよ。まるで腹を切って痛い所を取り去ったみたいだよ!」
「ソレハヨカッタデスネ……」
「なんで片言なのさ(笑)これ、リンカが治してくれたんでしょ?」
「ななな、なんのことでしょうかー」
「俺、あの時さ、天井あたりに浮いてて、上からみんなの様子を見てたんだ…」
「!!」
まさかの臨死体験、キター!
「魔物の解体は経験あるけど、自分の腹の中を見ることになるとは思わなかったよ?」
「み、見てたのね…。お願い、誰にも言わないで!変な子だと思われちゃう!」
「ちょ、変な子なのはみんな知ってるよ(笑)それに俺、3歳の時にリンカが光る女神像から出てくるのを見てたんだ。この子は女神様の御使い様に違いないって思ってたんだ。でもま、命の恩人の頼みだから黙ってるよ」
「ありがと!ごめんね、色々言えないことがあるんだよ…」
「わかってるって!今後ともよろしくな!ただし、俺は孤児院を出た身だからな、これからは妹扱いはしないからな!」
「?わたしも、お兄ちゃんと思ってないよ?(弟扱いしてたしな)」
「うおおーーーっ!ニックには負けてらんねえぜっ!」
(なんだ?ニックと魔物狩りの競争でもしてるのかなぁ?)
なぜか、布団に包まってゴロゴロし始めたアルフを横目に、私は部屋を出たのだった。




