自宅風呂湯ιϯむιյ事件簿 一
「自分で脱ぐかんな。手ぇ出すなよ」
涼一は手さぐりでシャツのボタンを外しはじめた。
「んじゃそこは任せるけどさ。見てなくてだいじょうぶ? 俺、タオルとか用意しに行っていいかな」
土屋が尋ねる。
「服脱ぐくらいで危ないことはないだろ、たぶん」
涼一は、自身の手元のあたりに目線を向けた。
ボタンの位置を見当つけながら外していくが、やはり手の動きがモタモタとにぶい。
「やっぱ見てよっか?」
土屋が問う。
「……まあ、見ててもらえば安心かな」
「んじゃ見てる」
「うん」
そう返事をして、涼一は脱ぎはじめた。
スマホの着信音が鳴る。
土屋が膝で移動して、テーブルの上のスマホを取ったらしい。
「さやりんだ」
そう告げてから通話に応じる。
「はい」
「──えっと、りょんりょんが連泊中ってゆってたから、通話かけるタイミング難しかったんだけど」
爽花のなぜか拗ねたような声色が耳にはっきり届く。
「なにスピーカーにしてんの、おまえ」
涼一は眉をよせた。
「もしかしたら重要な情報かもしれないし」
土屋が答える。
「聞かなくていい。どうせ八割は訳分かんねえ寝言なんだ、あとで寝言さっ引いて要点伝えてこい」
「まあ、服脱ぐあいだのBGMだとでも思って」
なるほど。
そういうことにしておくか。涼一はもたもたとボタンを外しはじめた。
「──たとえばさ、二人でイチャイチャしようとしてたとこに通話かけたら、わたしすごい邪魔じゃん? そっちからかけてくれたら助かるんだけど」
「情報収集たのんだのはこっちだし、さやりんのタイミングでいいよ?」
土屋がそう応じる。
「──りょんりょんはなにしてんの? もしかして土屋さんとイチャイチャしたかったのにって怒ってない?」
「鏡谷くん、お風呂入るんで服脱いでるとこ」
土屋が答える。
爽花が沈黙した。
風呂がめずらしいのか。
「──えっ、脱衣所で?」
「アパート狭いから脱衣所とかないよ。部屋で。脱がせてあげようとしたら自分で脱ぐって奮闘中」
「──えっ、ぬぬぬ脱がせてあげようとしたって」
爽花がわたわたと声の調子を上下させる。
「さっきまた視界ゼロになっちゃって」
「──ぬっ、脱がせ、えっ、自分で脱ぐっ」
絨毯をバンバンッとたたくような音が混じる。まるでのたうち回ってるような音だが、何かの発作か。
「まあでも、あぶないかもしれないから脱ぐとこ見てやってんだけど」
「──脱ぐとこ見てっ」
爽花が声をつまらせる。
シャツのボタンをすべて外し終え、涼一はシャツを脱いだ。
「このシャツ、どこに置いたらいい?」
土屋の声のするほうに差しだす。
「ああ、洗濯しとく? ついでだし」
土屋がシャツを受けとる。
「そこまではいらね。おまえ的に邪魔じゃねえとこ置いといて」
「あしたの出勤にもこれ着ていくの? シャツ貸すよ?」
土屋が言う。
目が見えているうちに自分のもの持ってくるんだったと後悔する。
きょうは泊まらないで帰るつもりだったしな。小さくため息をついた。
「──やややっぱ、あとでかける」
爽花がしどろもどろになり、そう告げてくる。
「ん? いいよ。鏡谷くんも時間かかると思うし、何かあったなら」
土屋がそう返す。
「時間かかって悪かったな」
「だから脱がせてあげるって言ったのに」
手をついて立ち上がり、スラックスのベルトに手をかける。
「でもあんま見んな」
「いやこの流れだと、鏡谷くんのパンツ受けとることになると思うんだけど、俺」
涼一は、ベルトを外しかけたままげんなりとしゃがみこんだ。
「──やややややっぱ、あとでかける!」
爽花が語気を強める。
「え? べつにいいよ」
「二人ともそうゆうの、未成年のきょ、敎育上悪いとか考えないのっ?! 二人で脱がし合いっこして脱ぐとこ愛でてお風呂とか、びびびBLでは見たことあるけど、ちょっ──だめ。心臓限界っ」
とうとつに通話が切れる。
「なんて?」
涼一はすこしだけ気をとり直して立ち上がり、ベルトを外した。
「心臓が限界って言って切れちゃった」
「やっぱ何かの発作起こしてんの? あいつ」
ベルトを土屋に渡す。
「心臓の疾患っていったら、けっこう大事だと思うけど」
「そのわりに元気だよな、あいつ」
二人で首をかしげる。
けっきょくパンツは、土屋にビニール袋をもらって通勤カバンにぶっこんだ。
下半身にタオルを巻き、涼一は土屋に肩をささえられて風呂場に足を踏み入れた。
「そこ。ドアのレールあるから気をつけて。もちょっとさきに足出して。もうすこし。三センチくらい――はーい。よくできた」
土屋がまるで幼児をあやしているような声を上げる。
「子供かっ」
涼一はボヤいた。
「背中洗ったげるから、イス座って。ここ」
土屋がうしろから腹部をおしてイスにうながす。
「うひゃっ」
涼一は声を上げた。
「いきなり腹さわるな、くすぐったい」
「あーごめん。ここに座って」
土屋が肩をつかむが、それではやはりイスの位置が分かりにくい。
「やっぱここ触るしかないって」
あらためて腹部を軽く押す。
涼一は、くすぐったさをこらえた。
「背中洗うから、鏡谷くん自分で前やって」
「おう」
背後でスポンジの泡を立てているような、わしゃわしゃという音がする。
「……なんかソープみてえ」
「行ったことあんの?」
土屋が泡を立てながら問う。
「……ねえけど」
涼一は答えた。




