夜会に参加してみました。
王城に着いた。
しかしずっと馬車にいて、着いたところは馬車の降り口で屋根があり、残念ながら王城の全貌は見られなかった。
でも入口からすごい豪華なのは分かる。
なんか、うん、煌びやかで派手だ。
リアムさんの腕に手を添えて、王城の中に入る。中に入ってすぐ目の前にある豪華な扉の前に立ち、リアムさんがその扉のサイドにいる人に話しかけると、その人がどこかへ行く。
そして少しそのまま待ってると、扉が開かれた。
瞬間、見えた沢山の人達と、こちらに向く数々の視線。
しり込みはしない。ぐっ、と覚悟を決めてリアムさんを見ると、彼は私に安心させるような笑みを向けた。
うん、大丈夫だ。
私達はパーティ会場に足を踏み入れた。
突き刺さる誰あの女っていう視線や、私を見定める視線。ほとんどが私に嫌な目を向けてきているのが分かるくらい、皆あからさまだ。
『もー、ユキのこといじめる奴がいたら許さないんだからね!』
レイも周りを警戒して、まだ何もされていないのに怒ってる。
とりあえず落ち着いて欲しい。
リアムさんはそんな視線は気にならないようで、涼しい顔で歩いている。ただ私に歩幅を合わせて、時折気遣うようにこちらを見てくれる。
だから私も涼しい顔で、堂々とリアムさんの隣を歩いてやった。
リアムさんはどこかを目指して一直線に歩き、そして壇上から1番近い所で立ち止まる。
「フェロー、大丈夫?辛くない?」
ぶんぶん。
「そう、それは良かった。僕たちが最後の参加者だから、きっとすぐに王家の方々がお見えになるだろうから、少し待っててね」
リアムさんが私に優しく説明をしてくれて、それに頷く。
何やらこちらを見ながら何か話してる人がいるけど、話せない、とか聞こえたから私のことでも言ってるんだろう。
いいや、気にしない。
どうせ私はこの世界の人間じゃない。イレギュラーなのは分かりきってる事だ。
少しして照明が暗いものになり、壇上に光が差し込む。
アナウンスの声が響いて、皆が拍手するのに合わせて私も拍手すると、壇上の奥のカーテンから男女が現れた。
豪華な服を身にまとった2人だ。
『あの人達が、今の国王と王妃だよ』
レイがそっと教えてくれて、なるほどと小さく頷く。
彼らが国王夫妻か。
40歳くらいに見える国王夫妻は、壇上の真ん中で立ち止まり、そして更なるアナウンスとともに次から次へとカーテンから人が出てくる。
次にでてきたのも男女の2人組。こちらは若い。
そしてその次に男の人が1人、そして次も男の人が1人。
カーテンから出てくる人がいなくなり、国王がマイクを受け取って何やら話している。レイに訳しても貰うと、来てくれてありがとう、的な挨拶をしているらしかった。
そして国王の後に出てきた2人の名前を呼んで、彼らが婚約したと発表した。
なるほど、じゃああの2人のうち男の人が、王太子ってやつか。
で、隣の女性がその婚約者で、2人の婚約を祝うためのパーティだったよね、確か。
心の中で1人で納得していると、紹介が終わったらしく、照明が元通り会場全体を明るくする。
「行こうか、フェロー」
リアムさんに言われ、私達は壇上に近づく。
パーティが始まったら、1番に私達が挨拶に行かなくちゃいけない。
どうやら地位の高い人から挨拶に行くらしく、それで一番最初に行かなきゃいけないなら、王族の次に偉いってことになるよな、なんて遠い目をしたのを覚えてる。
壇上から階段を降りてきた王太子とその婚約者の前に立ち、私は頑張って覚えたカーテシーを披露する。
「王太子殿下に、婚約のお祝いを申し上げます」
「ありがとう、リアム。遅れたが私からも、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
リアムさんが王太子と話してるのを隣で聞きながらニコニコしている。それが今回の私の役目。
ふと視線を感じて王太子から視線をずらすと、婚約者さんが私を見ていた。
「初めまして、公爵夫人。カトリーナ・ベルベットと申します」
綺麗なカーテシーをしてくれたので、私も笑顔でカーテシーを返した。自己紹介が出来ない代わりだ。
「お会いしてみたいと思っておりましたの。話せないとお聞きしましたが、本当ですか?」
こくりと頷く。
カトリーナさんから嫌な目を感じないし、きっと純粋にそう思ってるから聞いたんだろう。
リアムさんも止めてこないから、多分大丈夫なはず。
「そうなのですね。どうやって意思疎通をなさっているのですか?」
私は顔を指さして、笑ったり怒ったり悲しい顔をした。
すると彼女はなるほどと頷く。
「お顔で会話なさるんですね。そしてそこから読み取れる公爵も、夫人のことをよく分かっておられるのですね」
こくり。
「言葉がなくとも交わせる愛…。素敵ですわ。もっとお話聞かせていただけませんか?」
「こら、カトリーナ。今日はやめておけ。夫人も初めての社交界で緊張してるだろうから」
「あら、そうですよね。失礼いたしました」
王太子がカトリーナさんを止めたことで、カトリーナさんからの押しが止まった。
「夫人、宜しければフェロー様とお呼びしても?」
こくん。
「ありがとうございます、フェロー様。私のことも心の中でカトリーナとお呼びください」
とっくに呼んでます、ごめんね!
頷くと、彼女は嬉しそうに笑ってくれる。
「今度我が家に招待しますので、是非いらしてください。フェロー様ともっとお話したく思いますわ」
にこりと笑って頷く。
こちらこそだ。
私の知らないこの世界での貴族女性の何たるかをぜひ教わりたい。
「では王太子殿下、この辺で失礼いたします」
リアムさんが王太子にそう言って、私達は王太子達の前から捌けた。
これでひとまずこのパーティの目的は終了である。あとは王太子達に挨拶する貴族が全員終わって、王太子達が退場したら好きに帰れるみたいだ。
「ベルベット侯爵令嬢と仲良さそうに話していたね」
誰?と思ったけど、カトリーナさんの苗字だと分かって頷いた。
「彼女の人柄は良さそうだから、フェローの良い友人になれるだろうね」
こくんと頷く。
彼女はいい人そうだった。でも少し茶目っ気がありそうだ。
仲良くなれそうな気はする。
「さて、次は国王夫妻に挨拶に行くけど、大丈夫?これはどこかで待っててもいいよ?」
主役は王太子達だけど、国王がいるとそっちにも挨拶に行かなくちゃいけないらしい。
ただそっちは主役では無いので、夫婦じゃなくてもいいんだと。
でも私は首を振って、行く意思を見せる。
大丈夫、何でも来い。
リアムさんが隣にいれば、怖いものなんてない!
リアムさんは私の顔を見て笑う。
「そうだね、僕がいるよ」
彼が私の気持ちを全部理解出来る日も近いんじゃないかって思う。
「おお、リアムか。して、そちらが精霊の言葉で迎えた妻か」
「フェロー・グランダートと申します」
リアムさんが国王に挨拶して私もカーテシーをすると、国王は真っ先に私を見た。
見定めるような視線だ。
王妃もこちらを疑うような目で見ている。
「ふむ、精霊の言葉とはいえ、リアムが平民を娶るとはな…。もう約束は果たしたのだから、リアムも自由にしたらいいのではないか?」
レイにはその言葉に含む意味に気づかず、訳してくれた。
多分、精霊の言葉通り嫁にしたんだから、もう別れても精霊は怒んないだろって言ってるんだと思う。
「お言葉ですが陛下。私は精霊の言葉がきっかけではありましたが、今は真実彼女と愛し合っております。精霊がきっと私達の縁を結んでくれたのだと思っております」
ニコリと笑うリアムさんが、なんだか作った笑顔に見えた。
あー…前、シュゼットさんに離婚を勧められた時も怒ってたしなぁ。もしかしたら今もピキっとしてるかもしれない。
「だがなぁ…。どこの国の者かもハッキリしてないんだろう?いくら精霊の言葉といえど、名前しか分からない女を…」
『はぁー!?ユキの生まれに文句つけるの、このおっさん!精霊の言葉が一番大事に決まってるでしょ!私が認めてるんだから、ユキはあんたよりも誰よりも尊い人間なんだから!』
国王の言葉に怒ったレイが、国王を罵倒している。
多分、私のことを得体の知れない女とでも言ったのかな。
でもレイ、怒ると口調荒いんだね…。しかもおっさん呼ばわり…。
国の精霊となれば、国王さえおっさん呼びしてもいいのだろうか。
「陛下、私の幸せは彼女と共にあることだけです。彼女に関する責任は全て私が負いますので、問題は無いでしょう?」
「うむ……そこまで言うのなら…」
「ご理解頂けて嬉しく思います」
リアムさんの笑顔も作ったものから、笑ってない笑顔になってちょっと怖い。
どうやらこちらも相当お怒りらしい。
身近にこんなにも怒ってくれる人がいたら、私が怒る隙もないね。
「はぁ、本当ごめんね。陛下まであんなこと言い出すなんて」
リアムさんは呆れたようにため息をついて、給仕からワインを2つ受け取り、ひとつを私にくれた。
2人で乾杯して、それを口に入れる。うーん、美味しい。
「誰がなんと言おうと、絶対に離婚はしないからね」
リアムさんにハッキリ告げられて、私は分かってるよとばかりに笑う。
彼の気持ちは分かってる。今そう言ったのも、私を安心させるためとかじゃなくて、周りに負けないという決意の表れだと言うのも。
だって彼が離婚する気がないことなんて、彼を見てれば分かる。これだけ私を深く愛してくれて、周りに少し言われたくらいで離婚するわけがない。
私も信じているし。
「おい、リアム」
「ん?…ローレンか」
2人でワインを堪能していると、リアムさんに声をかけてきた1人の男の人がいた。
彼は確かさっき壇上に上がっていた。王太子達の次に出てきた人だった。
ってことは、彼も王族か?
「最近忙しくて中々行けなかったからな。お前の奥さん、紹介してもらおうと思って」
「忙しかったみたいだね。そういうことなら、彼女が僕の妻、フェローだよ」
リアムさんに紹介されて私はカーテシーを見せる。
リアムさんと仲良さげに話す男の人は腰をおり、優雅に挨拶してくれた。
「初めまして。第2王子のローレン・カレイドルと申します」
ニコリと素敵な笑顔も添えられて。
第2王子かぁ。ローレンさんね。
彼もなかなかのイケメンですなぁ。引っ張っていってくれそうな俺様系イケメンだ。
「ふーん、あんたがリアムの妻か…」
優雅な挨拶と完璧な笑顔から一変して、雑な口調と疑うような目付きになる。
おおっと、仮面被るのは一瞬でしたか。
「……小さいな」
ポツリと出た言葉が、まさかの小さい。
それは何を言ってるんだ、私の胸か?身長か?胸はぼいんではないけど、Dカップはあるんだから!
「…え、子供じゃないよな?」
「そんなわけないでしょ。彼女はちゃんと大人だよ」
私もリアムさんの言葉に頷いた。
拾われて屋敷についた後、年齢を聞かれたことがある。
それに私は24と答えた。
少し驚かれたけど、多分私の背が小さいからかな…。
いやこの世界の人が大きすぎるんじゃないかな…。
リアムさんは190くらいありそうだし…。
「奥さん、そんなんで本当にリアムの妻がやれるのか?」
「おい、ローレン」
「リアムはこの国でもかなりの重要人物なんだぞ。その妻が言葉を出せなくて身元も分からないような女で、大丈夫なのか」
レイが怒って翻訳の匙を投げてしまい、何となくさっきの国王と同じことを言ってるんだと察する。
ただ彼は国王と違って、リアムさんの事を心から案じてるように見える。得体の知れない女を妻にしたことで、リアムさんになにか悪いことが起きないか、心配してるように見える。
ローレンさんになにか言おうとしたリアムさんを止めて、私はローレンさんの目を見た。
そして自信満々の笑顔を見せて、胸を張って胸に握り拳を当てる。
リアムさんの平和は私が守るから、安心してくださいな!
「…はは、だって、ローレン。任せろって言ってるよ」
「…みたいだな」
そうそう、リアムさんのことはお任せ下さい。
私に出来ることは少ないけど、彼の心を癒すことくらいは出来るから。
「そうだよね、僕の心を癒せるのはフェローだけだもんね」
こくん。
私に出来ることはそれくらいしかないけど…。
「そんなことないよ。フェローは僕の子を産んでくれるんでしょう?」
そうだった。重要な仕事があった。
「それに僕の心を支えるというのは一番大事な役目だよ。フェローにしか出来ない大事な役目」
そっか。それならいっか。
リアムさんも私に笑顔を向けてくれて、2人でそれでいっか、と納得した。
「……お前達それで会話出来てんのか…」
ローレンさんが呆れたように呟く。
あっ、そっか。最近リアムさんが私の考えてること分かってくれるから、ついつい心の中で会話してた。
「まぁ分かったよ、奥さんも悪い人には見えないし、思ったよりお前が幸せそうだからいいよ」
「幸せだよ、凄く」
ね、とリアムさんに甘い笑顔を向けられたので、私も同じ笑顔を返した。
うん、間違いなく幸せだ。
燃えるような恋ではないけど、ちゃんとお互い思いあって愛し合ってる。
私達は幸せだ。
「……むしろ甘すぎるかもしれん…」
ローレンさんは砂を吐くような顔でそう言った。




