1話 婚約破棄
「今ここに、ペリュン・マルフレナとの婚約破棄を宣言する!」
ハルモア王国の豪華絢爛な城の中。パーティーの行われている大広間で、それは宣言される。
「君は彼女に数多の嫌がらせをしていたようだ。見損なったよ」
オルヴィエ殿下の声に、辺りの貴族は黙って耳を傾けていた。扇の下で会話が進んでいる。
「ひっ、怖いです……」
殿下の隣には可憐な少女。名前はリリアーナと言っただろうか。か弱く震えながら彼の胸元に顔を埋めている。
そして私、婚約破棄を宣言された張本人。ペリュン・マルフレナは——
「あ、そうですの。ならもう我慢はしなくてよろしいのですね」
そう言って深紅の髪を一房つまみ、くるくると巻きつけて遊んだ。
人々が私を避けるように円を作っている。いつもとは違うその中心で、私は扇を閉じてドレスをつまみ一礼した。
「では、今までありがとうございました」
そう言い放ち、私は給仕からシャンパンをひったくって一気に飲む。炭酸が喉をぱちぱち刺激して……
「ッあ〜! やっぱりお酒は美味ですわ〜!!」
淑女から程遠い——いえ、遠すぎる大声を会場に響かせた。コソコソ話していた人々は静まって、揃いも揃って私を凝視している。
「……ペリュン? い、いきなりどうしたんだい?」
殿下が困惑して私に問いかける。しかし、それに答える義理もなくなった。
「きっと、気を病まれたのです……! だって、そうでなければあんな——」
「あ、そうだわ」
私はリリアーナの声を遮って、ヒールをカツカツ鳴らしながら寄り添う二人の前に立った。
「な、何を……!」
——うるさい口ですこと。
私はリリアーナの顔に向かって腕を振りかぶり、
「もがっ!!」
その達者な口に、フルーツのタルトを突っ込んだ。
「このタルト、とっても美味しいですわよ〜!」
私は彼女が飲み込むのを確認するために、手を押さえつける。やがて、細く白い喉が動いて——咳込んだ。
「な、何をするのです……!」
「ペリュン! ふざけるのもいい加減に……!」
何故か二人から叱責された。けれど、そんなことはどうでもいい。
「美味しいものを分けるのはいけないことですか? 心が狭いのですね……あ、あれも美味しいですわよ」
私が料理の方へ戻ろうとすると、オルヴィエ殿下に腕を掴まれて止められた。
「君、本当にペリュンかい……? どうして急におかしくなってしまったんだ!」
「おかしい、ですか」
私は殿下の鼻先を、ちょんと人差し指で突いた。彼は目を白黒させながら困惑を続けている。場を治める様子もない。
「ええ、おかしいですよ。我慢していただけで」
私はドレスの裾を翻して、会場の外に向かって歩き出そうとした。けれど、腕を掴む力は緩むどころか強くなっている。
「ペリュン、待て! 君は完璧な淑女だったじゃないか!」
「——淑女、ですか」
どいつもこいつもうるさいですわね。
淑女、完璧、才色兼備。そんなラベルなんて最初から必要ありませんの。私に必要なのは——
「では、淑女をやめます。自由に振る舞わせていただきますので」
そう、自由だ。
親も、婚約も、地位も——どうでもいい。私は"嫌がらせをして婚約破棄された令嬢"で——もう完璧じゃないから。
殿下の手がようやく緩んだので、私は今度こそ入り口へ向かって歩き出す。
「あ、そうです。最後に一つだけ」
首だけ振り返って、お化けを見た子供のように寄り添う二人を見据えた。
「おやめくださいと言われましても、私はもう止まれませんので」
会場にその言葉を響かせてから、私はまたヒールを鳴らす。人々が「狂人令嬢」と囁きながら、海を割るように道を開く。
最悪の状況で、最高の状態を手に入れた私は——音程の外れた童謡を口ずさみながら会場を後にした。




