送還
コンラートは、ミマサカとの緊張状態の中で、こちらに預かっているミマサカの民、シエラ、誠二、美琴、ライナンを送還するとミマサカへと書状を送りつけた。
それを受け取った栄進は、いよいよあちらが攻め込もうとしているのか、と厳しい顔をした。
「…あちらは人道的にと考えるので」と、基明は書状を持つ栄進の前で膝を付きながら、言った。「ミマサカの民を城で預かったまま、戦闘状態には入りたくないという事なのでしょう。しかし、恐らくあちらの情報を多く持っているかと思われます。こちらへ引き取りましょう。それを乗せた船だけ、メグミ港へ入港するのを許すという形で。」
栄進は、頷いた。
「返すと言うのだから、返してもらおう。奴らから徹底的にあちらの内情を調べるのだ。術士に術を掛けさせれば、隠れなく知る事が出来ようしな。こちらは早急に受け入れると返事をせよ。」
だが、こちらが不利なのは変わらない。
今は、民心を留めるために国民全員に一時給付金を支給する布令を出したばかりだった。それで一応は落ち着いた様子だったが、あくまでも一時的に抑えたに過ぎない。
ヤマトとの戦闘になっても、戦おうと思う、何か決定的な一撃が欲しかった。しかし、あちらはまだ攻めては来ない。
理不尽に殺戮でもしてくれたなら、それを振り翳して民心をまとめて戦う事が出来るのだが、あちらの王代理は未だに攻め込む様子は見せていなかった。
内からじわじわと崩壊するのを、待っているのではと考えていたが、やはりそのようだった。
しかし、ここへ来て人質にもなるかもしれないもの達を返すと言って来るなど、どういう事だろう。
何の力もない民間人では、人質になり得ないということなのだろうか。
とにかくは城に居たそれらから、あちらの情報を得る事が先決だ。
栄進は、船の入港の許可をする、と、基明に連絡させることにした。
今は少しでも多くの情報が必要なのだ。
一方、コンラートは誠二達と一緒にアレク大河に浮かぶ、船の上に居た。
あちらから入港の許可が出たら、すぐにでも出港させる構えだ。
ライナンが、おずおずと言った。
「その…コンラート。マジでバレないと思ってるのか?あっちには術士が山ほど居る。姿だけ変えても気取られるんじゃ。」
コンラートは、同じ金髪のシエラの姿で振り返った。
「バレやしないよ。僕の力を侮らないでよね。サディアスほどじゃないけど、そこらの術士なんか簡単に騙せるよ。それより君たちだって、僕が居なきゃ自白の術であっさりやられてみんな廃人になるんだよ?セイジ、君が知ってるシエラの事をもっと僕に教えてくれなきゃ。」
誠二は、シエラの姿そのもののコンラートがそんなことを言うので、戸惑って視線を反らしてもじもじとした。
「その…でも何から話したらいいか分からないじゃないか。小さい時から一緒だから、めっちゃ情報あるし。」
コンラートは、イライラとして言った。
「基本的な事からだよ。」と、いきなりガッツリ片手で誠二の頭を上から掴んだ。「もう!時間がないんだ、勝手に見る!」
誠二が慌ててコンラートから逃れようとしたが、コンラートはもう、術を放っていた。
途端に体の自由が利かなくなった誠二がダランと棒立ちになると、ライナンが慌てて言った。
「コンラート!やり過ぎだって、やめろ!」
しかし、コンラートはすぐにあっさりその手を放した。
ガックリと膝をついた誠二は、息をゼイゼイと上げて額を押さえる。
ライナンは、急いで誠二の肩に手を置いた。
「誠二!大丈夫か?!」
誠二は、荒れた息の間から頷いて言った。
「なんか知らんが走馬灯が見えた。死ぬかと思った。」
コンラートは、眉間を指で押さえながら、立ち尽くして言った。
「…記憶を見たからだよ。」と、じっと虚空を見つめてそのままブツブツ言った。「…妹とは双子、名はジェンナ、父母…。」
今取り込んだ、記憶を整理しているらしい。
一瞬の事に、力があるとこんなことまでやってのけるのかと、皆は恐怖を感じた。となると、あちらの術士にもこれをされたら一溜りもない…。
コンラートは、そのままじっとしばらく固まってから、顔を上げた。
「…よし。とりあえず、セイジが知らない事を聞かれなかったら大丈夫なはずだ。」
美琴が、恐る恐る言った。
「あの…術士はみんなそんな術を使うの?自白の術しゃなくて?」
コンラートは、肩をすくめて見せた。
「みんな?いいや、術を知らないからね。だからわざわざ自白の術なんか掛けて廃人になるのが分かってるのに記憶を搾り取るんじゃないか。これが出来たらむしろみんな平和なんだろうね。だって、あっさりバレるの分かってるんだから誰も嘘なんかつけないからさ。天から来たもの達なら知ってるけど、誰もやらないかなー。だってさ、人道的にやっちゃいけないって思うだろうからね。」
ということは、コンラートは人道なんか糞食らえという考えなのだろう。
「オレ達は仲間だろうが!そんな非人道的な事をしやがって!」
コンラートは、頬を膨らませた。
「言ったじゃないか、時間がないんだ。バレたら皆殺しだよ?僕は逃げられるけど。君たちには無理でしょ?」
それはそうだけど。
そもそも、そんな危険な事に自分達を付き合わせる事から間違っているのだが、三人はそこまで思いが至らなかった。
そこへ、公紀が入って来て膝をついた。
「コリン様、入港を許可すると言って参りました。」
コンラートは、満足げに頷いた。
「そう。じゃあ行って来るよ。」
それでも公紀は、渋い顔で言った。
「コリン様、本当に行かれるのですか?龍雅陛下が居られぬ今、捕らえた術士が居るミマサカに、コリン様まで送り出すのは不安でございます。誰か他の術士に術を掛けて頂いてそのお姿にして、参らせるわけには。」
コンラートは、イライラと言った。
「だから言ったでしょ?僕じゃないとリュウガを助けて来られないんだってば。お前は城で待ってたらいい。なんかリュウガの気配が弱って来てて気になるんだよ。」
公紀は、食い下がった。
「船には四人以外誰も乗せぬようにと申して来たのでございます!護衛も出来ませぬ。船も行ったきりで戻すことは許されませぬ。どうやってお戻りになるのですか。」
コンラートは、公紀を睨んだ。
「僕は飛べる。最悪、こいつらはあっちの国民なんだから置いてでも戻って来るよ。だって、僕はリュウガが居ない間ヤマトの要だからね。今のミマサカが、自国民を殺せないのは分かってる。民心をこれ以上失うわけにはいかないからね。」
置いて行かれるのか。
誠二、ライナン、美琴は身を硬くしたが、確かに自分達はヤマトに密入国した、本来なら犯罪人だ。置いて行かれても、文句は言えない。
「…そのような。確かにコリン様は大切な御身であられますが、シエラ様はヤマトのために危険な任務についておられるのに、そのご友人たちをそのような扱いには出来ませぬ。やはり此度は、行かれない方が良いのではありませぬか。」
コンラートは、公紀を睨みつけた。
「リュウガを助けるためだ!僕は一生国王なんて出来ないぞ。リュウガだからあんな面倒な事を引き受けてやってるんだからな。僕はそんな命じゃない。王なんかなりたいと思うはずないじゃないか!」
それには、誠二も驚いた顔をした。コンラートは、国王になりたくないのか。何でも思うままなのに。
「え、王になりたくないの?」
誠二が言うと、コンラートはチラと睨むように誠二を見た。
「誰があんな不自由でめんどくさい地位に就きたいなんて思うのさ。民のためにだけ生きるんだよ?王になりたいって言う奴らは、分かってないのさ。だからそういう奴は王になれないし、分かってる人ほどなりたくないのにならなきゃならない。理不尽だよね。」
公紀が、何度も頷いた。
「コリン様には、それが分かっていらっしゃる。我ら臣下、畏れ多くも最初は王のお従弟とはいえ、代理など無理ではと思うておりましたが、こちらが話す事をよう理解しておられるうえ、わざわざ王の心得など申さなくても初めから分かっておられた。だからこそ、我が王が居られぬ今、コリン様には危ない橋を渡って頂きたくないのでございます。我らの王になるのがお嫌なのは理解出来ましてございますが、それでも龍雅様が居られぬ今、どうあってもコリン様だけには残って頂かねばならぬのです。」
コンラートは、それは面倒そうな顔をしてそれを聞いていたが、くるりと公紀に背を向けた。
「…分かってる。僕は戻って来るって言ったでしょ?こいつらを見捨ててでも。リュウガが戻らない間は、僕だってリュウガには借りがあるしヤマトの面倒を見ても良いと思ってるからだよ。でもね、二度と戻らないかもしれないんじゃ困るんだ。だから助けに行く。せめて、命に別状がないのかどうか、確かめて来るつもりだよ。」
コンラートはコンラートなりに、ヤマトの事を考えているのだ。
公紀はまだ何か言いたそうだったが、その小さな船から追い出された。
「さ!お前は降りて待ってるんだ。行って来る。」
公紀は、仕方なく狭い船室を出て船を降りて行った。
今まで、出港の準備をしていた兵士達も、あちらへの入国を許されないのが分かったために、次々に船を降りて行く。
コンラートは、慣れたように小さなブリッジへと入って、エンジンに力を送り込んだ。
そうして、命の気を動力とするその船は、コンラートに操られて一路、対岸のミマサカの港へと向かったのだった。




