この物語はラブコメの提供でお送りしました
けど――逃げようと立ちあがった瞬間、両肩を上から強く押さえられてソファへと強制的に戻されてしまった。
「だめだよぉ、勝手に帰っちゃ。まだ鬼ごっこ、始まってないでしょ?」
さっきよりぐっと強くなった香水の匂いが、肩に食い込む指が。否が応でもサイコさんとの距離の近さを伝えてくる。
「えーと、どこまで話したっけ? あ、俺が自分の性癖を完全に把握したってとこだったっけか」
頭上から能天気な笑い声が降ってくる。怖い。
「というわけでさ。せっかくだから鬼が来るまでに、俺が気持ちよくなるの手伝ってよ」
「無理」
力では敵わないなんてわかってるけど、だからってこのまま無抵抗でおとなしくしてるのももう無理。この人は従順だろうが反抗的だろうが、どっちでもいいんだ。
「離せ変態!」
「あは、かーわい」
肩から手が離れた! ので再び飛び出そうとしたら、次の瞬間には頭をがっつり掴まれてた。これ、さっきより状況悪くなってない!?
「大人が子供に手を出すのってダメなんだって」
強制的に顔を上げさせられたせいで、サイコ野郎の気持ち悪い逆さま笑顔が嫌でも目に入ってくる。
サイテー。それと手を離せ、キモい。
「きみ、キスしたことある?」
うっさい、ないわ! しつこいんだよ!!
「あ、ないんだったっけ。じゃあ、色々初めてはおじさんとになっちゃうねぇ」
ニヤニヤ、ニヤニヤ。
ああああああ、気持ち悪い!! 無理無理無理無理、ほんと無理!
でも、気持ち悪い笑顔は容赦なく近づいてきて。何もできない自分の無力さが情けないしムカつく。せめてもの抵抗と唇を口内へと巻き込んで、近づいてくる気持ち悪い笑顔を睨みつけながら腕を突っ張って接近を拒否した。けど、私の抵抗なんてないものみたいにサイコ野郎はどんどん近づいてきて……
もうダメだ。そう目を閉じそうになった瞬間――窓の外からドーンとかバキバキっとか、あとはバラバラバラっていうプロペラ? かなんかの音。とにかくそんなド派手な音が色々飛び込んできた。
「玲から離れろ、ロリコン野郎!!」
そして、派手な音と共に開け放たれたドアから飛び込んできたのは風峯。
駆け寄ってきた風峯が腕を伸ばした瞬間、サイコ野郎は私の顔から手を離すと素早く窓の方へと飛び退った。
「ちっ、勘のいいロリコンが」
「心外だなぁ、俺はロリコンじゃないよ。今回はたまたまさ。しかしきみ、到着早すぎない? それと、ずいぶん物騒なもの持ってるねぇ」
私をかばうように前に立った風峯の右手に握られていたのは……これ、もしかしてスタンガン?
「玲、無事か?」
「うん、ギリギリ」
「間に合ってよかった」
ふぅと吐き出された風峯の安堵の息に、急に目の奥が熱くなってきた。
「しかしまあ、きみがここにいるってことは……うちの若、もう捕まっちゃったの? それとも無視してきた? ていうかさ、なんでこの子の場所こんなに早くわかっちゃったの?」
サイコ野郎の質問に、あ! ってなって、慌ててスカートのポケットの中をまさぐる。
――これだ! 華ちゃんのときに使った発信機。
紫先輩に戦隊の七つ道具だとか嗜みだとか言われて、あれからも無理やり持たされてたんだった。どうやら今回は偶然スイッチが入ったこの小さな発信機のおかげで助かったらしい。持っててよかった、発信機。
あれ? でもこれってたしか、学園を起点に周囲5キロ程度しかカバーできないって言ってたような……てことはここ、学園から結構近い場所?
「だんまりか~。しかしきみ、住居侵入罪に器物破損罪にと色々やるねぇ。いいなぁ、気持ちよさそう」
「黙れ変態ロリコン野郎」
「俺のお楽しみはこれからだったてのにさ。こうなったらきみが代わりに俺を気持ちよくしてよ、ね!」
最後まで言い終わらないうちにサイコ野郎が動いた。あっと思ったときにはもうサイコ野郎は風峯の目の前で――
「風峯!」
瞬間、空気を裂くようなビュンって音がしたかと思ったら、サイコ野郎の腕に鞭が巻き付いていた。
こんなことができるのは、私が知ってる中ではたった一人。
「紫先輩!」
開け放たれた出入り口には、鞭を片手に自作の改造電動立ち乗り二輪車に乗った紫先輩が微笑んでいた。その隣には頼もしい麗ちゃん先輩の姿。
「学園戦隊風林火山、華麗に登場! はぁ……せっかく前回まできれいにいってたのに。今回山田さんいなかったから、また登場シーンできなかったじゃない。もう、本当に困るのよね。麗、豚ミサイル発射準備」
「りょーかーい」
そして麗ちゃん先輩の腕の中には林くん。
「みんな……」
ありがとう、助けに来てくれて。
「くそっ!」
手首に巻き付いた紫先輩の鞭をサイコ野郎が外そうともがく。
「ちょぉーっとビリビリするわよ~」
「あががががが!!」
無邪気な笑顔で紫先輩が宣言した直後、サイコ野郎から悲鳴があがった。次いで麗ちゃん先輩が大きく振りかぶる。
「要ちゃんミサイル、いっきまーす」
その声で風峯が素早くしゃがむ。次の瞬間、変なボール咥えてチャーシューみたいに縛られた林くんが私たちの頭上をものすごい速さで飛んでった。
「んがっ!?」
「んんんんんんんん!!」
そして部屋に響き渡ったのは汚いうめき声と、どんって重いものが壁に当たる音。
「……おおぅ」
そっちを見ると、顔面を林くんの股間で押しつぶされたサイコ野郎が倒れていた。
はっきり言ってドン引きな光景なんだけど、私はなんだか妙に安心してしまって。完全に毒されてる気がするけど、なんかもういいかなって思えてきた。
「あ、そういえば金古くんは?」
私の問いに答えてくれたのは風峯。風峯が指さしたそこには、菱縄縛りって縛り方で林くんとお揃いのボールをくわえさせられてる金古くんが転がっていた。
「玲ちゃん、変なコトされなかった? 大丈夫?」
麗ちゃん先輩は駆け寄ってくると、私に視線を合わせるようにしゃがみ込んで労わってくれた。
「安心して、山田さん。こいつらにはもう悪さできないように、きっちりお仕置きしておくから」
そう言って笑顔でサイコ野郎をあの独特な縛り方で縛り上げた紫先輩。
「んんん……んん!」
もぞもぞと床をはいずりながら、たぶん無事を喜んでくれてる林くん。
「みんな……ありがとう、ござい……ます」
ホッとしたのと嬉しいのと、とにかくいろんな気持ちが一気に押し寄せてきて。もうダメだった。言葉にならない。涙が止まらない。
でもしばらく泣かせてもらったら、ようやく落ち着いてきた。
「ほんとに……みんな、ありがとう」
「当り前じゃない。悪をくじき弱きを助ける、正義の味方の基本よ。それに私たち、友達でしょ」
友達――紫先輩の言葉に恥ずかしいやら嬉しいやら。常識とかちょっとおかしい変な人たちだけど、みんな私の中でもいつの間にか大切な友達になってた。
「玲ちゃん泣きすぎ。それにね、私たちだけじゃないわよ。みんなも玲ちゃん助けるんだってついてきちゃって」
「みんな?」
そこで初めて気づいた。そういえばこの屋敷の中、まだ色んな悲鳴やら怒号やら飛び交ってるって。いったい何が……?
みんなと一緒に部屋を出ると、そこには――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「たす、たすけてぇぇぇ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
次々と男たちを投げ飛ばしたり絞めおとす奏くん。素早い身のこなしと体術で男たちを無力化していくたまきち。きゃっきゃ言いながら無力化された男たちにスタンガン押し当ててる六花、華ちゃん、乙女ちゃん。それを影から見守りときにアシストする天音さん。天音さんを見張りながら戦ってるふんどし警備員さん。
そして演劇部の力こそパワーな扶桑花先輩、キャーキャー言いながらも的確にスタンガンを当てていく秀美さんと薫くん、壁や天井に吸い付いて自在に移動して翻弄する緑色の妖か――寄生木先輩。
胸が熱いような背筋が凍るような、なんとも言い難い気持ちだった。これは……本当になんて言えばいいんだろう。
「玲!」
私に気づいた六花がこっちへと走ってきた。続いて奏くん、華ちゃん、乙女ちゃん。
「風峯のアホ、間に合った?」
「うん、みんなのおかげ。……ありがとう」
涙目の私をみんながわいわいと囲む。入学したばっかりの頃は同じ学校の友達なんていなかったから不安だったし、わけのわからない同好会に入らないといけなかったし、慣れない寮生活にも戸惑ってたけど……私、この学校に入って、本当によかった。
毎日バカみたいにうるさいし、とんでもない変態には何人も遭遇したし、果ては誘拐まで経験したけど。それでも、こんなに大切な人たちに会えたんだから、そんなのもアリだなんて思っちゃってる。
ほんと、完全に毒されてるなぁ。
※ ※ ※ ※
その後、捕獲された金古くんのことは、紫先輩がお家同士の話し合いで解決したって言ってた。どうやら警察沙汰にはしなかったみたい。まあ、私もそれでいいって言ったんだけど。正直、金古くんにはそこまで嫌悪感とかなかったから。
あれからたまに、一人で走り回ってる金古くんを見かけるようになった。まるで見えない何かと鬼ごっこしてるみたいな……。でも本人はすごく楽しそうだし、前みたいに被害者も出てないみたいだから、ならいいかなって。
サイコ野郎の方、こっちはよくわからない。過去の余罪とかもあったみたいで、金古くんの家からは解雇されて警察に引き渡されたらしいけど。ただ、それだと出てきたときまた同じことやりそうだなぁって思ってたら、紫先輩から「もう二度と悪いことはできないようにしといたから」って言われた。何をしたんだろう。知りたいような、知りたくないような……
そして、風峯のこと。
こっちはまだ保留。正直よくわかんない。好きなような気もするけど、認めたくないという気持ちもあって。まあ、まだまだ学園生活は続くんだし、もう少しゆっくりと見極めていこうかなって思ってる。
武田学園入学8ヶ月め。
なんて。
うっかり雰囲気に流されそうになってるけど、やっぱりダメだよ!
目を覚まして、私!!
卒業まであと2年と4ヶ月。
もうすでに手遅れな気もするけど!
でも……まだ、まだなんとかなるはず!
――私の戦いはこれからだ!
変態ファイル その7
名前:金古 強者
年齢:16
職業:学生
性癖:逃亡愛好
変態ファイル その8
名前:柴胡 道長
年齢:27
職業:会社員
性癖:罪科性愛