二話:休み明けの転入生
「それでも、それでも今日は学校だ」
制服に袖を通しかぶりを振った僕は、学生鞄の持ち手をつかんで家を出た。学校なら、学校ならあんなカラフルな不審者が侵入しようとしてもきっと先生達が止めてくれるだろう。小学生だった時、運動場に侵入した女の人が服を脱ぎだすって騒ぎがあったときも、確か担任の先生が単身で話をしに行って何とかなった気がするし。
「こういうときだけ教師に頼るってのもどうかと思わなくはないけど――」
相手は五人、しかも戦隊ヒーローなのだ。ごく普通の男子高生にどうのこうのできる相手じゃない。
「と言うか、まず戦隊ヒーローに告白されるって時点でもう、色々とあれだよね」
ツッコミどころが多すぎるというか、非現実的すぎるというか。もし級友に戦隊ヒーローに恋の告白されたんだけどと打ち明けられたら、僕は相手の正気を疑うだろう。
「話して信じてもらえるとも思えないし……本当、本当になんだんだよ、あいつら……」
こうしてぼやいたところで答えが返ってこないのは解かっていても漏らさずにはいられなかった。
「スーツのマスクと言うか頭部分のせいで一人一人の顔も不明、声には聞き覚えもなかったと思うけど」
本当にあの五人はどこで僕のことを知ったというのか。
「通学途中に見かけたとか? それで家までつけて……」
うちの表札が苗字だけだということを鑑みると、どこかに問い合わせたか、近所の人に聞きこみ、もしくはご近所の人の会話を盗み聞きしたか。
「直接当人の不在の時に訪ねてくるってパターンも推理小説かそっち系のアニメであったな……」
偽物の落とし物を持って直接家を訪ね、これはお宅の息子さんの持ち物ではありませんかって聞いて、それをとっかかりに目的の人物の名前を聞き出すってモノだったと思う。
「ま、あれやったなら対応した父さんか母さんが何か言うだろうしなぁ」
朝の父も昨夜の母もそんなことは言っていなかった。だいたい、名前を知る手段なんて沢山あるんだ。ポストの郵便物を盗み見るとか。
「あっちの正体がわかんないなら、あいつらともう一度出くわすまで僕にできることなんてほとんどないってことか……」
相手は僕に告白してきたのだ。帰れと叫んだことで五人組は帰って行ったが、あれを明確な拒絶と受け止めていなければまた接触してくることは十分ありうる。
「あれで脈無しとあきらめたとしても僕にそれを知る手段はないからなぁ」
ポストに花を投函していったことを思えばあきらめたとは考えにくい。
「考えにくいけど、ポストに花を入れた後で気が変わるってことも……」
解かっている。口に出たものに、アレにこれ以上振り回されたくないという気持ちからくる願望が含まれていることは。起き出してきたセミの声を聞きながらいつもの通学路を歩き、校門をくぐって昇降口から校舎に入り、階段を上って教室のある階へ。いつもの学校で、いつもの廊下、そしていつもの教室。僕の座席は教卓から見て右手前より、席替えでこの位置に来たのはいつだったか。
「充、はよー」
「あ、うん。おはよう」
前の席のよく話すクラスメイトがこちらに気付いて片手をあげ、僕がこれに応じる。本当にいつも通りの朝だ。
「充、ところでさー、宿題やって来た?」
「英語と数学だよね? それなら」
最初の話題が宿題についてであることも、また。場合によっては忘れてたとかそっちも宿題出てたっけって返ってきて、宿題を写させてくれと頭を下げてくるところまで予想できてしまうのは、何度か経験してるからだろう。
「ほほう、やってきてるか。だが、俺もだ」
「へぇ、珍しい」
「っ、やっかましわ。今日は、今日こそは『宿題やってきてるから写させてやろうか? なに俺と充の仲だ。それにお前さんにゃ借りもあるしな』って言うつもりだったのにぃぃぃ」
何故僕が宿題をやってこない前提で予定を立ててるんだとツッコむべきか、少しだけ迷った。生暖かい目で見るだけも捨てがたいし、ため息をついてかぶりを振るだけと言うのもアリか。まぁ、どれにしたところで、このクラスメイトのお調子者っぷりに改善は見られないだろう。
「谷口、最終的にはいつも通りだな」
「あー、うん」
隣の席の川田に話しかけられて僕は苦笑しつつ頷く。本当にいつも通りだ。
「まー、それはどうでもいいとして……聞いたか? 今日このクラスに転校生が来るらしいぞ」
「転校生?」
だが、残念クラスメイトをさらっと流して明かされたニュースを聞いた瞬間、こう、なぜか嫌な予感がして。
「おうよ。しかも五人一度にだとさ。普通こういう時一つのクラスに一人とかで分けるよな?」
おうむ返しに問うた言葉に返ってきた川田の言葉が嫌な予感を全力で補強した。
「ごにん?」
嫌な人数だった。昨日あたりから猛烈に嫌な人数としてノミネートされた人数だった。
「五人がどうかしたか?」
「や、一度に五人とかほんとに何でそんなことになったんだろうってさ。転校生が来るだけだったら『ああ、そういうこともあるんだ』で終わったろうけどさ」
「ホントだよな。けど、それだけの人数が一度に入ってくれば一人か二人ぐらいは女子だろうし、こう、俺にも遂に春が訪れるのかもしれん」
きっとここで今は夏だなんて言うのは無粋なのだろう。
「はぁ」
補強された嫌な予感に僕はため息をつくことしかできず。
「ちょ、おま、何だよ?! ため息つかなくてもいいだろ?!」
「え? あ、ゴメン」
招いた誤解に謝って、学生鞄の中身を机の中に移す。朝のホームルームにはまだ時間があるはずだが、五人も転校生が来るなら前倒しで担任の教師がやってきてもおかしくはない。
「最前列じゃないのは幸いだけど――」
嫌な予感が的中した場合に備えておくのもまた当然だろう。確か一時間目の授業は英語。机の中から教科書を取り出し。頁をめくる。そう、念のためにこれを使って顔を隠すのだ。もし担任の目に入ったとしても一時間目の予習をしているようにしか見えず、全く不自然じゃない。もちろん、一番いいのは五人の転校生と言うのが、あの戦隊ヒーロー五人組ではなかったというパターンだが。
「スーツで正体不明と言うか素顔不明だったし」
僕はあいつらの顔も名前も知らないのだ。解かるのは、声と大体の体格と男女比だけ。
「いや」
まぁ、そんなことを考えてみたところでどうせ転校生はあいつらなんだろうけど。
「五人、だもんなぁ……」
どうせそう遠くなく訪れるであろう転校生たちとの対面を前に、僕は深く深くため息をついた。
次回、三話:諦念を超えて