聖女の降誕祭
王宮の馬車寄せでは贅を凝らした馬車が次々とやってきては、煌びやかな衣装に身を包んだ貴人を吐き出していた。私もその中に降り立つと、周囲からほうっという声が上がり好奇の目が向けられた。
以前から仮初めの関係だと見られていた私は、こういった視線には慣れっこだった。仮初めの関係であろうと、それが解消されようと興味本位の人々が私に向ける視線は変わらない。気の毒な人、ただそれだけである。
それでも側にいて下さった殿下の存在は心強いものだった。だが今日は私一人だ。お父様とお母様は一足先に出たカサンドラに付き添って行ったためここにはいない。お兄様にエスコートをお願いしたかったのだが、隣国に留学中のお兄様は残念ながらお戻りになることが出来なかった。私が会場に向かうべく一歩踏み出した時やってきたのは王宮付の侍従だった。
「キャサリン・ウォーターストン様、お待ちしておりました。こちらへお越し下さいませ」
胸に手を当て恭しく頭を下げた侍従に何事かと困惑する。
「あの。本当に私なのですか?」
「キャサリン様で間違いございません」
「そう、ですか……」
私は侍従の後を付いて王宮に入っていった。
通い慣れた王宮ではあったが夜ともなれば雰囲気はガラリと変わり、見知らぬ場所に放り出されたような心細い思いがした。少し前を歩く侍従の姿を見失わないように私は慎重に歩いていく。暫く回廊を進んだ先に休憩に使われる控えの間がずらりと並ぶ場所に出た。一番奥の部屋まで来ると侍従が「こちらでお待ち下さい」と扉を開けてくれた。私は無言で頷くと中に入った。
夜会には幾度となく参加したことがあったが、これ程豪勢な部屋は見たことがない。もしや王族専用の部屋ではないのか?
きっと間違えたのだと思った私は急いで扉を開けると、先程案内してくれた侍従を呼び止めようと辺りを見回したがその姿はどこにもなかった。扉の両脇には先程まではいなかった騎士が立っており怪訝そうな顔をして私を見ている。私は恥ずかしくなり部屋に戻った。
一体何が起こっているのだろう。これでは閉じ込められたみたいではないか。私はソファに座る気も起こらず部屋の中を行ったり来たりしていた。
コンコンコン
突然のノックの音に私は肩をビクッとさせた。
「はい」
扉から現れたのは白の上下をすっきりと着こなされたポール殿下だった。殿下は誕生日プレゼントを貰った子供のように目を大きく開かれて私を見つめている。
「ポール様?」
私の言葉に我に返った殿下はつかつかと歩み寄ると私の腰に手を回して抱き締めた。殿下がいつも使われているコロンの香りに包まれる。
「ケイティ。想像以上の美しさだよ。君という人は……。ドレスは気に入ってくれたかい?」
「えっ?」
アンが贈り物だと言っていたが、てっきりお父様からだと思っていた。
「アンからサイズを聞いて作らせたんだが、良く似合っている。もっと顔を見せておくれ」
殿下は頤に指を添えるとそっと私の顔を上向かせた。殿下の青い瞳に私が映っている。殿下は大きな手で上気した私の頬を撫でると、額に軽く唇を押し当てた。
「さぁ、おいで。私のケイティ」
私の手を自分の腕に絡めた殿下と共に部屋を出る。扉の両脇にいた騎士が頭を下げると殿下の前後に付いた。
どこに向かっているのだろう。確かこの先の角を曲がれば大広間だったはず。まさかこのまま降誕祭に行かれるつもりなのだろうか。でも殿下のお相手はカサンドラでは……。
大広間の前には殿下の弟君であられるアラン殿下とカサンドラが立ってた。私を認めたカサンドラが駆け寄ってきて私に抱きついた。
「お姉さま、とてもお綺麗です」
「カサンドラ、あなたこそ素敵な聖女様でしたよ。あと少し頑張れるわね」
「はい」
無邪気に笑うカサンドラにアラン殿下が優しく手を差し伸べた。
「参りましょう、聖女様」
「はい、アラン殿下」
嬉しそうに手を重ねたカサンドラに壊れ物でも扱うかのように慎重に対応されているアラン殿下のご様子が微笑ましい。
「お似合いの二人だろ?」
「え、えぇ」
扉が開かれると出席者の注目する中、殿下と私は広間へと足を踏み入れた。アラン殿下とカサンドラが後に続く。
王族席に進まれた殿下は、頭を下げて立ち去ろうとする私を引き寄せると「ケイティは私の隣だよ」と囁いた。困惑したまま殿下の隣に着席した私に前方にいたお父様とお母様が微笑みかけてくれた。
「国王陛下並びに王妃様のご入場です」
案内の声と共に陛下と王妃様が入ってこられた。一堂跪いて頭を下げた。
「面を上げよ。今日我が国に100年ぶりとなる聖女様が降臨された。聖女様には息子アランの婚約者となって頂いた。これで我が国も安泰だ。この喜ばしい日を皆で祝おうではないか」
陛下が合図すると出席者にグラスが配られた。
「聖女様を祝して乾杯!」
陛下のお言葉を受けて出席者たちはグラスを掲げた。演奏が始まりアラン殿下がカサンドラをエスコートする。ファーストダンスを踊られるようだ。お二人のご様子を目にした者達の顔が和む。
「さぁ、私たちも行こうか」
殿下にエスコートされて私も中央の空いたスペースに向かう。丁寧にお辞儀をすると殿下のリードで滑るようにステップを踏み出した。
今まで聞くに聞けないでいたが、私にはどうしても気になっている事があった。この機会に伺ってみてもいいだろうか。
「ポール様、私たちの婚約は白紙になったのでは……」
「そんなことさせるわけないだろう? 私に任せろと言ったはずだが?」
殿下は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「ですが条件に書かれておりました。それにポール様も急に人が変わられたようで……」
「あの条件はまだ弟が生まれてなかった頃のものだからな。だいたい聖女様と私とでは年の差もだいぶある。ケイティ、君はいつも聖女様という存在に遠慮していた。そんな君に私がどんな態度をとろうとも心から信じることは出来なかっただろう。だから私は君が解放されるまで待ち続けることにしたんだ。ねぇ、ケイティ。私との婚約継続は不服か?」
「まさかそのようなことは……ただ夢のようで」
殿下の顔が見る間に険しくなっていった。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
「せめて半年にしておくべきだったか……。そんな可愛らしいことを言われたら待てなくなるじゃないか。ケイティ、来年立太子の時に結婚しよう。私は明日でも構わないのだがな。周りがどう頑張っても準備に一年は掛かると言って聞かないんだ」
「え? 結婚ですか」
「そう、ケイティと私のね」
「私などで宜しいのでしょうか?」
呆れたような顔をされた殿下が耳元で囁いた。
「ケイティ、君がいいんだ。これからも一緒にいてくれるだろ?」
「はい」と小さく頷くと殿下は私を抱き締めた。周囲のご令嬢たちから悲鳴が聞こえてきた。
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少しボケていてでも格好いいギー様をお楽しみ頂けたらと思います。
漸く恋愛要素が多くなってきました(笑)
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