表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

01話 青春切符

***

本編は、『爪切りの継承』と、『爪切りの継承 〜 十一月三十一日 〜』の二篇をお読みいただいた方、前提にストーリーが進んでおります。

未読の方は、是非この機会にお読み下さい。より、本編がお楽しみ頂けます。

***


 長かった期末テストが終わり、一週間後には夏休みが始まる。


 ふと思い出す。


 色褪せ古ぼけた水着姿のポスター。

 通い慣れた定食屋に入ると、必ず目が合う。


『夏、楽しい旅をしよう! 君の夏はこれから始まる!』


 そんな謳い文句が、脳裏に浮かぶ。

 まだ、青春切符は売っているだろうか。

 僕は即座に頭を振る。

 1983年と書かれていたことを思い出した。


 まだ引きずっている。

 時間は止まってくれない。


「先輩、最近元気ないですよね」


 隣を歩く大須賀乃愛は、僕の顔をじっと見てそう言った。


「そうかな」

「そうですよ。私、ちゃんと見てますから」


 余計なお世話だ、とは言えなかった。


 彼女は偶数の名前を持つ。

 この意味を、僕はまだ誰にも話していない。


 ポケットの中で、真鍮の爪切りが揺れる。

 責任がある。

 それだけは忘れないようにしている。


「ちょっと先輩。話聞いてます?」

「あ、うん。聞いているよ」

「じゃあ、今日はどこでお昼たべます?」

「そうだな、どこがいい?」


 大須賀乃愛は、ちょっと膨れた顔をしながら、


「お昼の話、してませんけど? でも、いいです。いつもの定食屋にしましょう。マボ―豆腐定食、ピリ辛で美味しいですよね」


 彼女の元気の源は、きっとピリ辛なんだろう。

 それにしても、マボ―豆腐とは。


 あの時は一緒に食べた人は、僕の大切な人だった。

 僕は彼女の幸せを望んだ。

 彼も同じ。


 そう思うと少しだけ胸のつかえが収まった気がした。


「あー、今違う女こと考えてたでしょ?」


 眉間を厳しく寄せて、下から覗く。

 子犬だな。


 僕は何も言わず、前を向いて歩いて行った。



 いつもの団地に戻ると、ダイニングのソファに体を押し付けた。

 ふっと息を吐く。


 モノクロのカーテンが揺れ、日差しを遮ってくれる。

 電気をつけなくても、部屋は仄かに明るい。


 もうすぐ夏が来る。


 5月。

 僕はリスポーンした。


 ゲームで言う、復活地点。

 四つ目の金属の爪切りを使ったからだ。


 笠井淳子が繰り返した世界。

 この爪切りを使って、彼女は永遠とも思える1年B組の中で生き続けていた。


 だから、僕は元に戻した。

 彼女と出会う前の世界に。


 朝霧めぐみが作った世界を巻き戻した。


 笠井淳子は、今、朽木琴音として生きている。

 本来なら、僕が彼女と出会い、爪を切り、絵を完成させ、一緒に生きるはずだった。


 僕はその世界を無かったことした。


 後は、ゲームと同じだった。

 一度見て、体験したシーンは忘れない。

 どう動き、どう選択をすれば、間違えないのか。

 正しい選択で進めるのか。


 分岐点の全てで、僕は彼女——朽木琴音と会わない選択をした。

 それが正解だと思ったからだ。


 継承は僕の手で終わらせる。


 ポケットに手を伸ばし、真鍮の爪切りを取り出す。

 これは、世界を改変する爪切りだ。


 朝霧めぐみが使い、僕がイレギュラーを起こし、歪に曲がった世界が生まれた。

 その世界で、彼女の幸せはない。


 だから僕は、リスポーンした。

 これが僕が出した答えだった。


 それなのに、自然と視線の先はリビングの奥へと向かう。

 彼女が居た部屋。


 扉が開き、彼女が残した服が見える。

 モノクロのフリルが少し動いた気がした。


 捨ててしまえば、と思うたび、胸の奥が騒ぐ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ