洗いざらい話しました。
「フェロー、入るよ」
リアムさんが帰ってきた。
私は立ち上がって部屋のドアの方に行くと、ドアを開けたリアムさんと目があう。
「ただいま、フェロー」
彼はそう言って優しく笑って、私を抱きしめてくれた。
……うん、安心する。
やっぱりこの温もりを離したくないな。
侍女にお茶を入れてもらって、彼女には退室してもらう。そしてリアムさんと並んでソファに座る。
テーブルには紅茶の他に、私が筆談するためのノートとペンが置いてある。
「フェロー、言いたくなかったら言わなくてもいいんだよ?フェローが言わなくても、僕は守るから大丈夫だよ」
リアムさんが優しい笑顔でそう言ってくれるから、うっかり甘えそうになるのを頑張って持ちこたえた。
私は首を振ってノートを手に取る。そしてそのうちの1ページをリアムさんに見せた。
【今まで黙っていてごめんなさい。私は、あなた達の言葉が分かりません。今まで精霊に教えてもらってました】
まず最初にこれを言わないといけないと思ったから、書いておいた。
そしてそれを見たリアムさんは目を見開いて、ゆっくり私を見る。
「…本当に?言葉が、分からないの?」
こくん。
証拠とばかりにノートの他のページを見せる。私が今まで辞書の代わりにしていた部分だ。
この世界の言葉と、その隣に日本語で意味が書かれている。
「…知らない文字だ。これがフェローの使う言葉なの?」
こくん。
何か話してみた方がいいかな。
そう思って私は口を開いた。
「“今まで黙っていてごめんなさい。私は本当はこういう言葉を使ってます。”」
「……!」
リアムさんが言葉を失った。
そりゃそうだ。この世界の言語は1つ。
言葉が分からないのなんて、赤ちゃんだけだろう。
「……話さないんじゃなくて、話せなかったんだね」
リアムさんがようやく口にしたのは、それだった。
それに頷く。
話せる、けど、この世界の言葉は話せない。
「ごめんなさい、リアム」
こちらの言葉でしっかり謝った。
「言葉は精霊に習ったの?」
習った…というのはちょっと違うな。
そう思って、私はノートにペンを走らせた。その隣でリアムさんが、私が書く様子を見ている。
精霊の言葉は何故か母国語に聞こえるから、直接は教われないこと、だから私が聞いた言葉を精霊に確認して貰っていた、ということを書く。
その場でレイに文字を教わりながら、その文を書き終えた。
それを見てリアムさんは頷く。
「なるほど…。それは大変だっただろうね…」
リアムさんは私の頭を優しく撫でた。
頑張ったね、と労わって貰ってるようだ。
う、うう…。がんばりましたぁぁ。
「フェローはどこから来たの?」
どこから…。
私はノートにペンを走らせる。
【こことは全く別の世界から、精霊王に連れてこられました】
「…精霊王?」
こくん、と頷く。
死にそうな未来から救ってもらったらしい。真偽は分からないけど。
まぁ今となってはもう、何も気にしていないけど。
「精霊の王が、フェローを…?」
【死ぬ運命にあったところを拾ってくれたらしいです】
「死ぬ運命だった?」
そこは私にも分からないから、あまり聞かないで欲しい。
私だって何言ってんだ、って思ったもん。
でもリアムさんは、私の書いた文字を見て納得したように頷いた。
「だから地の精霊がフェローを気にしてたんだね。なんで僕に預けたのかは謎だけど、精霊王のお陰で僕はフェローに出会えたんだ、感謝しないとね」
ふわ、と柔らかく笑うから、私もつられて笑ってしまう。
はっ、気を引き締めなければ。
「“そういえば、私の預け先がリアムさんなのはどうして?リアムさんは罰を望んでいたんでしょ?”」
レイに聞いてみる。前に聞いた時は、私を幸せにしたかったからじゃない?とは言ってたけど、リアムさんからしてみれば私を嫁にしたのは罰のつもりだったはず。
精霊が罰として私を嫁に与えるようには見えないからなぁ。
『私にも分からないけど…ファス呼ぶ?』
「“えっ、呼べるの”」
『呼べるよ!ファスー!』
『はーい!』
うわ、もう一体出てきた。羽の生えた小人が。
私が何も無い虚空と話しているからか、リアムさんが不思議そうに私を見ている。
私はリアムさんに説明するために、まだ完璧に覚えてない言葉を出す。
「ここ、精霊、いる」
「……ここに精霊が?」
私が手で受け皿を作ると、そこにレイとファスが乗った。
そしてそこをリアムさんが見つめる。
「グランダートの精霊、いる」
「この地の精霊が?……ここに?」
こくん、と頷いた。
リアムさんは信じられないって顔をして、すぐに真面目な顔に戻る。
そして私の手のひらを見つめた。
「精霊様、お聞きしても宜しいでしょうか。私にフェローを託されたのには何か理由がおありでしょうか」
「“私も聞いていい?”」
リアムさんの言葉に同調すると、ファスはその場でクルクル回る。
『理由?ここの領主にならユキを任せられると思ったからよ!お金もあるし、束縛するような男でもないし、ユキが幸せになれそうだったからよ!』
あれ、レイと似たようなこと言ってるな?
レイも隣でだよねー、と言っている。
「“でも、ファスは花を枯らされて悲しい思いをしてたでしょ?その罪の償いに来たリアムさんに、罰として私を預けた訳ではなかったの?”」
『罰なわけないじゃない!そもそも私が怒ってるのはあの男に対してだけよ!その弟に罰を与えたりしないわよ!』
あ…なるほど。身内の罪は家族の罪、って考えてたリアムさんと、個人の罪は個人だけのもの、って考えてたファスで、考え方が違っただけか。
私はその事を紙に書いてリアムさんに見せる。
リアムさんは驚いて私の目を見た。
「……兄に対してだけ?僕は兄の罪を背負う必要はなかったの?」
『当たり前でしょ!私が怒ってるのは領主の兄だけよ!』
リアムさんの目を見て頷いた。
そうだったんだ、とリアムさんは視線を落とす。
きっとお兄さんの罪を一身に背負って、今までやってきたんだろう。その重荷は私には分からないけど、相当だったはずだ。
それが意味ないと分かって、リアムさんは何を思ってるんだろう。
「あぁフェロー、大丈夫だよ。固定概念に囚われていたんだなって思ったんだ。僕達は家族の罪を背負うのは当たり前だからね」
そういう世界だもんね…。
「精霊達に僕ら人間の常識が通じる訳でもないのに…。早くに兄上を捕まえて精霊の元に連れていけば、雨も早く止んだのかなと思ってね」
少し自虐するような笑みをリアムさんは浮かべた。
もっと柔軟に考えていれば、領民を長く苦しめずに済んだと思ってるのだろう。
でも言わせてもらいたい。
「“悪いのはリアムさんのお兄さんだよ”」
あっ、つい日本語で言っちゃった。
でもリアムさんには伝わったみたいで、リアムさんはふふ、と笑った。
「僕は悪くないって言ってくれてるのかな。ありがとう、フェロー」
こくこくと頷く。
悪いのはお兄さんであって、リアムさんは何もしてない。リアムさんが責任を感じることはないよ!
くっ、リアムさんの分までもう1発引っぱたいておくべきだったかな。
「精霊様、兄は貴方の神殿まで連れていけばいいですか?」
『もう要らないわ。さっき呪いかけてやったもの』
ふふん、と胸を張って答えるファス。
私は紙にファスの言葉を書く。
【さっき呪いかけたらしいので、要らないそうです】
「そっか。精霊の心が少しでも晴れたなら良かった」
リアムさんはほっとして胸を撫で下ろす。
うん、私もファスの心が晴れたようで良かった。どんな呪いなのか気になるけど、今度聞こう。
リアムさんのお兄さんのことはこれで解決した。そして私がリアムさんに託された理由も判明した。
私を娶ったのは罰でも何でもなかった。私を娶る必要はなかった。
それでも、まだ私と一緒にいてくれるかな?
そう思ってリアムさんを見ると、リアムさんは私のことを抱きしめてくれた。
「フェローを娶る必要が無かったから、不安に思ってるのかな。そんなこと心配しなくて大丈夫。きっかけがなんであれ、僕らは愛し合っているでしょ?」
そうだ。そうだった。私達は、愛し合ってる。
きっかけが、本当は必要のない事だったとしても、今現在私達は愛し合ってる。
それが全てなんだ。
「“リアムさん、愛してます”」
「ふふ、それはフェローの言葉?多分だけど、愛してるって言ってるのかな」
こくん
「そっか。…もう一度言って?」
「“愛してます”」
「うん。僕も、アイシテマス」
片言で愛してるといってくれたリアムさんがとても愛おしく感じて、強くリアムさんを抱きしめる。
ありがとう、リアムさん。
私を愛してくれて。
リアムさんに全て吐いて、その後は今後の相談をした。もうリアムさんの前でレイと話しても平気だし、遠慮なく話をした。
リアムさんは、私がレイの力を借りながらだけど聞き取れはする訳だし、無理して話せるようにならなくてもいいと言ってくれた。
それには首を振って、話せるようになりたいと答えた。
私に良くしてくれた皆の名前を呼びたいし、お礼も伝えたい。
私の気持ちを分かってくれたリアムさんは、分かったと頷いた。
「僕も協力するから、一緒に言葉を覚えていこう。フェローが言葉を覚えてる最中なのを、屋敷の住人にも伝えていいかな?」
こくん。
この屋敷の人達は信じているし、リアムさん言うくらいだから、心配はないだろう。
「ありがとう。でも急がなくていいからね。ゆっくりでいいよ。」
頑張るぞー!
ゆっくりでいいとリアムさんは言ってくれるけど、私はやる気満々です!
「精霊と話せることは、内緒にしておこう。でも屋敷の人達には見て見ぬふりしてもらうから、分からないことがあったら精霊に聞いていいからね」
「ありがとう」
「精霊に命令できることは、誰にも言わないように。なるべく外でも命令はしないようにね」
こくこく頷く。
話せることもそうだし、命令できるなんてバレたら大変だもんね。
「でもフェローが危ない時は迷わず使うんだよ。その後のことは僕がどうにかするから、躊躇わないでね」
勿論です!私が危ない時と、みんなが危ない時と、領地が危ない時は使います!
そんな私の思考が分かったリアムさんは、困ったように笑う。
「うーん、フェローが危ない時だけでいいんだけどね」
「リアム、私はフェロー・グランダート。リアムの妻」
だから、リアムさんの領民や領地を守ることは、当たり前のことだよ。
リアムさんの妻だからね。
「フェロー…。ありがとう。君は自慢の妻だね」
リアムさんにそう言われて、私は胸を張った。
私はもうだいぶ前にリアムさんの妻として頑張ることを決めたんだから。これくらいは当たり前のことだ!
「フェローに出会えて良かった。間違いなく僕の人生で1番の幸福だよ」
「“私も。リアムさんに出会えてよかった”」
私の人生の1番の幸福も、間違いなくリアムさんに出会えたことだろう。
一通り話したあと、リアムさんは私を部屋に置いていって、屋敷のみんなに説明をしに行った。
私が言葉が不自由なことと、私が何も無いところに話しかけても知らないふりをすることを伝えてくれたらしい。
そして夕飯の後、お風呂の手伝いに来てくれたいつもの侍女に、私は声をかけた。
「レベッカ」
「…っ奥様」
「いつもありがとう、レベッカ」
彼女の名前を1番知りたかった。レベッカというのだとリアムさんに聞いた。
そしていつもありがとうという単語も教わった。ありがとうだけじゃ足りないと思ったから。
私が笑顔で言うと、レベッカは手で口を抑えて少し涙目になっている。
「とんでもないお言葉です…奥様……」
あれ、あれれ、泣かせちゃった。
嬉し泣きだよね?そうだよね?
「これからも、誠心誠意お仕えさせていただきます…っ!」
「ありがとう」
まだ言える言葉は少ないけど、ちゃんとみんなの名前も覚えたいし、みんなにお礼を言いたいな。
とりあえず1番言いたかった人には伝えられて、私は満足だ。
「ねぇフェロー?」
夜、ベッドの中でリアムさんが私を見て名前を呼ぶ。
「僕との夜のことも、精霊に言葉を教わっていたの?」
まさか。
苦笑して首を振ると、リアムさんは良かったと胸を撫で下ろす。
「そうだよね。そんな余裕は無さそうだったもんね」
恥ずかしいことに、その通りです。
「僕の言葉が伝わらなくても、僕の気持ちが伝わればいいよ。ね、フェロー」
リアムさんは私に甘く囁いて、私の顔を両手で挟んで自分に向ける。
「僕の今の気持ち、分かる?」
妖しく光るその目に、確かな情欲を感じて、私は返事の代わりにリアムさんにキスをした。
触れるだけのものだったけど、リアムさんは満足そうに笑って、その目を細めた。
「……正解。今夜も愛し合おうね」




