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閑話、佐藤晴01

閑話 佐藤晴01



 三谷流剣術を習い始めたのは幼稚園の頃だった。確か、テレビで見ていたヒーローが剣を操り格好良く戦っていたからだった気がする。


 その程度の簡単な気持ちで俺は近所にある三谷流剣術を習いたいと両親に直談判し、両親は快くそれを認めてくれた。


 三谷流は一風変わった剣術を教える道場で、西欧の両刃剣の使用を前提とした剣術だ。日本では流行っていないが、欧州では結構流行っているそうで特に独逸や仏蘭西では結構な道場があるらしい。


 本家のあるこの三谷市ですら剣道より競技人口の少ない三谷流で、対外試合が行われることなんて滅多にない。それでも身内である三谷流の中で試合をしたり、何処かの流派と度々演習をさせてもらった。


「かっこいい……」


 三谷鎮という存在は俺の憧れだった。七歳年上の三谷鎮が魅せる演武は力強く、迷いがなかった。三谷鎮の演武を見て始めて、俺は三谷流から離れることができなくなってしまった。あんな動きが出来るようになりたいと思ってしまった。


 それでも当時の俺は三谷流よりゲームや友達と遊ぶ方が楽しかった。三谷流剣術は週に何回か通って憧れに近づくための場になっていた。多分あの頃の俺は、憧れは憧れとして近づくことを諦めていた。三谷鎮はゲームや特撮のヒーローみたいな存在で、三谷流道場での修業は俺にとってヒーローごっこをしているのと大差なかった。


 そんな俺の態度が変わったのは、小学五年生の時だ。腕を上げた俺に師範代は一度三谷鎮と試合をしてみないかと誘った。憧れの存在との試合。それは願ってもない機会で、俺は一も二もなく頷いた。


そして、全く叶わなかった。何が起きたか分からず、俺は木の剣を弾き飛ばされていた。道場では俺は大人にも時々勝つほど腕を磨き、あの頃慢心していた。三谷鎮はそんな俺の傲慢を一瞬で叩き潰した。


「その年にしてはいい腕をしている。腕を上げたらまたやろう」


 三谷鎮が試合後かけた一言は、俺に火をつけた。その日を境に、俺は三谷流に身を捧げた。三谷流剣術が俺の主な活動になり、勉強や遊びは二の次になった。


二度目は中学二年生の頃、もう師範代以外相手にならないほど腕を上げていた。もちろん、三谷鎮にリベンジするためだった。だが、駄目だった。三谷鎮は俺には追いつけない遥かな高みから俺を数瞬で倒して見せたのだ。


「佐藤晴、腕を上げたな。これからも修行に励め」

「は、はい! ありがとうございますっ!」


 俺と一度試合をしただけなのに、鎮さんは俺のことを覚えていてなおかつ褒められたのだ。俺はせめて試合になるだけの腕を身に着けたいとまた三谷流への思いを新たにした。


 受験シーズンも相変わらず毎日修業に励む俺を止める者はいなかった。俺が唯一追いつけない存在が鎮さんだったのだ。


 もっと、もっと強くなりたい。いつか鎮さんに追いつきたい。




高校受験も終え、新たな学び舎にも慣れようかという春の学校で、ある奇妙な怪談が流行ったのが始まりだった。


 四時四十四分四十四秒きっかりに学校の鏡のどれかから奇妙な鎖が飛び出し、人を絡めとり異世界に連れ去ってしまうというのだ。


 ただの噂……そう誰もが思っていたが、俺は見てしまったのだ。俺と一緒に帰る約束をしていた裕子が、背にしていた鏡へ取り込まれてしまうその光景を。慌てて駆けよるが、何もなかった。


「ああ、遅かった!」

「付島、さん?」


 同じクラスの付島悠乃。小さな身長でよく動く、小動物的な可愛さで人気のクラスメイトだった。ポニーテールを揺らし、彼女は怪しげな符を手に俺の後ろに立っていたのだ。


「佐藤君。見ちゃったのはもうしょうがないから手伝って! さっきのあなたの幼馴染なんでしょ!」

「あ、うん。さっきのが何か知ってるの?」

「ええ、あれは魔之物よ」


 悠乃は手早く魔之物について教えてくれた。何でも人の負の思いが蓄積すると生まれる怪物だという。そして付島悠乃はそれを討伐する退魔師の家系なのだとか。


「だから、アタシはこの符を使って退治しようと思っていたんだけど……」

「何だよ。さっさとやってくれよ」

「人が取り込まれちゃったのは想定外なの……このまま退治したら宇藤裕子さんは助からない」

「おいおい……嘘だろ?」

「あなた、剣術の腕がいいって聞いたわ! もしかしたら、いけるかもしれない」


 裕子が行方不明になり周囲は騒ぎになったが、俺は裕子を探すと嘘を吐いて悠乃の家に行き準備を進めた。翌日、裕子が行方不明になりざわつく学校の中で俺と悠乃は時間が来るのを待った。


 午後四時四十四分四十四秒。来た! 悠乃がどの鏡から魔之物が出現するか予想した通りに現れた。一本の鎖が鏡の中から伸び、名も知らぬ上級生の背後を狙う。


「させるかっ!」

「きゃあ!」


 俺は持ってきた木剣で鎖を叩く。こいつ! 駐車場のチェーンみたいな見た目して、とんでもなく重たい! 全身全霊の力を込め、何とか床に叩き伏せる。


「ささっ! 生徒会長さんこっちです!」


 悠乃が上級生を安全地帯へ誘導していく。鎖は獲物を選んでいるのか、上級生を諦めず床を這い進もうとする。そうはさせない、俺は剣先を鎖に差し込み動きを妨害する。くそう……何て力だ。動きを鈍くするので精いっぱいで、これ以上何かしようとしても出来ない。



「お待たせしましたぁっと!」


 それでもどうにか時間を稼ぐことには成功した。息も切れ切れな悠乃が鎖の伸びている鏡に符を張ると、鏡は景色を反射することをやめ、白色の異空間への門へと変貌する。変貌の影響で鎖は断ち切れ、砂のようになって消滅してしまった。


「急ぐわよっ!」

「ああ!」


 門の中へ入ると、内部は真っ白で上下左右の区別が付かない。長くいれば気が狂ってしまいそうだが、目的はもう達成できそうだ。入ってすぐそばに球体に包まれ人が浮かんでいた。数は三人。そのうちの一人に裕子がいた。


「裕子!」

「……晴君?」


 俺の叫びに反応して裕子が目を覚ますと、球体は割れてしまい重力に従い裕子が落ちる。俺は落ちてきた裕子を抱えてやった。


「よっと、大丈夫か?」

「う、うん……でも、ここは何なの? 何が起きているの?」

「説明は後でっ! 本体が近いわっ!」


 悠乃の指さした先から、灰褐色のアメーバ状の物体が鎖を幾本も伸ばしながら迫ってきていた。アメーバ状の肉体からは人の腕や手、足、目などが浮き出て見ているだけで気分が悪くなってくる。ありゃ人並みにでかいぞ。呑まれたら助かりそうにない。


「悠乃っ! 裕子を連れて逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」

「晴君?」


 真っ白い地面に裕子を降ろし、後ろに庇う。木剣でどこまでやれるか分からないが、やれるだけやってやる。


「俺を信じろ。必ず助かる」

「……分かった。信じてるよ!」

「こっち、こっち!」


 裕子の駆けだす足音が背後で聞こえるのと同時に、アメーバ野郎が鎖を一本こちらへ飛ばしてくる。


「遅い!」


 鎖の先端部へ木剣を当てて、上方へ軌道をずらす。さっき一回やりあったんだ。もう見切ってるんだよ。


 弾かれた鎖は大きく渦を描くような機動で俺を上方から絡めとろうとする。さらに同時に一直線に飛んでくる鎖が三本。こりゃあ、厳しそうだ。何故か、俺の口角は吊り上がり笑っていた。


 拘束される事態だけは避ける。それを念頭に俺は回避に専念した。上から降って来る鎖を避け、先端を鋭く変化させた鎖三本は一本を弾くことで残りの二本に絡ませてやる。


 奴の鎖はあと三本か。一瞬確認し、その後もしばらくはしのげていたがここで木剣がみしりと音を立ててひしゃげてしまった。


「畜生!」


 ここまでか。俺が一瞬、諦めたときだった。


「ごめんなさい!」


 悠乃が発した謝罪の言葉と同時に、世界が変わる。体が軽くなり、鎖を簡単に避けられる。力が、漲る!


「これを使って!」


 悠乃が投げてよこしたのは、刀身が二十センチほどの短刀だった。それでも、木製よりは断然マシだぜ! 軌道を見切った鎖へ短刀の刃を沿わせる。すると面白いくらい簡単に鎖は斬れてしまった。


 これなら、いける。迫りくる鎖を全て斬り刻み、俺は短刀をアメーバ野郎の体へ突き立てた。


「オ、オオ……」


 空間が軋むような不快な断末魔を上げ、アメーバ野郎は黒い霧となって消失していった。



 その後、残りの二人も異空間から救い出した後に俺は悠乃から謝罪を再び受ける。


「ごめんなさい」

「どうして謝るんだ?」

「さっきの戦いで体が軽くなった感覚にならなかった?」

「ああ、なったよ」

「今ならやろうと思えば意図的にもできると思う。やってみせて」


 そんなことがと思ったが、心の中である種のスイッチを入れると確かに出来た。


「これは、一体?」

「魔力が使えるようになってしまったのよ」

「ま、魔力……?」


 先程悠乃が俺に使ったのは、本来悠乃本人が使うために用意していた戦闘力を向上させる符で、魔力をほとんど持たない悠乃が日々ちまちまとため込んでいる魔力を一挙に使う文字通りの切り札だったのだそうだ。


「でも、晴は魔力がいっぱいあるみたい。使い方も一瞬でマスターしてしまったようね……うああー! むかつく!」


 殴り掛かってきた悠乃を一旦落ち着かせ、また話を聞く。俺には元々大量の魔力があり、悠乃の符の効果で魔力の扱いに覚醒してしまったのだという。


「本当は一般人を巻き込んじゃいけないの。だからごめんなさい」


 その点は気にしていなかった。むしろ、感謝すらしていた。


「もし悠乃がいなけりゃ俺は裕子を救えなかった。だろ?」

「まあ、ね」

「ありがとう」

「あ……」


 顔を真っ赤にした悠乃は俺に背を向けた後に、何処かへ駆けだしてしまった。何なんだよ。




 その後、何度か悠乃と一緒に退魔師として戦っていた。そして、ついに学校周辺で悪事をやっている親玉を見つけた時のことだった。


「もう逃げられねえぜオッサン」


 俺は使い慣れた短刀を片手に、ローブで顔を隠した如何にもな男を廃ビルに追いつめていた。


「おのれ……おのれええええええええええええ! だが貴様は絶対に生かしておかんぞ!」


 オッサンは今では俺も感知できる魔力を禍々しく迸らせ、地面から伝う何かに自分の体を喰らわせた。


「おい! どうなってる!」

「う、嘘……あいつ、自分の命を犠牲にしてる」


 声を震わせる悠乃の前でローブのオッサンは肉体を失い、そこには黒色のモヤが漂っていた。


「あ、あれが実体化する前に倒さないとやばいよ!」


 だけど、俺たちが踏み出したのはワンテンポ遅れていた。魔力で【身体強化】した俺が短刀で一閃する直前でモヤは全高が人並みにある巨大な犬状に形を定め、俺へ突進を繰り出す。避ければ悠乃がつぶれてしまう状況では、回避は許されなかった。


「ぐ、おっ!」


 一瞬意識が飛ぶ。それでも俺が跳ね飛ばされたことで悠乃が助かったのだから及第点だ。


「ここからだぜ犬野郎!」


 突っ込んでいく俺を犬野郎は噛み付きで殺そうとするが、軽く回避して側面から斬りつけてや……危ねっ! 噛み付きが見せ玉で、本命は爪による切り裂きか。危うく三枚おろしになるところだったぜ。こりゃあ、時間が掛かりそうだ。


「悠乃は逃げろ!」

「絶対勝つのよ!」


 その声援で百人力だ。俺は犬野郎の隙を見ては、一閃、あるいは一突きを喰らわせていく。だが、こいつありえないほどタフだ! 今までの敵は一発当てれば確実に弱っていくのが分かったのに、こいつちっとも動きが変わらない。


 やばい、逆に俺の持久力がもちそうにない。魔力もガンガンなくなっている。筋肉も悲鳴を上げている。初撃のダメージが俺の動きをひどく鈍くさせている。


 大して広くもないビルのフロア全体を使って避けては一刺し、避けては一斬りしているがビルが崩れ始めると回避する空間が失われていく。


 やばい、やばい。まだ全然ピンピンしている。あっ……。唐突に崩れたビルの瓦礫に足を取られ、足元がふらつく。そして犬野郎はこれを見逃さず、今まで見たこともない速さで突進を仕掛けてくる。嘘だろ、あの巨体がぶれて見える。


 これは死んだ。俺が最後を覚悟した瞬間、鎮さんが目の前に現れた。蒼く煌めく両刃剣で犬野郎を一刀両断に伏してしまったのだ。


「貴様……佐藤晴か。ここで何をしている」

「ま、鎮さん……助かったぁ」


 意識を取り戻すと、俺は自宅の俺の部屋で寝かされていた。


「晴君……目を覚ましたんだね」

「裕子か」

「もう馬鹿! 無茶ばっかりして!」


 泣きながら抱き付いてくる裕子をどうすることも出来なくて、俺はただ受け入れるほかなかった。確かに鎮さんが来てくれなきゃ俺は……って、ちょっと待てよ。退魔師じゃなきゃどうにもできない魔之物を退治したってことは鎮さんもしかして……。


 鎮さんは俺について正直に全部話してしまっていた。こっぴどく怒られた後(親父はともかく、母ちゃんにあそこまで怒られたのはいつ以来だったろうか)俺は見習い退魔師として鎮さんと一緒に魔之物と戦うことが認められた。


 正直、まだ全然鎮さんに追いつける気はしない。けれど、ようやく鎮さんの見ていた世界に立てたことが俺は嬉しい。


 鎮さんから譲り受けた愛剣蒼波と一緒に今日も俺は退魔師として魔之物と戦っていく。




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