ハッピーハザード! 04
新たに入室してきたのは、白衣を纏った妙齢の女性だった。
ぱりっとした白衣といい知性を伺わせる眼鏡といい、それらは科学者かなにかを連想させるが、白衣の下は肉感的な肢体を丈の短い扇情的な赤のスーツで締め付けており、顔の化粧もメリハリが濃い。
優雅な仕草でアセト教師の隣にふわりと斜めに腰掛けてくるりと脚を組まれるとそのツーショットはもはや、幼い頃に観た特撮英雄譚における悪役魔術師に侍る魔女か女幹部のようである。
「お待たせしちゃってごめんなさい? こんにちわレティ」
「はい! こんにちわです!」
どうやら二人は知り合いらしい。気安い調子でレティシエルにひらひらと手を振ると、白衣の女性はクリスリデルに向き直った。
「はじめまして。あなたがクリスリデル・黄朽葉・ランセット君ね? 私は勇者庁魔王属研究部魔法術研究課で研究員をやっている、ベルカレット・テクトゥス・リースクレッタって言います。レティの抱える障害について研究するのと同時に、サポートをしているの。よろしくね?」
「はあ。どうも」
にっこりと差し出された名刺を、曖昧に応えながら受け取る。
(ああ。やっぱり彼女は何かの障害持ちだったのか)
障害の内容によるが、勇者庁が特定の障害者のサポートをしていることはクリスリデルも知っている。他でもない、自分自身もそのサポートを受けているからだ。
レティシエルの「ハッピーハザード」についての噂は曖昧だったが、これで確証が取れた。
だからどうという事でもないのだが。
「気を悪くしないで欲しいんだけど、名刺、ちゃんと見てくれているのよね?」
小さいながらもきらきらと輝くピアスや、赤く染められた髪など物々しい所属に似合わぬ派手な出で立ちとは裏腹に、名刺は普通に簡素なものだった。
「ええ」
艶っぽく苦笑して問うベルカレット・テクトゥス・リースクレッタにクリスリデルは素っ気なく応えた。
生来の疾患による動かぬ眼球のせいで、こういう質問は初対面の人間に会う度に繰り返されるものでクリスリデルとしても辟易しているのだが、答えないわけにもいかないので我慢して繰り返している。
「そう。ごめんなさいね」
にっこりと謝意を告げたテクトゥス・リースクレッタは今度はレティシエルに視線を転じた。
しばし、並んで座る二人をじっと見つめ。
「仲良いのね、レティ。そちらが彼氏さん?」
「はい!」
「違います」
「それはもうドロドロのラヴラヴで」
「赤の他人です」
たちまち半泣きのふくれっ面が見上げてくるが、クリスリデルは黙殺した。
「あらあら、こういう時こそ男の度量の見せ所よ?」
「できれば男の人権にも配慮してもらいたいですけど」
テクトゥス・リースクレッタの艶っぽいからかいにもクリスリデルはにべもない。
「ふふふ。 レティ。諦めちゃダメよ。きっと脈はあるから」
「いえもうわたし的には新婚旅行パッケージツアーtoハロアイ諸島六泊八日って感じなんですけど」
「」
レティシエルの妄想の展開速度についていけずに眩暈を感じたクリスリデルはその衝撃に頭を揺らした。
「そう。がんばってね」
「はい!」
テクトゥス・リースクレッタの発破に、レティシエルが嬉しそうに両の拳をぐっと握り込んだ。
勝手にやってろ、と胸中で唾棄しながらじっと黙殺する。
どうして、どいつもこいつも、こいつと僕をくっつけたがるんだろう?
その時、この応接室のドアの下端から赤い光線が飛び出してきた。
その赤い光がテーブル横の床の上でジグザグ線や複雑な円弧を描くや否やレティシエルの足元に激突した。
「っなッ!」
何を反応する暇もなく、ばあんと派手な音を立てて爆発が巻き起こった。
「うわああ!」
昨日と似たような爆発だ。吃驚に悲鳴を上げるもクリスリデルは反射的に爆圧を無我夢中で躱しまくった。
ところが、今のクリスリデルはソファに腰かけている。瞬時の爆風に背もたれが、尻の下の台座が吹き飛ばされて消失してゆくのはどうしようもない。
結果、爆煙の中でクリスリデルは煤ひとつ付けることはなかったが、無様に尻もちをついてしまった。
「っけほっ! けほっ!」
対面の大人ふたりが、漂う白煙にせき込む声が聞こえる。
床に転倒したクリスリデルも掌を振って煙を追い払い、状況を確認する。
ようやく視界が晴れてきた。
自分たちが腰かけていたソファは木端微塵になっておりレティシエルもひっくり返っていたのだが、なんとも理不尽な事にテーブルも、対面の大人二人も傷一つ、煤ひとつついていない。
「……ああもうなんなんだよこれ」
レティシエルの「ハッピーハザード」のせいだろうというのは、ようやく想像がついた。
よくもこんなのと二年間も付き合っていられたなと胸中でミーアメリィやクラスメイトに悪態を吐いて、埃のついた両手を打ち払っていると、大人ふたりがきょとんとした視線でこちらを見つめているのに気が付いた。
「へ?」
そしてその異常に同時に気付く。
埃を打ち払う自分の両手。
その両腕にシャツの袖の感触がない。
いや、それどころかこの全身に感じるはずのない涼気。
応接室の床で、砕け散ったソファの残骸に囲まれて座り込むクリスリデルとレティシエルは、二人そろってアンダーウエア一丁という格好になっていたのだ。
「…………っ!」
「ひゃあー!」
黄色い悲鳴が響くと同時に、アセト教師が脱ぎ捨てた上着をレティシエルに投げつけた。
レティシエルは慌てて受け取った上着を胸元に掻き抱く。
「ききききくちばさんこんな所でまだ早いですよおー!」
「何の話だよ! って言うか君のせいじゃないのか!」
慌てて見回すと、ソファは木端微塵になったというのに、なぜか着衣一式は無傷でその辺りに散らばっていたので片っ端から掻き集め、まるで女子のように体の前を隠すように抱え込んだ。
レティシエルは涙目で丸まっている。
間違いない。レティシエルの爆発と同時に肌を覆う着衣の感触が消え失せた。今度のは「そういう」災害だったということだ。
クリスリデルが慌てふためく中、女子に気を遣ってそっぽを向いているアセト教師の隣でこちらを見つめるテクトゥス・リースクレッタの奇妙な視線に気付いた。
先ほどまでの頓狂な物言いとは裏腹に、それは若い少年の裸身に対する興味の目線ではなく。やけに真面目な彼女の目線は、クリスリデルの胸の中央に結実していたのだ。
いつも身に着けている珊瑚色のネックレスに。
「……っ!」
慌ててクリスリデルは抱えた衣服を喉元に引き上げてそれを隠した。
「……あー、黄朽葉、来い。そこのパーテーションの向こうで着替えろ。 テクトゥス博士はペリエをお願いします」
「……はい」
そそくさと立ち上がったクリスリデルは、アセト教師に連れられてこの応接室の奥に立てかけてある調度品の金の屏風の裏に回り込んだ。
さっさと衣類を纏い、向こうのテクトゥス・リースクレッタの了承の声を聞いてからパーテーションから出て部屋の中央に戻る。
けれど、なにしろソファが粉々になってしまった。レティシエルも所在無げに立ち尽くしている。
そのレティシエルは、赤い顔でちらちらとクリスリデルを見遣っていた。
女子の、下着を他人に見られる衝撃については理解はしているが、クリスリデルとしても構っていられない。
「……ったく、なんで僕がこんな目に……」
「わ、わたしのせいじゃないですよお?」
「どうなんだろうねその辺は」
深く深く嘆息する。
正直、空気が最悪だが勝手に出ていくわけにもいかない。
今、アセト教師がパイプ椅子を二脚抱えて応接室に戻ってきた。
「瓦礫は後で片付けるから、取り敢えずこれに座ってろ」
「あの。場所を変えません?」
「面倒だ。どうせまた何か吹き飛ぶ」
そういう認識なんだ。と諦観にクリスリデルの瞼が半分ほど下がった。
それはともかく椅子を組み立てて腰を掛ける。
シャツは今度は喉元までボタンをきっちり留めてある。先ほどのテクトゥス・リースクレッタの視線を思い出し、警戒し気を引き締めながらクリスリデルは口を開いた。
「……で、あの、その勇者庁の研究者さんが、僕になんの用でしょう?」
「リースクレッタさん、て呼んでくれる? 格式張ったのは研究所と学会だけで充分。 若いコの集まる学校とかでは、少しくらい仲間に入れてほしいわあ」
「……」
所属の堅苦しさと当人の軽薄な印象のギャップの当惑になかなか慣れない。
けど、ファーストネームで呼べと言われないだけまだマシなのかもしれないと無理矢理納得してクリスリデルは居住まいを正した。
「じゃあ、リースクレッタさん」
「なあに?」
にっこりと応える様子に、第一関門を突破した心地を感じて先を続ける。
「僕に用事って言うのは、じゃあ僕の障害についてのお話ですか? いつもの僕の担当さんと交代とか? 話は聞いてませんけど……」
障害者としてのクリスリデルには、専属の勇者庁からの担当者がついている。
それを飛び越えて見知らぬ研究者が接触してくるのはおかしな話なのだが……?
「担当の交代はないわ。安心して。でも話は通してあるから。 要件については、当たらずとも遠からず、ってところね」
リースクレッタは前髪を撫でて眼鏡の位置を直してからクリスリデルを見返す。
「ちなみにクリス君ひとりじゃなくて、レティと一緒の話ね。 つまりは、私はレティの障害の担当者として、あなたに聞いて欲しい事がある、って感じかしら。 で、それを説明する為に、順番にお話しさせてもらうね?」
言ってリースクレッタが足元のカバンからタブレットPCを取り出した。
「昨日のレティの魔力障害が展開した魔法術回路の解析ができました」
突如事務的な口調できびきびとしゃべりながらタブレットPCを操作し出した。
「あ。ところでクリス君は、レティの障害について、どれくらい知っているのかしら」
「一般生徒の認識と、そう変わらんはずです。そうだな?黄朽葉」
「はあ。まあ」
噂以上に知られていることはあまりない。クリスリデルは曖昧にうなずいた。
レティシエルも、クリスリデルに勝るとも劣らない深刻な障害を抱えている。
クリスリデルは詳しく知らないが、レティシエルが何かをする度に、なぜか赤い光が発生して様々な異常事態を巻き起こし、そしてかなりの確率でだいたい爆発する。
幸いにも命に関わるような大惨事だけは起こらないようなので、巻き込んだ人々に怒られる以上の問題にはなっていない。
その発生原因も法則も、何も明らかになっていない。
起こる異常事態もランダムだ。それこそ大木を吹き飛ばす大爆発から、先ほどのように意味なく着衣のみを吹き飛ばしてみたり。
そしていかなる事態が起ころうと、当人のみがけろっとしている為『脳天気災害』などと呼ばれてしまっている(たまに自爆する事もあるが、ノーカウントだ)。
「じゃあまず、クリス君の為に改めて説明するね。 レティの抱える障害は「魔力障害」に類別されるもののうち、「魔法術回路への異常過剰干渉」って名前がつけられているんだけど、それは運命の複雑骨折とも言える大変に深刻な状態でね」
先ほどまでの軽薄さと異なる所属にふさわしい態度への豹変に面食らっている内に、リースクレッタは残りの三者に均等に見えるような向きにタブレットを振り向けた。
「主に勇者補佐官に限定して使用を許可されている法術も、元を辿れば魔王属が扱っていた「魔法」と同じようなものなんだけど──「魔王が使う法術」だから「魔法」って呼ぶのは知ってるわよね? その「魔法」の中のバリエーションのひとつに「魔法陣」と呼ばれる術式があるの」
タブレットには、幾何学模様を囲む円が表示されていた。
「「魔法」も含めた法術のうち、呪文詠唱の代わりにこういった紋様回路を介して発動させるタイプの法術形態があってね。本来はこうして円形に回路を構築して使用範囲と容量を設定するものなんだけど、実は「魔法陣」は円形でなくても作用する場合があってね」
勇者補佐官が扱う法術は当然勇者庁の当該部署へ所属することでのみ教授されるもので多くの制限下での使用が義務づけられているのは周知の事実なのだが、一般人の間でも法術や伝承における「魔法」にまつわる逸話を独自に研究して熱く語り合うミリタリー趣味の連中も数多くいる。
エアガンやガスガンと同じように市販の「法術陣」のタペストリーを改造してはぼや騒ぎを起こすこともたまにニュースに取り上げられたりしているから、いまリースクレッタが語った内容についてはクリスリデルにもなんとなく理解できた。
ただし、「法術陣が円形でなくとも発動する」とは初耳だった。
「レティは昔、魔王災害──昨日のとは比べものにならないくらい甚大な災害に巻き込まれて瘴気に被爆してしまったことがあるの。それから彼女の存在律は変質してしまい、魔法に組み込まれてしまった」
思わずレティシエルの横顔を見るが、当人はまるで他人事のようにふんふんとうなずいている。
つくづく被災して後天的に障害を被った身の上には見えない。
「それからは、彼女自身が「魔法陣」の一部となったの。 だからレティが歩けばその道筋が陣の構成要素になるし、日常の何気ない身振りや動作もその陣を描く要素になってしまう。 そしてレティの動作のどれがどんな「魔法陣」の構成に抵触するかも分からない」
「彼女のその障害を、抑えるような何かはないんですか? ──僕みたいに」
思わず問いかけるが、リースクレッタは頭を振った。
「無駄だった。レティの障害は魔法がらみでクリス君のものとはカテゴリが異なるし、魔法陣は陣の構築を阻害することでしか止められないから、レティの動作のどれがいつ発動するか分からない以上、四六時中張り付いて監視するというのも現実的じゃないの。残念だけど」
「さりとて、部屋に閉じこめることも論外だ」
そこでアセト教師が口を挟んだ。
「ペリエは一時、自室に閉じこもっていた時期があったんだが、さすがにベッドの上でも人間はじっとはしてはいられない。些細な寝返りひとつで発動し、結果は大差なかった」
「仮に微動だにしなくても、たとえ経路が点でも作用する法陣もあるの。それも含めて、まず昨日起きた魔力障害の内容について説明するから」
言って、リースクレッタは再びタブレットを操作した。
「昨日起きた魔力障害が展開した魔法術回路を解析したところ、あれは「リア充を限定して爆砕する魔法陣」であることが判明しました」
「なんスかそれ!」
思わずクリスリデルが素っ頓狂な声をあげるがリースクレッタは無視してマイペースに解説を続ける。
こちらに振り向けたタブレットには、何らかの魔法陣の図柄と、隣のウインドウにこの町の地図が表示されていた。
「円形の魔法陣にするとこれなんだけど、レティが昨日移動した道筋と、あと世界樹が立っていた山の傾斜も影響していて、無軌道な線に見えるだろうけど」
と、地図に表示されたレティシエルが辿ったという道筋を指先で示し。
「こことここの線が法術理論的には同一の文法要素なのね」
「あの、リア充って誰ですか?」
「あなたとレティ」
半眼で問うたクリスリデルにリースクレッタはけろっと応えてきた。
隣でレティシエルが赤い頬を押さえて身を捩っている。
(……ああ、なるほど)
ようやく。
ここでようやくクリスリデルはあの時世界樹の下でレティシエルが爆発の間際で言いかけた「あなたのことが、す」の言葉の続きを理解した。
あれから纏わりついてきたレティシエルの迷惑行為の数々の理由も。
それはまあさて置いても色々と疑問は尽きない。とりあえず直近に起きたことについて訊ねてみる。
「じゃあ、さっきの爆発は?」
「さあ。あとで調べてみるわ。 言っておくけれど、レティの魔力障害は、レティの意志はなんら反映されるものではないから、悪く思わないであげてね? 本当に、当人にもどうしようもない事なのよ」
「はあ」
つまり、個人的な悪意があっていきなりひん剥かれたわけではないということだ。
「昨日と全く同じ経路を辿らなければ、同じ効果は発現しない。世界樹もなくなっちゃったしね。 昨日のレティの魔力障害についての報告は以上です」
「ご苦労様です」
タブレットを仕舞い込みながら言うリースクレッタにアセト教師が軽く会釈した。
「さて、ここからが本題だ黄朽葉」
「?」
危うく自分がここに来た理由を忘れるところだった。
クリスリデルへの用件の前に語られた、レティシエルの抱える障害についての説明。
この先に予想される展開に容易に想像がつきクリスリデルの顔が渋面になった。
「まさか……」
「くっく。理解が早くて助かるな。 黄朽葉。おまえ、ペリエのお守りをしろ」
「ええええええええ!? 」
思わず悲鳴がこぼれた。
「な、なんで」
「おまえが適任だからだ」
悪魔のような暗い笑みがクリスリデルを見据える。
「昨日の爆発と、そして今さっきと。間近で起きた爆発に対しておまえが咳き込むこともなく無傷でいられたのはなぜだ?」
それは、爆発による爆風と圧力を瞬時に回避しまくったからであるが。
「そうだ。おまえの抱える障害なら、ペリエの側にいてもなんら問題なく彼女をサポートできる。おまえにしかできないことだ」
「いや、だから、なんで僕が……?」
「世界樹にまつわるガキどもの噂も知っているぞ。ここに呼び出した理由に、昨日の件"も"あるとさっき言っただろう。これは一緒にいられる口実にもなる。至れり尽くせりだろうが。若いって良いよなあ、あぁ?」
「良かったわね、レティ」
「はい!」
「って、ちょっと!」
盛り上がる女性陣に振り向くも、もはやクリスリデルの声は届きそうにない。
「くはは。 まあおまえの気持ちがどうあれ、困っている同級生を無碍に見捨てることなどすまい? ついでに言えば、特別課外活動ということで点数も付く。 まあ適当にがんばれ」
女子の嬌声と悪役のような笑い声に加え、昼休み終了を告げるメロディまで加わって、クリスリデルの煩悶は言葉を成す前に封殺された。




