精霊が怒りました。
ローレンさんが去ると、色んな人が話しかけてきた。
私はリアムさんの隣でニコニコしていただけだけど、レイがたまにそっぽ向いて訳してくれないので、その時は悪口言われてるんだなと思ってる。
そういう時は大体リアムさんの声も1段階低くなるから、きっと合ってる。
しかもリアムさんに熱い視線を向ける女の人が多いので、やっぱりリアムさんはモテるんだなぁ、なんて思ったり。
数人だけ私にもそういう目を向けてくる男の人がいて、そういう時はリアムさんが私の肩を抱いてなんか追い返していた。レイはリアムさんと一緒になって男性を追い返す言葉を発していたので、リアムさんが何を言ったのかは定かじゃない。
やっぱりこの世界の人は平均身長が高くて、女性でも170はある。だから155の私は割と埋もれがちなんだけど、リアムさんはしっかり私を離さないでくれた。
この中で迷子になったら絶対見つけて貰えない自信があるから助かる。
「御機嫌よう、グランダート公爵」
声をかけてきたのは男性を連れてる女性で、すごい化粧バッチリで自信に満ち溢れたオーラがある。
ちら、と私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべてきたので、あぁまたか、なんて思った。
リアムさんと女性が数度話し、リアムさんはそうそうに作り笑顔になっていたから、多分この女性が好きじゃないんだろうな。
「そういえば公爵は精霊のお言葉で奥様を迎えられたとか。ですが後ろ盾も無く話すことも出来ない奥様では重荷でなくて?」
「ご心配なく。私は妻と愛し合っておりますので、それで十分です。社交などを強要するつもりはありません。私がすればいいだけですから」
レイもそっぽを向いたので、やっぱり悪口を言われているようだ。
「あら、愛があるなんて素敵なことですわ。それならば問題は無いですわよね。……失礼、ワインを下さる?」
頷いた彼女は給仕に声をかけた。どうやら喉が渇いたみたいだ。
その後もリアムさんと彼女が何か水面下で言い合いをしていて、私はそれをただ眺めている。
リアムさん…だんだん声低くなってるけど、大丈夫かな…。
そう思った時、給仕が女性にワインを差し出した。
それを女性は受け取ろうとしてわざとらしく私の方に零してきた。
シルバーのドレスに赤いシミが広がる。
「あら失礼。手が滑ってしまいました」
「…っ、ドルーガ公爵令嬢、これは看過出来ませんよ」
「わざとではなくってよ。ねぇ、お優しい夫人なら許してくださるでしょう?」
リアムさんの低い言葉をものともせず、女性は私に顔を向ける。
私はワインのかかった自分のドレスを見ていた。
あー…。綺麗なドレスだったんだけどなぁ。
リアムさんの髪色みたいで光ってて、好きだったんだけど汚れちゃったな。
これじゃあ残り時間リアムさんの隣に立つのは難しいかもしれない…。
しょぼん、と頭をうなだれると、リアムさんが私の手を握る。
「フェロー、大丈夫?すぐにドレス着替えに行こう。僕も行くから」
「あら、折角の目出度いパーティで席を外すの?それは公爵夫人としてどうなのかしら」
「ドルーガ公爵令嬢、口を慎んでいただきたい。あなたよりも彼女の方が立場は上なんですよ」
「わたくしが身元の知れない公爵夫人より下だと仰るの?わたくしには高貴な血が流れていて、夫人には流れていないのに?」
彼女が何かを言った時、私の視界に映るレイがぱあっと光った。
『もーー怒った!ユキをいじめるやつは許さなーーい!!』
そう言った直後、目の前の女性の頭上から、突然泥水が出現した。
バケツをひっくりかえしたように、頭からそれを浴びた彼女は表情を固まらせた。
「な、何これ…」
泥だらけになった女性。しかも少し臭い。
目の前で話すくらいの距離にいるのに、何故か泥水は私達には当たっておらず、床にも落ちていない。
何故か女性にしかついてない。
「フェロー!?」
隣のリアムさんが驚いて私のドレスを見てるから何事かとドレスを見ると、女性にワインをかけられた所に花が咲いた。
ぱぱぱぱ、と続いて花が咲き、私のドレスの膝下はほとんど花だらけになってしまった。
……なにこれ?
「…精霊の愛し子?」
しんと静まった会場で誰かがそう言うと、それを合図に周りも精霊の何とかだと言い出す。
なに、精霊のなんて言ってるの?
『ユキをいじめる奴には私達が相手になるんだから!負けないよ!』
レイがふん、と鼻を鳴らして息巻いてる。
どうやら泥水もこの花も、レイや精霊たちがやってくれたらしい。
「…まさか、本当に精霊の愛し子だと言うの?」
信じられない、って顔で呟いた女性。
だから精霊のなんて言ってるの?精霊の何!
「精霊の言葉に妻が出てくるということは、精霊に好かれていてもおかしくないでしょう。これ以上の被害を受ける前に退室されることを勧めます」
「……っ失礼致しますわ」
『二度と目の前に現れるなー!』
悔しげな顔で身を翻した彼女に、レイがあっち行け!と言ってる。
ここまでレイを怒らせるのもある意味天才なのでは。
そんな呑気なことを考えていたら、リアムさんが私の顔を覗いてきた。
「フェロー、大丈夫?」
心配そうな顔だ。私がさっき落ち込んでいたからだろう。
私はにこりと笑った。
大丈夫!ドレスが汚れたのは悲しいけど、リアムさんもレイも怒ってくれたから、私は平気だよ!
「ちゃんとあの家には抗議しておくからね。それに多分精霊にも嫌われただろうから、彼女は然るべき罰を受けるよ」
『うん!私あの女嫌い!みんなも嫌いって言ってる!』
うわぁ、大丈夫なのかな、あの人。
この国で精霊に嫌われたらどうなるのか知らないけど、少なくとも精霊に対して罪を犯したリアムさんのお兄さんは、領地で雨地獄っていう罰を下されてたからな…。
まぁ罪を犯したわけでもないし、そこまで酷くはないだろう。
「それとフェロー、ドレスはどうする?着替える?」
そう言われてもう一度ドレスを見た。
足元から咲いて膝下位から上にいくにつれてフェードアウトして行く花達。
「きっとフェローが悲しんだのを知って咲かせてくれたんだね。そのままでも素敵だから、フェローの好きにしていいと思うよ」
うーん、そうかぁ。
私が悲しんだから、皆が咲かせてくれたのか。
それならこのまま着ていようかな。
そう思ってリアムさんに目を向けると、彼も私の気持ちを分かってくれて頷いた。
「うん、花のついたドレスも似合ってるよ、フェロー」
そのままずっとそのドレスでその後は過ごした。
私のドレスに花が咲いてから、私に嫌なことを言う人はいなくなった。
それどころか、私にすり寄ってこようとしてくる人が増えた。
そのほとんどをリアムさんが追い払ってくれたので、私は何も大変じゃなかった。
そうしているうちに王太子達がパーティから退場し、私達も帰ることにした。
馬車が来て乗り込むと、リアムさんが真面目な顔を私に向けてくる。
「フェロー、聞きたいんだけど、君は精霊の愛し子なの?」
そう聞かれて戸惑う。
だから聞き取れない。精霊の何なのかが分からない。
私は分からなくて困り顔で首を傾げた。
「フェローにも分からないか…。うん、分かった。大丈夫だよ、安心して」
不安そうな顔を私がしていたからか、リアムさんは私を安心させるように笑顔を浮べる。
「多分フェローは精霊の愛し子だと思うんだ。でも、ちゃんと守るから安心してね」
リアムさんが大丈夫といえば大丈夫だと思えるから、私もほっとして頷いた。
でも、なんで守る必要があるんだろう?
『精霊の愛し子って言うのは、精霊に好かれてる人のことを言うんだよ』
帰って服を脱いで、寝巻きに着替えて部屋でのんびりしている時に、早速レイに聞いてみた。
「じゃあ私は精霊の愛し子なの?」
『ユキはちょっと違う。精霊の愛し子は、特定の精霊に好かれてるだけで話もできない』
あっ、そうなんだ。特定の精霊に好かれてるのが、精霊の愛し子なんだ。
不特定多数じゃないんだね。
『でもユキはお話できるでしょ?しかも全部の精霊に好かれてる!それに精霊王から気にかけてもらってるから、精霊の愛し子というよりかは、精霊王の愛し子じゃないかな?』
それは…精霊の愛し子の上位互換なのでは?
「ちなみに精霊王の愛し子って存在するの?」
『今までいたことは無いよ!人間は精霊王の存在すら知らないんじゃないかな。だって精霊と話したことある人いないし!』
とんでも爆弾を落とされた。
精霊王の存在が認知されてないどころか、精霊と話したことがある人が存在しないだって?
これは…バレたらやばいのでは…。
「ちなみに、リアムさんが私を守るって言ったのはなんで?精霊の愛し子は危険な目にでもあうの?」
『そんなことは無いけど、多分皆が欲しがるからじゃない?どんな精霊に好かれてるかは分からないけど、精霊に好かれてる人間が自分の土地にいるのはいい事だからね!』
なるほど…。危険というより、周りの人間が私を引き込もうとするのから守ってくれるって事か。
それは是非とも守って欲しいし、私はここから動く気は無い。
「あ、じゃあ、この国にいる愛し子は何人いるの?」
たくさんいればいるほど、私の存在は霞むだろうと思って聞いたら、レイはキョトン、とした顔になる。
『いないよ?最後にこの国に精霊の愛し子が現れたのは、200年前かな』
「えっ」
『ちなみに他の国にもいないよ。今生きてる人の中で、精霊に好かれてるのはユキだけー』
やったね、と言わんばかりの笑みを浮かべてくるくる回るレイ。
あー…なるほど?うん…それは非常にマズイかもね?
うーん…。リアムさんに沢山迷惑をかけそうだ。
「フェロー、入るよ」
ドアのノック音と、リアムさんの声が聞こえた。
そしてリアムさんが入ってきて、私に微笑む。私はリアムさんにひらひらと手を振った。
リアムさんはいつものように私の隣に来て、同じ布団に入る。
そして私のことを抱き寄せる。
「ねぇフェロー。他の人に誘われても、僕から離れないでくれる?」
うん?リアムさんは一体何を聞いているんだ。
離れるわけないでしょ。
リアムさんの目を見てしっかり頷くと、その不安そうな目が少し和らいだ。
「良かった。きっとフェローにはこれから、色んなお誘いが来ると思う。僕と別れてこっちに来いって言う人もいると思う」
え、それは嫌だ!
ぶんぶんと勢いよく首を横に振ると、リアムさんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。僕も君と別れるのは嫌だな。だから何としても君を守るよ」
嬉しい…けど、それがリアムさんの負担になっていないかが心配だな…。
「僕のことは心配しないで。君を守れるのは夫である僕だけだから。光栄な事だよ。それに僕もフェローを離したくないから、頑張らないとね」
「ありがとう」
私がお礼を言うと、リアムさんは微笑んで私の口にキスを落とす。
「フェローにこういうことをしていいのは僕だけだからね」
勿論ですとも。
私もリアムさんにキスを贈る。
それに、リアムさんにこういうことをしていいのも私だけでしょ?
「ふふ、そうだね。お互い様だ。僕には君だけだし、君にも僕だけだ」
その通り。
こくんと頷くと、リアムさんは私をぎゅっと抱きしめる。
暖かい。安心する温もり。
「愛してるよ、フェロー」
「愛してる、リアム」




