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享保五年の冬から春へと移り変わる頃、江戸の街は少しずつ暖かさを取り戻していった。梅の花が咲き始め、人々は冬の厳しさから解放されつつあった。
鈴と茜の生活も、少しずつ安定していった。鈴の染めた布は「風の染め布」として評判となり、注文が途切れることがなくなった。長屋の一室は狭かったが、二人には十分だった。
「茜、もう少し大きな部屋に引っ越せるかもしれないわ」
鈴が言うと、茜は目を輝かせた。
「本当ですか? お母様、嬉しい!」
茜は母の首に抱きついた。鈴も娘をしっかりと抱きしめ返した。
「ええ、もう少し頑張れば。もっと大きな藍甕も買えるし、染物の道具も揃えられるわ」
二人は明るい未来に思いを馳せた。しかし、運命はそんな二人に試練を与えようとしていた。