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バーヴンバース! 01

「いってきますー!」

 レティシエルは上機嫌で自宅を出発した。

 今日も快晴。空の青さに心が浮かれまくる。

 ああ。なんて幸せなんだろう。いつもの景色が輝いて見える。

 両手に提げたカバンを振って、くるくると踊りもするものである。

 通りすがりの自転車が、唸りをあげて振り上がってきたカバンを慌てて避けてバランスを崩して用水路に飛び込んでいったがレティシエルは気付かない。

 空を振り仰いだまま軽快なステップで横断歩道を飛び石のように跳ねて渡る。

 当然赤信号への突然の侵入者に泡を食った自動車の運転手が反射的にハンドルを傾けた結果、上り車線も下り車線も急ブレーキとクラクションと金属同士の鈍い激突音が幾重にもけたたましく炸裂した。

「~~♪ ~~♪」

 無傷で横断歩道を通過しニコニコと鼻歌を紡ぎ両手を振って歩くレティシエルの後方はるか彼方でいま甚大な爆発と黒いキノコ雲が噴き上がり、消防車両のサイレンが街のあちこちから殺到していった。

 遠くから幾重にも鳴り響くサイレンの独特の音波に反応した付近の全ての飼い犬が一斉に盛大な遠吠えをあげ始めた。

 突然の犬の咆哮に仰天した、電線にとまっていた小鳥たちが泡を食って飛び立ってゆく。

 しかもそこの電線にはなぜか数十羽がかたまって留まっていた。その数が一本の電線の上から完全に同じタイミングで飛翔したのだ。そのまとまった蹴り足の瞬間的な超荷重に耐えきれず電線の接続部分がちぎれ飛び電線が落下した。

 その真下には、民家の住人が路上に水打ちした跡。水たまりの端に電線の断面が接触し電流が水を伝って道路脇の側溝へ流れ込んでゆく。

 その途端、いきなりの電気ショックに驚いた無数のねずみが側溝から爆発的に溢れ出し、四方八方へと逃げ出していった。

 ちょこまかと駆け巡る小動物に本能を刺激された野良猫がさらにそれを追って走り出した。

 道路を横断するねずみと野良猫の大群に進路を遮られた自転車が、また驚愕にバランスを崩して用水路へ飛び込んでゆく。それもこの通勤・通学の時間帯のこと。一台や二台ではない数の自転車が次々と用水路に飛び込んでは、側溝から流れ込んでくる電流を食らって身悶えしていた。

 無論、後方でそんな地獄絵図が展開されているなど思いも寄らないレティシエルは上機嫌なまま通学路を辿ってゆく。

「そうだ! きくちばさんに、なにかプレゼントとか渡したいです!」

 ふと思いついたレティシエルは、さて、何が喜んでもらえるだろうかと口元に指を当てて思案した。

 道路の途中の空き地に差し掛かったところで、レティシエルは幼い猫の鳴き声が聞こえてくるのに気付いた。

「あれ?」

 そちらを覗き込んでみると、建材などが積まれた敷地の端に段ボール箱が置いてあり、声はその中から聞こえてくる。

「んん~?」

 近寄ってみると、その箱は表面にファンシーな絵柄が印刷されており、その中に、一匹の仔猫が精いっぱい手足を伸ばして立ち上がり必死に声を上げていた。

 箱はかなり深い。仔猫の体格では乗り越えられないだろう。

「わあ! 可愛いですー! ……ああ、これじゃ外に出られないですよねえ」

 言って屈みこんだレティシエルは箱の中に両手を伸ばして仔猫をそっと抱き上げた。

 そして仔猫の事はろくに見向きもせずに脇の地面に降ろすと、段ボール箱の方を取り上げた。

「この箱をくださいね! これから、大好きな人にプレゼントを贈るんですようー」

 にこにことそう言われても、仔猫としてもにゃあと鳴くよりほかにない。

 その時、オーテオフィアスの町のどこかで赤き光芒が噴き上がった。一条の閃光が街中の道路に沿って迸り、あらゆる惨劇の傍らを迅速に通過すると、空き地の手前でくるくるとつむじを描き、しゃがみ込むレティシエルの足下に激突した。

「……へ?」

 突如周囲が暗くなり、レティシエルと仔猫を覆うように巨大な影が舞い降りた。



 ヘイゼル・殻斗(かくと)・マテバシーは、今日もヘアスタイルのセットに余念がない。

 朝も早くから机の上にスタンドミラーを中心に整髪料やらなにやらの瓶やらスプレー缶やらを大量に並べ立て、ムースを両手に盛り上げては髪に塗りたくっている。

 真剣に鏡を覗き込んで睨み付け、側頭部を挟んだ両手を慎重に後ろへとゆっくり撫でつけてゆく。

「……へへっ。よおし」

 一転、にやりと笑むと、教室の後ろにたむろしているクラスメイトへ振り向いた。

「なあなあどうよ! これイケてね?」

 呼びかけられて彼を振り向いた一同は、一瞬きょとんとした後、全員そろって大爆笑した。

「ぶははははおまえナニそれ!」

「なんで真ん中だけおっ立ってんのよ!」

「どうよどうよ! カッコ良くね?」

 言ってヘイゼルは得意げに笑ってその頭頂のど真ん中に壁のようにそそり立った頭髪を両手で撫でた。

「名付けて、「ラプタークラウン・ヘア」! どうよ!カッコいいだろ!」

 ラプタークラウンとは、御伽噺等にも登場する有名な太古の生物の一種で、生物学でも「鳥竜種」の祖先として紹介される巨大な生き物である。

 魔王大戦以前から存在していた魔獣の一種でとっくに絶滅しているが、中でも火山の噴火のごとき真っ直ぐな冠羽を頂いたこの赤き竜は男子ならば一度は憧れたことのあるヒーロー的存在なのだ。

 ヘイゼルは、わざわざ髪を真っ赤に染め上げ、冠羽を模してその魔獣にあやかったヘアスタイルを創作したのだ。

挿絵(By みてみん)

「いやいや、それどっちかっつうとニワトリだから」

「マ ジ で?」

 ところが、彼のアートはどう見てもニワトリの鶏冠にしか見えない。

「いやあ? コレぜってーラプタークラウンだろおー?」

 慌てて机のスタンドミラーを覗き込み頭髪を微調整する。

 その鏡の向こう、ひとつ前の席に突如後ろ姿が現れてヘイゼルは顔を上げた。

「おろ。どしたん?クリス。 "跳んで"くるなんて珍しいじゃん」

 虚空から出現したクリスリデルは仏頂面のままイスにどすんと腰を降ろした。

「会いたくないんだよ。彼女に」

 ぺちんと両手を打ったヘイゼルはクリスリデルの机の前に回り込んだ。

「おっ! じゃあやっぱ「ハッピーハザード」と付き合ってんのか? ひゅー!」

「会いたくないって言っただろ」

 親指を立てた両拳を突き出して囃すヘイゼルの顔を押し退けてクリスリデルは憮然と呻いた。

「なんでそうなるんだよ」

「えー? 痴話喧嘩なんか犬も食わねえだろ。いいからとっとと謝ってこいよ!」

 片手の親指を立ててウインクするヘイゼルに、クリスリデルの渋面はますますしわを深くするばかりだ。

「……アレか。これ幸いと災厄を僕に押しつける腹か」

「なーに言ってんだ! 吹き飛ぶ時は、みんな一緒だろお? 人聞きの悪いこと言うなよー」

 ヘイゼルの、クリスリデルの両肩を叩こうとする手がスカスカと空を切る。まるですり抜けるみたいに。

「……って、今日はガチでヘソ曲げてきてんなー。 何が不満よ。言ってみ」

「僕の意志を無視して突き進むこの状況全部だよ」

 深く深く溜め息を吐き、目をつむる。

 そこで、目を開いたクリスリデルは改めてヘイゼルの奇抜な髪型に気付いた。

「……ねえ。なにその頭」

「ヘイ! よくぞ聞いてくれました!」

 ばっ、と振り上げた両掌で、そそり立つ頭髪を挟んで撫で付ける。

「これぞ「ラプタークラウン・ヘア」! ……ねえ頼むカッコいいって言ってくれそろそろ俺のココロが折れそうだ」

 一転して悲壮な表情で迫ってきたヘイゼルの顔を押し返し、クリスリデルは眉をしかめて顔を背けた。

「近寄んな。ってか、こないだは黄色い箒みたいにしてたじゃない? あれはもういいの?」

「ああ。「ミョルニルステイク・ヘア」な。あれも素晴らしいアートだったんだけど」

 「ミョルニルステイク」も、ラプタークラウンと同じとっくに絶滅した古代生物である。

 こちらは電光を身に纏い雷と嵐を司ると言われる魔獣で、やはり男子に人気のヒーロー的存在なのだが。

 クリスリデルを始めとするクラスメイト一同は、ヘイゼルのヘアスタイルを「黄色い箒」と断じていた。

「まあほら、男らしさを追及する俺様としては色々と試行錯誤しているワケよ。決して飽きたんじゃなくてな」

「いやどっちでもいいけど……?」

 その時クリスリデルは視界の端に引っ掛かるものを感じ、窓の外に意識を向けた。

 すると、遠くの空に何か奇妙なものを見つけた。

 一瞬、鳥かと思った。

 何が判断を曖昧にしたのか。それを見極める為に、その遠くの小さな影を注視する。

(……あれ? あの鳥……)

 鳥であることは間違いないと思う。V字の影が、その両端を上下に振っているのは、まさしく羽ばたく鳥の動作だろう。

 だが、何かがおかしい。

「どうしたよ」

「いや、あれ……」

 クリスリデルのさす指の先を振り向き、ヘイゼルもそちらを仰ぐ。

 小鳥の群が、窓の手前を通り過ぎていった。

 そこで異常に気が付いた。

 遠くのその鳥は、羽ばたきの動作がまるでスローモーションのように非常にゆっくりだったのだ。

 滑空中のひと打ち、ふた打ちの動作ではない。明らかに翼がゆっくりと上下している。

「……なっ!」

 それだけではない。

 その影が今、山並みの間に立つ電波塔の「向こう側」を通過したのだ。

 それによって遠近の比較の見当が付き、同時に予想されるその異常な大きさにも見当が付く。

 つまり、あれはかなり巨大な鳥ということになる。

「……なんだ……あれ……?」

 クリスリデルは戦慄した。

 そんな生き物がいるわけがない。どこかの外国には空飛ぶ巨大生物がいるらしいが、このケラサス大陸はその生存圏ではないし、形状が全然違う。

 そのゆっくりと羽ばたく謎の生物が近づいてくるにつれ、その異常性がはっきりしてきた。

 有り得ない。絶対に有り得ない。

「……おい……まさか……あれ……」

 ヘイゼルが、震える声でそれを指さす。

 その頃には、ざわめきが全構内から聞こえてくるようになっていた。

 深く息を吸い込んだそいつが、巨大な咆哮をあげた。

「ら、ラプタークラウン!」

 ヘイゼルが悲鳴をあげた。

 そうだ。トカゲのような節くれ立った歪な巨体を鱗とも羽毛ともつかない無数の赤黒い突起で覆い尽くし、巨大な翼をはためかせ、猛禽のような顔の頭頂に火山の噴火のごとき真紅の羽根の束を冠のように雄々しく真っ直ぐに突き立てたそれはまさしく、遥か昔に絶滅し、もはや御伽噺にしか存在しないはずの伝説の魔獣、図鑑のイラストでしか見たことがないが間違いない、鳥竜ラプタークラウンだった。

『ーーーーーーーーッッ!!』

「うわああああああああああ!」

 より近付いた二度目の咆哮が窓を震わせ、その衝撃にヘイゼルが、クラスメートが悲鳴を上げた。

 その頃にはもう鳥竜は、その航空機なみの巨体の子細がはっきりと認識できるほどに校舎に迫っていた。

 クリスリデルも底冷えのする恐怖に飲み込まれたままだが、同時にその異様な全容の中の、その一点にも気付いてしまった。

 初めて見る巨大な鳥竜の、大木のような脚の鉤爪の。

 その捻くれた指の中に握り込まれた人影の大泣きする形相。

 レティシエルだった。

「はあ?」

(~~~~~~~~っ!)

 なぜか箱を抱えたまま、こちらに向かって何事か叫んだ涙と鼻水でぐちゃぐちゃな泣き顔は、それを脚に掴んだ鳥竜は、窓に膨大な風圧を叩きつけてこの校舎の上すれすれを飛び越えていった。

「……………………」

 轟音が遠ざかり、やがて収まると室内は途端に静寂に包まれた。

 誰も、言葉もない。

「……お」

 やがて、ヘイゼルが震える指先を窓に向け。

「……おい……いまの……」

「ところで殻斗。その髪はどっちかって言うとニワトリだ。ラプタークラウンに失礼だよ」

「そこじゃねえだろ!」

 ヘイゼルが絶叫すると同時、構内放送のメロディが流れた。

『……黄朽葉。追え』

 メロディが終わるのも待たずにアセト教師の昏い声がスピーカーから簡潔に告げ、さらに今度はこの教室入り口のドアが蹴り破られた。

「バカクリス! 追 い か け ろ 今すぐッッ!」

 突進してきた必死の形相のミーアメリィがクリスリデルが腰掛けていたイスを蹴り砕いた。


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