ヤマトへ
逃れて行く前に空から地上を見ると、神殿は音を立てて崩れ始めていた。
神殿からは、蜂の巣を突いた勢いで兵士達がわらわらと出て来ていて、そこには術士もちらほら混じっていたが、かなり少なかった。
だが、神殿の地下を去る時に見た様子では、術士達は兵士達のように出入口に殺到するでもなく、ただ瓦礫の中でシールドを張りつつ、シャデル達が逃れて行くのをただ、見上げていたような気がする。
つまりは、術士達は自分の身を自分で守りながら、そしてシャデルのシールドで守られているのも知りながら、兵士達のように慌てる様子もなかったのだろうと思われた。
そして今も、恐らく瓦礫が収まるのを、中で待っているのだろう。
神殿がそんな様子なので、メグミの術士達は網の術どころではなく、一斉に神殿へと向かったので空はクリアだ。
仮に網の術があったとしても、シャデルと龍雅が居る以上、簡単に破ってしまうのだろうから、問題はなかった。もともと、網の術はその存在を気取ってそこへ向かって術を放つためのもので、気取られても良いと思っていたら、結局役には立たないのだ。
コンラートが明正達の事を考えて振り返っていると、ショーンが言った。
「行くぞ、コンラート。これを知って栄進がまた、自暴自棄になってヤマトヘ攻め入って来るかもしれねぇだろう。リュウガを連れて、早く帰らにゃ。」
コンラートは頷いて、そうしてヤマトヘ向けて、シャデルと龍雅について飛んで行ったのだった。
その少し前、栄進は、術士達がわあわあと叫ぶのを聞いて、城の窓から様子を見た。
すると、物凄い勢いで飛び抜けた、信じられないほど大きな気の男が、ショーンと共に神殿前へと到着し、そこへ浮いて、杖も使わず兵士達をなぎ倒し、吹き飛ばして神殿の中へと突入して行くのを見た。
…あれは何だ…?!
栄進は、震え上がった。
龍雅でも、真側に見ていてもあれほど大きな気は感じ取れなかった。
それとも、龍雅は抑えていたとでも言うのだろうか。
「…イライアス!イライアスはどこだ?!」
栄進は、状況を知ろうと叫んだ。だが、来たのは他の術士で、栄進の前に膝をついた。
「陛下、イライアスは神殿の方に。突然に、二人の術士が飛来して、我らが術を放っておったのですが、それすらそのスピードには追い付かず…神殿に侵入するのを許してしまいました次第です!」
そこへ、基明が必死の様子で駆け込んで来た。
「陛下!」
栄進は、ホッとしたように基明を見た。
「基明!」と、足を引きずり、かなりの傷を受けている基明を見て、顔色を変えた。「どうしたのだ?!術士達は?!」
基明は、その場にへたり込んで、項垂れた。
「申し訳ありませぬ…イライアスの姿に化けて、ヤマトのコリンが入り込んでおりました。術士と兵士に阻まれている間に、必死に地下を抜け出して参って…。避けたのですが、反れた術が脚に当たり、ここまで来るのに時を取ってしまいました。」
報告に来ていた術士が、それを見て慌てて基明の足に術を放った。
「これは…いったい、どんな術にやられたらこのように。」
術は確実に当たっているのに、全く出血が止まる様子もなく、また傷口も塞がる様子が無かった。
基明は、顔を苦痛に歪めて言った。
「オレもさっきから自分で治癒術を放っているが、何をやっても全く効果が無い。こんなことは初めてだ。」
栄進は、それを見て思った。これは、父上と同じ…。父の栄章も、戦の時の流れ弾のような龍雅の気を受けた後、全くその傷が塞がる様子が無く、数少ない外科医をヤマトから派遣してもらい、それに傷口を直接縫わせて、アルコールで毎日消毒し、傷が塞がるのを待った。
だが、術に焼かれた組織は復活する事無く、その部分だけ削ぎ落さねば傷が塞がらないという事で、かなりの範囲の肉を落として、何とか治療した。
しかし、栄章はその時の傷の中にあった毒素にじわじわと蝕まれて、体調がよくなる事はなく、数年後に死んだのだ。
「…その傷、コリンから受けたのだろう。ならば、恐らく外科医という者にその部分を切り落とさせ、気の影響を受けておらぬ場所を直接縫わせて毎日アルコールで消毒し続けなければ、治る事は無い。父上が、そうだった。我は幼かったが覚えておる。その頃の司祭達が、あまりに大きな、神に近い力に焼かれたら、そうなるのだと古文書に書いてあったと申しておった。」
基明は、青い顔をした。治癒の術を放っていた、術士がそれを止めて言った。
「外科医など、ヤマトにしか居りませぬ!滅多に使う事が無いゆえ…普段はヤマトの王城で術士として雇われており、必要が出来たらそこへ派遣されて施術するのだと聞いておりまする。私も生まれてこのかた、外科医の世話になったとは聞いた事が無い。」
栄進は、眉を寄せた。
「…このままでは、ならぬ。確かディンダシェリアにも、外科医は居るとショーンが話しておったのを聞いておるし、あちらへ参れば、何とかなるはず。」と、自分の服の袖をビリリと割くと、基明の足の付け根を縛った。「止血だけでもしておかねば。」
その時、ズーンッと神殿から大きな音がして、ゴゴゴゴと地響きがした。
「…いったい、何が!」
術士が窓の方へと駆け寄って、神殿の方角を見る。栄進もその後を追って、そこから、その光景を見た。
神殿は、真ん中から崩れて、両側が内側へと倒れるような形で崩れつつあった。
神殿からは、逃げ延びた術士や兵士達が、必死に駆け出して来ているのが見える。
瓦礫が内側へと落ちて行くので、外側に居た者達には影響はないようだったが、あの様子では神殿の中に居た者達は、ひとたまりもないだろう。
その中を、四人の人影がスッと飛んで出て来て、しばらく神殿の様子を振り返ってから、ヤマトの方角へと飛び去って行くのが見えた。
…龍雅の気…!!
栄進は、それで龍雅が封印を解かれて逃げ去って行ったのを知った。
もう、時は無い。
「…討って出る。準備をさせよ。龍雅が落ち着いて体勢を作る前に、こちらは攻め込まねば勝機はない。神殿を襲われたのだ。戦の理由には充分だろう。そう申して、臣下を集めよ。早う。」
術士は、自分に言われたのだと、慌てて頭を下げた。
「は!早急に!」
術士が出て行く中、基明は言った。
「陛下!お逃げください、コリンは陛下だけは捕らえて皆の前で嬲り殺しにすると申しておりました!このままでは、とても我らヤマトの龍雅王とコリンを防ぐ事は出来ませぬ!我らが時を稼ぎまするゆえ、陛下はどうか、今のうちにディンダシェリアへ!」
栄進は、フッと自嘲気味に笑った。
「…逃げる?逃げてどうするのだ。龍雅は、あちらへでも追って参るぞ。主が時を稼ぐとて、その足でどうやって戦うつもりよ。無理ぞ。」と、基明に肩を貸した。「さあ、会合よ。参ろう。民は神殿を襲撃されたと聞けば、神への冒涜だとヤマトに対して一気に戦う気になろう。どうせ死ぬのなら、戦って死ぬ。嬲り殺しになどさせぬわ。」
基明は、不安そうな顔をした。
「陛下…。」
そうして、栄進に肩を借りながら、基明は会合の間へと向かったのだった。
アレクサンドル達は、メク山脈の中ほどまで到達していた。
険しい山々が連なるそこを右へ見ながら、結構な距離を歩いて来た気がする。
アントニーは相変わらず平気だったが、邦光たち術士はやはり、疲れ気味だった。
それを気取ったアレクサンドルは、そろそろ夜も近付いて来るので、立ち止って言った。
「…本日はこちらで休むか。うまい具合に、でこぼこと岩があって休むのに最適ぞ。」
邦光も直秀も克重も、ホッとしたような顔をした。
「では、ここらで食事の準備を。」
克重が、せっせと食料を出す間、アントニーが枯れ木を拾い集めて来て、三角に組んだ。
今日は、調理して温かい食事が出来そうだった。
「良い土地ですね。」克重が、火を起こしながら言う。「この辺りには、魔物も山深い位置に気を感じるぐらいで、全く居ない。たまにラグーらしい気配は感じますが、あちらからこちらを気取って逃げて行く感じでありました。平和な土地ですな。」
アレクサンドルは、頷いた。
「ラグーやルクルクなどは、ここらの人に狩られるので、人の気配に敏感になっておるのだ。それが、あちらの土地とは違うところよな。こちらの民は皆、魔法を使って己で魔物を倒す術を持っておるから、食料が無いとなると、野生の魔物を狩るのだろう。あちらのように、術士に頼まねばならぬとか、精肉店でなければ肉が手に入らぬとか、そのような心配は無いのだ。」
邦光が、頷いた。
「ヤマトの民も、己で狩ろうと思えば狩れますからね。それは、ミマサカの民の事でありましょう。」
アレクサンドルは、苦笑して頷いた。
「その通りよ。確かにヤマトでは、そうしないだけでやろうと思えば出来るよの。」
克重は、とっておきを出す事にしたようで、良い肉の香りがし始めた。ここまで、干し肉やニシンの缶詰なんかを食べていたアントニーが、目を輝かせた。
「お!肉か。嬉しいな、走り回っているし、そろそろ食べたいと思っていたんだ!」
克重は、微笑んで答えた。
「ここまで来たから、そろそろいいかなってね。これ以上持ち歩いたら、塩漬けの肉でも傷んでしまうし、今のうちに食べて力にした方がいいかって。」
邦光がせっせと米の準備をして、久しぶりに主食の米を口にも出来そうだ。
そんな事でうきうきとしている四人を、微笑ましく見ていたアレクサンドルは、ふと、何かの気配を感じて、そちらを見た。
すると、そこには小さな、6歳ぐらいの子供が、岩陰に潜むような形でこちらを見て立っていた。
「…子供?」アレクサンドルは、言った。「どうした、このような所に、このような時間。父母は?」
子供は、首を振った。
「母上は谷に。」
谷?
アレクサンドルが首を傾げていると、その子の腹がぐううと鳴った。
邦光が、それに気付いて笑った。
「なんだ、腹が減っているのか?」と、今焼けたばかりの肉を、皿に入れた。「食うか?」
その子供は、パアッと明るい顔をすると、頷いた。
「うん!」
塊の肉だったので、邦光が小さく切ってやっていると、その子供はおとなしくそれを見ている。
アレクサンドルは、言った。
「この近くに村があるのか?主、名は?父は?」
子供は、しゃがんで邦光の作業を見ながら、言った。
「アンテロース。父上はヒュアス、でも事故で死んじゃったの。お祖父様が居るよ。」
よく見ると、目は鳶色のような金色だ。
邦光は、肉を切り終えてそれをアンテロースという子供に押しやりながら、同情したような顔をした。
「お前は父を亡くしたのか。」
アンテロースは、肉を頬張りながら頷いた。
「うん。でも、母上もお祖父様も弟も居るし。」
アレクサンドルは、物凄い勢いで肉を掻き込むアンテロースに、喉を詰めるのではないかと心配しながら言った。
「ほら、誰も盗らぬからゆっくり噛まぬか。その、祖父も谷に居るのか?」
アンテロースは、一瞬にして肉を食べ終わって、頬を拭いながら頷いた。
「うん。お祖父様はアトラスって言うの。」
邦光は、空になった皿を見て、顔をしかめて言った。
「まだ食うか?足りなかったんじゃないか。」
アンテロースは、首を振った。
「ううん、充分だよ。だってこれから夕飯だし。でも焼いた肉も僕は好きなのに、谷ではみんな生なんだものー。」
生しか食さない村か。それはそれで顎が疲れそうだな。
邦光達が思いながら自分達の食事を整えて食べようとしていると、アンテロースはぴょんと立ち上がった。
「じゃあ、帰る!母上が心配するし。」
アントニーが、慌てて言った。
「待て、もう暗いぞ?一人で大丈夫か?」
アンテロースは、笑って頷いた。
「平気。狩りはいつも夜だから!」
そう言って、笑顔で手を振ったアンテロースは、タッタと走り始めて、見る間に小さいが、翼竜の姿へと変化した。
『じゃあねー!ありがとうー!』
翼竜のアンテロースはそのまま、嬉しげに山の方へと飛んで行ったのだった。
…グーラの子供だったのか。
四人が呆然としていると、アレクサンドルが一人、納得したように頷いた。
「そうか、だから気がやたらと強かったんだな。人の子がなぜにと思っていたのだ。誠にディンダシェリアでは、グーラが身近に生きておるようよ。」
邦光達は、ただ頷いた。まさか、自分達が話していたのが、魔物だったとは。
国の違いを、確かに実感していた。




