イチの???
。
目の前で白目になって「がががが……」と言い続ける美女、『かんていさん』は僕を抱き締めたまま古いマッサージ器のように震えだした。
あの細腕のどこにそんな筋肉があったのかと思うほどの力で、僕を締め付けて離さない。
「か、かんていさんっっ!! だ、大丈夫ですか!?」
人は慌てると当たり前のことを聞いてしまうことがある。
どう見ても大丈夫ではない。
「こりゃいかん。いち坊、動くなよ」
猪熊先生がいつの間にか『かんていさん』の背中側に移動して、『かんていさん』のこめかみに両手を当てた。
「はっっ!!」
メシッと足音がしたと思ったら、僕を強く抱き締めていた『かんていさん』の腕の力がスッとゆるむ。
そして、そのまま床に倒れそうになった『かんていさん』を、僕は素早く抱き抱えた。
「ふぅ、猪熊先生。ありがとうございます」
「おう、それより嬢ちゃんをこっちで寝かせろ」
猪熊先生が向かう先では、咲さんが早くも布団の準備をしていた。
布団で横になっている『かんていさん』を、咲さんが診てくれている。
目を閉じて寝息をたてる『かんていさん』は、まるで美術品のようだった。
「『再生』を使うべきかな?」
現在の『再生』なら5分前なら元に戻す事ができる。
『超越鑑定』を使用したタイムリミットまで約3分ちょっとだ。
『一路。能力の解除は無理そうか?』
「うん……。ごめんなさい、やっぱりムリみたい。でも、がんばるから……」
一路君は辛そうな顔で力んだり、必死にスマフロを操作したりしている。
「謝るのはこっちだよ。渡、あと2分30秒は普通の手当てをして、目覚めないなら『再生』を使用するよ」
『そうだな。イチの判断で決まりだ。それまでに……そうだな『診断』して、可能なら『調整』してみるか? システムエラーならそれで対応出来る可能性がある』
「危険はないのか?」
『まず問題ないはずだ。仮に問題が出ても『再生』するなら、現状と変わらん。やるなら急げよ』
『診断』と『調整』か……
どちらも人に使用しても問題ないどころか、『調整』は元気になるぐらいの特殊能力だ。
「わかった。『限界突破』×『診断』」
『診断』の結果、脳波に乱れがあったので、それを『限界突破』×『調整』で調整してみた。
「……もう一度『診断』してみたけど、異状なし。あと1分30秒か……」
みんなの視線が『かんていさん』を心配そうに見ている。
新菜ちゃんは「ががが、いたい? かんていさん、ががが、だいじょうぶ?」と顔を覗き込もうとしているぐらいだ。
そのとき、かんていさんの口から言葉が出てきた。
「わかひ……」
「「か、かんていさん!」」
何人かの『かんていさん』を呼ぶ声が、同時に口から出てくる。
「うーん、むにゃむにゃ……わかひました。ニナには、こちらのミカンがオススメです」
ミカンかいっ!!
僕は心の中で思わず突っ込みをする。
「かんていさん! ニナ、かんていさんのミカン、だいすきだよ!」
かんていさんの声を聞いたミナちゃんが、寝ている『かんていさん』に飛び付き、そのままの勢いで互いの額がぶつかった。
「ニナの体の状態は安定しています。私を含めて『再生』の必要はないと推測します。泣いている対処としては抱いてあやすのが効果的だと進言します。よろしければ、私が実行しますが、どうしますか?」
新菜ちゃんは泣いた。
幼児が額を勢いよく打ち付けたのだ。
それはそれは、おもいっきり大きな声で泣きだした。
それが切っ掛けになったのか、かんていさんは目を開けると、新菜ちゃんを流れるようにあやしだし、先程の言葉を淡々と話し出したのだ。
現在、新菜ちゃんは、『かんていさん』が寝ていた布団でスヤスヤ寝ている。
やはり馴れない場所で緊張していたのだろうか?
もしくは泣きつかれたのかな?
「かんていさんは子供をあやすのが上手だね。子供がすきなの?」
新菜ちゃんを寝かしつけて、布団から静かに立ち上がる『かんていさん』に小声で質問する。
「好き嫌いはありません。ただ幼い子供を世話することは、マスターやいちお兄さんを含んだ大勢の目的に一致します」
「そうだね。でも、『かんていさん』は、お母さんも似合いそうだね」
「可能ではあります」
……可能なんだ。
『擬人化』先生のこだわりが、ついていけないレベルで凄いんだけど……
「……お兄ちゃん。目の前で妄想に励む兄を見ると、妹として少し恥ずかし辛いんだけど?」
「ばっ、何をいって……いや、妄想してないからなっっ!! 本当にしてないからっ! かんていさん! 本当ですよっ!」
僕は驚いて二美に言い聞かせたあと、『かんていさん』の方に振り返り弁解を始める。
「いちお兄さんが妄想していなかったのは事実です」
「ほらみろ!!」
僕は二美に勝ち誇るかのように言い放つ。
「そうだったんだ……。ごめんね。でも、こんな美人に何も思わないお兄ちゃんもどうかと思うよ?」
二美、お前は兄ちゃんにどうしろと言うんだよ?
確かに、かんていさんは美人だけど……
「大丈夫です。ふみお姉ちゃん。先程は確かに妄想をしていませんでしたが、抱きあ「うおあああっっ!! 鑑定っっ!! 鑑定結果聞かなきゃねっっ!! いっそがしいなぁ!!」
笑う二美の車椅子を少し乱暴に押して、僕は隣の部屋に向かった。
「……子供が寝ている時には、静かにすることを推奨します」
僕は『超越鑑定』の恐ろしさの片鱗を、お腹がはち切れるほど味わうことができた。
隣の部屋で、鑑定結果の話を再開しようとしたが、新菜ちゃんが寝てるので少し離れた部屋に移動することになった。
「ニナには鑑定をかけていますので、起きる前には戻ることは可能です」
『かんていさん』のお墨付きも得られた僕達だが、もしものために咲さんに新菜ちゃんをお願いして、少し離れた部屋に移動中だ。
小声で文句を言いながら車椅子を押していると、二美が声をかけてきた。
「お兄ちゃん、ちょっと良いかな?」
「……なんですか?」
「ごめん、ごめん。さっきの話はもうしないから、身構えないでよ。いや、『かんていさん』の私達への呼び方なんだけどね」
「ああ、それか……」
そういや、いちお兄さんとか、ふみお姉ちゃんとか呼んでいたな。
「正直、すっごい違和感あるんだけど、お兄ちゃんはどうなの?」
「うーん。言われてみれば、『かんていさん』にお兄さんって呼ばれるのも変だな。それじゃあ、一さん、二美ちゃんで呼んでもらうのでいいか?」
「うん。それなら大丈夫」
僕が後ろを振り向くと、話を聞いていたのか、『かんていさん』がすぐに答えた。
「わかりました。一さんと、二美ちゃんですね」
部屋について、みんなが一息入れると、僕は『かんていさん』に質問する。
「それでは質問します。僕の鑑定不能だった特殊能力は、鑑定できましたか?」
かんていさんは無表情で淡々と答えた。
「全体の何%かは不明ですが、鑑定は出来ました」
僕は思わず喉をならすと、胸の鼓動を感じながら質問を重ねる。
「……そうですか。では、鑑定結果を教えてください」
「はい。一さんの特殊能力は、何らかの『繋がり』に関係した能力であると推測します」
『繋がり』
その言葉を『かんていさん』が発音し、僕が理解すると同時に、『かんていさん』と僕とを繋ぐ光の糸が、僕の目で観測出来るようになった。




