発覚
シエラは、遅々として戻らないコンラートと龍雅を案じてまだ、眠れずに居た。
それに、何だか変な気配が自分の体の回りをチクチク突いているような感覚がして、面倒な感じがして眠気など全くしなかったのだ。
…また、何か不安でも感じてこんな感覚になるんだろうか。
そう思うとベッドにも入る気になれず、与えられた客間でただじっと窓から空を眺めていると、何かがキラリと光った。
…なんだろう。
シエラは、もっとよく見ようと、窓を開いて外を覗き込んだ。
すると、その何かが物凄いスピードでこちらへと飛んで来て、開いた窓から部屋の中へと飛び込んで来た。
「うわ!!」
シエラが驚いて尻餅をついていると、そこへ降り立ったコンラートが、言った。
「クロノス!尻餅ついてる場合じゃないんだよ!サディアスが封印された!」
「ええ?!」
シエラがもはやクロノスと呼ばれることにも慣れて来てそれに言及せずにいると、脇から男が言った。
「…クロノスも記憶が戻ったのか?あちらでは、何も覚えておらぬようだとショーンが言うておったがな。」
聞き慣れない声にシエラがそちらを見ると、神殿でいつも見ていた立像そのままの男が、そこに立ってこちらを見ていた。
「え、え、」シエラは、混乱して、思わず指を差して叫んだ。「ア、アレクサンドル!」
コンラートが、シエラに寄って来て言った。
「クロノス、そんな事よりデクスは?!いや、サディアスの臣下だ!ええっと、誰だっけ、あいつだあいつ!」
シエラは、訳が分からないまま、言った。
「…邦光?」
コンラートは、頷いた。
「そうだクニミツ!」と、シエラの部屋の扉を開いて廊下へと飛び出した。「クニミツ!クニミツ、大変だ!早く来い!」
そうだった、コンラートはコリンで龍雅の従弟って事になってるんだった。
シエラが思っていると、真夜中にも関わらず、数人の兵士達が飛んで来てコンラートの前に膝をついて行った。
「コリン様、邦光は只今宿舎の方に。いかがなさいましたか。」
コンラートは、もはや駄々っ子のように叫んだ。
「リュウガが!リュウガがエイシンに封じられたんだよ!僕も襲われて逃げて来たんだ!」と、後ろで茫然と見ているアレクサンドルの腕を引っ張った。「アレクサンドルに助けてもらったけど!」
「ええ?!」
兵士達は、龍雅が封じられた事を驚いたらいいのか、アレクサンドルに驚いたらいいのか分からないような状態で、うろたえてすぐに答えが出なかった。
そこへ、邦光が服も中途半端なまま、駆け込んで来た。
「コリン様!邦光、参りました!」
コンラートは、邦光を見て言った。
「すぐに臣下達を叩き起こして!リュウガが、エイシンの野郎に封じられて、メグミの神殿の地下に籠められてるんだ!何とかして助け出さなきゃ!」
邦光は、仰天して目を見開いた。
「何とした事!栄進様が?!そのような…そんなことが、出来るはずはないのに!」
アレクサンドルが、後ろから言った。
「デクスを危険人物だと思うておったから、それを封じると申すので我が封じの術を教えてしもうたのだ。そうしたら、あやつは龍雅に使いおった。阻止しようとしたのだが、我も封じようとされたゆえ、逃げて参ったのだ。コリンが来たゆえ、一緒に逃げて来た。こちらは対応を考えねばならぬぞ。」
邦光は、アレクサンドルの顔を見て、呆気にとられた顔をした。
「え?まさか、アレクサンドル様?」
コンラートは、イライラと言った。
「そうだよ、今は人として地上に降りてるんだよ!それより、早く臣下を集めて!リュウガの事は、アレクサンドルが封じ直して来たからあいつらが封を解いて殺したり出来ないけど、このままではいけないだろう!策を練らなきゃ!」
邦光は、転がるようにその場から駆け出した。
「はい!すぐに!」
そうして、兵士達も出て来て、真夜中でシンと静まり返っていた城の中は、大騒ぎになった。
そこへ、デクスが寝巻の上にローブを引っ掛けた状態で出て来た。
「どうしたのだ?何があった。このような夜中に騒いで。」
シエラは、それを振り返った。
「デクス。コンラートが帰って来て、龍雅陛下が栄進陛下に封じられたって…。」
デクスは、眉を上げた。
「封じられた?龍雅陛下を?どうやって?そんな方法があるのか。」
シエラは、頷いて言った。
「あの…アレクサンドルが、デクスが危険だっていう栄進陛下の言葉を信じて、封じる術を教えてしまったんだって。そしたら、龍雅陛下に使って閉じ込めてしまってるんだって。アレクサンドルもそれに反対したから、封じられそうになってコンラートと一緒に逃げて来たらしいんだ。」
デクスは驚いて目を丸くしたが、アレクサンドルを見た。
アレクサンドルは、デクスをじっと見つめていたが、言った。
「…主がデクス?」
デクスは、頷いた。
「そう。我がデクスよ。主らが始末したいと思うておった諸悪の根源よな。主がアレクサンドルか。皆から聞いておるが、長く生きておるそうだの。」
アレクサンドルは、顔をしかめた。そんな事まで知っておるのか。
「…そうよ。ならばその理由も知っておろう。我だって、もう天へ還りたいわ。だが、何やら我が死ぬと面倒が起こるようで、あちこちで留められてしもうて。皆に迷惑を掛けたくもないし、仕方なく生きておるような状態ぞ。」
デクスは、意外にもそれに頷いた。
「同じよ。我とてもう、天へ参っても良いと思うておるのに。皆が留めるゆえ、こうしてここに。」と、コンラートを見た。「コンラート、ならばディンダシェリアへ使者を送るのは待て。通常のルートを辿って参るとミマサカを通るゆえ、捕らえられて行き着けぬぞ。海から行くと海上で迎え撃たれる可能性もある。だが、何としてもディンダシェリアとは連絡を取らねばならぬ。シャルディークに連絡しなければ、あやつは栄進に騙されるぞ。龍雅が騙されたのだから、栄進の事を見通せぬのだろう。」
コンラートは、デクスに縋るような目で見て言った。
「そうなんだ。きっと、小さい頃からサディアスが傍に居たから、見抜かれるのが嫌でそんな能力を持っちゃったんだと思うんだけど。どうしよう、でもサディアスの事を、シャルディークに知らせなきゃ。もっと早く、意地を張らないでシャルディークと話しておけば良かった。」
デクスは、コンラートの両肩に手を置いて、落ち着かせるように言った。
「大丈夫ぞ。落ち着くのだ。正式な使者は送れぬが、数人でパーティを組んで潜んで行けば良い。二組に分かれて参れば、どちらかは絶対に辿り着こう。それで臣下に提案し、話し合うのだ。もし我に行けと申すなら、参る。ゆえ、早う決めて参れ。」
コンラートは、頷く。
「…みんなに話して、すぐに呼ぶから。クロノスの部屋で待ってて。」
龍雅は婚姻しておらず、子どもも居ないので王族が今、前の王妃の妹の子とされている、自分しか居ない。
龍雅が居ない今、臣下は皆、コンラートを頼りにすることになる。何しろ、龍雅と同じ能力を持ち、空を飛び術を放つのだ。
コンラートは表情を引き締めて、戻って来た邦光と共に、会合の間へと向かって行った。
シエラは、コンラートを見送って二人を部屋へ招き入れた。
思えば、美琴やライナン、誠二も起きてきておかしくないのだが、三人とも出て来なかった。
それを気にしながらも、シエラはコンラートの顔付きが、格段に変わったのを思い出していた。
あれほど子供っぽかったのに、邦光に付き添われて会合の間へ向かう時、何かの決意を感じた。
コンラートは、誰かに頼らず自分が何とかするのだ、という気持ちになったのかもしれない。
それはそれでシエラは落ち着かなかった。同じ天から来た自分が、まだ天での記憶も戻らない中で覚悟も固まっておらず、成長したいと降りてきたと聞いているのに、コンラートに遅れをとっているように思えたのだ。
そんなシエラの心持ちは知らず、椅子に腰掛けたアレクサンドルが、隣に座ったデクスを見て、言った。
「…主は白い。聞いていた様とは似ても似つかぬものよ。それは作って出来るものではないゆえ、我はあちらのもの達に謀られていたのか。」
デクスは、首を振った。
「あれらは嘘を言うてはおらぬ。我は確かに、黒い心を植え付けられてどこまでも黒かったわ。早く消してくれと心の中の我が叫んでおったほどよ。しかし、ウラノスが我は犠牲者だと思うてくれたようで。この本来の我だけ、救い出してくれたのだ。とはいえ、かなり侵食されて僅かであったゆえ、ひとつの命とするには足りなかった。なので、少し黒い部分も残して命を守った。ゆえ、まだ我の中には黒い我も残っておるのだ。」
シエラは、急いで付け足した。
「でも、ウラノスはそれを封じたんです。」アレクサンドルがシエラを見る。シエラは続けた。「刻印を使って。だから、ウラノスが消滅しない限り表に出て来る事はないと聞いてます。」
アレクサンドルは、頷いた。
「最強の封じよ。ならば、気取れずともおかしくはないの。案じる事はなかったわけか。」と、シエラを見つめた。「久しいの、クロノスよ。主のお陰で我は今、在るのだと聞いておる。それゆえ主を苦悩させたこともな。すまぬ。」
しかし、シエラは下を向いた。
「あの、実は天での記憶はまだ戻ってないんです。コンラートや龍雅陛下から聞いて、知っているだけで。だから、オレはまだ何も知りません。アレクサンドル様とも初めて会った感じです。」
アレクサンドルは、驚いた顔をした。
「誠か。コンラートがクロノスと呼ぶゆえ、もうすっかり思い出しておるのだと思うておった。」
シエラは、アレクサンドルなら知っているんじゃないかと、思いきって言った。
「あの…ショーンは、オレの事を知ってたんでしょうか。」
アレクサンドルは、頷く。
「知っておったぞ。主はウラノスに逆らって時を巻き戻したので、一時大国主に保護されておったのだ。しかし、ウラノスの命が黒くなって来ていると聞いて、皆が止めるのも聞かずにウラノスの所へ戻った。その後、地上へ降りたと聞いて、ウラノスに何をされたのかと案じて…始めは翔太が、後はショーンが主を見守っておった。記憶が無いのは知っておったが、いつそれが戻って来るのか分からぬし、ウラノスが主に何をして下ろしたのかもまた分からぬから。この地の、知っている限りの刻印持ちは、あれらが監視しておったのだ。この地を乱すために下ろされたのかも知れぬと案じてな。」
そうだったのか。
シエラは、思った。神殿にいきなり来いと言われたのも、監視のためだったのだ。
「…オレは、自分から降りたんです。」シエラは、言った。「ウラノスに許してもらって、自分の未熟さを思い知って、成長してみせるとコンラートに啖呵を切って降りたんだってコンラートが言っていました。だから、オレ…成長しなきゃなのに、全く変わらなくて。」
それには、デクスが言った。
「成長など、転生を何度も繰り返してやっと成せるものぞ。一度地上に降りたぐらいでは無理よ。この生の終わりに、何かを学んでおったらそれで良いのだ。そのように己を責めるでないぞ。」
シエラは頷く。
アレクサンドルは、その様子を見て、デクスから本物の慈しみの感情を感じた。デクスは、本当に善良な修道士なのだ。律子のせいであのようになっていただけで、本来はこんな男だったのだろう。
だとしたら、ウラノスが残したのも分かる。ウラノスは、別にあちらの皆が案じていたように、世界を乱して刻印持ちを成長させようとデクスを残していたのではなかったのだ。
誤解が生じているのを知って、一刻も早くシャルディークに知らせねばと思うのに、身動き出来ないのに焦りを感じた。
…そうだ、我が高く飛んで行けば、ミマサカの兵士は手出しが出来ないのでは。
アレクサンドルがそれに思い立っていると、コンコンと扉が叩かれた。
「シエラ様。コリン様がお呼びでございます。」
シエラは、アレクサンドルとデクスを見た。
三人は頷き合って立ち上がると、扉を開いてそこを出て、会合の間へと向かったのだった。




