19話 選択肢は二つ
「一つ目。君はこの世界に残る」
彼は強く言ってから、続けた。
「今が中学二年。同じ高校に入れば会えるし、定食屋に行けば、そこにもいる。どう、いいんじゃない?」
足を立て、腕で顔を隠す。
もうだめだ。
僕には、そんな資格はない。
あんな形で未来を歪め、過去を捻じ曲げた。
その上で、彼女と同じ世界を歩けというのか。
「おいおい、落ち込み過ぎだって。よく考えてみろよ、彼女は生きているんだ。それに、君の両親だって上手く行けば、離婚しないかも知れない。まあ、いい。続けて、二つ目だ」
彼は言葉を一旦切ると、黙り込んだ。
言葉を待つが、どうせろくな話じゃない。
「……それで」
「よし。聞いてくれているみたいで、安心した。もう一つは、未来に戻って。そうそう、この世界から見て未来だから、2027年のことね。そこで暮らす。生活は今のままで変わりなし。ただ、一つだけ違っている」
一呼吸を置く。
「いいかい、よく聞けよ。過去が変わり、継承はなくなった。つまり、笠井淳子はこの世界で生きて、そして寿命を迎える。となれば、2027年の朽木琴音は朽木琴音として生きる。つまり君が変えた世界で、継承だけがなくなるってことだ。意味はわかるだろう。君のことは、ただの後輩。まあ、きついだろうけどね。どっちでも好きな方を選びな」
ようやく飲み込めた。
そうか。
僕を知らない世界か。
「わかったよ。彼女が幸せなら、僕はそれでいい」
「ん? それは笠井淳子のこと? それとも朽木琴音のことを言っているの?」
「……どっちでもいい。幸せなら」
「じゃ、太郎ちゃんの幸せはどうなるの?」
涙が溢れそうになった。
彼には見られたくない。
僕は、腕で顔を隠し、泣き声を噛み殺した。
絶対に、泣いてやるもんか。
「ねえ、そんなに自分を責めるな。救ったのは間違えない事実だ。遠回りはしたけどさ、それでも救えたんだ。誰も太郎ちゃんを責められない。むしろ、誇りに思ってもいいと思うよ」
「うるさい、うるさい……君に慰められたくない!」
なにが誇りだ。
誇れるものなんて一つもない。
一つもだ!
僕は、彼女を……。
熱いものが込み上げる。
喉の奥が熱くなり、押さえても押さえても湧き上がる。
「あら、つれないな。俺は太郎ちゃんを一番に思っているのにさ。これって片思いってやつ?」
「黙れ! 喋るな!」
肩の震えが止まらない。
泣きたくないのに。
涙が壊れたように溢れ出す。
悔しいのと、悲しいのと、そしてほんの少しの安堵。
無駄じゃなかった。
そう思いたかった。
時間はかかるだろう。
だからこそ、だ。
僕の中で、答えは決まっていた。
その日は朝から晴れていた。
文化祭が終わり、季節は秋に向かっている。
大須賀乃愛の絵が、今年の一枚として飾られた。
モノクロ調でありながら、油絵特有の鮮やかさだった。
手にした本は、量子力学。
シュレディンガーの猫は、いまだ解明されていない。
何をもって解明とするかにもよるが、僕の中ではまだだった。
背後から僕を呼ぶ声が聞こえる。
振り向かなくても分かる。
「ちょっと先輩、待ってください!」
大勢の生徒の前で、彼女の声が響き渡る。
数人の生徒が大声に反応して、振り向いた。
その中に、僕の記憶の中にだけ生きている人がいた。
突然袖を引っ張られ、横を見る。
「もー、聞こえてたでしょ?」
次に視線を戻したとき、彼女はもうそこにはいなかった。
探そうとする足を止める。
「先輩、ひとりで先に行き過ぎですよ」
「ごめん、ちょっと考え事してて」
二人は歩き出す。
スッと歩幅を詰めてきた。
彼女のパーソナルスペースは、少しだけ近い。
完




