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第77話 悪魔の気配、燃えあがる闘志 6

 三人の歓迎会は、楽しかった。楽しかったが、変な緊張もあった。二人の少女(特にビアラ)は楽しんでいるのに、ティルノだけはどうしても楽しんでいない。カーチャの隣に座って、自分の飲み物を黙々と飲んでいる。社交性の高いシオンやクリスが彼女に「次は、何を飲む?」と話しかけても、それに「あ、ううん」と戸惑いはしていたが、やはり困ったような顔をずっと浮かべていた。


 シオンは、その反応に苦笑した。クリナも、その反応に溜め息をついた。二人は(悪意は、別に無いのだろうが)、彼女への対応に困ってしまったらしく、俺の顔を時折見ては、その助けをそっと求めはじめた。「リーダー」

 

 俺は、その言葉に眉を寄せた。そんな事を言われても困る。同性の君達ですら難しいのにさ。俺に一体、「どうしろ」と? 男の俺には、それはちょっと難しい相談ではないか? 俺は自分の頭を何度か掻いたが、ミュシアが俺に「だいじょうぶ」と微笑んだので、それに「もうしわけない」と思いながらも、真面目な顔で彼女に獣使いの事を任せはじめた。


「お願い」


「うん」


 穏やかな笑顔。これは、かなりいけるかも知れない。


「だいじょうぶ」


 ミュシアは「ニコッ」と笑って、自分の正面に向きなおった。彼女の正面には、ティルノが不安げに座っている。ティルノはミュシアの存在に怯えこそしていなかったが、慣れない相手にやっぱり戸惑っているらしく、マドカ達との会話に盛りあがっているビアラ達を時折見ては、まるで救いを求めるかのように「う、ううう」と震えていた。


「リンゴジュース、好きなの?」


 それに「ハッ」とするティルノだったが、その質問自体に答えようとはしなかった。


「私は、好き。とても好き」


 無言。


「あなたは?」


 ここで、ようやく「え?」と答えた。


「何が好き?」


「……わたしは」


 ティルノはビアラ達の顔をしばらく眺めたが、ミュシアの顔に視線をまた戻した。彼女の事はたぶん、「ほかの少女達とはどこか違う」と思っているらしい。


「この二人が好き。この二人は、わたしの事を裏切らない」


 ミュシアは、その言葉に眉を寄せた。「裏切らない」の部分にどうやら、妙な違和感を覚えたようである。


「誰かに裏切られたの?」


 無言。


「……そう、無理なら」


「自分の友達に」


「友達に?」


「故郷の友達に? 故郷の友達は、わたしの事が嫌いだったから」


 それはもはや、友達ではないのでは? そう思ったのは俺だけではないらしく、ミュシアも俺と同じような顔を浮かべていた。ミュシアは自分の顎を摘まんで、テーブルの上に目を落とした。「自分を押しころしていたの?」


 ティルノは、その言葉に目を見開いた。自分の内心をずばり言いあてられたような感じに。


「そ、それは……」


 彼女の声が震えたのはたぶん、俺の勘違いではない。


「そうしなきゃ、いけなかったら」


「どうして?」


「わたしの村には、子どもが少なかったから。その子達と仲よくしなきゃ、ひとりぼっちになっちゃう」


「それで、無理に付きあっていた?」


 またも、無言。だが、今度の無言はどこか違っていた。「今までの無言」とは違って、そこに僅かな嗚咽が混じっていたのである。


「ひとりは、怖い」


「でも、今のあなたは」


 無言。


「周りの人を拒んでいる。自分の新しい環境を否んでいる。彼の誘いにも」


「知らない人は、怖い」


「この世の大半は、知らない人」


 ティルノは、その言葉に目を見開いた。その言葉がたぶん、あまりに衝撃だったのだろう。彼女は相手の笑みを見ても、その表情をずっと強ばらせていた。


「この世の大半は……」


「人間は、ひとり。どんなに恵まれた場所で、どんなに幸せな人生でも、結局はひとり。ずっと、孤独」


 絶望の言葉。だがどこか、温かさが感じられた。俺は少なくても、そう思っている。おそらくは、それを聞いていたティルノ自身も。ティルノは相手の顔をまじまじと見て、その表情に息を飲んでいた。


「ずっと、孤独」


「私もずっと、孤独だった。私の事をさらった人達、悪い人達は一緒にいたけれど。それでも、孤独に変わりはない。周りの世界から切りはなされた」


「悪い人達は、あなたに何もしなかったの?」


 その質問に押しだまったミュシア。彼女にもまた、答えたくない事があるらしい。


「ご、ごめん」


「だいじょうぶ。でも、それはあなたも同じ」


「え?」


「辛い記憶は、誰にだってある。誰にだってあるから、誰にだって優しくなれる。人の痛みが分かる人は、優しい」


 そう、だな。彼女の確かに言う通りだ。彼女は、現に優しい。俺の人生に希望を与えてくれたのだから、それは紛れもない事実だった。


「ひとりで、出ていったの? 自分の故郷から?」


「……うん。獣使いのスキルが目覚めていたから、正確にはひとりじゃないけど。わたしは『そこ』から逃げたくて、この冒険者になった」


「そして、彼女にも出会った?」


「ビアラは、優しい。わたしの事を傷つけない」


「私達も、あなたの事を傷つけない」


「それは……」


「そう言いきれないのなら、それでもいい。でも」


「で、でも?」


「私達は、絶対に裏切らない。この先に何があっても」


 ミュシアは「ニコッ」と笑って、目の前の少女に握手を求めた。相手の心をゆっくりと解きほぐすかのように。


「『すぐに』とは、言わない。私達はただ、それをずっと待っているから」


「……うん」


 ティルノは、この時に初めて「ニコッ」と笑った。

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