目隱ს၈鬼 一
きょうの営業回りを終え、涼一は会社への道を社用車で走行していた。
つぎの丁字路を左折し、三百メートルほど行けば社員用駐車場。
歩いて五分ほどの社屋のあるあたりは大きな県道に面していて人通りが多いのだが、社員用駐車場のほうは奥まった生活道路沿いにあるので周辺は静かだ。
土屋のシルバーの自家用車が、さきに駐車場に入るのが見える。
きょうは帰社時間はほぼ同じだったかと車内のデジタル時計を見た。
社員用駐車場の入口が近づく。
涼一はウインカーを出した。
とたん。
目のまえに黒い布のようなものがかぶさり、視界がさえぎられた。
「えっ」
とっさにブレーキを踏む。
駐車場入口に入りかけたあたりだったので、誰かがすぐに異変に気づくだろう。
入口両わきのフェンスにぶつかる音がなかったということは、とりあえずは安全に停止できたということか。
前方から、車のドアを開け閉めするバンッという音が聞こえる。
ややしてサイドウィンドウが平手でたたかれる音がした。
「どした」
土屋の声だ。
「いや……目のまえが」
土屋がしばらく黙りこむ。状況を判断しているのか。
運転席のドアが外から開けられたらしい。ガチャ、という音とともに外気が入りこむ。
「何した」
「目に何か覆いかぶさって……」
涼一は答えた。
「見えないの?」
目元のあたりに指先でさわった感触を覚える。何かがかぶさっているわけではないのか。
どういうことだ。
「とりあえずギア、パーキングにして。動かしてやる」
「ああ」
涼一は、ギアのほうに手をのばした。
だがギアの位置がよく分からない。
「あ、そか」
膝の上に、誰かが身を乗りだした衣ずれの音と重みを感じる。
ギアを動かすかすかな音がした。
「パーキングにしたから降りて」
二の腕をつかまれる。
「――あ、すみませーん。すぐ動かします」
土屋が後方に向かって声を上げた。
後続の車が来たのか。
「すみません」
とりあえず言ってみるが、どの方向かよく分からない。
「目隠し鬼ってとこで考えてもいいことだったな」
土屋がつぶやく。
「なにこれ。目隠し鬼ネタの何かなの?」
「さあ。もしかしたら関係ないかもしれないし。とりあえず休暇とって病院で検査したほうがいいかな」
ふつうに何らかの疾患かもしれないということか。
「あした課長に話してみるけど……」
「うん」
土屋がそう返事する。
うながされて数歩ほど歩くと、手をとられて駐車場外壁のフェンスと思われるものをにぎらされた。
「ここで待ってて、動かしてくる。とりあえずきょうは俺ん家にしよ」
土屋がそう告げる。
しばらくして「すみませーん」という土屋の声と、車がすこしはなれた場所を横切る音がした。
以前泊まったことのある、土屋のアパートのモダンな和風の内装を思い浮かべた。
まぁた世話になるのか。
たしかにこの状態が長くつづくとしたら、一人暮らしのアパートに帰されてもかなり困るが。
涼一はため息をついた。
車のエンジンが止まる。
土屋の自家用車の車内。運転席のドアが開いたのを、涼一はドアハンドルのかすかな音と外気の感触で感じとった。
「いま助手席側まわるから」
土屋が声をかけてくる。
土屋のアパートについたのは分かったが、目が見えないとほんと何もできないなともどかしくなる。
全身はどこも通常どおり動けるのに、目が封じられただけでこれか。
助手席のドアが開く。
さきほど運転席のドアが開いたときよりも、はっきりと外気の冷たさを感じる。
グッと二の腕をつかまれる。
「悪り」
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」
すぐそばで小声でそう言われ、顔をしかめて腕を引く。
怪異の正体の何かがさっそく現れたかと思ったが、声は土屋のものだった。
「……なに」
「いや。目隠し鬼に関係すること言ったら、もしかして見えるようになるかなって」
涼一は小さく息を吐いた。
土屋の声をよそおった何かかもしれないとも思ったが、ちゃんと土屋だったか。
「……見えてない」
「あそ」
あらためて二の腕をつかまれる。
「べつに迷惑ならいいけど。彼女とかは?」
「別れたってまえにいったじゃん」
うながされて車外に出る。
地面がどこなのか見当つけるのすらままならなくてふらついた。
助手席のドアを閉めるバンッという音がする。
「足もと気をつけて」
腕をとられて、すこしななめ方向にうながされる。
「階段あるから」
「……おう」
涼一はそう返事をした。
周囲にどのくらい人がいるんだろうと思ってしまった。
以前ここにきたときには、同じくらいの時間帯に駐車場のあちこちに二、三人はいた気がしたが。
想像したら、酔っ払いの同僚を介抱してる会社員じゃねえのかと想像した。




