脱出
「…なんだ?」ショーンが、気配を読みながら言った。「神殿が騒がしいぞ?」
二人は、街に近付いてスピードを落として様子を見ながら進んでいた。
さすがに低空を飛んで居たら目視出来るので、術が飛んできて相手をするのが鬱陶しいからだ。
スピードを出して飛び抜ければ術など当たらないが、大騒ぎになってしまうだろう。
しかしシャデルは、神殿の方向を睨んでいたかと思うと、急にスピードを上げた。
「…コンラートぞ!」シャデルは、叫んだ。「コンラートの気配がする!囲まれておる!」
でも、コンラートなら皆殺しにするんじゃ。
ショーンは思ったが、シャデルの勢いにつられてそれについて飛んだ。
街中には多くの術士が居て、網の術を放っていたが、低空を飛んでくるシャデルとショーンを目にして慌てて杖をこちらに向けて来る。
だが、やはりそのスピードに狙いを定められずに、術は何もない空に向かってチカチカと暗い空を照らした。
「敵襲!敵襲だ!」
あちこちから声がする。
だが、シャデルとショーンは一瞬で神殿へとたどり着いた。
「こっちです!ここから地下へ!」
ショーンがシャデルを先導して神殿の入り口へと頭から飛び込んで行く。
「うわ!」
入り口を守っていた兵士達は、剣を構える暇もなくその勢いになぎ倒されて吹っ飛んだ。
ワアワアと叫び声がする中、誰かの死体を囲んで兵士達がひしめく場所へと入った二人は、真っ直ぐに地下への入り口へと向かった。
「ショーン殿?!と、誰だ!」
そこに居た兵士達が群がって来る中、シャデルの視線は兵士達が詰まって進めない地下への階段入り口を睨んでいた。
「邪魔ぞ!どけ!」
シャデルが手を軽く振ると、辺りの兵士はまるで人形のように、シャデルを中心に周囲に投げ飛ばされて壁に激突した。
「こっちからも敵が!」
階段の兵士達が振り返る中、シャデルは足を進めて片っ端から術で引っ張り出して放り投げた。
「邪魔だと申すに!どけ!」
手を触れる事もなく、兵士達を掴んでは投げという状態で、シャデルはズンズンと奥へと進んだ。
…コンラートの気が弱くなっているからか。
ショーンは、その後をついて行きながら思った。この様子では、コンラートは浮くのもつらい状態のはず。
後ろからは、起き上がった兵士達が剣を振り上げて襲いかかって来るが、シャデルはそちらを見もしないで簡単に撥ね飛ばして奥へと進む。
こんな状況では、誰もシャデルを止める事など出来なかった。
一方、コンラートは術を避けるのもつらくなってきていた。
普段の自分なら、こんな兵士達など敵ではないのだ。
それなのに、命の気の補充が間に合わない。
力を使い過ぎていたことの、弊害だった。
コンラートは、ガクリと膝をついた。もう、飛ぶ力が残っていない…。
「封じよ!封じるのだ!」
ゼイゼイと息を上げ、もはや目も霞んで来ているコンラートの耳に、誰かの声が聴こえる。
「待て、こやつは違う、本当の敵はヤマトではないのだ!」
明正の声がそれに混じって聴こえて来る。
「何を言う!仲間を殺されたのだぞ?!」
誰かの声が言うのに、明正は言った。
「違う!皆殺しに出来たのに、誰も殺さなかった!あれは、基明殿を狙ったのだ!兵士を盾にして逃れたのは、基明殿ぞ!リーマス司祭を殺したのも基明殿だ!腕が血まみれだった!」
術の気配が、ピタリと止まった。
「どういう事だ?!基明殿は、我らにリーマス司祭と話があると降りて行ったのに、そのまま戻らずこんなことになっているのだぞ?」
明正は、必死に言った。
「思い出せ!神は何をお望みなのだ!我らは誰に仕えておるのだ、王か、神か?!」
相手は戸惑っているようだ。
だが、他の声がした。
「それでも、神は助けてくださらぬ!殺されたではないか、あの三人を忘れたか?王に逆らっては、死ぬしかないのだ!」
まだ、気が収束し始めるのを感じる。
「そうだ、神は何もしてくださらぬ!」気の気配が大きくなる。「封じなければ!」
コンラートは、目を閉じた。駄目だ、封じられる…。
「ならぬ!そうではない、神に見捨てられたら…!」
明正の声が悲痛に叫ぶ。
だが、術の気配は一瞬にして消えた。
「…何をしておる!」聞き慣れた声がした。「うぬらは神を冒涜するか!」
回りに居た兵士達が、バタバタと音を立ててその場に倒れて行く。
コンラートが顔を上げると、そこにはシャデルとショーンが、倒れた術士達の中に立っていた。
「…シャルディーク…。」
コンラートは、霞む視界の中にその姿を見た。シエラか、アレクサンドルが間に合ったのか。
「よう殺さなんだの、コンラート。だが、力を消耗していて気絶させる事も出来なんだか。」
コンラートは、朦朧としながら答えた。
「みんなが殺すなって言うから。でも、もう気を調節するのが難しくって…そのまま放ったら、殺しちゃうでしょ?」
シャデルは、頷いた。
「よう堪えた。主がその覚悟を持っておらねば、ここは今頃死体の山であったわ。」と、明正を見た。「主は、少しは物を知っておるようよ。背後から来る奴らを説得せよ。あれらに我は、倒せぬ。」
明正は、誰だか分からないが、居るだけで威圧してくる大きな気に飲まれて、頷く。
後ろからは、兵士達がわらわらと降りて来ていた。
「何をしている!封じよ!」
それらが叫ぶのにも、シャデルは気にも止めていないように石棺へと足を進めた。明正が、その背後に立って、皆と対峙した。
「待て!どうせ敵わぬのだ、無駄に命を落とすでない!我らは戦をするために術士になったのではない!兵士達だって、民を守るために軍に入ったのではないのか!これでは、民を苦しめる方向へ参っておるだけぞ!」
シャデルは、それを背後に聞きながら、石棺に触れた。
「…破る。」そして、気を込めた。「離れておれ!」
大きな光が地下いっぱいに広がった。
「うわ…!」
兵士達は、その光と共に巻き起こる気の圧力に壁へと押し付けられ、術士達は必死に地へ気で杭を打って体を留めた。
光が収まった後、石棺は真っ二つに割れて、ゴトリと両脇に崩れた。
「…う…、」
龍雅が、体をガクガクと震わせながら、起き上がろうともがいているのが見える。
まだ目は何も見えていないようで、手は周囲を探ってさ迷っていた。
「…なんと!サディアスか…?!」
シャデルが、思わず声を上げて駆け寄って、その手を掴んだ。
龍雅は、目を細めながら言った。
「その声、気配、シャルディークか…?主、こんな所まで来たのか。」
シャデルは、頷いた。
「まさか主がリュウガであったとは!ならばすぐにでも会いに参れば良かったものを。我は…すまぬ。」
龍雅は、段々にしっかりした視線になって、言った。
「こちらこそ手間を掛けてしもうた。」と、驚いた顔をした。「なんぞ、主、若い。また転生したのか?物好きな。」
シャデルは、苦笑した。
「その話はまた。」と、振り返った。「コンラート、行くぞ!」
シャデルは、龍雅を支えている方とは逆の手をコンラートへ向けて、気の玉を放った。
それはもろにコンラートに当たり、コンラートはう、と声を上げて腹を押さえた。
倒れた兵士達が驚いて愕然とした顔で見ている。
「こら、主は!乱暴だぞ!」
龍雅が叫ぶ。
コンラートは、腹を押さえたまま、ふらふらと顔をしかめて立ち上がった。
「いいよ、回復した。確かにすぐに回復させるにはこれが一番早いもんね。やり方はアレだけど。」
術士達が、シャデルに支えられて立ち上がる龍雅に、恐れて後退りながらも杖を構えて言った。
「…行かせるわけにはいかぬ!」
しかし、シャデルは首を振った。
「己の頭でよう考えよ。主らは皆、神の恵みのもとに存在しておる。エイシンとて同じよ。だが、見捨てられたら、その命は地上どころか天でも存在出来ぬようになるぞ。主らはまだ若い命。学ぶ必要があるゆえ、我らは殺しはせぬ。だが、我らの地上での責務を阻むというのなら、まとめて天へ送ってやろうぞ。」
明正が、皆に対峙して言った。
「思い出すのだ、神殿で学び始めた時、一番最初に何を学んだ。我らは神に仕えているのだ。王ではない。栄進陛下は大司教だが、神ではない。誰でも必ず、殺されずとも天へ行く。主らは天で、なんと神に申し開きをするのだ。神の裁きを、栄進陛下と共に受けるのか。我らの使命は、民を助ける事ではないのか。」
術士達は、一様に動揺した。ミマサカでは、何より信仰を重んじる教育がなされているので、その要となる術士達は、神と言われると逆らえないのだ。
しかし、兵士達は違った。
「…神は何もしてくれておらぬ!我らを治すのは術士、生活を支えるのは王。王に逆らえば生きることも出来ぬのだぞ!」と、剣を構えた。「捕らえよ!出来なければ殺せ!」
躊躇う術士達の間から、一斉に兵士達が襲い掛かって来た。
城の通路からも、階段からもどんどんと兵士達がなだれ込んで来る。
それを避けて浮き上がったシャデル、龍雅、コンラート、ショーンの四人は、足元を見下ろした。
「…殺さずに出るのはちょっと無理かもよ。」
コンラートが言う。
シャデルは、天井を見上げた。
「仕方ない。少々乱暴だが、道を作る。」と、足元に向かって言った。「そこから早く逃げねば、瓦礫の下敷きになるぞ。」
シャデルは、手を上げた。
龍雅も、回復して来たのか手を上げて言った。
「我がやる。主は下の兵士達を瓦礫から守れ。」
そして、天井に向かって光を放った。
ギョッとした顔をした兵士達は、今度は慌てて我先にと出口に殺到して行く。
龍雅の力は天井を貫いて突き抜け、その勢いでガラガラと音を立ててそこは崩れ始めた。
「うわあああ!」
下では、瓦礫が降り注ぐ中、頭を庇おうと必死にうずくまる兵士達が見える。
龍雅とシャデルが先にそこを抜けて上がって行く中、コンラートは足元を見下ろした。
瓦礫が落ちて来るのに、宙で止まっているその中で、明正がこちらを見上げて立っていた。
「…アキマサ。君は目覚めたんだ。他の術士達を説得して。エイシンはたぶん、ヤマトへ攻めて来るよ。戦が始まる。君達は民が巻き込まれないように働くんだ。任せたよ。」
そうして、上がって行くショーンを追って、コンラートはそこを去った。
これだけの大惨事にも関わらず、誰一人命は落とさなかった。
神殿は、崩落し始めていた。




