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ハッピーハザード! 02

 食堂に向かうクラスメートと入れ違いに褐色の肌の少女が教室に顔を覗かせた。

 ドア枠を掴んで室内を見回して窓際に座るクリスリデルを認めると、その尖った耳に似つかわしい猫のような悪戯めいた笑みを浮かべ、軽い歩調で室内に入ってきた。

 いや、その縦に長いアーモンド型の瞳孔は猫そのもの。彼女のそれらの特徴は獣人(ゾアント)のものである。

 少女は、クリスリデルが頬杖を突いて窓の外を眺めているにも関わらず、まるで自分の来訪を相手が承知しているかのような素振りと笑顔で気安く手を振りながらすたすたと歩いてくる。

挿絵(By みてみん)

「よークリス! 女の子との外泊はどーだった?」

「ミーア」

 クリスリデルは窓の方を向いたまま、据えた声音で少女の名を──ミーアメリィ・洗朱(あらいしゅ)・プレーリィの愛称を呼び返した。

 その態度から明らかに怒っている様子と知れる。

 顔は窓の方を向いているのに、ミーアメリィに対する突き刺さる勢いの視線がはっきりと感じられる。

 だがそんなことは慣れっこのようにミーアメリィは頓着しない調子で机に両手をつくと横顔を覗き込んだ。

「ん? なーに?」

「じゃあ、おまえの入れ知恵か? 昨日のは」

「えー人聞き悪くない? 怒ってないでこっち向きなよ! 昨日はどうだったのさ」

 怒った時には誰とも目線も体の向きも合わせないクリスリデルの癖は熟知している。

 構わずにミーアメリィはクリスリデルの頬杖を両手で掴んでぐいぐいと引っ張った。

「やめろって。 どうもこうもないよ」

 その手を振り払ってクリスリデルは仕方なく体勢をミーアメリィの方に向けると人差し指を突きつけた。

 眼球が動かないクリスリデル流の「あなたの目を見ていますよ」というサインだ。

 それが率直に「ガンを付けている」のだということをミーアメリィは承知している。

 知ってはいても、ミーアメリィの澄まし顔は小揺るぎもしないが。

「いきなり爆発に巻き込まれて挙げ句魔王災害が起きかけて。正直死ぬかと思ったよ」

 聞いた途端、ミーアメリィが腹を抱えてけたたましく爆笑した。

「笑い事じゃないだろ! それで一晩拘置されるし。おかげで昨日の宿題が全滅だ」

 いまだに笑い転げているミーアメリィから身体を逸らしてクリスリデルは憮然として窓の方を向いた。

「じゃあいいじゃん! 念願のイタズラにかかったんだから」

「だからって、「ハッピーハザード」はないだろう!」

 正直、望外の体験ではあったが。

 しかもハッピーハザード。

 誰が付けたか、レティシエル・ペリエ・コマチアイトの二つ名である。

「もう金輪際トラップにはかかりたくないって思ったよ」

 悪びれもせずにけろっと宣うミーアメリィにクリスリデルは頭痛を感じてこめかみを押さえた。

「直接目の前で喰らうのは初めてだったけど、彼女って、昔からああなのか?」

「そーだよ。世界樹へし折るくらいデカい爆発ってのはアタシも初めてだけどさ。クリスが引っ越してからも退屈な日はなかったね」

 訝しげなクリスリデルの問いに、ミーアメリィはあっけらかんと答えた。

「言ったっけ? レティはクリスが引っ越して行ってから入れ替わりでここに来てさ。 それから毎日一緒にいるけど二年間ほぼ毎日どっかんどっかんやってたんだよ。あんた、こっちに戻ってきてからどんくらい経ったっけ?」

「……入れ知恵どころか、ぐるっぐるにグルじゃないか」

 クリスリデルはぐったりと頭を抱えた。

「それでわざわざ彼女にラブレターなんて前時代的なものまで書かせて、僕をおびき出したのか?」

「なに言ってんの。クリスを吹き飛ばす方がついでだよ」

「は?」

 聞き咎めてクリスリデルは顔を上げた。

 顔は窓を向いたままだが。

「いや、ついででヒトを災害に放り込むなよ! なんのついでさ!」

「はあ?」

 今度はミーアの方が渋面になった。

「あんたなにトボけてんの? レティにウソ吐いたっての?」

「出会い頭に爆発したんだよ! 何を言う暇もあるもんか!」

 机に身を乗り出したミーアメリィにクリスリデルも間髪入れずに指先を突きつけた。

「なに言ってんの! レティったら、今朝からずっとほにゃほにゃした顔で幸せそーにとろけてんだよ? 上手くいったんだなあって安心してたのになにその態度!」

「だから待てって! 話がぜんぜん見えない!」

 とうとうクリスリデルが椅子を蹴って立ち上がったところで、構内放送のメロディが響き渡った。

『…………はぁ』

 いきなり暗い溜め息が大音量で漏れ出たことで、それがクリスリデルのクラスの担任の声であると知れる。

『……クリスリデル・黄朽葉・ランセット。並びに、レティシエル・ペリエ・コマチアイトは、第二応接室まで来たまえ。 ……』

 そこでしばらく不自然な間が空き、ごそごそと音がする。

 その間にも、教室の内外からざわめきが聞こえてきた。

 離れた所に座るクラスメートたちが、こちらを見てなにやら囁き合っているのも見えた。

『……あ? ……もう一度言うのか? ……面倒くさい…… ああ、繰り返す──』

 陰鬱な声が同じ内容を気怠く読み上げるスピーカーを見上げ、やがて顔を向かい合わせたミーアメリィとクリスリデルが同時に互いの胸ぐらを掴んだ。

「……クリスおまえあの娘にナニした?」

「おかげであの悪名高き「ハッピーハザード」と一括りにされたよどうしてくれる?」

 ドス黒い顔で鬼気を迸らせる二人の間を、間抜けな構内放送終了のメロディが通り抜けていった。


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