第七話、旭子は困惑している。
第七話
ロッジ内を見回しても、誰もいない。旭子もソラも研究所にいるのだろうか。ハンナと一緒に研究所内に入ると、計器類をいじくりまわしている旭子とそれを手伝うソラの姿があった。
「やっているようだな」
「鎮さんにハンナさん、帰ってきたのね」
「ふふ、似合っているではないかマモル」
ちっ、内心ソラの揶揄に苛立ちつつも受け流し旭子の隣に立つ。
「今は何をしているんだ」
「器材の調整よ。乱暴に運ばれたから駄目になったものもあるんじゃないか心配してたけれど、意外と大丈夫そうよ」
「一安心だな」
「早速で悪いんだけど、ここで出来る身体測定をさせてもらってもいいかしら? 少しでもデータがあれば今からでも何かできるかもしれない」
「いいぞ、協力しよう」
「ソラ様は私と来ていただけますか? 夕食の準備を手伝ってもらいます」
「任せろ、私の料理の腕は一級品だ」
「鎮に菱田さん。ご飯が出来たら呼びますからね」
研究所内にある計器類が一体どういった機械なのか、俺には全く理解できない。一方で旭子は手慣れた様子で扱っていた。
「それじゃあ、ちょっと体に触れるわ」
「構わん」
俺の体の各所に何かを張り付けていく旭子。頬に紅が差し、息が荒い。体調はまだ思わしくないのかもしれないな。無理はさせないよう見ておかなくてはならない。
「よし、これでオッケイ。それじゃ、計測します。魔力の流れに干渉するけど抵抗しないでね」
「分かった」
「後は……五分ほどじっとしてくれているだけでいいわ」
「そうか。今気づいたが、その服はどうした」
「あ、これ? ソラさんが貸してくれたの」
旭子の着ている服は昨日と違った。服は毎日着替えるものだから気が付くのが遅れたが、旭子は替えの服など持っていなかった。
「明日、旭子の服も買いに行く必要があるな」
「お願いできる? 下着までは借りれなかったからちょっとね」
あははと笑う旭子の襟元が大きく開いているセーターからは俺の胸に匹敵する胸の谷間がはだけて見えている。確かにこれは早く対処する必要がある。
「俺は詳しくないからハンナに頼むから明日行って来い」
「え。鎮さんが連れてってくれないの? 明日は休日よ」
「悪いが明日は見回りがあるんだ」
「退魔師って休みはないの?」
「三日に一度あるが、その日を俺は鍛錬に当てている」
見回りばかりでは体がなまってしまう。
「じゃあ、今日は何をしていたの?」
「他の担当区の応援だ。基本的には俺の担当区の見回りに一日、他の担当区の応援に一日、鍛錬で一日の三日サイクルで俺は動いている」
「ふうん。魔之物についても教えてよ。それって何なの?」
「人の悪意が発露し、集成した存在……とされている。まだ完全には分かっていないそうだ。分かっているのは、完全に実体化した魔之物が人間に対して害をなす。だから俺たち退魔師が祓って回っている」
「悪意が実体化するなんて怖い話ね。でも、みんな鎮さんみたいに強いなら案外大丈夫って思えちゃうけど」
俺に匹敵、あるいはより強い退魔師か。そう多くはないな。
「俺と同程度といえるのは、十人いるかどうかだろう」
「鎮さんはじゃあ強い方なのね」
「まあな」
他にもいくつか退魔師についての質問に答えていると、旭子が眺めていたパソコンから電子音が響く。
「計測が終わったわ。どれどれ……」
「何を計測していたんだ」
「そうね、人の身体能力をゲームみたいにスペック表として見られる機械に計測させていたの。見る?」
「見せてみろ」
俺が旭子の後ろに立ち、画面を見ると免疫力十二や回復力五十六など数値が振られている。
「この数字はどう見たらいいんだ」
「一般人の何倍かって具合よ。例えば魔力なら鎮さんは一般人を一として六万五千倍あるって感じね。ちなみにソラさんも計測したんだけどすごいわよ? 見て」
俺の数字の隣にソラの数値が表示されると、俺が人間に過ぎないと思い知らされる。あれは龍というだけあって、けた違いに優れた肉体を有しているようだ。
「これで何が分かる」
「そうね。鎮さんは特にアレルギーもないし、肉体も頑健そのもの。多少リスクある治療も問題としない。一方で薬の効きは強めにしないと駄目かもね。でも肉体が好悪を選択できるようだから、体にいいと肉体が判断してくれれば普通に効果をはっきりするのか……すごい優良な身体しているわ。まあ簡易的にその人の健康状態を把握できるのはすっごい便利よ」
その後旭子はぶつぶつ何か呟きながらキーボードを叩いたり、マウスを動かしたりで無言になる。俺には何をしているかさっぱり分からないが作業に集中しているのだろう。
俺は椅子に座り、旭子がパソコンで何かをしている様をじっと見つめる。旭子はやりがいある作業に生きがいを感じる人間のようだ。目が生き生きとしている。体の所作が一々やる気に満ちている。
「鎮に菱田さーん、ご飯出来ましたよー」
ハンナがやってきても聞いていないようだ。パソコンを前に微動だにしていない。
「見ろ。これなら近いうちに元に戻れるかもしれないな」
「あんまり期待し過ぎると菱田さんにも悪いですよ」
「分かっている。年単位の長期化は覚悟しているさ」
声をかけて我に帰った旭子を連れ、ロッジに戻るとテーブルには四人分とは到底思えない量の料理が並んでいた。コロッケがあると思えばチンジャオロース、その隣にはリーフサラダ、パエリア、マルガリータ……どういった食べ合わせなんだ。茶碗には一人一杯ご飯が盛られ、味噌汁も添えられている。ソラが食べたい料理を無秩序に作って並べたに違いない。
「ふふん、我の料理の実力を味わうがいいぞ」
「すごい……美味しそう」
旭子がごくりと喉が鳴らす。確かに美味しそうではある。
「鎮が何を考えているか察しがつきますけど、ソラ様が全部ちゃんと食べるそうなので気にせず早く食べましょうか」
テーブルに着座し、食事を始める。手始めに一人一皿用意されているブリの照り焼きに手を付ける。
「美味い」
「当然だ」
俺が思わず口にした感想を前に不敵な笑みを浮かべるソラは切り分けたマルガリータピザをワイン片手に食べている。イタリアンとご飯と同時に食べるとは……と思ったが、既にソラは和食を平らげてしまっていた。早い、俺はまだ照り焼きを一切れ食べただけだぞ。
「それにしても、美しい女子になったものだなマモル」
「姉上似だからな」
「サオリも美しかった。だが、我は可愛げのあるマモルの顔つきの方が好きだな。体も豊満でいい感じだ」
「何が言いたい」
右手に座っているソラが妖艶な笑みを見せ、顔を耳元まで近づけてくる。
「今夜一晩共に夜を明かさぬか」
「なっ!?」
旭子が動揺してお茶碗を床へ落とす。だが、この龍の好色は既知の情報だ。男女問わず、見目麗しい三谷の人間と床を共にしたと伝わっている。
「俺は断ったはずだ」
「男の時にな。今でも同じか?」
「当たり前だ」
「残念だ。では、今日はアサコを頂くとしよう」
「おや、菱田さんにはその気があったのですか」
「ちょっと待って! あれってジョークじゃなかったの!?」
お茶碗を拾おうと床に屈んでいた旭子までソラは近づき、顎に手をかける。
「我は本気だぞ? 最近の三谷家は性に潔癖で退屈していたので、今日は楽しみだ」
「あ、あわわわわ……あ、あの、あの……」
「初心だな。その反応が心地よい」
「はいはい、さっさと片付けましょうねー」
ソラの間にハンナが割り込み、空のお茶碗と数粒こぼれたご飯粒を拾い上げる。
「何だ、ハンナも加わるなら大歓迎だぞ」
「んべ。一昨日来やがってください」
舌を出してそっぽを向いたハンナは立ち上がり、キッチンへ消えていく。
「悲しいな。我の美貌はここでは価値を失ったように思えてくる。慰めてくれアサコ」
「あわわわ……ま、鎮さんどうにかしてぇ……」
ソラに抱きしめられ、旭子はすっかり動揺しきって涙目になってしまっていた。
「戯れはその辺にしておけ」
「ふふふ、まあ気持ちが変わったら教えておくれ」
ソラは再び着座し、大量の料理を綺麗に平らげていく。大食いにありがちな汚らしさを感じさせない、美しい食べ方だ。
「ん-……どれも美味しくて幸せねー……」
旭子も細い体の何処に入れているのかと疑問に思えるほど料理に手を出している。俺は食べる量が幾分減ってしまった。美味い料理を口に出来る量が減るのは残念だ。
「デザートも用意してあるから少し腹を空けておけよ?」
「え!? ソラさんすごい!」
「だろう? もっと褒めるといい。ふふっ」
まだ食べる気か。




