20.魔王として
家に戻ると、約束通り先にスフィアが戻っていた。
特に変わった様子もなく――スフィアと今日の夕食について話し、食事を終えたら一緒にお風呂に入る。
そんな変わらない日常となるはずだったのに、眠るときになってスフィアは呟いた。
一緒のベッドで向き合った時の事だ。
それとなく、いい雰囲気になったとレーナが思った時、
「レーナ、魔王ってどういう事?」
「――え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
スフィアは身体を起こすと、向き合って再びレーナに問いかける。
「ごめん。森で話してたの、聞いたんだ」
誰かがいたような気配はしていた。
けれど、それはきっとスフィアではないと思いたかっただけだ。
スフィアならレーナを追い掛けてくる――そんな事、当たり前のように分かっていたはずなのに。
「……それは」
「レーナが怪我をした事とも関わりがあるの?」
「そ、それは関係ないよ」
「本当に?」
スフィアは真っ直ぐ、レーナの事を見ている。
それはレーナを責めようというのではなく――レーナの事を心配している表情だった。
レーナはスフィアに嘘をついている。
怪我をしたのは、スフィアを守るためだ。
けれど、そんな事をわざわざスフィアに伝える必要もない。
だが、スフィアがどこまで話を聞いていたのか分からない。
あの話を聞いていたのなら――スフィアはレーナの正体も聞いているはずだった。
それを知った上でも、スフィアは今のように振る舞ってくれているのだろうか。
「……スフィアは、全部聞いてたの?」
「……うん」
レーナの問いかけに、スフィアはそう頷いた。
それはつまり――レーナがイザールと呼ばれていた事も理解しているという事だ。
レーナは言い淀んだ。
何と言えばいいのか分からなかったからだ。
そんなレーナに対して、スフィアは首に下げたお守りを握る。
「これね、代々家に伝わるお守りだって、ボクを育ててくれた人がくれたんだ」
「……そう、なの?」
「うん。その人の名前は――カール・エルダー。かつて、勇者と共に魔王を打倒した一人だよ」
「――」
その名前には覚えがある。
勇者であるレシル・ヴァリィと共にいた魔導師の男だ。
勇者の末裔であるスフィアを育てたのは、その魔導師という事になる。
スフィアはベッドから起き上がると、部屋の隅に置いてあった剣を手に取る。
「レーナ、勝負しようか」
「……勝負?」
「そう。ボクと君――勇者と魔王、そういう事になるのかな」
「……勇者と、魔王」
「うん。ボクの本当の名はスフィア・ヴァリィ――勇者の末裔だよ」
そう告げたスフィアの手には、勇者の紋章が輝いていた。
そんな事――レーナは知っている。
知った上で、レーナはスフィアを守ると誓ったのだから。
レーナもゆっくりと立ち上がると、魔剣を手にしたのだった。
***
月明かりだけが照らす森の中で、スフィアが剣を抜く。
レーナも同じだった。
魔剣を抜き、構える。
だが、その動きはどこか鈍い。
先に動いたのはスフィアの方だった。
左腕が動かない事を知っているからか、スフィアの動きはあえて剣を持った方を狙った動きだった。
剣と剣のぶつかる音が周囲に響く。
「……レーナは戦うつもりはないの?」
「わたしは、ないよ」
「どうして?」
「だって――」
スフィアの事が好きだから。
そう告げようとした時、スフィアが飛び込んできた。
そのまま唇を重ねられて、レーナの方が驚く。
「ごめん、ボクもない」
「……え?」
「さっきの話を聞いた時、ボクも正直驚いたよ。けど、ボクの気持ちは変わらなかった」
それは――レーナがスフィアの事を勇者の末裔だと知った時と同じ事だった。
スフィアは微笑みながら剣をそのまま投げ捨てる。
「勇者とか魔王とか関係ない。ボクはスフィアで、君はレーナ――そうだよね」
「……うん、わたしも、同じ気持ちだよ」
「それなら、ボクのために戦うなんて事はやめてほしい」
「……それは」
「だって、レーナがそれで傷つくのは嫌だよ?」
そう言ったスフィアは、本当にレーナの事を心配している事が分かった。
けれど、それはレーナも同じだった。
だからこそ、今の言葉を聞いて――レーナは決意を固めた。
「ごめん、それはできない」
「レーナ……」
「ううん、できないんじゃない。必要なら戦うよ、スフィアを守れるなら、ね。けど、そうしない方法だってある」
「そうしない方法?」
「うん、大丈夫だから。わたしを信じてほしい」
レーナがそう言うと、スフィアは少し迷ったようだったが、静かに頷いてくれた。
そうして、再び二人は口付けを交わす――それを、静かに見据えていたライラの存在にもレーナは気付いていた。
決意は固めた――レーナはこれから、魔王になると。
***
「だから、要塞攻略じゃなくて国家陥落に一週間だって言ったの。スフィアにはすぐ戻るって言ってあるんだから」
「魔王様……それは難しいかと」
黒い鎧を身にまとったレーナに、そう進言するのはライラだった。
そのほかに、レーナの力を知って何人かの部下が付き従っている。
黒い鎧を着たレーナはイザールを名乗り、《最強の魔王》として再び魔界域の支配に乗り出していた。
ただ、魔界域の戦力は想像以上に分散しており、単独でレーナが攻略する事は不可能ではなかったが、それでも時間がかかる事は分かった。
だから、レーナがライラの力を借りて結成したのは新生の魔王軍だ。
その魔王軍に指示を出すのはレーナの仕事であったのだが――
「だったら要塞だけでもいいから三日で攻略! これは譲れないよ」
「いや、ですからそれは……」
「ああもう! 無理ならいいよ! わたしが全部やるからっ!」
「ま、魔王様! そんな子供みたいな我儘……」
「これが今のわたしなのっ」
そうレーナは言い放つ。
魔剣の力を振るっても、レーナは自身がレーナであるという事を認識できていた。
スフィアに言われた事――「ボクはスフィアで、君はレーナ」という言葉が、今も胸に残っているからだ。
レーナは魔剣を持って戦場へと出る。
結局、スフィアとの約束は守れていなかった。
けれど、怪我をしないように慎重に戦う――それが今のレーナの戦闘スタイルだ。
その背後から、続く数名の部下達の姿があった。
***
「レーナ、準備できた?」
「うん、今いくよ」
スフィアとレーナは、村から出る準備をしていた。
約束通り、二人で旅に出る――魔王としての活動をしながら、レーナはスフィアと共に行動していた。
時折呼び出される事はあるが、基本的にはライラに魔王軍の指揮を任せている。
必要に応じて、レーナが作戦に参加する。
その二重生活をレーナは送っていた。
けれど、特に不満はない――スフィアと一緒にいられるから。
「よし、それじゃあ行こっか」
「うんっ」
二人は手をつないで、村を出立する。
スフィアと共に、レーナは旅に出る。
この先スフィアを狙う者がいれば、レーナは全てを打倒すつもりだ。
その覚悟は変わらない。
けれど、自身の事も大切にする――それが好きな人との約束だ。
現魔王は――勇者の末裔に恋をしている。
また思い立ったら続きを書くかもしれませんが、私の風呂敷的に一先ずこれで完結です。
もう少しコメディに構成を振った方がよかったかな、と思う部分はあります。
ひょっとしたらキマシタワーな閑話を書くかもしれませんが、まずはここまでお読みいただいた事にお礼を申し上げます。




